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防潮堤  作者: ゆずさくら
14/21

(14)

 ガスボンベをくくりつけている紐を二人がかりで、引きずりながら、佐藤さんの後を追う。

 これだけのものをひっぱっていても、ゾンビには追い付かれそうにはなかった。

「佐藤さん、どこにいくつもりなのかしら」

「わからない。けど、ゾンビのことを知っているのはあの人しかいない。今はついていくしかない」

「そ、そうね」

 ボンベは重く、山岡さんの力では、ほとんど引っ張ることは出来なかった。

 基本的には俺がひっぱり、引っかかったり曲がった時に手伝ってもらうようにして、進んだ。

 海岸線には、次々に黒い物体が流れ着き、流れ着いた者から立ち上がった。

 立ち上がったものは、目で追うというより、嗅覚で俺と山岡さんの方向へ歩き始める。

 動きが遅いから追い付かれないが、数が問題だ…… 俺は海の方を見ながらそう思った。

「佐藤さんがいなくなった!」

 と、突然山岡さんが言う。

 俺は自分の顔が引きつるのを感じた。

「そんな! もう一度しっかり見てください!」

「見てた、見てました。けど、いなくなっちゃったんです」

 俺はボンベを引っ張るのをやめ、山岡さんが見ている方向を必死に探した。しかし、見当たらない。

「じゃあ、いなくなる前に見ていたあたりに向かって誘導してください」

「……」

 俺の声に含まれる、苛ついた感情に気付いたのか、ムッとした表情で睨みつけた。

「早く!」

 俺は急いた。喧嘩しても仕方ないのは分かっていたが、疲労と焦りに加えて、佐藤さんを見失ってしまうという事態の発生に苛立っていた。

「わかってるわよ」

 言い過ぎた。しかし俺は謝らなかった。

 山岡さんの誘導のまま、『防潮堤』の下まで進んだ。

 しかし、佐藤さんの姿はなかった。

「?」

 草が生えているところに、マンホールのような鉄の丸い板があった。

「まさか、ここから下に入ったんじゃないか?」

「わかんない」

「わかんないって、見てたんだろ?」

「しらないよ」

 お互いどんどんと声が大きくなっていく。

「これじゃないなら、他を探せよ」

「ここら辺だったっ!」

「だから佐藤さんはどこで見失ったんだっ!」

 俺は叫んだ。

 その時、その鉄の丸い板が軽く動いたように見えた。

「?」

 俺はその板に近づいて、小さく開いている穴を覗いた。

「暗くてなにも見えない」

 再び、丸い板が動いたように見えた。

「動いたっ。見たよな?」

 山岡さんは怒った顔のまま腕を組む。

 俺は山岡さんの方を見ながら言う。

「ゾンビ」

「!」

 山岡さんは飛び上がるように走り出すと、すぐさま後ろを確認する。

 俺は山岡さんを両腕で捕まえる。

「……ウソだよ」

 山岡さんは涙目になりながら、俺の胸を手でドン、とたたいた。

 と、鉄の丸い板から声がした。

「そこにいるのか?」

 聞き覚えのある声だった。

『佐藤さん!』

 俺は山岡さんとハモってしまった。

 鉄の板の下から声が聞こえる。

「ボンベとバーナーは持ってきたか?」

「はい」

「そこの周りに鉄の棒が置いてある。それを穴に突っ込んでひっぱり上げるんだ」

「わかりました。けど、この穴はなんなんです?」

「『防潮堤』の地下にある空間につながっている」 

「入ったらどうすれば」

「ゾンビに鉄の棒を使った作業は無理だ。同じところに鉄の棒をおいてから、入って内側から蓋を閉めろ」

 俺は周りに置いてあるという鉄の棒を探した。

「これだ」

 と言った時、俺と山岡さんの間に人影が見えた。

「えっ?」

 その人物は、片目が眼孔から落ち、髪の毛と海藻が絡み合っていた。指が何本か欠けている。足も皮膚が裂けて黒くなった肉が見えている。その人物の後ろを見ると、すぐ近くの波打ち際から足跡が続いている。

 明らかに、俺と山岡さんを追ってきたゾンビとは、別のゾンビだ。

「キャー」

 声に反応したのか、ゾンビは山岡さんの方に向いて、動き出した。

 どうする……

 俺は鉄の棒を両手で握り込んだ。

 そのままゾンビの背後から踏み込んで、水平に振り抜いた。

 スパッ、という表現がぴったりするように、棒はゾンビの頭と胴体を切り離した。ただの棒が、名刀のような働きをしたのだ。

「……」

 頭が地面に落ちると同時に、体もバランスを失い、山岡さんの方へ倒れる。

「早くこっちに」 

 俺はそう言うと、板の穴に鉄の棒を突っ込み、板を持ち上げてずらした。

 鉄の棒を放ると、まずバーナーとボンベをゆっくりと下し、次に山岡さんを下ろし、最後に俺が入った。

 中から必死に蓋を持ち上げ、ずらしてずらして、ようやく蓋を閉めることができた。

「ふぅ……」

 ここまでボンベを運んだおかげで、手足がパンパンだった。おまけに、最後の蓋を閉めるのに、背伸びをしなければならず、ふくらはぎがつりそうだった。

 俺はその場で腰を下ろして、壁に背中をつけてしまった。

「……」

 山岡さんが俺の隣に腰を下ろした。

 俺の腕にしがみつくように腕を回してくる。

 海の匂いと、ゾンビの腐臭だらけだった俺の鼻に、急に甘い香りが入ってくる。

 山岡さんにしがみつかれた腕は、やわらかいものに包まれて気持ちが良かった。

「ありがとう。橋口さんがいなかったら私助からなかった」

「!」

 足音がして、鉄の蓋から差し込んでいた光が消えた。

「(ゾンビが上に来たんだ)」

「(怖い)」

 と、まもなく二の穴から光が差し込んできて、少し砂が入り込んだ。

「行ったみたいだ。早く佐藤さんのところに向かおう」

 俺は山岡さんの胸の感触をもう少し味わいたかったが、振り切って立ち上がった。

 ガスボンベとバーナーを引きずって、地下通路の奥へと入っていった。




 女子高校生は、後ろ手に縛られた上に、足も縛られ、床に座っていた。

「全員そろったな」

 佐藤さんが、静かに話し始めた。

「俺は、大災害(つなみ)の時、波に流されてしまった。たまたま流れてきた大きな木片につかまることができたが、沖に流されてしまっていた。泳いで帰るには遠すぎたし、寒すぎた」

 今までの訛ったような佐藤さんのしゃべり方は、標準語のようになっていた。

「それでもわずかな望みを持って、木片にしがみついていると、そこに北の船がやってきた」

 佐藤さんは北の船が引いていた網に掛かってしまった。

「一緒に流されていた、多くの犠牲者も同じ網にかかった」

 網にからめとられた津波の犠牲者は、船の中で流れるように処理されていた。

「俺は生きていたから、柱につかまって、ギリギリその処理から外れることができた」

 緑色をした粘り気のある液体だった。北の国の言葉で『薬液』とだけ書かれたパイプから、流れ落ちてきていた。

 網にかかった遺体は、一定時間、その緑の薬液につけられた。

 薬液に入れられた死体を見ていると、一瞬だけ、手足が震えたように見えたそうだ。

「それより驚いたことに、薬液から上がってきた犠牲者は、ゆらゆらと揺れながら立ち上がった」

「えっ?」

「俺も目を疑った」

 数分前まで死体だった者が、薬液につけられ、上がった時には動き出しているのだ。

「立ち上がるものの、声は出なかった。しゃべりかけても答えない…… ゾンビ。これはゾンビなんだ、とその時思った」

 佐藤さんは、ほどなくして、船の乗員に見つかった。

 しかし、たまたま北の国の言葉を勉強していた佐藤さんは、船員達に『生きたい』と伝えると、船員達は『労働力』欲しさに佐藤さんを受け入れた。

 船は『うごめく死体』をのせたまま、北の港に着いた。

「その『うごめく死体』をどう処理したか、までは見れなかった」

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