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防潮堤  作者: ゆずさくら
17/21

(17)

 入口から入ってくる客は、非常にゆっくり動いている。この映像のフレームレートでも分かる。右肩が出る、右足が出る、左肩が出る。左足が出る。まるで……

「ゾンビ?」

「ああ…… 間違いないな」

 レジにいた奥さんが異変に気付く。大きくゼスチャーをして、店の奥に入った旦那を呼んでいるようだった。

「あっ、手を引っ張られた」

 奥さんが、(ゾンビ)に手を取られた。奥さんは何を思ったか、防犯用のカラーボールを投げつけたようだった。

「来た来た、助けてあげて……」

 山岡さんは手を合わせる。

「噛まれてはないよ」

 ほどなく旦那がきて、レジから(ゾンビ)を引きはがす。奥さんは勢い余ったのか背中を打って、しゃがみ込んでしまう。

 旦那は(ゾンビ)にしがみついて、入口の方へ引きずり出していく。半ばまできた時に、旦那は急に乱暴になる。

「あっ、蹴った」

 さっきまで穏便に外に出そうとしていたのに、急に、(ゾンビ)を足で蹴り始めた。

「腕を(かば)ってるな…… 噛まれたんだ」 

 佐藤さんが冷静にそう言うと、山岡さんは口を手で押さえた。

 旦那と(ゾンビ)の姿が映らなくなると、ようやく奥さんが立ち上がった。

 そして何かごそごそと探していると思うと、小箱をと取り出して、店を出て行った。

「この店って、おじさんとおばさんだけでやってるのかしら?」

「多分」

「この二人が店を出たってことは……」

 今の映像の時間が、約八時間前だ。コンビニが開いた時間。こっちが朝礼を始めるかというタイミングだ。

「同じぐらいだ」

「何がだ」

 俺は映像の時間を指さして、言った。

「監督がゾンビ化したのと同じぐらいの時刻じゃないか」

「……」

「さっきみたいに、岸にゾンビが流れ着いたんじゃないのか。夜うちに。そして、朝、一斉に内陸に向かって侵攻している」

「……」

 俺は佐藤さんの無言の意味が分からなかった。

「佐藤さん、そんな気がしませんか」

「さあな……」

 佐藤さんは映像を止めたまま、立ち上がると、今度は入口のオートドアのことを話し始めた。オートドアの電源を切って、開かないようにしておかないと、ゾンビに入ってこられるというのだ。オートドアの上部にあるスイッチを切って、手で閉める。

「ここの下の鍵を閉めて置けば、簡単には入ってこれないだろう」

「この映像はどうするんです?」

「そこまで見れば十分だろう。二人はゾンビ化して、戻ることはなかった、それだけだ」

「……」

 変だ。犀川(さいかわ)さんのせいか、佐藤さんの言動に違和感を覚えた。

 俺は一人で店内の映像をさらに進めて確認した。

 客の来ないコンビニの防犯カメラ映像は、退屈だった。

 何度目かのあくびをした後、記憶がなくなっていた。




「ああ……んっ」

 遠くで女の人の声が聞こえる。

「ん…… んっ」

 喘ぎ声? 店内のカメラ映像再生中に寝込んでしまったことに気がついた。

 ゾンビにやられる。俺はパッと上体を起こすと、周りを見回す。

 すると店の端で、犀川(さいかわ)さんが耳に手を当てて、目をぎゅっと閉じている。

「あん、ああ…… あん」

 喘ぎ声が聞こえる。これを聞くまいと耳を塞ぎ、目を閉じているに違いない。

 俺は立ち上がって、辺りを見回すと、声の主が分かった。

「山岡…… さん、佐藤さん」

 どうして、そんなことを……

 二人は俺の目が覚めたことなど気にも留めない様子だった。

 耳を塞いでいた犀川(さいかわ)さんが、急にこっちにやってきたかと思うと、レジカウンターに無造作に置いてあった鍵を取って、自動ドアの方に向かっていく。鍵を開け、手でオートドアを開いていく。

 コンビニ(ここ)を出て行くつもりだ。

犀川(さいかわ)さん、待って、外はゾンビが!」

 いつの間にか外は暗くなっていた。

 俺は慌ててレジカウンターを乗り越え、犀川(さいかわ)さんを追う。

「橋口さん?」

「橋口はいいとして、犀川(さいかわ)を逃がしちゃまずいな」

 俺は走って追いかけた。

犀川(さいかわ)さん、危険だ!」

 コンビニの前の小さのスペースから海沿いの小道に出て、左右を見回した。南の方向に走っていく犀川(さいかわ)さんの姿が見える。俺は追いかけた。

 必死で追いつき、手をつかむものの、犀川(さいかわ)さんはその手を振り払った。

 しかし、息が切れていて、これ以上逃げるつもりはなさそうだった。

「はぁはぁはぁ…… なんで追いかけるのよ、ほっといてよ」

「はぁ、はぁ…… あ、あそこを離れたら、ゾンビにやられるかもしれないんだぞ」

 俺は苦しくて、体を曲げ、膝に手をついた。

「はぁはぁ…… コンビニ(あそこ)にいたら、あたしゾンビじゃなく『佐藤』にやられちゃうのよ。それともあんたも佐藤と同類?」

「はぁ、はぁ…… 俺はしない…… 寝てたからわからないんだけど、なんであんなことに…… なってるの?」

 犀川(さいかわ)さんは真っすぐ睨んだ。

「はぁ、はぁ、あたしもしらない」

「……」

「だいたい。あなたと山岡さんは恋人じゃないの? 悔しくないの?」

「いや……」

 俺は『おれと山岡さんは恋人じゃない』と言いたかったのだが、息が切れているのと、山岡さんと加藤さんの姿を見て、思ったより動揺している自分をさらけ出したくなかった。今、気持ちを声にしたら、うわずったり、怒り口調になってしまう。

「はぁ、はぁ。もどらないから。あんなところに戻らないから。じゃあ、ね……」

 体を曲げたまま顔を上げ、犀川(さいかわ)を少し見上げるように見た時、俺は自分の目を疑った。

「な、なによ?」

「そ、それ……」

「きゃぁーーー」

 犀川(さいかわ)さんが全力で悲鳴を上げると、俺の背後に戻って来た。上着を強く引っ張るせいで、俺は上体を真っすぐにして立った。

「さ、佐藤さん」

 先回りしたかのような場所に、佐藤さんが立っていた。

 上着は引っ掛けただけのようで、ボタンは止めていなかった。すこし見える上半身は筋肉がついて、鍛え上げられていた。

「ちょっと驚かせてしまってすまん」

「……」

 男女四人しかいないところで、二人が関係を持ってしまう状況を『驚かせてすまん』で切り抜けれるものか、と俺は思った。

「あれは、山岡さんから誘って来たんだ」

 佐藤さんは両手を広げて、訴えてくる。

「……」

 犀川(さいかわ)さんがぎゅっと俺の服をつかむのが分かる。

「しかたないんだよ」

「佐藤さん、聞きたいことがある」

「なんだ」

「さっき『橋口はしかたないとして、犀川(さいかわ)を逃がしちゃまずい』とか言ったでしょ? あれどういう意味?」

 真剣な表情をしたかと思うと、突然笑い出した。

「ああ、それか。橋口さんはゾンビの怖さを知っているけど、そっちの犀川(さいかわ)さんはお母さんとゾンビの区別がつかないから、一人にしては危険だ、ということさ」

「ふうん」

「信じないのか」

 どう振舞っていいのか悩んだ。これを嘘だと言い切る確証はない。佐藤さんの目的も分からない。ここで対立しても、損なだけだ。

「……いや」

 すこしホッとした表情を見せて、佐藤さんは胸を抑えた。

 そしてコンビニの方を指差す。

「さあ、帰ろう」

 と言って佐藤さんは、俺の後ろにいる犀川(さいかわ)さんの腕を捕まえようとする。

 俺は犀川(さいかわ)さんに盾のように使われた。

「……完全に怖がられちゃったな」

 あんなに堂々と男女の行為をされては、女の子でなくてもビビってしまうだろう。

「ほら、こわくないから」

 左、右、と俺の横から手を出して、しつこく犀川(さいかわ)を捕まえようとする。

「やめろ」

 俺は佐藤の手を払った。

「……お前、何やった?」

「怖がってるじゃないか」

「覚えてろ」

 佐藤はものすごい形相で俺を睨んだ。

「とにかく戻るぞ。山岡が心配だ」

 佐藤が早足でコンビニに戻り始めた。俺は犀川(さいかわ)さんを背中に捕まらせたまま、ゆっくりとコンビニの方へ戻り始めた。




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