表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プラスチックの兵士  作者: 阿刀翼
第一章:枯木と業火
2/6

第一話 当然と選択

旅を始めたアンカル、エダマメ、ヒナラキの三人組。

アンカルはエダマメの歩みを見て昔の自分を思い出します。

彼はなぜ旅に出たのでしょうか……

 現在の季節は眠りの冬から目覚めの春に移り変わる時期で気温は心地よかった。

 先ほどの林を出発してから二時間ほど歩いただろうか、(さいわ)い今日の天気は良好で三人の足取りも幾分(いくぶん)か軽やかである。目の前には見渡す限りの大草原が広がり、遠方の山岳(さんがく)までくっきりと見えていた。地面には草原の中央を分けるように土肌が露出(ろしゅつ)していて、小石や木の実が点々と落ちている平坦な道が続いていた。きっと誰かが整備したのだろうと思った。

 風は朝より強く吹き付けており、草原の匂いを巻き上げながら体をすり抜けていった。これなら日差しを浴びながら歩いても汗もかかずに済みそうだ。


 前日は雨が()って大変だった。旅人にとって天候を読むことはとても大切なことなのである。

 雨が降れば気温が下がり、()れてしまえば体は冷えてしまい体力を(うば)われてしまう。それを防ぐため動きにくい合羽(かっぱ)やフードを被らなくてはならないし、さらに、地面はぬかるんで足を取られてしまうため余計に疲れてしまう。

 また、風が吹けば味方にも敵にもなる。追い風であれば背中を押してくれるので頼もしいやつなのだが、向かい風になれば一変して私たちを進ませまいと押し返してくる。本当に困ったやつだ。

 ましてや私とは違い、老犬と少女の体力を考えるともっと慎重(しんちょう)にならざるを得ないだろう。今日のヒナラキとエダマメは横に一列に並び、水(たま)りのない場所を選びながら私の足のペースに合わせて着いてきていた。時折(ときおり)、二人の顔をチラッと横目で見ていたが、疲れた表情を一切見せないため不安だった。



 エダマメの旅をするには(とぼ)しい歩足取りを見て私は、旅に出る以前のことを思い出していた。

 私が旅に出たのは今から十年ほど前の話だ。

 私らが今いる場所、『ゴニロ・ゴサ』は海に浮かぶ大きな人工島で、島中央の都市部を大きなドーム状の壁で(おお)い、そこを中心として四方に高い山岳が連なっている地形をしていた。

 都市部には一級品の防衛設備(ぼうえいせつび)兵器(へいき)厳重(げんじゅう)法規制(ほうきせい)と十分すぎる福利厚生(ふくりこうせい)を備えて経済的に裕福な人間や重要人物を住まわせていた。

 一方でドームの外には貧困(ひんこん)な人や都市部での生活を望まない人が村や独自の国家を形成し、時には戦争や移民問題、食料問題、奴隷制度などで争いながら日々を送っていた。



 私は良いか悪いか都市部の出身で、裕福(ゆうふく)な家庭であった。

 ドームの外のことはニュースや学校の授業で知る程度だったが、都市部はとても安全であることを知っていた。

 最先端アンドロイドからレベルの高い授業を小・中・高校と受けて波風立てずに学生生活を過ごしていた私は、進路について漠然(ばくぜん)と考え始めていた。


「なあ?アンカルは進路どうすんだよ?」


「うーん…分からないなー。そう言うお前はどうするの?」


「俺か?俺は大学に行って……」


 なんて会話が学校の友人と始まるある夏の日のこと、私が部屋で勉強をしていると怒号(どごう)が部屋の(とびら)を突き破って耳に届いた。


「大学に行かせるに決まっているじゃない!向かいの息子さんも大学に行くのよ!」


「そうやって君は自分の息子を(ほか)と比べて!!アンカルの自由を考えないのか?私はあの子が自分で決めた進路を応援してやりたい!」


 どうやら両親が私の進路について()めているらしい。

 母、ミルナの言い分は都市部での家庭の経済格差や身分による差別が激しく、世間対を考えて私をどうしても有名な大学に行かせたかったそうだ。それが「当たり前」で私の一番の幸せであると信じて疑わなかった。

 反対に父のカイムは私に選択の自由を与えるべきだと(うった)えていた。確かに大学へ行かなければこの都市部では将来、金銭面で不自由になることは確かだった。それでもあの子には自由であるべきだと主張(しゅちょう)していた。


 二人の意見はとても正しいものだと感じていたが、同時にこうも思っていた

「どうして私の意見はきかないのだろう」かと。

 私は結局、その喧嘩(けんか)を聞かないふりをして勉強を続けてその場をやり過ごした。



 やりたいことがあったのかと聞かれれば、両親どちらの選択肢でもない三つ目の「何もない」が答えであり、このまま進んでいけば「当たり前」のように自分の進路は決まっていくものだと思っていたのだ。

 無感情なアンドロイドから授業を受け、与えられた課題をこなしてテストで良い点を取り両親を喜ばせることしかしてこなかったのだから「将来の夢」なんて到底(とうてい)あるわけがなかったのだ。

 この気持ちを打ち明けてみようとも考えたが、どうせ喧嘩がヒートアップしてしまうと(さっ)し、私は両親が揉めていた「選択」から「放棄(ほうき)、逃走」することにした。


 その日から家族の間では重たい空気が流れ、会話も少なくなっていった。

 ヒナラキもこの空気を読み取ったのか私の部屋で生活するようになった。

 ここからの記憶はもう曖昧(あいまい)になってしまったが結局、両親は最後まで互いの意見に折り合いをつけられずに離婚してしまった。


「あなた達には失望しました、私は出ていきますのでどうぞご勝手に」


 母は選択から逃げた私を見限り、今までに貯めた財産と父からの補助金ですぐに他の男を見つけて出て行ってしまった。

 その日から父はというと毎晩、(うつ)ろな目で涙を流してリビングで酒を飲みながら明け暮れていた。


「どうして…どう…どうしてこうなってしまったのだ…うう…」


 私は一人、部屋にこもりその声を聞こえないふりをし続け、高校卒業の日を迎えた。

 その後、父は離婚のショックから立ち直れずに酒や向精神薬(こうせいしんやく)(おぼ)れてしまい、最後に「お前のやりたいことをやれ」と書置きを残して行方不明になってしまった。

 一人残された私はヒナラキと一緒に父が残こした貯金と祖父母からの支援(しえん)にてかろうじて生活をし、家に閉じこもって自分の「生きる意味」や「選択」についてずっと自身に問う日々を送っていた。


 しかし、いくら問うても答えなんてものは見つからなかった。

 当たり前だが十八歳なんてまだまだ子供だ、そんな死の間際(まぎわ)の老人が出すような答えを出せるはずがなかった。自身の知る世界なんて小さく、考えは浅はかだとこの時始めて気づかせられたのである。

 そこで私は「生きる理由」を見つけるため、旅に出ることにしたのである。

 どうせこのまま「当たり前」殺され、将来の様々な「選択」から逃げ続けてこの家で死んでゆくぐらいなら、少しでも世界を回って考えを深めてみたいと願ったのである。今、思えば都市部での生活や待遇(たいぐう)を考えれば普通ではなかったと思える。


 そう思った私の行動は早く、最低限の旅の準備をして自身のことを判別できる機器や情報を全て消してヒナラキと共に都市部を旅立った。


 そこからの旅は都市部出身の私にとって、地獄のような日々だった。

 ナイフの使い方や火の起こし方、綺麗(きれい)な水の飲み方も知らず、全てを一から自身の試行錯誤(しこうさくご)で学ばなければいけなかった。

 これほどまでに都市部での甘やかせられた生活を(にく)んだ日はなかった。

 さらに、食べ物を買うにも交渉(こうしょう)やコミュニケーションが必要だし、うまくできなければ暴利(ぼうり)(むさぼ)られてしまうことなんてざらにあった。一、二年程にしてようやく旅の基礎を覚えたが、盗賊や人さらいに(おそ)われそうになったことは今でも教訓としてしっかりと脳に焼き付いている。

「生きる理由」を探し求め、都市部を飛び出したアンカル。

都市部の甘やかされた生活から一転、一気に厳しいドーム外の生活へ。

一体、彼はこの先の旅で何を学び、何を感じ、そして何を「選択」するのでしょうか……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ