第四話 心を覗く楔
投稿から少し遅れてしまい申し訳ございませんでした。
前回からヒロインが登場したり、世界設定に触れ始めます。
今回もよろしくお願いします。
鉱山の騒動から一週間が経った。
クイゼル村でのネザーゴーストの討伐の噂は冒険者ギルドや商人を通じて
国中に知れ渡っていた。
大昔に災厄を起こしたとされる怪物の討伐を「村規模で対処できた」事が話題となり
王都から騎士が調査に訪れ、見物客やこれに興じて商人が集まり、村はお祭り騒ぎであった。
怪物退治の手柄を挙げたヴィッカーズ親子は設備復旧と怪我の治療を優先する為に
ネザーゴーストは駆け付けた冒険者と鉱夫達が倒した事にして、調査の目から隠れていた。
軽傷で済んだクロムは、件の事件で損害を受けた設備の修理やヴライネルの預かっていた仕事を代理で作業していた。
瘴気を全身に浴びたヴライネルは妻の医術士エルーデによる治療で、早々に復帰をしたのだった...
良く晴れた気持ちのいい朝
家の前の通りから聞こえる賑やかな声で目を覚ましたオレは
井戸に行き、汲んだ水で顔を洗う。
水鏡で自分の顔を見ながら大きくフサフサの毛が生えそろった耳をブラシで梳かして整える。
「よし、こんな感じかな」
ゴーストの騒動から一週間が経っているというのに、村のお祭りムードは冷めない。
実は、今日はオレの16歳の誕生日だ。
この国では16歳で成人とみなされるから、今日から大人の仲間入りをするのだけど
ここ一週間父さんの怪我の為に店を閉めてたから、今日は大忙し。
工芸品や装飾品屋さんは先にかき入れ時、鍛冶屋はうちぐらいだからここの武器・防具を求めてきたお客さんで大混雑しそうだ。
今年は誕生日を祝ってる暇は無いかな...
「親方!クロ!朝ごはん出来ましたよー!」
キッチンから父さんとオレを呼ぶ声がする。
声の主はセフィー姉さんこと、セフィーユ・チャービルさん。
母さんの弟子で、ハーフエルフの見習い薬師だ。
2年前にうちに住み込みで修業をしている。
母さんの友人の娘さんで、子供の時によく一緒に遊んで貰っていた。
亜麻色の長い髪と白い肌、穏やかな目元と空色の瞳。
スタイルも良いから、専ら店の看板娘として評判が高い。
優しくて面倒見もいいから、弱点という弱点は見当たらない人だ。
「はーい、今行くー!父さん、朝飯だってさ」
工房の窓から声をかける。
雷の魔法で作業する父さんの手元からはバチバチと火花が飛び散っていた。
遮光ゴーグルをつけて作業中だった父さんは、手を挙げて応答してくれた。
もう少しかかりそうだから先に食卓に行こう。
今日の朝食は川魚と野菜のスープと干し肉、デザートには木の実が用意されていた。
しばらくすると父さんも食卓に着く、するとセフィ姉さんが話し出した。
「クロも今日で16歳、大人の仲間入りね~」
「でも、やることは変わらないかなぁ。今まで通りに父さんの店を手伝うつもり」
「クロってば相変わらず孝行者だねぇ。男の子だったら、外の世界を見て見たいって思う方が多いと思ってたけど」
「まぁ、セフィちゃんの意見も一理あるな」
「でも元からオレは父さんの仕事を手伝うのも、物作りも好きだったし…
いつもいろんな発見があるから。外の世界はあんまり興味ないかな」
「それは助かるが...クロムが余所に行ったとしても、店が回らないほど俺らはへばっちゃいないぞ?」
父さんがそう言ってくれても、村を出た自分が想像できない。
そういえば、セフィ姉さんは成人後に母さんに弟子入りしてたな。
どうだったんだろう?聞いてみるかな。
「そういうセフィ姉さんはどうだったのさ?教えてよ」
「私?私は、お母さんのやってた農園で薬草とかを育ててハーブ料理の喫茶店を開きたいって思ったのよ」
「なるほどね、でも何でうちに来たんだい?」
「お母さんに相談したら、先生の事を紹介してもらったのよ。昔からの親友で、薬草学に詳しい人って聞いたの」
「なるほど、母さんに弟子入りしたのは目標の為の修行って感じ?」
「うん、そんな感じよ。クロさえ良かったら...お店一緒にやる?なんてね♪」
「はははっ!そういうのもいいんじゃないか?まるで俺と母さんみたいだな!」
「父さん、惚気が熱苦しいよ...でもセフィ姉さんは立派だなぁ。
だけど引き抜きは困るな、オレは工房を継ぐつもりだからさ」
実際のところ、オレも母さんから薬学を教わっていた。
なお、調合する分量を間違えて材料を無駄にして母さんを困らせていたりと苦手分野だった。
その点セフィー姉さんは薬草の種類・レシピ・採取法と知識の呑み込みが早くて適任だ。
オレの反応にセフィ姉さんがなんだか残念そうだ、きっと人手が必要だったのだろう。
手短に人手を確保したいから身内のオレを誘ったのもよく分かる。
「大丈夫だよ、オレよりも料理が上手な人を雇った方が上手く回ると思うよ」
「そんな意味で聞いたわけじゃないの!はぁ…」
「全く、お前さんって奴は...」
「金物が治せるようになっても、乙女心はまだまだ分からないのね…」
食事を終えた母さんが口を挟み、ため息をついた。
どういうことなの?怒られちゃった...
少々賑やかな朝食も終わり、工房に戻った。
「グルル!」
「おはようグリス、ほら朝ごはんだよー」
朝食から少し拝借した木の実をゲルルンに与える。
あの時助けてくれたゲルルンを流れで連れて帰ってしまったので、グリスと名前を付けて工房の照明係として働いてもらっている。
名前の由来は「グルグル」と鳴くからというシンプルな理由である。
うちに来て餌が贅沢になった所為か、最近ちょっとブヨブヨしてきてる...
しばらくすると、父さんが工房に入る。
「まいったな、怒られちまったよ。病み上がりなんだから無理すんなってさ」
「母さんの言う通りだと思うよ。オレはまだしも父さんなんてほぼ重症だったじゃん」
「問題ない!母さんの腕前を信じてるからこそ頑張れる、俺だけ寝込むわけにもいかない」
「無茶しないでくれよ?ゴーストの件で修理依頼が山積みなんだからさ」
「そうだな、教えるって言ってた事も出来てないし、作業に戻る前に...
お前さんのあの力の事を聞きたいしな」
ギクッ!
どうしよう、勢いに任せて言っちゃった事が裏目に出たか。
耳がピンと立って動揺を隠そうにも隠せない...
「別に責める訳じゃないさ。大事な話であることには変わらないけどな」
「わかった、じゃあ教えるよ...」
きっとゲルルンと話せたのも、この力に近い物なのかもしれない。
父さんがこの事情に詳しい理由もわかるかもしれない。
オレは坑道に繋がった洞窟の事やどんなことができたかを分かる範囲で伝えた。
父さんは顔を険しくし、焦るような顔で聞いていた。
「そうか、ついにお前さんの力が目覚めたか...
予想はしていたがちょうどいい時期かもしれない」
「どういうこと?予想って...オレはこの力が使えるようになるのは知ってたの?」
「ああそうだ。ちょっと待っててくれ、渡したいものがある」
そういうと父さんは金庫の中から小さな箱を取り出した。
箱を開けると、金属のような光沢を放ち、謎の文字が刻まれている楔のような物が入っていた。
「この文字...洞窟の中で似た感じのを見たよ!」
工房に置いていた鞄から、持ち帰った石板を取り出す。
石板に掘られた絵のようなものには楔と同じ文字が掘られていた。
「こいつがさっき言ってた石板か、まさしくその通りだ」
「これっていったい何なの?」
「「レリック」だ。この星を造ったとされる超常神アクト様の魂の欠片だ。石板には予言の碑文が刻まれている」
「それってアーキ...何とか教の神様の事だよね?」
「アーキティクス神教だ、王都の教会に知り合いがいてな、そいつに教わったんだ」
その後、父さんからアクト様についての事を教わった。
世界を作ったアクト様は自分の魂を
地のオプシナ・水のネプトゥス・風のアーリア・火のヴァルカーンの
4人の神様を生み出して、この世界の運行を見守っていたそうだ。
それが四然神と呼ばれて各地で祀られて恩恵を与えている。
石板に掘られた碑文には、砕きの刻と呼ばれる災害によって異次元からの浸食者に
現世が砕かれて消滅する予言が残されていた。
それを食い止めるためにレリックが人に宿って力を与えるという伝承がある。
ちなみに異次元からの浸食者はネザーゴースト、鉱山に現れたヤツが正にそいつだったらしい。
レリックに選ばれた人を「神格者」って呼ぶ。
神格者は国にもたらされる恩恵以上に、本来のパワーを発揮できる。
レリックには大きく分けて2種類あって
一つ目は自然現象や法則を操る、「四然神のレリック」が4個
二つ目は生物や精神的な力や物理法則を覆す程の力を持つ「超常神のレリック」が8個。
四然神は1人1個のレリックの力を持っていて
超常神は1人で8個がそろって初めて本領発揮らしい。
最終的には5人の神格者がそろえば、アクト様が復活して世界を救うと教わった。
四然神のレリックは大国に一つづつあって、祭壇や神格者の体を介して恩恵をもたらしていた。
ベルディニスには「地殻」のレリックがあるらしく、クイゼル村の鉱物資源や
近くの町の農作物が豊作になる原因だそうだ。
一方、超常神のレリックは世界中に散らばっていて
どこにあるのかがわからないそうな。
しかも扱いを間違えるととても危険で、国どころか世界も危険に晒される。
祭壇や神格者を通しても恩恵は得られず、持ち主しか恩恵を得られないものらしい。
神格者が生まれると、レリックは消えて赤ん坊に宿るともされている。
能力に目覚めるのが16歳に近づいた時に突然目覚めるらしい。
神格者が能力に目覚めるまでの間も土地に恩恵は残る。
オレがそうなのかもしれない...
風?じゃないか。
ゴーストと戦った時、メイスを振り回した時以外に風切り音はしなかった
浮かんだ時もそうだ、風の音はしてなかった。
「ちょっと試してみていいかな...」
「試すって何をだ?」
「ハンマーを宙に持ち上げてみる..」
「分かった、気をつけろよ」
呼吸を軽く整える
手を意識して、腕に力を込めて伸ばす。
すると、鍛冶作業ハンマーがスッと宙に持ち上がった。
「見事だ、これも何かの運命なのかもな...」
「運命?どういうことなの?」
「お前は超常神のレリックに選ばれた「神格者」だ、しかもアクト様の権能「念動」の力がある」
「念動?」
「物を触れずに浮かせたり、力を加えたりできる能力だ」
洞窟で見たあの像、あの人がアクト様だったんだ!
状況が呑み込めず動揺を隠せない。
「そうなんだ。びっくり...だなぁ..へへ...」
「クロム、お前にはやらねばならない使命がある」
「で、でも!父さんは大丈夫なの!?怪我もあるし、店も..オレは...」
「お前が店を手伝ってくれるのは嬉しい、だがこれは世界の問題なんだ。
お前も今日で大人だ、力には責任が伴う。
たとえ望まず与えられた力でもだ」
声を荒げるでもなく、穏やかに諭すように父さんは言った。
オレは察した。
父さんは危険を承知で言ってるんだ、きっと過去に何かあったに違いない。
「分かった。でも、聞きたいことが有るんだ」
「なんだ?」
「どうして父さんはこんな事を知ってるの?昔何があったの?」
「それは言えない、もし知ってしまったら...お前さんも狙われるからだ」
「じゃあ、聞かないでおくよ...よほど危ないことだって予想できたから」
ここまで焦る父さんは未だ見たことがない。
よっぽどの事なんだろう...
「さて、話を戻そう。こいつに触れてみてくれ」
父さんから差し出されたレリックの入った箱を受け取る。
「これはお前さんの体に宿るアクト様にまつわる「思念」のレリックだ」
「何ができるの?」
「触れることで、物や地形に込められた記憶を見たり魔物や人の心を読むことができるレリックだ」
「すごいね、これの力でグリスの言葉が分かったんだね」
「その通りだ。ただし、扱いには気をつけろ。決して人の心を闇雲に覗こうとするな。
知りたくもない事を知って辛くなるだけだからな...特に、親しい間柄ならなおの事注意しろ」
「ずいぶん言うね、嫌な予感がするから聞かないでおくよ...」
この事には触れないでおいた、きっと自ら思い知ることになるのだから...
箱からレリックを取り出してみる。
すると刻まれた文字か光りだしてレリックは掌に刺さり、吸い込まれていった。
「なにこれ!消えちゃったよ!」
「安心しろ、レリックがお前を認めた証拠だ」
特に体に変わった所はない、変な感覚もしない。
試しに意識を集中させてグリスに触れてみた。
すると、頭の中で何者かの声がした。
(きのみ、もっとほしい)
どうやらグリスは食い意地を張っているだけで、なんだか安心した。
「どうだ、何か変わったことはあるか?」
「特に無いかな、グリスが腹ペコってことが分かったぐらい」
「そうか、十分だな。この話はここで終わりだ。お前さんは出発の準備でもしてくれ、心残りの無い様にな」
「はーい、じゃあ行ってくるよ。その前に残った仕事を片付けなきゃ」
グリスを連れて工房を出る、すると玄関でセフィ姉さんと会った。
ちょっと試してみよう...
「クロどうしたの?これから出かけるの?」
「そそ、作業の仕上げをしにね」
「ちょっと待って、話があるの..」
少し顔を赤らめているセフィ姉さん
恥ずかしい事なのか?
「さっき言ってた、私がお店を開きたいっていう話。一緒にやらない?って誘ったのは
お店を一緒にやりたいとかじゃなくてね...」
「うん?そのままの意味かと思ってたよ」
「そうだよね、紛らわしいよね。ごめんね...」
「どうしたの?急にしおらしくなっちゃって」
「ちょっと子供の頃の事思い出しちゃった。私達、だいぶ一緒の時間を過ごしてきたと思うの」
「確かに、村に初めて遊びに来たのはオレが4歳の時だったね」
「いつか、ここでの修業が終わって一人前になったら村を出るつもりなの。故郷のノービスの街でお店を開いたら、会いにくくなるから寂しいなって...」
セフィ姉さんがオレの耳を撫でる、これはセフィ姉さんの癖だ。
なにか不安な事とか疲れた時にオレを撫でて安心するらしい。
ついでに毛並みも整えてもらえるからまんざらでもない。
ちなみに獣人の耳と尻尾は鋭敏な感覚器官。
耳が受け取る心地よい感覚にオレは「思念」の力でセフィ姉さんの心を覗き込んだ...
流れ込んでくるイメージには幼いオレの姿と遊ぶ記憶と、成長したオレと話す記憶
どれもこれも楽しそうだ...
これがセフィ姉さんの思い出か。
試しとはいえ、さり気なく覗いちゃったけど
弟のように見られてたせいか遠慮はしてた、でもちょっとドキドキしてきた...
ひょっとして、セフィ姉さんはオレの事を....
好いてくれてるのかな?
(はぁ..はぁ..クロの耳..もふもふで気持ちいい~!うへぇ~♪)
えっ?
「ちょっと待って!もふもふ!?なんて?」
「いやっ!何もっ!い、言ってないけど!?」
嘘だろぉ..セフィ姉さんがそんな趣味持ってたなんて..!
今まで穏やかでしっかり者のイメージが音を立てて崩れた
はっ!
(知りたくもない事を知って辛くなるだけだからな...特に、親しい間柄ならなおの事注意しろ)
父さんの言っていた事を思い出す。
なんか、思っていたのと全然違う!
てっきり「私、クロの事が..」みたいな展開を予想してたけど、遥か斜め上の結果に理解ができない。
悪くて「男手が有れば便利だからこき使っちゃおーっと♪」ぐらいかなと思ったら
まさか、さっき見えたセフィ姉さんの思い出の中のオレって...
そういう目で見られていたとは、酷く幻滅してしまった。
背筋が凍る感覚、たとえ相手が美人なお姉さんだとしてもこれは知りたくなかった。
「ごめん!やっぱりオレは..自分の道を進もうと思うんだ!それじゃ!」
「えっ!?まっ、ままってクロ!誤解なの!これは!」
「グル!(どうした?)」
「げぇっ!?ゲルルン!」
女の子らしからぬ声で驚くセフィ姉さんにさらにショックを受けつつ、また相棒に頼る
セフィ姉さんは子供の時に訳あってゲルルンが苦手だこれはチャンス!
「光れ!」
「グルル!(わかった!)」
カッ!
「あ゛っ!眩しっ!」
「行ってきまーす!!!」
「まぁぁってぇぇ!!!誤解なのおぉぉ!!」
ごめん、セフィ姉さん...
オレはそういう趣味だとしても「姉」として尊敬してるから!
もう必要な時以外に勝手に人の思い出を除くのはやめとこう...
速く思念のレリックの使い方をマスターしないと、面倒なことになるだろう。
身の危険から逃れるが如くクロムは家を飛び出していった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
エルフのお姉さんはテンプレかと思いますが、幼馴染キャラとして出したくてしょうがなかったのです。
ちょっと残念な美人ポジションにしていこうかと思います。
次回もよろしくお願いします。