(12)
「二人は助からない」
「とにかく窓をしめて」
「こっちからじゃ鍵掛からないぜ」
「さっき入口にいた監督を見ればわかるでしょう? 開けられるはずの扉を開けようともしていない。ゾンビ化すると、単純なことも理解できなくなるんだと思う」
俺は手を伸ばして、窓をスライドして閉める。これだけでも十分な時間稼ぎになる。
「どこに逃げるよ」
「あっ、佐藤さん」
「あの人は階段の上にいたから、助からないよ」
「……」
一番この事態について理解していると思っていた佐藤さんを失うとは…… 状況はどんどん悪化している。
「とにかく、情報を集めよう。間違った方向に逃げたらアウトだ」
「自分の部屋に戻っていいか」
「バラバラになったら、今度会った時に、お互いゾンビ化しているかわからなくなるぞ」
「自分の部屋に戻れば、連絡がとれるかもしれない」
「どういうこと? 無線機かなにかあるのか?」
「パソコンがある」
「ネットは使えなかったろ」
と言って作業員がスマフォを取り出す。
「会社のは制限が掛かってるけど、個人のはそうじゃない。スマフォと違って有線だから、会社のと同じでつながるかもしれない」
「よし。お前の部屋に行こう」
俺たちはその作業員の寮の部屋について行った。
その部屋の作業員が靴を脱いで部屋に入ろうとした時、誰かが言った。
「靴脱いだら、緊急時に逃げられなくなるぞ」
その一言で全員が靴のまま部屋にあがることになった。
部屋の中の安全が確認され、俺と山岡さんが入った時、後ろから声がした。
「やっぱ俺、自分の寮に戻る」
「何言ってるんだ、さっき言った通り、そんなことすると今度合流した時にお互いゾンビ化しているかわからなくなるんだぞ」
「大丈夫。部屋戻ったら、何日は出ないから。水も飯もそれくらいなら持つし」
「おいっ、待てって!」
「……」
「なんで止めない」
俺は言った。
「もうギリギリなんだよ。俺たち、生きるか死ぬかの時なんだから、自分で選ばせてやってもいいのかなって」
「……もうあいつとは合流しない。見えないところが噛まれていたら、判別できないからな。いいか、全員それは守れよ」
「うん」
俺は扉に鍵を閉めた。
テーブルに置いたノートPCの画面に全員が注目した。
キーワードを入れていく。
『ゾンビ 拡散 避難場所』
検索結果は多数あるが、どれも映画やTVドラマの『あるある』やサバイバル指南と言った趣のページだった。
「もっとリアルなのはないのかよ」
「リアルってなんだよ」
「まずは掲示板か、SNSを開けよ。ゾンビなんてキーワードで引っかかるのは、映画とか空想科学の話に決まってる」
「……」
掲示板を開く。
何もそれらしき書き込みも、画像も見当たらない。
「どんな掲示板を探すんだよ」
「ショートメッセージを投稿するSNSはどう?」
「それなんだっけ?」
「『言ったぁ』だろう。さっさと表示しろよ」
ポータルサイトに戻って、キーワードに『言ったぁ』と打ち込む。
「ハッシュタグは?」
「知らねぇよ。まともに考えれば『ゾンビ』だろうけど、そんなの、あるわけねぇだろ」
周りはそう言っているが、キーボードの前の奴はきっちり『ゾンビ』で検索している。
「あっ……」
画面に、たくさんの書き込みが表示される。リアルタイムに、増殖するように。
『外が騒がしいから写真とったけど、これって映画の撮影??#ゾンビ』
『ゾンビっぽいのが、玄関ピンポンしてきた件の画像#ゾンビ』
『気味悪……』
『マジで何なんこいつら#ゾンビ?』
『時代遅れのフラッシュモブ?#ゾンビ』
『まともな奴が巻き込まれている様子見てるとマジっぽいんだけど#ゾンビ』
「おいっ、これって、本格的にやべぇんじゃねぇか」
「いまならこの周囲にはそんなにゾンビがいない。こいつらの書き込みみたいにゾロゾロ通りを歩かれたら逃げ場がなくなるぞ」
「画像はどこのあたりなんだよ」
「市街地だな。ここより南側だ」
「じゃあ、もっと北の方に逃げればいいってことだな」
「そうと分かれば、『善は急げ』だ」
そう言った時には、全員が立ち上がっていた。
寮の部屋を出ると、信じられない光景があった。
事務所から火が出ていた。メラメラと燃える大きな炎。あのゾンビ達が何かを間違えて、火が出たのだろうか。
「なんで燃えてるんだ……」
俺は何となく思っていたことを口にした。
「これ佐藤さんが燃やしたんだ」
「へ?」
「橋口さんなんか根拠あるの?」
「根拠はないよ。何となく……」
あるいは、消去法からそれしかない、ということなのだろうか。ゾンビには知能がない。横に開く窓も開けれなかった。だとすれば事務所を燃やすような炎を出す人物は一人しか残っていない。あとは全員ゾンビ化してしまったに違いない。
「燃やすなら佐藤さんしかいないだろう、という推測はアリだな」
「!」
一人の作業員が震えながら指を差した。全員がその方向に注目する。
「佐藤さん?」
山岡さんが訊ねる。体にロープを巻き付け、ガスボンベを二本引きずっている。顔には溶接用の面を着けている。
「佐藤さんでしょ?」
巻き付けたロープ、顔の面以外の要素、つまり着ていた服とか、体格とかは佐藤さんそのものなのだった。
「近づくな!」
「ゾンビ化していない証拠はないぞ」
その一言で、俺たちはその溶接用の面を着けている男から一斉に離れた。
男は片手で弾くように面を上げると、言った。
「慎重なのはいいなぁ。ゾンビは知能がないから、まともに話せないななぁ」
「さっきのゾンビなりかけの連中の状態と同じかもしれないぞ」
「じゃあ、すこしだけ距離をとってすすもうかぁ。俺がゾンビだと思うなら、すぐ逃げればいいなぁ」
佐藤さんはこの状況でなぜそんなのんきなことを言っていられるのだろう。仲間が必要じゃいのだろうか。この人だけが生き残る方法を知っているような気がしてくる。
「佐藤さん、なんでガスバーナー持っているんですか? 事務所の火事はもしかして佐藤さんが?」
「ゾンビ化すると、体はカラカラになるなぁ。それはよく燃えるなぁ」
「な、なに言ってるんです」
「やつらを焼き殺したってことだぁ。だから俺はかまれてない」
佐藤さんは、俺たちと一定の距離を取っている。
「もしかして、佐藤さん『も』俺たちを疑ってます?」
「あたりめぇだぁ。俺のみてねぇところで、何があったかはわからねぇからなぁ」
この場でお互い裸になって噛まれていない事を証明するのも変だし、危険だ。距離をとって行動し、ゾンビ化しないか常に確認するしかない。
「事務所を焼いてしまったのはわかるんですが、監督はどうしたんですか?」
「監督も焼いたぁ。直接バーナーでなぁ」
事務所の外に、黒焦げになった人型の物体が見えた。
「キャー」
山岡さんが悲鳴を上げる。さっきまで普通に会話ができていた人が、ゾンビ化し、今、炭素と化したのだ。その遺体が目の前にあるとしたら、衝撃以外のなにを感じると言うだろう。
そして、その奥、事務所の中。燃え盛る炎の中に、黒くうごめく人影が見え、俺の顔も引きつった。
「あいつらしぶといからなぁ。炎の中でも生きてるように動くなぁ」
いや、少なくとも数分前には人間だった人に対して言える言葉ではない。俺は、そんな言い方をする佐藤さんに鳥肌が立った。
「……」
佐藤さんが俺の顔を見て、何か思ったのか立ち止まる。
「俺がゾンビになった時も、そういう対応していいからなぁ。むしろそうしてほしいって、覚えといてなぁ」