表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
防潮堤  作者: ゆずさくら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/21

(8)

 事務の女性の山岡さんが、少し焦った表情で電話をかけている。

「出て、出て……」

『おかけになった電話番号は現在電波の届かない場所か、電源がはいっていません……』

 電話からそう音が漏れている。

「あっ、監督」

 作業着に着替えている一人が呼びかける。

「安藤がいないんです」

「安藤が?」

「いま携帯にもかけたんですけど、圏外みたいで」

 山岡さんがそう言った。

「安藤は寮だよな。あいつ何号室だ?」

 監督が言うと、山岡さんが答える。

「えっと……」

「六号室です」

 作業着の男がそういう。

「俺の隣の部屋?」

「……とにかく行ってみよう。山岡さん、俺たちは先に行ってるから、マスターキーを持ってきて」

 作業着の男と、現場監督が出て行く。山岡さんは保管用のボックスから、寮のマスターキーを探している。

 まさか、昨夜の物音は安藤さんという人が何かされている音だったんじゃ…… そして、窓に顔を押し付けたり、扉を叩いたのはその安藤さんだったんじゃないのか。俺はそう思って怖くなった。俺が扉を開けていれば救えていたのかも。

 山岡さんがマスターキーを取り出すと、事務所を出て行く。俺は無意識に後を追っていた。

「安藤! 安藤いたら返事しろ」

 現場監督がドアをノックしている。中からは返事がない。

「マスターキーを持ってきました」

 山岡さんから受け取ると、現場監督は周りに同意を得るように視線を配る。一人一人、首を縦に振っていく。

「開けるぞ」

 カチャリ、と軽い鍵が開く音がして、現場監督が扉を開ける。

 全員が何かが出来るのではないか、といったように、扉から離れる。

 現場監督がそろりと前に出て、扉から部屋の中をのぞく。

「いるか? 安藤いるか?」

 答えは返ってこない。むなしく部屋の中に響くだけだった。

「何か、壊れてないですか?」

 俺は昨日隣の部屋から聞こえてきた大きな物音のことを話した。現場監督は靴を脱いで、部屋の中に入るが、低いちゃぶ台とでも言うべきテーブルが置いてあって、それ自体はこわれたような様子はなかった。

「このテーブルだと、椅子はなかったろうな。お前は安藤の部屋を見たことあるのか?」

「いいえ」

 作業服の男がそう答えた。

 俺の服の背中を、山岡さんが引っ張る。

「ユニットバス…… そっちも確認して」

 山岡さんは俺の背中に、隠れるようにしていた。

「そ、そうですね」

 俺は監督に言って、ユニットバスへの扉に向かった。

「こっちにいるかもしれないです」

「……」

 皆が唾をのんだように思えた。

 おそらく皆が思ったのはこうだ。

 ロープなどで首をつっている。もう一つは、水が張って合って溺れ死んでいる。

 手がドアノブに触れた瞬間、体がぶるっと震えた。

「あ、開けますよ」

「は、はやくしろよ」

「はい!」

 がちゃり、と音がすると、何も見ないうちから全員が後ろに下がった。

 山岡さんは、入口から外に出てしまった。

 そろそろと近づいて、ユニットバスの中を覗く。ロープはつられていない。カーテンの奥がお風呂と思われた。

「そっちのカーテンを開いて」

「は、はい」

 ゆっくりとカーテンを横にずらす。

「いません」

 お風呂は水気すら感じない。カーテンも、しばらく濡れたことがないように思えた。

「……」

 現場監督が言う。

「よし、じゃ、いったん全員外に出て」

 俺と作業服の人、最後に現場監督が部屋からでて、現場監督が鍵をしめ、確認するようにノアノブを持って、がちゃがちゃ動かした。

「死んだとか、そういうわけではなさそうだな。よくあるあれだ、仕事がいやになって逃げちゃった、ってやつ」

「……」

 妙に納得したように山岡さんが首を縦に振る。

「最近は少なかったが、一時は一週間で何人やめたっけ。しかも無断で」

 話を振られた山岡さんが指を折って数える。

「あの時は一日一人ずつやめてますよ。だから五人」

「そうか。なら、今日はまだ一人だし、なんてことはない」

「本当にそんなことあるんですか? 何も言わずに仕事をやめちゃうなんてあり得ない」

 山岡さんが胸の前、というか胸の下に腕を組んで、言う。

「そうでもないのよ。逃げるように辞めるから、やめる時は無言で消えちゃうの。後で連絡すると『もう俺仕事辞めますから』なんて言うのよ。その時なんか、五人が五人そうだったわ」

「まあ、まだ朝の段階で、ちょっと連絡なしにどこかに出かけただけかもしれないから。今日一日、連絡がくるのを待ってみよう。な」

 全員が首を縦にふるように、現場監督が視線を振っていく。

 作業服の人、山岡さん、そして最後、おれも首を縦に振った。

「よし。そしたら事務所に戻ろう。橋口くんは着替えてな」




 朝礼の時間になっても、作業員の数がそろわない。

 安藤さんがいないだけではなかった。安藤さん以外に、七名ほどの従業員が来ておらず、連絡も取れない状態だった。作業者全員の三分の一に相当する人数だった。

「……緊急事態と館得る。朝礼は事務所の中でやろう。全員いったん事務所に入ってくれ」

 現場監督がそう言うと、ぞろぞろと作業員が向かっていく。

「なんかやべぇなぁ。本当に北の工作員きたなぁ」

 佐藤さんが俺にそう言った。

「北の工作員なんて冗談言っている場合じゃないですよ。こんなにいなくなるなんておかしいでしょ」

「悪いけど冗談で言ってるつもりないよ」

「えっ?」

「じゃ、警察を呼ばないと……」

「北の工作員じゃなくても、警察呼んでいいような事態だぁ」

 ま、そうか、と俺は思った。これだけの人が失踪したとなれば、北の工作員の仕業ではなくても、何かあったとしてもおかしくないだろう。

「監督、警察に連絡を……」

 監督が手を出して止めた。現場監督はもう一方の手で携帯を持ってどこかと話している。

「そうです。今回八名が…… はい…… 警察はまだ呼んでません…… えっ、ですが……」

 おそらく会社、上席の人と会話しているようだった。

「届け出とか…… えっ、現場作業を続行って…… 無理です。とりあえず、警察に連絡…… えっ? それはどういうことですか? はい…… はい。わかりました」

 通話が切れたようだった。現場監督は困惑した表情だった。

「ほら、みんな事務所にはいって」

「会社からなにを言われたんですか」

「そんなことを気にしてもしかたない。ほら、早く事務所にはいって」

 俺は食い下がった。

「とにかく警察に連絡を」

「今回の件の警察への連絡は会社側がしてくれる。あと、今聞いたんだが、捜索依頼は会社からは出せないんだ。だから家族へ連絡して、捜索依頼を出すか、それぞれの家族に任せるしかないそうだ」

 警察へ連絡を会社がしてくれる? 何か怪しい感じがした。確かに同時に数名が出社しなかった、というだけなので、警察が来てどうなる事案でもないのだが…… 安藤さんの部屋にしろ、その他七名の部屋にしろ、警察が調べればなにか分かるかもしれない。

「ほら、わかったら事務所に入れ」

「は、はい」

 と同時に、ドン、と背中を叩かれ、俺はよろめきながら事務所に入る。

「監督、また会社に電話してるのか」

 と事務所内の人が言うのを聞いて、事務所の中から、現場監督の方を振り返ると電話をしていた。

「えっ?」

 並び立つプレファブとプレファブの間に、一昨日のモッズコートの男が見えた。

「やばい!」

 俺は慌てて、事務所の外に出た。

「監督、そこにいちゃだめだ。モッズコートの男が近くにいる」

「何? モッズコート?」

 現場監督は、スマフォのマイク側を手で押さえて、俺を追い返すようなしぐさをして言う。

「中に入ってろ。中で話するから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ