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防潮堤  作者: ゆずさくら
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(1)

 工場をクビになった。

 以前のように勤務態度が悪かったからとか、他の従業員と喧嘩したから、という理由ではなく、景気が悪化して生産量を削減することになった為、だった。

 俺は仕事を探しているうち、海沿いの町での土木作業の仕事を見つけ、応募した。

 面接とかがあると思っていたが、あっさりと書類だけで採用された。

 そして電話がかかってきた。

「すみません、すぐにでも仕事にはいれませんか」

 そもそもその職場の海沿いの町は、途中新幹線をつかって四時間かかる場所だった。

「寮もすぐ入れますから、とにかく早くきてください」

「は、はい。そちらに伺う為の交通費は出ますか?」

「東京からの新幹線代は来ていただいたときに清算しますので」

 俺は電話を切ってすぐさま支度をした。どのみちこの部屋にいられるのも、今週いっぱいだった。もし採用されなかったら、公園かどこかで野宿をする覚悟は出来ていた。

 昼は過ぎていたが、夜までに海沿いの町につくには十分な時間があった。

 都心の駅で乗り換え、新幹線に揺られた。

 腹は減っていたが、行った先で食べるつもりで我慢した。今度の仕事先である海辺の町で、米をつくっているのかは知らないが、昔からこの地方は米どころとして有名で、餅や煎餅の有名ブランドもある。そういう意味で、食事には期待していたのだ。

 新幹線を下りるなり、俺は食事処を探した。

 海辺の町、米どころ。二つを堪能するなら『寿司』か、と思い寿司屋を探す。

 近くにあった古めかしい立派な看板の寿司屋に飛び込む。

 入って、いきなり、俺はビビってしまった。

 ずらっとカウンターが並ぶばかりで、それ以外の席が見当たらないのだ。カウンターで寿司を注文したことがない俺は焦った。

「あの、カウンターだけですか?」

 と、あっさり奥の席を案内された。

 俺は安心して席に座り、メニューを開いた。

 セットになっているものを選んで注文する。それでも回転する寿司屋よりはずっと高い。念のため財布の中の金額を確認してしまう。

 注文した寿司が置かれると、端から口に放り込んでいく。うまい。

 これだけうまい寿司を、この金額で、かつ、都心で食べようとしたら、相当情報を集めてから、店を厳選しなければならないだろう。なんとはなしに入った店で、かつこの金額で素人の俺がうまいと感じるのは、ここではネタの『鮮度』が違うのだ。

 寿司を堪能すると、俺は支払いをした。

「おいしかったです。鮮度がちがうんですかね」

「そうかもしれません」

 店員はニコリと笑った。釣銭を用意するのに手間取っている時に、俺は店の奥の扉が開くのを見た。扉の奥から『薬液』と書かれた大きな缶が運び込まれていた。

「?」

「おまたせしました。三百四十一円のお返しです」

 俺は釣銭を受け取ると、財布に入れた。金額的にも、もう戻れない。今度務める会社の寮に入るまでの旅費しかない。新幹線代が戻ってこなければ、夕飯も食えない。

 寮がある作業現場までは、ここからまだ少し距離がある。

 俺は駅に戻って目的の海辺の町行きのバスのチケットを買う。

「出発までは時間がありますから、そちらでお待ちください」

 待合室を案内された。

 誰も待っていない。俺はスマフォで時間を確認する。

「……」

 俺は待合室で待っていると、バスが入ってくる音がした。待合室には誰もやってこない。

 待合室をでてチケットを見せてバスに乗り込む。

 バスの中には、すでに何人かの客がいた。つまり、ここは新幹線の主要な駅のバス停留所なのだが、この場所が始発というわけではないようだ。

 俺はチケットを確認して、記載の通りの座席に座る。

 バスはしばらく待ってから時刻通りに出発した。駅周りの町をしばらく走ると、あっという間に高速に入っていた。

 少し北へ行くことになるのだろうか。俺はスマフォの地図で、位置を確認した。

 左手に海が見え、俺はひさびさにみる海に感動していると、今度は、行けども行けども、ずっと海が続くばかりで変化がないせいで飽きてしまった。だから、カーテンをしめてスマフォをいじっていた。

「まぶしい」

 と思うと、カーテン越しに太陽が見えた。もう夕方だった。

 海に沈んでいく夕日を、なんとはなし見ていた。

 停車地の名前が車内にアナウンスされると、俺は荷物を手にとった。

 降りる客は俺だけだった。

 バスを降りると、すぐさまそのバスは次の停留所に向けて加速していった。

 陽の沈んだ海は暗く、停留所の周りも、ポツ、ポツと灯りがあるだけで暗かった。

「寿司を食べるのに時間を使いすぎたかな……」

 俺は独りそう言うと、スマフォで地図を確認した。

 メールに書いてある住所を打ち込み、大雑把に見当をつけると、暗い道を歩き始めた。

 歩いているが、あたりが暗いことが気にかかった。

 バスを降りた時は、海が真っ黒だ、と思っていたが、どうやら海の方向に見えているのは海そのものではない、という事も分かってきた。

 海なら、船や町の明かりを反射したりして、真っ暗にはならない。

 海ではない、もっと近い『もの』が黒く見えているようだった。

「つーか、コンビニぐらいないのかな」

 あたりを見回しても、ポツ、ポツと見えるLEDの外灯があるくらいで、煌々と明るい店舗、つまりコンビニは見えてこなかった。

 コンビニを探していたが、スマフォを見ると、もうそろそろ事務所についてよさそうだった。しかし、それらしき建物も見えない。

「ん?」

 土がもってあって、ちょっとした高台になっているところに、明かりが見えた。

「ここを登ればいいのか?」

 俺はその高台を上っていく。

 上った先は、平らに整地されていて、そこにプレファブの建築物が筋状に並んでいた。

 どうやら、端にある三階建てのプレファブが俺が務める会社の事務所のようだった。

 ようやく灯りで人の気配を感じられた俺は、小走りに事務所に向かい、飛び込むようにして中に入った。

「すみません。採用連絡をもらった溝口という者です」

 俺は、電話口で対応していた女性(ひと)が対応してくれると思い、そう言ってから事務所を見回した。

 すると、ヘルメットを被った作業服の男性が奥からやってきて、両手を左右に大きく広げて言った。

「やっと来てくれたかぁ~」

 大きな声が、事務所内に響いたが、他には人がいなかった。

「いや、すぐ来るって聞いてたもんで。事務の()は定時で帰っちゃうし、交通費の支払いとかあるから、どうなるかと思ってたんだ」

 と言う声の、息がタバコ臭かった。どうやら喫煙スペースのようなところで時間をつぶしていたようだ。

「ほら、これが交通費精算分。受け取ったら、ここに印鑑くれるかな」

 俺は封筒の金額を確認して、出される紙に印鑑を押す。

「そんでこっちが入寮の確認書。ここに名前と印鑑な」

「はい」

 俺はろくに読まず、示されたところに氏名を書いて、印を押す。

「はいはい。ありがとう。これで俺も帰れるよ」

 確認書と引き換えに、さっきと同じような封筒を渡される。薄い封筒で、天井の照明に照らすと中身が透けて見えた。寮の部屋の鍵だった。

「あ、すみません、寮ってどこですか」

「ああ、すまんすまん。俺が帰る途中で寮によるから、そん時案内するなぁ」

 作業服のおじさんは、そのまま二階に上がっていく。

「あっ、そうだ、橋口さん、あんたも明日から働くから、上、あがってくるかい?」

 行かざるを得ない様子だった。俺はおじさんの後を追って階段を上がる。

「こっちが男性用の更衣室。橋口さんは男性の方でよかったかぁ」

「はい」

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