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防潮堤  作者: ゆずさくら


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2/21

(2)

「いや、見かけと逆の場合があるから念のためってやつだぁ、気にせんで。橋口さんには明日渡されるだろうけど、カードがあるから、カードをここにあてるなぁ」

 白い四角い機械に、おじさんがIDカードを当てる。ピ、ピと音がして、カチャリと音がする。

「おじさんの着替えは見たくねえだろ? なら、ここでまっててなぁ」

 おじさんはそう言って、更衣室に入っていった。

 取り残された俺は、窓際に移動して外を見た。

 どうやら、このちょっとした高台の先に、防波堤のようなものがあって、その先が海になっているようだった。

 バスから見えた海は、高架になっている高速道路からだから、この防波堤の先が見えたらしい。

 その防波堤はまだ建設途中で、太い棒が建っているだけの所や、あちこちに足場が作られていた。

「あれが作られたら、海は見えなくなってしまうな……」

 俺はずっとその海の方を見ていた。

 この高い壁が、ずっと海岸線を覆ったら、殺風景な街になってしまう。この町は違うかもしれないが、一般的に海辺の町というのは、海が見えてこそ解放感が得られるのに、海が見えなくなったら、ただ磯臭い住宅街になってしまう。

 カチッと音がして、扉が開いた。

「待たせたなぁ。おっ、海見てた。海珍しいか」

「えっ、ええ。けど、あの防波堤が立ったら、海見えなくなってしまいますね」

「ああ、あれかぁ。あれ『防潮堤』っていうやつで、俺達が仕事で作るものだよ? もしかしてなんの仕事か知らなかった?」

 俺は混乱した。そうか、今回の土木作業というのは、あれを作るのか。そして、あの壁は、ボウチョウテイというのか。

「あれな、津波で被害があったから、海側にそって、ずーっとつくるようになってるんな。そこからも仮設住宅見えるけど、みんな津波で持ってかれちゃったからな」

「あっ……」

 俺は昔テレビのニュースで見た映像を思い出した。海の水がせり上がり建物を飲み込んでいく風景。ひたすら走っている車を、泥水と化した海の水が追いかけていく光景。

 木の上や、鉄塔につかまっていた人たちが、力尽きて波にのまれていく様子。

 思い出すとともに、体が少し震えた。

「まぁ、知らなくてもいいよ。俺はあれ、津波の為じゃなくて、別の理由で作ってると思ってっから」

「別の理由?」

 よく見ると、おじさんは、黒いTシャツにデニムのジャケットをひっかけ、ベージュのチノパンという姿だった。俺が思っているほど、おじさん、という年齢ではないのかもしれない。

「ああ、それはな。『拉致(らち)』なぁ。天気がいいと、あっちに北の国が見えんだけど、ここにやってきちゃ、人さらって帰るだろ」

 北の独裁者が支配する国家が行っている拉致のことか、と俺は思った。

「拉致する連中が近づいても、この『防潮堤』を超えてこれないだろ。防潮堤の上には、カメラ置くらしいしな。後、北の国からは『拉致(らち)』だけじゃなく、『亡命(ぼうめい)』もあるから、県は困ってたのよ」

「へぇ」

「へぇって、本当にくるんだから、地元の人はこの『防潮堤』が出来たら安心するって声も多いんよ」

「……な、なるほど」

 俺には感覚が分からないが、それほど頻繁に北からの侵攻があるのだろう。都心では拉致だ、難民船だ、飛翔体だっていってもピンとこないが、この地域の人のしてみれば、一つ間違えば親しい人がさらわれる、変な身なりの外人がうろつく、自分の町が吹っ飛んでしまう、という当事者なのだ。

「まぁ、他所の人は実感ないよなぁ。しかたねぇよなぁ」

「す、すみません」

 俺は頭を下げた。

「ま、気にしないでいいよぉ。ほら、これから寮に案内するなぁ」

 俺はおじさんに肩をたたかれると、おじさんの後をついて事務所を後にした。

「寮はこの仮設住宅の一番端の一列なぁ」

 綺麗に並んでいるプレファブをずっと奥、海側に進んだところ、一番作業場に近いところを寮としているようだった。

「もともとは寮も仮設住宅だったんだけど、街を離れるひとや、自分の住まいを建てた人が出て行ったんで、仮設の人を整理してもらってウチの会社が借り入れたもんなの」

「そうなんですか」

「『防潮堤』建てるには、ここに住むのが一番都合がいいしなぁ」

「そうですね」

 いくつか、プレファブの建物を通り過ぎていた。平屋の形で玄関が二つ並んでいる。つまり一つのプレファブに寮の二部屋が入っているということだ。

「そういや、鍵には何番書いてあった?」

「5番です」

「おっと、ちょうどここ5番だぁ。通り過ぎる前に聞いてよかったぁ」 

 そう言うと、プレファブの家の玄関の前で、おじさんは立ち止まった。

「ほら、鍵だして」

 俺は鍵を取り出しておじさんに渡そうとする。

「何やってんの、開くか確認して。自分でやんないと意味ないし」

「は、はい。」

 俺は鍵を引っ込め、自分が玄関の前にたち、鍵を開けた。

「開きました」

「わからないといけないから、簡単に話するよ」

 俺は扉を開いて、中に入ると、おじさんがタタキのところまで入って来て、部屋の明かりをつけた。

 六畳と台所、風呂トイレ一体のユニットバスがある形式だった。

 寝て起きるための部屋、最低限の生活の為のものだった。

「あと、そこ、ここが灯りのスイッチな。その壁にエアコンのリモコンが付いてる」

 俺は中を探して、壁についているリモコンを確認した。

「ありました」

「つくかやってみて。今日は問題ないけど、エアコン動かないと、夏も冬も、即、命にかかわる問題だから」

 運転ボタンを押すと、エアコンが『ピ』っと反応した。

「良かった良かった。テレビとかはないから前の部屋から運んできてからだなぁ」

「いや、もう俺、これで引っ越し完了なんで」

「えっ? 荷物そのカバンだけ?」

「ええ」

 おじさんは目をまるくした。

「ん、じゃ、な、布団とかどうするの? ぼろだけど毛布あるけど」

「ああ、大丈夫です。用意はありますから」

「そ……」

「それじゃあ、どうもありがとうございました。また、明日」

「そ……」

 おじさんはまた何か言いかけてやめた。

 いったん上がってもらうべきだったか、とも思ったが、何ももてなすものがない。どうせ部屋の構造は同じだろうし、中を見たいわけでもないだろう。俺は頭を何度も下げると、おじさんは言った。

「んじゃ、おやすみ。明日は初日だからしちじに事務所に集合して」

「七時ですか」

「ん、しちじな。おやすみなぁ」

「おやすみなさい」

 おじさんが出ていき、俺はしばらく玄関から顔を出して、おじさんが去っていくのを見てから扉を閉めた。

「はぁ……」

 ため息を吐きながら、畳のうえで仰向けに寝転ぶ。

 この小さな空間でこれから暮らすんだ、としみじみ思う。初めてくる地方。知り合いも誰もいない不安。

 ごろり、と移動して、とりあえずカバンから充電器を出すと、コンセントにつなぎ、スマフォにつけた。

 そして、スマフォでネットを始める。スマフォの中の世界は相変わらず都心を中心にした世界と変わらない。というか、みているのはスマフォの世界であって、都心の世界ではないのかもしれない。なにはともあれ、俺はスマフォの中の世界が相変わらずで安心した。

 その時、ノックの音がした。

「一応なぁ、毛布やるからもっとけなぁ」

 俺は慌てて立ち上がって、玄関の鍵をあける。

「あ、あの」

「もしな、寒かったら使えなぁ。いやなら捨ててもいいから、遠慮すんなぁ」

 おじさんは両手にたたんだ薄緑色の毛布を持ち、俺に差し出した。

 俺はしっかりと扉を開けて、それを受け取る。

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