(16)
「いいですよ。登って来てください」
まず最初に山岡さんが上がってきた。山岡さんは手を伸ばして、あやみちゃんが上ってくるのを手伝った。
次に俺が呼ばれて下から佐藤さんが持ち上げるボンベを二本、バーナーを引き取った。
そしてもう一度紐を握って、佐藤さんが上ってくるのを手伝う。
蓋は入れないよう閉めてしまう。
「これ、戻ってきたらどうやって開けるんですか?」
海岸の側で開けて入ったように、細くて硬い棒がないと穴に指を突っ込んだのでは持ち上がりそうになかった。
「指で持ち上げればいいだろう」
佐藤さんはそれが出来るのか、と俺は思った。
「俺には出来ません」
「なら俺がやる」
俺はうなずいた。
寮からコンビニまでニ十分ぐらいかかるのだが、ここからならニ十分はかからない計算だった。
しかし思ったより歩くスピードは遅かった。どうしてもボンベを運ぶ必要があったからだ。
「コンビニ、ってここらへんじゃなかったかしら」
山岡さんがきょろきょろと左右を見渡すが、それらしき建物はない。
昼間来たことはないが、まだ先だったと俺は思った。
「もうちょっと先ですよ、俺たちがボンベを運んでいるから、少し時間がかかっているだけです」
俺がアセチレンのボンベ、佐藤さんがバーナーと酸素のボンベを運んでいる。
「もうしこしで着く。心配ない」
そう言う佐藤さんの後ろで、あやみちゃんが睨んでいる。
佐藤さんが『あやみちゃんのお母さんが生きている』ことを否定するせいなのか、それともさっき佐藤さんが捕まえたせいなのか、理由はわからなかったが、とにかく終始ずっと佐藤さんを睨んでいる。何か恨みでもあるかのようだ。
立ち止まって山岡さん、佐藤さんと距離をとった。そして、あやみちゃんに向かって手招きした。
幾分距離はとっているものの、少し俺の方に歩み寄ってくる。
小声で言った。
「あやみちゃん、佐藤さんのことなんでそんなに睨むの」
迷惑そうな顔をして、胸の前で腕を組んだ。
「名前で呼ぶのやめてください。私、犀川っていいます」
「……犀川さん、佐藤さんに何か恨みでもあるの?」
「別に、ただ、変でしょ」
「変て?」
「知らない。直観」
捨てるようにそう言うと、佐藤さんと山岡さんの方に向き直って歩き出してしまった。
変…… 犀川さんが言うように、変は変だった。
これだけゾンビに詳しいということだって、変と言えば変だ。何しろ、北から逃げてきているだけでも変だ。大災害に流されたけれど生きている、という話もなかなか出来すぎている。変には違いなかったが、変だから敵、という訳ではない。俺に『外出するな』と忠告してくれた。忠告を聞かずに、物音や扉をノックする音に反応していたら、今頃、俺もゾンビ化していたかも知れない。事務所の中にいたゾンビを焼き払わなかったら、いま、ここにも作業員のゾンビが追いかけて着ていたかもしれない。海岸に打ち寄せられているゾンビに追いかけられた時だって、佐藤さんの地下通路を使わなければ助からなかった。
犀川さんだって、佐藤さんに守ってもらったわけなのに。
「ほら、急ぐぞ。暗くなる前にコンビニに入ろう」
まだまだ日は高く、すぐには暗くはならないだろうが、早めに水や食料を確保したいんだと思った。佐藤さんの、今日の午前中ぐらいまでの、訛りのあるしゃべり方が消えているのも『変』なのかもしれない。
「コンビニ!」
山岡さんが、そう言うと左手にコンビニを見つけることが出来た。
「もう少しだ」
佐藤さんが、ぐいぐいとボンベを引きずりながらコンビニに向かう。
俺と犀川さんはゆっくりと後を追う。
佐藤さんと山岡さんが慎重にコンビニの中を確認する。
万一、中にゾンビがいたらその場で墓場に変わってしまう。ゾンビがいないこと、あらゆる出入り口を封鎖できること、籠城するにはそんな条件が必要だった。
「大丈夫だ。店内にはいない」
佐藤さんが手招きすると、俺と犀川さんもコンビニに入る。
入店音が鳴り響いているのに、誰も出てこない。俺は思わず佐藤さん、山岡さんに言った。
「店員は?」
山岡さんは首を横に振る。
俺がボンベを並べて立てかけていると、佐藤さんが言った。
「橋口、俺と一緒にこい。店内を確認する。二人はこのモニタを見て、ゾンビが近づいていないか確認しろ」
佐藤さんはそういうと、レジカウンターの内側にあるモニタを監視させた。
俺と佐藤さんは、コンビニを出て、店の外を回ってバックヤード側や、二階の住居を確認する。
バックヤードには十分な在庫があって、このままなら何日でも籠城できそうだった。
バックヤードを出ると、勝手口を開けた。
「誰かいるか」
大きい声で呼びかける。何も反応がない。
「来い」
佐藤さんが言う通り、俺も佐藤さんの後をおって住居側に入る。
「靴脱がない…… んですね」
「靴を脱いでいたら、いざという時、ゾンビから逃げれない」
俺はうなずき家に入っていく。
一階にはほとんどスペースがないまま、二階へ続く階段になっていた。
二階に上がると、広々としたキッチン、リビングルームがあった。再び佐藤さんが呼びかける「誰かいるか」声は響いていて、打ち消すような音はない。誰かいれば確実に聞こえているはずだ。
「ほら、これを持て」
佐藤さんはリビングにあったゴルフバックから、ゴルフクラブを抜き取って、放り投げた。
「まだ誰かいるかも」
「いない。もうここはやられた」
「なんで? 血の跡も、争った形跡すらないのに」
「家の者はコンビニの店員だ。店員がいないのと同じで、ここにも誰もいない。みんなゾンビになってふらふら歩きまわってるんだ」
佐藤さんもゴルフクラブをもって、各部屋を開けて確認して回っている。
俺はそれに必死について行きながら、言った。
「証拠も何もないじゃないですか」
「コンビニの映像を確認すればわかる」
二階の部屋を全て確認して、俺と佐藤さんは急いでコンビニへ戻る。
「あっ、お帰り」
「私たち、噛まれてないから」
犀川さんはムスっとしたままそう言った。
「そこを空けろ」
佐藤さんが言うと、山岡さんがびっくりしたように飛び退く。
佐藤さんは椅子に座ると、防犯カメラの録画装置のリモコンをみつけ、録画画像をモニタに表示させた。
「何してるの?」
「コンビニの店員が消えた理由を探すのさ」
画面には録画した時刻が表示されている。
手前にレジ、温かい商品のカウンター、入口方向まで見える。この感じだと、タバコの棚の上についているカメラ撮っている映像だ。
高速度で画像を前後に進める為、何か映っているのか判断できないでいたのだが、佐藤さんは何かに気付いたように通常のスピードで画像を再生させる。
店内は明るい。時刻は今日の朝。男の人がレジに鍵を差し、何か確認している。
コンビニの入り口から入ってきた女性が、カウンター側に入って来て男の人と話している。
通常のスピードで再生されているが、そもそもフレームレートが秒一コマより荒いので、映像は早送りしているように、時々人の移動が飛んでいる。
入れ替わって男の人は店の中の方に移動して、奥さんがレジに何か打ち込んでいる。
と、入口に別の人物が映る。
「客?」
レジの前にいた奥さんは、入って来る人物を一瞥すると、またレジを向く。