甘くて苦い一日を。
お久しぶりです。りんご飴です。
本来、これより前に書き進めていたハロウィンの時期から書いていた短編の方を投稿しようとしたのですが、こちらの方が何かと早く書き終えられたのでこちらから投稿させていただく形となりました。
二月十四日。
今日この日を、皆はご存じだろうか。
そう、何を隠そう今日という日は……
普通の、何の変哲もない平日だ。
味のしないガムと一緒、何もない、何の味もしない、いつもの平日だ。
え? 何だって?
世間的に言えば今日はバレンタインデー?
へえ、まあ僕にとっては普通の平日なんだけど。
でも、そうなんだ、今日はバレンタインデーでもある。
僕達男子にとっては、年内有数の特大イベントであると同時に、この日のチョコの獲得総数に応じてクラス、また校内での異性からの評価が明確となったり、付き合えたりする日…… らしい。
女子にとっては、少しでも自分の株を上げる、だとか、はたまた馬鹿正直に自分の気持ちを伝えるための日なのか。
残念だが、バレンタインデーなんてものに興味はないので、そこんところは分かりかねます。
……電車内が、いつもよりか騒がしく感じる。
今日は一人で通学しなければならないし、暇だからそんな風に思うのだろう。
『ドアが開きます。 お出口は、右側……』
重い足取りで電車から降りる。うお、寒い。二月ってこんな寒かったっけ。
「あぁ……、今日さっむいな……」
風に吹かれ、身を縮めながら、僕、信崎 結弦が通う———今日はいつにもまして騒がしいであろう———学校に行くことにした。
---
「……なんじゃこりゃ」
その光景には、目を背けたくなった。
学校に着いてまず、下駄箱に目を向ける。
そこまでは自然だ。土足で授業受けるなんて僕からすれば有り得ない。
そこからが不自然なんだ。今日は世間一般からすればバレンタインデー。と、いうことは、当然大半の女子が、お目当ての顔も良ければ性格も良い、みたいな一部の男子の下駄箱の中には、溢れんばかりの思いを包んだ包装が、下駄箱いっぱいに詰め込まれている。
なんか今日は、朝から疲れるな……?
ーーー
「あ、信崎じゃん。おはよ」
席に着くなり、また染めたであろう茶の髪と元からのタレ目、そして理由は知らないがいつの間にかある傷が印象的な、最近何かと話しかけてくれている岡田が僕に挨拶を交わす。
「ああ、おはよう」
「な、今日ってさ、あれだろ。 あ・れ」
「あれって?」
「バレンタインデーだよ!」
「あ、そうだっけ。 てか口元緩んでるし……。 何かあった?」
「あったんだよ、それが。……そう、俺、貰っちまったんだよ……!」
「何? 君のことだし毒でも貰ったのか? やったじゃん。 おめでとう」
「貰ってねぇよ! 普通に考えてチョコだろ! ……んで、お前も貰ったのか?」
「僕は貰ってないよ。 そんな貰えるような奴じゃないだろうし」
「はぁ……。 じゃあ、やっぱりこれは本命……!」
「おーい! 岡田! ちょっとこっち来いよ!」
「……わりぃ、行ってくるわ」
「そんなこと気にすんなよ。 行ってらっしゃい」
彼が向かったのは、このクラス内でもまあまあヤンチャしているグループの端くれ。
ヤンチャしている、とはいえここ公立の高校だし、そんな人に危害を加えるような奴等じゃないんだけど。
ああ、あと無茶もしてない、大丈夫。
ともあれ、これで僕の周りは静かになった。なってしまった。
だが、僕以外、いわばクラス中が、緊張か何かかでソワソワしている。それぐらい僕でも分かる。
聞こえてくるのは、大半が「お前チョコ貰った?」とかいう、数によっては公開処刑も免れないことになりそうな悪魔のような質問。
あれだな、チョコが貰えたかどうかで皆可笑しくなってんだろう。
恋のパンデミックかよ。
「よっ、信崎」
「……」
「何、難しそうな顔して。 ……お・は・よ・う!!」
「そんな大声出さなくても聞こえてるって」
「なら返事くらいしよ? 挨拶は元気の源! だよ!」
小麦色のショートカットで高身長、緑青の目をし、虚ろな平日を陽の光で照らすような、朝からハイテンションな彼女は、「スポーツマン」の異名を持つ八重沢 希美
文字通り、身体能力がずば抜けている。ただし他はというと、危ういところが所々……。まあいいや。
さらに、持ち前の運動能力を生かし、所属する陸上部では期待の新人、らしい。
「ごめんごめん。 つい考え事してたからさ」
「考え事って、どんなこと?」
こういうところだ、彼女が危ういのは。
運動は人一倍出来る。がしかし、彼女はそれ以外に関することには一切人一倍出来る、なんてことは無い。
ただ、頭の方が良くない、ということは聞いたことが無いので、将来が危ういわけではないが。
「……世界って、そろそろ滅んでもおかしくないいんじゃないかって」
「ふふっ、何それ。 不思議」
「君も十分不思議だけどな」
「信崎君より運動できるから不思議でもいいですーだ! それより、お願いがあるの」
「スポーツだけで食べていくのって結構大変…… って、なに、お願いって」
「私の練習相手になってください!!」
「……」
その声を聞いた者が、偶然大勢いたのか、もしくは彼女の声が大きすぎたのか。
数多くの視線だけこちらに向けられたまま、静まり返る教室。
そして誤解を招く突然の告白。マズい。どうしようもなくマズい。
いや本当に、何でこうなったのか問い詰めたい。小一時間ぐらい問い詰めたい。
「……練習相手って、部活のか?」
「そうそう。 そうに決まってるじゃん!」
良かった……。 これで「え? 違うよ?」とか言われたら今後何が起きるか分かったもんじゃない。
「知ってると思うんだけど、僕運動苦手なんだよ」
「そんなこと誰も気にしないって! このとーり! 協力、お願いしまっす!」
「嫌だ」
「だーっ! 釣れないなぁ……。 信崎君、もう少し運動した方がいいと思うんだけどな……」
「他の部員の手伝いとかなら引き受けなくもなかったけど、君の練習相手となると気が引ける。 それに第一、僕なんかが君の練習相手になれるわけがない」
「決めつけるぐらいなら、まずはやってみた方がいいんじゃない?」
「結果は後で分かるから、だろ? だけどその結果は、残念ながら目に見えてんだよ」
「そっか……」
信崎君だから……。なんて言葉がその後聞こえた、気がした。
疲れているだけだろう。
ーーー
昼食の時間、暇だったので、もう一度下駄箱を見に行ってきた。
流石に、登校後に見た地獄絵図のようにはなっていなかったが、それでもまだ一部の男子生徒の下駄箱には個々に秘めた思いが面積いっぱいに詰められていた。
僕らの高校では、貰ったチョコの数が多いほど女子に慕われている。と謎に定義付けられている。
まあ、実際のところ、例年チョコを貰える奴なんて限られているだろうし。
まずここに来て一年も経っていないから、きっと、僕達がここに集う前からそう定義付けされていたのだろう。
「信崎ー! こっち来いって!」
岡田がこちらに向かって手を大きく振る。そのまま腕捥げるんじゃないか……?
いや、そんなことあるわけないだろ。
校則違反だが、走ってそちらに向かう。
「お前さ、本当に誰からもチョコ貰ってないわけ?」
気付くと彼以外にも人が集まっていた。しかも今朝一緒に居た奴等。何なの、群れていなきゃ生きてけないのか、君たちは。
「だから…… 貰ってないって言ってるだろ。 大体、チョコなんて朝に渡すか帰りに『偶然会ったね』なんて言って渡すかのどちらかだろ」
「シチュエーションとしてはそれが王道だな。 でも、俺達はもう全員貰ってるんだぜ?」
「ふぇ?」
「しかも俺達だけじゃない。 この学年の男子…… お前を除いて全員が同じ人から貰ってる」
「ああ」
「確かに、な」
「村瀬も貰ってたってよ」
「マジ? あの顔面ニキビで構成されてるっていう村瀬が!?」
「おい、お前らそれ以上言うなって……」
「んだよ岡田。 そんぐらい言ったってアイツには伝わんないからいいだろ」
「……岡田、一つ聞いていいか?」
「ん? どうした、信崎、改まって」
「そのチョコ、誰から貰ったんだ?」
「誰って…… これ言っていいのか?」
「いいだろ、言ってやれよ。 こいつ貰えないだろうし…… フフッ……」
最後の一言余計だぞ。 ちょっと男子、そういうところだぞ。
「佳澄ちゃんだよ。 お前と一緒に登校してるって噂流れてる」
「しっかし残念だなぁ…… 仲良いなんて言われてるけど、やっぱしそこまで、って感じか?」
佳澄。白星佳澄。知っている。
彼女は僕の唯一の幼馴染だ。と同時に、僕の手の届かない場所にいる人だ。
オフホワイトのロングヘアー、二つの眩く、青い目と、細身の体系とは不釣り合いな胸。
僕と一番仲が良い人であり、お互いがお互いを知り尽くしているからこそ一番苦手な人。
「ああ、言っておくけど、白星さんとの噂、嘘だからさ。 僕のことネタにするのは楽しいかもしれないけど、白星さんにまで迷惑がかかるんじゃそれこそ問題だ」
「お、仲間愛ってか? まあ、お前とアイツじゃあ天と地の差だろうけど!」
「いい加減にしとけって」
「あ? なんだよ岡田。 さっきから俺達に喧嘩売ってんの?」
「いや、違うって」
「お前後で校舎裏来いよ」
「……おう」
地獄を見ているようだった。
早く、早くこの場から逃げなければ。そう本能が促す。
でも、動くことなんて無理だ。 ぼくは臆病者だから。
「あぁ…… この袋、めっちゃいい匂いするわ……」
「うっわ! 前園、お前そういう趣味!?」
「ちげぇよ、ネタに決まってんじゃん」
「んじゃあな、チョコを貰えなかった残念な陰キャくんと、その取り巻きさん」
「岡田……」
「慰めならいらねぇよ」
「でも君、僕なんかを庇って……」
「庇ってなんかねぇ。 単にムカついただけだ。 だからお前は気にすんな。 別に、俺のことが心配だからって後を追う必要はねぇよ」
「……分かった」
ーーー
午後の授業は、それはそれは退屈で仕方が無かった。
主に、佳澄からチョコが貰えなかった原因の考察と、岡田への心配のせいだろう。
情に溢れる奴、なんてもんじゃないけど。
だから、下校するまでの記憶はほとんど無い。
帰りに、岡田と共に暴力を振るわれようと思ったけど、臆病者の僕は善人なんてものじゃないから、行くことは辞めた。
それでよかった。彼も来なくていい、と言っていた。
……じゃあ、このやるせない気持ちはどうすればいいんだよ。
ーーー
帰り道。
いつもと同じ電車。
いつもと同じ席。
いつも隣に座る彼女。
白星佳澄。
「……ねぇ」
「どうしたの」
「結弦くんさ、この後時間ある?」
「ある、と言ったら?」
「少し付き合ってほしいんだけど」
「そんなセリフどっかで聞いたような……」
「今日の朝でしょ」
「流石、お見通しだな」
「ふっふっふっ、私は結弦君のことを何でも分かるのです」
「……そうか」
「私に比べて、結弦君は全然私のことお見通しーって感じじゃないけどね」
「……そうだな」
「ねぇ、そういや、チョコ。 誰かから貰った?」
「……貰ってない」
「そっか! 良かったー。 で、今日空いてる?」
「何でも分かるんじゃなかったのか?」
「時間あるね、きれは。 ……何かあった?」
「ああ、あったさ。 そりゃ沢山、うんざりするほど」
「そっか……。 何か私に手伝えるこ……」
「ない」
「そっ、か……」
『次は……』
「アナウンスってことは、そろそろだね」
「そろそろだね」
「降りよっか」
「分かった、僕も降りるよ」
「うん」
「……時間が空いてるなら僕は何をすればいいんだよ」
「あ! そうだった! じゃ、降りてからでもゆっくり話すね」
「うん……」
ーーー
「お願い! 今日家には誰も居ないから、代わりにご飯作ってくれない?」
「料理が出来ないからって、僕に縋るなよ……」
「えぇ~……。 結弦君のご飯、久々に食べたいんだけどなぁ……」
「人って、一回ぐらい食事しなくても案外生きてられるんだよ」
「ああ、もう! 来るったら来る! ウジウジしない!」
「何で作ること確定してんの。 こっちはこっちで忙しいんだけど」
「家帰ったらいつも寝てるのに、忙しいって言えるの?」
「なっ……! 本当にお見通しなんだな……」
「ちなみにこれは、結弦君の妹から聞いたんだけどね」
「学年一位の成績と顔を持つマドンナは人の妹を脅すんだな」
「妹ちゃんは快く話してくれたんだけど」
「うっそだろおい……」
「着いた」
「そうだな」
「よし。 さ、上がって上がって」
「……晩御飯の材料は?」
「あるもので何とかできそう」
「分かった、お邪魔します」
何度も訪れた家だ。
部屋に置かれている小物、他人の家独特の匂い、今ここにいる彼女。
どれも、昔から変わっていない。
勿論、僕が恋をしているのも。バレンタインの日にチョコを貰ったことがないことも。
「結弦君。 基本台所にあるもの何使ってもいいから。 面倒だったら昨日の残りでもいいよ
「なら初めからそれ食べろよ……」
「いや、今日は結弦君と一緒に食べたい」
「昔から変わってないな」
「何が!?」
「頑固なところ」
頑固な癖に、その口から要求されることはいつも僕の胸に刺さるよなものばっかりだ。
そんなところも含めて、僕は彼女のことが大好きで。
でも僕は僕が一番好きだから、そう思うから僕は彼女のことが大嫌いにならなくちゃいけないんだ。
「昨日の残り、アレンジするか……」
ーーー
「ほい」
食卓に並べられた二つの皿。そこに乗っているのは、紛れもない「オムライス」だ。
「それじゃあ、久しぶりの結弦君のご飯を……!」
「「いただきます」」
「んんぅ! 美味しい!」
満面の笑みで彼女がこちらを見る。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「中に入ってるの、まさか……」
「そ、昨日の残りだったカレー。 少量だけど」
「美味しいっ……! 美味しいよ……!」
「今までどんなもの食べてきたんだよ……」
「普通のものだよ。 これえは違う。 私、好きだよ」
「そうか……」
食べ始めてから数分もしない内に、彼女は颯爽と食べ終えた。
その後を追うようにして、僕も食べ終えた。
「二人で食器洗うの、久しぶりだね」
「最近佳澄の家に来てなかったしな」
「そうだね……」
カチャリ、と音を立て、食べ終えた食器が全て置かれる。
「ねえ結弦君。 少し目瞑ってくれない?」
「なに、かくれんぼでもするのか?」
「違うよ」
ここで僕は、ある期待をしていたんだ。
でも、僕の人生において、そんな経験は1つも無かったから、その可能性は「ない」と判断したんだ。
でも、その思いとは真逆に、僕の心臓は高鳴っていた。もし予想通りならいいなって。
でも。そうなったらいけないんだ。駄目なんだ。
「……いいよ」
「……」
予想が当たった。
最高で、最悪のプレゼント。
「はい、これ。 私から。 今日バレンタインでしょ?」
ハート型の箱。手紙は添えられていない。
「ずっと、ずっと前から……」
彼女の頬が徐々に薄紅色に染まる。
「す…… す……」
彼女の顔全体が紅くなったところで、その言葉は放たれた。
「好きでした……!」
一番欲しかった言葉で、一番欲しくなかった言葉。
今までの「幼馴染」という関係が崩れる、甘くて苦い、魔法の言葉。
答えならとうに決まっている。
「……」
「結弦君……」
「気持ちは、ありがたいよ……。 佳澄が僕のことを好きだってことも、分かった。 だけど……っ!」
「だけど……?」
彼女の顔は、既に涙で濡れていた。折角の愛おしい顔が台無しだ。
「僕なんかより、もっといい人が見つかるかもしれない……。 僕なんかよりずっといい人が、この先現れるかもしれない……!」
「うん……」
「そうなった時、僕は多分、君の前から消えて無くなると思う。 元々、僕と君とじゃ不釣り合いなんだよ……。 きっと、きっと『良い人』が見つかるから…… その時に、正直に気持ちを伝えてやってくれ……」
「私にとって…… 良い人……?」
「ああ……」
気がつくと、僕の顔も涙で濡れていた。 僕が泣く必要なんかないのに。
「そんなの…… 結弦君に…… 決まってるよ……」
「それじゃ…… それじゃ駄目なんだよ!! 君が思うほど、僕は良い人なんかじゃない……」
「僕は弱いんだ。 君みたいに強くない……。 僕は臆病で、善人ぶって、友達だと思う奴を見捨て……」
「私ね……、君だけは特別だって思ったから、チョコ、学校で渡さなかったんだよ……。 ちゃんと思いを伝えたかったから……、君のことがどうしようもなく好きだから……。 弱くたって、臆病だって、私はちゃんと君を見てる……! 君が努力して私と同じ志望校に受かろうとしたのも、私のことをからかう人たちに、勇気を持って立ち向かったことも……!」
「僕だって君のことが……、どうしようもなく好きなんだよ!! だけど、どこかで僕は君と釣り合わない、必要じゃないって思うから…… 僕は、僕自身が好きなんだよ……」
「うっ……。 僕は、やっぱり自分が一番好きなんだ……。 何を順番付けても、優先順位はいつも自分で……。自分さえよければ、それで良かった……・ 僕が見てきた君は、そんなんじゃなかった……。 人のために行動できる人間なんだ……」
「んっ!」
唇に、熱い感触。
鼻孔を刺激する甘い匂い。
目の前に映る、見慣れた顔。
「結弦君、ありがとう……。 本当のことを言ってくれて」
胸の高鳴りが収まらない。きっと、泣きすぎて疲れたんだろう。
「……ありがとう、だなんて辞めろよ……。 僕は、君を少なからず傷つけたんだぞ……?」
「でもいいの。 あなたがどう私をどう思っているか、見通せないことを知れた……。 だから、その分のお返し」
もう一度、さっきと同じ感触がした。
次は、もっと長い時間。
「いいよ。 二番目でも」
「え?」
「結弦君が私を好きでいてくれるなら、それでいい……。 順番なんて、関係ない。 私を愛してくれる、その思いがあれば、それでいいの」
「……」
「結弦君は…… 私のこと…… 好き?」
「……当たり前だろ」
「釣り合わなくてもいい。 『愛』さえあれば、人は恋を出来るんだもん」
「……随分、君にしてはロマンチックな発言だね」
「私にとっての『良い人』は、愛する人は、君だから」
「……僕も同じだよ」
2人して笑いあった時、ブー! ブー! っと、雰囲気を一瞬で壊すかのような電子音が鳴り響いた。
「僕のスマホからだ……」
「出ていいよ?」
「うん」
岡田、と表記されている。
すぐさま、『応答』のボタンを押す。
『もしもし! 信崎か?』
「そうだよ。 信崎じゃなかったらどうすんだよ……」
『昼に絡んできた奴等、逆に俺がボコってやったわ』
「は? 怪我は?」
『心配すんな。 見ての通り、無傷だし』
「画面越しだと見れないんだけど……」
『そうだった。 まあ、これで明日から、お前とゆっくり談笑できるわ』
「そっか……。 じゃあ明日、楽しみにしてるよ」
『おう、じゃあな』
「……結弦君、さっきの……」
「岡田から。 バレンタインにチョコ貰えなかったから悲しいって」
「……嘘だよね?」
「ご名答」
「いやないわ、結弦君無いわー」
「……嘘だよね?」
「ごめいとっー!」
「そんなテンションじゃなかったんだけど……?」
「気にしたら負け」
「じゃあ負け」
「ねえねえ結弦君」
「なに、どうしたの」
「星が綺麗……!」
「……そうだな」
世界が闇に包まれる。瞬く星たちと共に。
今日は、甘くて苦い一日だった。