(3)
「後なぁ、コンビニの場所知ってるかぁ?」
「あ、どこにあるんですか?」
「やっぱり、しらねぇかぁ。結構距離あるから、行くときは覚悟してなぁ」
「えっ」
「一キロ半はあるから、行って帰って四十分ちょっとかなぁ」
「……」
「ここから『防潮堤』に向かって、つきあたったら左。『防潮堤』沿いに歩いていれば分かるから」
「ありがとうございます」
「あと、コンビニは二十四時間営業じゃないから、夜は十時で終わっちゃうから、都心の人はそんでハマるらしいから、気をつけてなぁ」
俺は毛布を抱えながら、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「じゃあ、あしたなぁ」
「おやすみなさい。ありがとうございます」
毛布から少しタバコの臭いがした。タバコを吸わないせいか、この匂いは好きではないが、不思議に印象は悪くなかった。
俺は毛布を置いて、スマフォで時間を見た。
まだ夜の八時、というところか。コンビニは、少しゆっくりしてから行こう、と思った。
俺は畳の上で横になり、スマフォを眺めた。
畳の硬さで体が痛くなってきて、おじさんからもらった毛布を敷いた。
その上に寝転がってスマフォを見ているうち、俺は寝ていた。
「!」
部屋の灯りが付いたままだった。
「あれ?」
俺は寝てしまっていたことに気付き、慌ててスマフォを見た。
「九時半……」
確か、コンビニは十時で閉まると言っていた。ぴったりに閉まらないにせよ、十時前には着かないと中に入れてくれないだろう。俺は慌てて財布と上着を羽織って、外に出た。
「一キロ半なら、ニ十分あれば着く」
ざっと計算して間に合うとは思いながらも、知らない道で迷うことを考えると、自然と早歩きになる。
『防潮堤』に突き当たって、左に向かう。ずっと海沿いのこの道を歩いていけばいいのか。先を見つめるが、本当にポツ、ポツ、としか灯りがなく、海岸線も曲がっているようであまり遠くまでが見通せない。まるで自分の将来のようだ、と軽く自虐的な気持ちになる。
時々、走り、時々歩き、時々早歩きをするようにして、十五分ぐらい進んだところで、漠然とした不安感が襲って来た。
「もしかして、突き当たって右だった?」
俺は慌ててスマフォを開いて、地図を開く。
格子状の地の絵が出ているだけで、一向に地図が表示されない。
「どういうことなんだ……」
よく見ると、画面上部の電波状況に『圏外』と出ていた。
「まじか」
確認は取れないが、もう着くはずだった。とにかく歩いて、コンビニにたどり着くことが先決だった。必要なものはいろいろあった。
ボックスティッシュ、二リットルのコーラ、明日の朝飯、その口寂しさを埋めるスナック菓子など……
しかし、歩いていも歩いても、あの煌々と光り輝くコンビニにたどり着かない。
時間は九時五十五分。歩き出したのが九時半過ぎだから、普通に歩いても二キロ近く移動しているはずだ。
「行き過ぎたんだ」
スマフォは相変わらず圏外だった。俺はそう口に出して、来た道を戻り始めた。
どこかで店を見落としたに違いない。
俺はゆっくりと、明かりを探しながらそびえたつ『防潮堤』沿いの道を戻る。
しばらく左右を見渡しながら歩いていると、全面がガラス張りのコンビニ風の建物を見つけた。
「えっ……」
コンビニ風、と思った建物は、一切灯りが付いていなかった。
正確には、奥に青白い明かりがついていたのだが、それは建物に近づいててから分かったことだった。
暗い看板を読むと、おなじみの全国区のコンビニだった。俺はスマフォで時間を確認する。
「なんだよ、十時前じゃないかよ!」
店を閉める準備をしているならともかく、完全に閉まっている。店員が時間にルーズなのか、今日は臨時閉店だったのか。俺は店のガラスに何か貼っていないか、探し回ったが、張り紙のようなものはなかった。店じまいした、という訳ではなさそうだった。店の営業時間もガラス面に書いてあった。七時から十時、とある。
「……」
店の中を見つめるが、これ以上見ていても何が起こるわけではない。
俺は諦めて寮に戻ることにした。
きっと、こっちは都心と違ってのんびりした時間が流れているのだ。こっちのコンビニは、時間が近づいたら、客がいなくなったら、店を閉めてしまえばいい、そんな感覚なのだろう。まあよく考えれば人の来ない店をずっと開けていることの方が無駄だ。
そうやって店に怒りをぶつけないよう、いろいろと考えながら歩いて戻っていると、『防潮堤』に足場がついているあたりに差し掛かった。
「これが俺の働くところか」
明日からは、この『防潮堤』を作る仕事を始めるのだ。俺はぼんやりと、それを眺めた。
足場へは入れないようになっていたが、足場がトンネルのようになっている通路があって、そこを抜ければ海側に出れそうだった。
波の音、磯の香りを感じていると、俺は突然、海を見たくなった。暗くて、見えないかもしれないのに、俺はそのトンネルのようになっている通路を通っていた。
「おお……」
通路を抜けると、目の前には大きな海が広がっていた。
暗く、はっきりとは見えなかったが、月の明かりで波頭が浮かび上がる。
『防潮堤』に遮られていた波の細かいしぶきの音までが聞こえてきて、生き生きとそこに広がっていた。
まるで、初めて海をみたような感動がそこにあった。
と、その時、周囲には人がいなかったのだが、何か背後に気配を感じて振り返った。
「?」
自分が海へと抜けてきた通路に、人影があった。
制服を着た女生徒だった。中学生、高校生といったところか。
俺の視線に、気付いてさっと身を隠した。
変態か痴漢に思われたか、と俺は思い、視線を海に戻した。
もう一度、通路に視線を戻すと、女生徒はいなくなっていた。
「わるいことしたなぁ……」
俺がいなければ、海に向かって叫ぶなり、海岸を走るなり、まさに青春の一コマのような時が過ごせたろうに。俺がいたので、すべて台無しになってしまったのだ。
「……」
俺は落ちていた小枝を拾って、腰を下ろし、砂に意味もなく丸や四角を描いていた。コンビニが営業していれば、こんなところで、丸三角四角、なんて描くこともなかった。
そうだ、コンビニ…… そう思ってポケットのスマフォに手を入れた時、海で何か動くものに気付いた。
「?」
何か大きなものが浮かんでいて、波に揺られながら、少しずつ寄ってくる。
真っ黒くて…… 人型の…… えっ? 人?
俺は、砂の起伏を利用し、隠れながら後ろに下がった。
もしかして、これはおじさんが言っていた、北から拉致の為にやってくる連中だろうか。
少し頭を上げて、海の方をみた。
波打ち際に、人型のものが打ち上げられている。
音をたてたら悟られる。俺は腹を砂に擦り付けるようにして、移動した。
「!」
打ち上げられていた人ほどの長い物体が、腕をついて膝をたて、一歩踏み出し、上体を起こした。
明らかに人、だった。
俺は視線が向けられた気がして、頭を下げた。
どうしよう、下手すると俺、拉致、されちゃう……
俺は砂の起伏を真ん中にして、打ち上がった男の反対側に回り込む。
波打ち際から立ち上がった人影は、どんどん『防潮堤』の方に向かっていく。おれは逆に砂の小山を中心に、海側に回り込んでいく。
打ち上げられた男は、足場で作ったトンネルのような通路に入っていく。このままじゃ、さっきあそこで見かけた女生徒が捕まってしまうかもしれない。
「まさか……」
俺はとりあえず様子を見るように後ろをつけた。
こんな夜に声を上げて、こっちの勘違いだったら恥ずかしい。




