第三話 命がけの親孝行
ゴーストをおびき出しつつ、入り口まで戻ってきた。
人の声が聞こえて安心して、力が抜けて地面に落ちた。
周りでは大勢がバタバタと忙しそうにしていた。
「みんな!ゴーストが出たんだ!」
ふらふらと立ち上がりながら叫んだ。
「おぉ!無事だったかクロ坊!」
忙しそうな中、焦った顔のディッグさんが声をかけてきた。
「通話菅からおめぇの声が聞こえたと思ったら、バカでけぇ音がしてそれっきりになっちまっただろ?
ゴーストの奴にやられちまったんじゃねぇかと、みんな大騒ぎだったぜ」
「ディッグさんごめんなさい!通話菅だけじゃなく、トロッコも一機潰しちゃいました!
後でしっかり治します!」
「気にすんなや、生きてりゃどうにでもならぁ。それよか、ゴーストが出たんだってな。
お前さんの一報を聞いて武器やバリケードの準備と一緒に、戦えない奴らを
非難させてるところだ。」
「伝わってたんだ、よかったぁ...。ありがとうディッグさん、冒険者さんたちへの依頼は?」
「酒場のねーちゃんが出してるがなぁ...こんな山奥だ、宿に泊まってた連中以外は
到着が遅れるだろう」
まいったな。あんな危ない奴、ここにいる人だけじゃ...
不安になって汗が止まらない。
もし倒せなかったら...どうしよう...
恐怖と一緒にさっきの力の所為もあってか、心臓がうるさいぐらいに動いていた。
怯えるオレの頭を大きな手が撫でた、父さんの掌だった。
「大丈夫だ、対策はある。オレらだけでも何とかするさ」
「父さん!母さん!どうしてここに?」
「鉱山にゴーストが出たと聞いてな、お前さんが掘りに行ってたからもしやと思って来た。
生きててくれて何よりだ。」
「こうはいってるけど、ものすごく慌ててたのよ。伝えに来た鉱夫さんもびっくりするほど大声で
「クロム!待っててくれ!」って叫んで飛び出していったもの。」
「やめてくれよ母さん、それを言われちゃ恰好が付かない...」
「心配かけてごめ..ってイテテ」
二人の姿を見て安心したオレは腕から鈍い痛みを感じて抑え込んだ
「クロムの腕、外傷はないけど何かにぶつけたでしょ?見せてみなさい」
母さんはオレの仕草から一発で怪我の具合を見抜いた。
シャツを捲って腕を見せると大きなアザができていた。
母さんは腕を触って傷の具合を確かめている。
もしかして、トロッコを投げつけたときに腕にぶつかってたのかも..
「この程度の打ち身なら薬草湿布で十分ね、落ち着いたら手当てするから待っててね」
「わかったよ、母さんはどうするの?まさか、戦うの?」
「もちろんよ。応急処置ができる人が前線にいれば、被害を少なくできるもの」
確かに母さんの言う通りだ、母さんは医術士や薬師だけでなく魔術も使える。
父さんや戦うみんなの援護をするにうってつけの存在だ。
オレも既に無茶してる以上、危ないから逃げてなんて言いえないな...
「そういやクロム、お前さんが抱き抱えてるのはグローゲルルンか?」
「そうさ、コイツのお陰で何とかここまで来れたんだ。」
父さんは何か気が付いたように、ゲルルンを撫でながら話しかけた。
「息子が世話になったな。後で俺からも礼をさせてもらう。」
「グルッ!」
「またお前さんの力を借りることになるが、大丈夫か?」
「グルルッ!グルー!」
「よし!よろしく頼むぞ!」
「あー、えっと...コイツの言葉わかるの?」
「コツは後で教えてやるさ。まずはゴーストを倒すぞ、手伝ってくれ。」
「はいよ。んで、どうするの?」
「俺の合図でゲルルンを光らせてくれ、ゴーストが怯んだらその隙に集中攻撃をする」
「わかったよ。でも、父さんはなんでゴーストの弱点を知ってるの?」
「それも後で教えてやる。来るぞ!」
父さんが叫んだその時、坑道からゴーストが這い上がってきた!
「シャアアアアアーー!!!」
「全員備えろ!ゴーストが上がってきたぞ!」
一番前で大きな盾を持ったオークの冒険者さんの号令で、周りの冒険者や腕っぷしの良い鉱夫達が
それぞれ武器を構える。
そこから少し離れたバリケードの内側から、弓を引き絞る音と魔法を唱える声がした。
ゴーストの噛みつきをオークの冒険者さんが盾で受け止める。
「俺が抑える!今のうちに撃て!」
オークの冒険者さんの合図でいっせいに矢・銃弾・魔法を放つ。
「水よ、我が力を持って顕現せよ、岩をも穿つ槍となれ。ハイドロピアース・セカンダ!」
母さんが水の魔法を唱える。
閉じた掌に魔法陣が浮かび上がり、槍の形の水が打ち出される。
「ギュオアアアアーー!!!」
押さえつけられたゴーストに遠距離攻撃が次々と当たり、殻が何枚か剥がれた!
よし!いけるかも!
攻撃が止み、次の攻撃まで前に出てる人たちが時間を稼ぐ。
ゴーストは噛みつくのを止め、ぐったりと地面に倒れこんだ。
次の攻撃で倒せそうだ。
「「「「おおおおおお!!!」」」」
歓声の声が上がる。
勝てる、きっとここにいる皆がそう思っていた。
父さんを除いて。
「様子がおかしい...あっけなすぎる」
「みんなが強かったってことだね、これで一安...」
「いや、まだだ。前衛は皆下がれ!ゴーストが暴れるぞ!」
オレの言葉を遮るように父さんが叫んだ。
「シャアアアアアーー!!!」
その瞬間、ゴーストが近くの冒険者さんに飛び掛かった!
速すぎる...一瞬で距離を詰めた!?
オークの冒険者さんが盾で防いでるけど、さっきの攻撃で盾がボロボロになってしまっている。
噛みつくことしかできなかったゴーストは、鋭い鉤爪のようなもので掴みかかった。
身体の形が変わった?
よく見てみると、三本の爪が生えた細い腕のようなものが一対生えていた。
それだけじゃなかった、掴みかかったゴーストはガスのようなものを冒険者さんに吹きかけた。
「ぐああぁぁぁぁ!あっちぃ!何だこりゃー!?」
ガスを浴びた冒険者さんの腕が焼けてる!
でも、熱ではないみたい。
こちらに熱波は来ないし、溶かされた防具も赤くなってない...
「ブロズロイ!クソっ!奴を下げろ!全員退避だ!」
「奴は瘴気を使う、鎧ごと体が溶けるぞ!できるだけ距離を取れ!」
冒険者さんの後ろから槍で援護をしていた別の冒険者さんが指示を出す。
その合間に魔術師さん達がそれぞれ魔法を放つ。
抑えられた時とは違って、素早く魔法を避け、飛び道具は瘴気で溶けて当たらない!
こんなの無敵じゃないか!
「クロム。さっき言った様に、俺の合図でゲルルンを光らせるんだ」
「こんなに暴れてるのをどうやって倒すのさ?」
「大丈夫だ、俺を信じろ」
オレは物凄く焦っていたのに、父さんは冷静に答えた。
心なしかゲルルンもやる気に満々に鳴いている。
焦ってるのはオレだけじゃないけど、他に方法は思いつかない。
父さんを信じよう。
前に出ていた冒険者さん達が、怪我人をタンカに乗せてテントに向かった。
籠手ごと溶かされた腕からは骨が剥き出しになっていて、苦しそうに顔を歪めていた。
「私はテントで怪我人の処置をするわ。二人とも、気を付けて帰ってくるのよ」
「任せろ、なんとかするさ」
爪を振り回しながらゴーストは次々とバリケードを壊してくる。
前に出ていた冒険者さん達は皆後ろに下がったみたいだ。
「よし、これで巻き込むことはないだろう。魔法を放つから離れていてくれ」
「わかったけど、魔法じゃヤツに避けられるから意味ないんじゃないの?」
「直接叩きつければいいんだ」
「えぇっ!?瘴気もあるしあんな暴れ様じゃ近づくのも危ないんじゃないかな...」
「そこで、お前さんの恩人の仕事だ。行くぞ!」
「グルルッ!」
たぶん、さっきのゲルルンの光が切り札なんだろう。
父さんが背中に付けていた武器を構える。
形は杖のように見えるが、穂先に重りが付いたメイスのような武器だった。
「雷よ、我が力を持って顕現せよ、我が得物に纏え。エンチャントライトニング・セカンダ!」
父さんが唱えた魔法は雷の属性付与魔法。
バチバチと火花と光が杖の先に宿り、全身の毛が逆立つ。
これが父さんの魔法...
作業で使ってた魔法とは段違いのパワーかも。
「うちの常連客が世話になったな、この借りは高く付くぞ!」
「シャァァァーー!」
ゴーストが腕を振り回す。
振り回された腕を父さんがメイスではじき飛ばした!
「キュオォォォォ!」
弾け飛んだ腕は、地面に落ちて煙のように消えた。
奴の本体も倒せばあんなふうに消えるんだ!
だからあの時、父さんが皆に知らせたのか…
そうしているうちに、もう1本の腕をはじき飛ばす父さん。
強い!これなら勝てるかも!
でも奴には瘴気が残ってる、どうにかしないと…
オレにも何か、出来ることはあるかな?さっきの力で動きを止められれば…
「シャァァァァァーーーー!」
両腕を無くしたゴーストが、瘴気を撒き散らしながら父さんに飛び掛る。
父さんは大きく飛んで避ける。
瘴気があるんじゃ近づけない、やっぱり動きを止めないと!
押さえ込んだら、 瘴気も出せなくなるはず…
意識を集中して、腕に力を込める。
さっきトロッコにぶつけた痣が鈍く痛む
痛みに耐えながら、洞窟の時と同じように…掴んだ!
「クロム!」
「ギュアッ!」
父さんがオレを呼んだ瞬間、ギョロっとゴーストがこちらに目を向けて飛びかかってきた!
力を使ったのに気付いたんだ!
ダメだ…殺られる!
ドゴォーン!
何かが叩きつけられる音がする。
目を開けると、ゴーストが岩壁に押し付けられていた。
一体誰が?
「ぐぉぉぉぉぉぉ!大丈夫かクロム!」
「父さん!」
武器の柄でゴーストを押さえ込んで岩壁に押し付けていた。
もがくゴーストは瘴気を吹き出し、父さんは瘴気を全身に浴びていた!
革の鎧がボロボロに崩れ、インナーの上に着ているチェーンが見えている。
急所は避けられたみたいだけど、顔や腕が焼かれたように皮が剥けている。
耳のように薄い部分は穴が空いて血が流れている…
オレのせいだ…余計なことをしたから…
「クロム!今だ!光らせろ!ゲホッ!」
「わ、分かったよ!頼む!」
「グルッ!」
カッ!
父さんの合図でゲルルンが強い光を放つ。
「キュォォォォォーーー!」
光を見てゴーストが怯む。
転がり回るゴーストからは瘴気が出ていない。
父さんはこの為にゲルルンを連れてくるように言ってたのか!
「よく…やった…クロム。そいつを連れて…逃げろ…」
「父さん、どうしたのその声?」
「奴の瘴気を…吸っちまっ…た…ゲホッ…」
ゲホゲホと血を吐きながらも 、オレたちに逃げろと言っていた。
その言葉とは裏腹に、武器を杖のようにして地面に突いている。
立つのもやっとといった様子だった。
父さんには悪いけど、そういうわけにはいかない。
オレがもっとあの力をうまく使えたら、こうはならなかった...
オレもツケを払わないと。
「いいや父さん、オレは逃げないよ。16年分の恩返しがまだできてない!」
もう一度意識を集中させる。腕に力を込めてさらに大きな掌を思い浮かべる。
もがくゴーストめがけて、見えない掌を叩きつけた!
「ハアァァァァァァァァ!!」
ドゴォーン!
「ギュオ..ギュオ...」
地面が凹むほどの力でゴーストは地面に押し付けられ、ゴーストは声を漏らす。
「クロム..お前..どこ...で...こんな力を..?」
「それは後で教えるさ。ところで、奴の弱点は?」
「ああ...あの目だ..雷が..効く...」
「わかった、少し武器を借りるよ」
バチバチと火花を出しながらメイスが魔素を放つ。
ゴースト押さえつけた手と反対の手に力を籠める。
トロッコを動かした時と同じように父さんの武器を掴む。
空中で浮かせたまま風切り音が鳴くほどの速さで回転させる。
「チャンスは...一発..だけだ...それ以上....は...魔法..保て..ない」
「わかった。じゃあ、恩返し一発目をしっかり見ててくれよ!」
父さんが武器にかけた魔法はまだ残ってるけど、一発で決めないと後がない。
回転するメイスを浮かせた腕をゴーストに向ける。
メイスは回転しながらゴーストの目を狙って飛んで行く。
右手の力で抑えたまま、左手でメイスを操る。
「そのまま..いけぇッ!」
グシャァ!
雷を纏ったメイスの先端がゴーストの目玉を叩き潰した!
「キュオオオオオオオーーーーーーーーー!!!」
耳が痛いほど大きな悲鳴を出したゴーストは、ぐったりと動かなくなった。
さっき千切れた腕と同じように、霧のように身体が溶けて消えた。
残ったのは体を覆っていた赤黒い殻だけが散らばっていた。
「終わったよ、父さん。帰ろっか」
「見事...だ..すまん...肩を..貸して...くれ...」
「はいよ。こんな無茶したから二人して母さんに怒られるね」
ゲルルンを自分の頭に乗せて片手でメイスを持ち、父さんの肩を担ぐ。
その後、救護テントについたときは、泣きながら顔を真っ赤にして怒る母さんに叱られながら
処置をしてもらった。
先にテントに送られた冒険者さん達は母さんの処置のお陰で一面は取り留めたようだ。
父さんを運ぶ時に、体に残ってた瘴気でオレも火傷したことは黙っておこう。
こうして誕生日前の激しい一日が幕を閉じていった。
明日からも、頑張って父さんと母さんに恩返しをしていこう。