加賀さんと僕
大好きな作家の新刊の発売日にあわせて、僕は週末に大型書店まで足を運んだ。
お目当ての書店は複合商業施設のなかに入居していて、まん中をとおる大きな通路の天井には、緑色のガラスが一面にはってあった。
晴れている日は、陽の光をうけてキラキラとかがやいて、まるで森林浴をしている気分になれる。
書店に着くまでの何十秒かだけど、それを見上げながらゆっくり歩くのが、僕は好きだった。
ふと、気分がやすらぐような、そんな香りがした。
ふり返ると、セミロングの髪の女の子の後ろ姿がみえる。
おそらく、あの子の香水だろう。
最近共学になる前はずうっと女子校だったなごりで、僕の通う高校は男子の数よりも女子の数が圧倒的におおい。
いろんな種類の香水の香りを堪能してきた僕だけど、さきほど嗅いだ香水の香りは、記憶のなかにあるどの香りとも違った。
ずっと知っているような、不思議な安心感がする。
「どんな子なのか、顔を見たかったな」と思いながら歩きだすと、背後から「きゃあっ」という可愛らしい悲鳴が聞こえた。
僕がふり返ると、さっきの女の子が尻餅をついているのがみえた。
段差なんて何もないところだし、転ぶ要素はまったくない。
そんな状況で考えられるのは一つしかない。
あの良い香りのする女の子は、何もないところで転ぶ子なのだろう。
僕とそう距離も離れてなかったし、漫画のなかにでてくるようなドジっ子がどんな女の子か気にもなったので、僕は彼女にかけ寄って手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
うつむいてお尻をさすっていた女の子が、勢いよく顔をあげた。
痛さと恥ずかしさで涙を浮かべた女の子のガラス玉のような瞳が、僕をまっすぐに見る。
小説とかで、彼女の瞳に写る、というような表現をみるたびに「そんな鏡のような目なんてあるわけがない」と思っていたけど、僕はこの時この瞬間をもって全面的に考えを改めたいと思った。
なぜなら、彼女の瞳は、ガラスのように透明で、鏡のように綺麗だったからだ。
視界の隅で、映画やCMのなかにでてくるような、細くてなめらかな髪の毛が、さらさらと華奢な彼女の肩におちる。
「ありがとうございます」
彼女はお礼をいって、僕の手を取る。
小さくて柔らかな感触と、彼女の温かい体温が一瞬触れて、離れる。
いつもの僕なら、触れた手の感触を名残り惜しむような気持ちの余裕があったはずだけど、このときの僕は頭がぽーっとした気持ちで真っ白になっていて、それに気づいたのは、彼女の背中が見えなくなってしまってからだった。
「綺麗な女の子だったな」とうっとりしながら家に帰って、ベッドに寝ころんでから、僕はようやく本を買いに出かけた、という当初の目的を思い出した。
* * *
僕の高校は、全員が部活動に参加しなければならない、という規則があった。
スポーツが苦手というわけではないけれど、特段好きでもない、というひどく消極的な理由で部活動を見てまわっていた時、近所に住む梅原先輩に声をかけられた。
梅原先輩とは小さい頃に近所の公園で遊んだ以来だったけど、先輩の下の名前が僕と同じだったので、妙な親近感を持っていた。
梅原先輩も同じようで、10年ぶりというブランクがまるでないかのように、自然と会話が弾んだ。
空の色があかね色からあい色にかわる頃になって、夕陽をバックにしながら、思い出したように先輩が言った。
「急で申し訳ないけど、読書部を頼む」
なんでも、読書部の部長をやっている先輩は、妹のひろ子ちゃんと一緒に今月高知県に引っ越すらしい。
それだけだと、僕なんかに読書部を託す理由なんてないように思えるけど、なんと読書部は先輩を含めて部員1名なのだった。
つまり、先輩がいなくなれば、自動的に廃部になるという。
「別にいまさら未練もなにもないけど、自分の代で50年近く続いた読書部が終わるのは寂しいよね」というひどく身勝手な理由だったけど、僕は本を読むのが好きだったし、部室がひとりで使えるならいいか、というような軽い気持ちで読書部を引き受けた。
しばらくして梅原先輩が転校すると、自動的に部長に昇格してしまった僕は、当然「ひとりの王国」を死守すべく、今月末まである勧誘活動は一切するつもりはなかった。
そのかいあって、勧誘期間終了日、すなわち入部希望届の提出最終日の夕方までは、何ごともなかったのだ。
読んでいたミステリー本から顔をあげると、教室全体がだいだい色に染まっていた。
僕は肩をまわしながら外を眺めると、換気のためにすこし開けた窓から、野球ボールを金属バッドで打ちかえす小気味の良い音が聞こえてきた。
そんな平和な読書部の部室に、突然、工事現場のような大きな音が響き渡ってきた。
まるで太鼓を叩くようないくつもの足音から想像するに、何かの集団が、この教室のちかくを走り回っているらしい。
「そっちよ!」とか「B棟からまわってはさみうちだ!」なんていう男女入り混じった怒号も聞こえてくる。
読書部の入る旧校舎は、普段は肝試しに使われる墓場のようにしんと静まりかえっているだけに、ひどく騒々しい感じがした。
ま、自分には関係ないか、と決めこんで、僕が閉じていた本を開いてページに目を落としてすぐのことだった。
ガラガラガラっと扉が開く音がして、バシンと扉が閉まる音がした。
まるで耳元で鳴り響いたような音に聞こえたので、僕はびっくりして思わず顔をあげた。
廊下側のすりガラスの向こうを、ものすごくたくさんの人影が右から左へと動いている。
その手前、つまりオレンジ色の教室の中に、ひとりの女の子が立っていた。
全速力で走ってきたのだろう。彼女の顔をかくしている長めの黒髪はばらばらに乱れていて、呼吸をむさぼるように、小さな肩がおおきく上下していた。
僕は、声をかけるかどうか迷った。
たぶんだけど、彼女は僕がいることに気づいていない。
彼女は無人の教室に逃げ込んだと思いこんでいるはずだ。
そんななか、僕が急に声をかけたら、彼女はどういう反応をするだろうか。
十中八九、驚いて悲鳴をあげるはずだ。
そうなれば、せっかくまいたさっきの集団が戻ってくる可能性も考えられる。
ただ、いずれにしても、いつかは声をかけなければいけない。
だけど、その場合、なんと声をかければよいのだろう。
やあ、だろうか、こんにちは、だろうか。まずは、そこからが難問だった。
僕がそんなことを考えていると、長い髪の間から、彼女の顔があらわれた。
もともと大きな目が、限界いっぱいに見開かれる。
彼女とは10メートル以上離れているけれど、彼女の白くて細い首筋が引きつるのが見てとれた。
悲鳴をあげちゃまずいよ、と、僕はあわてて自分の口に人差し指をあてて、せいいっぱい大げさな仕草でしーっと唇を横に結んだ。
その瞬間、彼女にも僕の言いたいことが伝わったのか、慌てて両手で自分の口元を抑える。
その後ろで、たくさんの足音とともに、すりガラス越しの人影がわらわらと動いていた。
僕も彼女も、微動だにできない、その凍りついた時間は、1分だったか、それとも2分か。
僕は別に見つかってもやましいことはないけれど、人差し指に必死に力を込めている僕の姿を誰かが見れば、どこからどう見ても立派な共犯者にみられるだろう。
僕は内心そんな気持ちだったので、自分のなかでは数秒が数時間にも感じられた。
騒々しい足音が完全に遠ざかってから、僕も彼女も、まずは大きく息を吐いた。
彼女は乱れた髪を素早く整えると、僕の方に歩いてくる。
だいだい色の夕陽が、今まで影になっていた彼女の小顔を照らした。
「すごい可愛い子がいる」と言っていたのは、同じクラスの伊勢川くんだったっけ。
恐らく、この子に違いない。
あらためてよく見てみるまでもなく、人形のようにととのった顔立ちや、力強い意志を感じさせる大きな目、それにうすい唇のどれをとっても気品があり、彼女がただ夕陽に照らされているだけだとしても、それはまるで彼女の内側からオレンジ色に輝いているように、僕にはみえた。
可愛いというより、綺麗というタイプだと思う。
ただ、僕は彼女をどこかで見たことがある気がした。
これが世にいうデジャヴュというものなのだろうか。
彼女の猫みたいな愛くるしい目が、おもしろそうに僕を見る。
「助けてくれて、ありがとうございました」
彼女は僕に丁寧にお礼を言うと、柔らかく微笑んだ。
彼女が僕の近くにきたせいで、ふわりと彼女の香水の匂いを感じる。
普段の僕なら、ニッコリ微笑んだ彼女の顔に見とれてぽーっとなっていると思うんだけど、僕はそれより先に頭にひらめいたことを口走っていた。
「君は、この前、何もないところで転んでた」
あの子だった。
忘れもしない、あの何とも言えない上品な香り。
もう一度、嗅ぎたいと思っていたのだ。
ただ、僕はビックリしたあげく興奮しすぎていて、おまけに勢いあまって、指までさしてしまっていた。
彼女の笑顔が一瞬で凍りつき、しだいに赤くなっていくのが見える。
「ええ、あの時も、ありがとうございました」
彼女の華奢な肩は小刻みに震えていて、せっかくの可愛い笑顔がひきつっている。
僕が自分の失言に気づいて、あわてて手をおろした時には、もはや手遅れだった。
「でも、何もないところで転ぶ女って、ひどくないですか?」
美少女に涙目で睨まれると、僕みたいな小市民は全面降伏するしかないし、彼女のおっしゃることは100%正しかったので、僕は、ひたすら謝った。
* * *
彼女の名前は、加賀ひかり。
僕と同じ1年生で、クラスは隣のA組。
名前とクラス、これを聞けるくらい、加賀さんに機嫌をなおしてもらうのに、数分を要した。
イスを僕の向かい側に置いて、とりあえず加賀さんに座ってもらった。
「そもそも、なんで追いかけっこしてたの?」
「この学校って、全員部活に入らなくちゃいけないでしょ」
加賀さんは勉強もできるし、スポーツもできるのだそうだ。
文武両道の美少女なんて、二次元の世界だけなのかと思ってたら、こんな近くにいるとは。
「今日が入部の期限だから、どの部もすごい熱心に勧誘してくるし。でも、部活は自分で納得した上で決めたいのよ。だから、とりあえず逃げてたってわけ」
なるほど。
加賀さんがクラブに入れば、戦力としても広告塔としても、どちらもプラスになるのだ。
これを逃す手はないだろう。
そりゃあ、放課後、追いかけっこをするだけの価値はある。
将来を見据えて行動する諸先輩方の姿に、どの部も大変だな、と僕はひとごとのように思った。
「ここは何部なんですか?」
「読書部だけど」
「読書部?聞いたことないけど」
「だろうね。宣伝も勧誘もしてないし」
「勧誘しないの?だいたい正式な活動日って、いつなんですか?」
「毎日休みなく活動してるけど」
「え?今日も?他の部員さんはどこに?」
「部員は僕だけど」
「部長さんは?」
「部長は僕だけど」
「一人で何してるんですか?」
「読書部」
遠くでカラスの鳴き声が聞こえるくらい、シーンと教室が静まりかえってしまった。
僕は何もおかしいことは言っていない。
事実のみを伝えているはずだ。
なのに、目の前にいる加賀さんは、明らかに困惑している。
男というのは、小首を傾げる美少女の前に立つと、なぜか自分が悪いことをしているような感覚になるらしい。
気づいたときには、梅原先輩から読書部を託された経緯を、加賀さんにかいつまんで話していた。
「そんなわけのわからない先輩の言うことなんか、よく引き受けましたね」
「入りたいっていうクラブも、特になかったしね」
「読書部って、どんなことするの?本読むだけ?」
「いまは僕ひとりだから適当に本読んでるだけだけど、昔は部員が書いた小説とかを、他の部員が読むって活動もしてたみたい」
「読書って、そういう意味の読書なの?」
「もちろん、商業誌のレベルを期待されると困るんだけど」
教室の後ろの方に、一列に並べられている本棚を指差す。
「あのあたりの活動記録の中にたくさん綴じられてるけど、読んでみると結構おもしろいよ」
内輪ネタが多いけれど、なかにはわりと本格的なミステリーっぽいものもあって、僕は驚いたのだ。
「ふうん」と言ったっきり、加賀さんはじっと本棚を眺める。
彼女と一緒になって本棚を眺めるふりをしながら、僕は加賀さんの整った横顔をこっそりのぞき見た。
やっぱり、印象的なのは目だよな、と思った。
ガラス玉のように透きとおっていて、すごく綺麗だ。
高校の隣に林立するビルの間からさす西陽が、加賀さんの大きな瞳の中でちかちかと輝いたようにみえた。
「今日はかくまってくれて、どうもありがとうございました」
「何のお構いもいたしませんで」
イスを綺麗になおしてから丁寧におじぎをすると、加賀さんはそのまま教室を出て行こうとする。
彼女の背中で揺れる美しい黒髪を眺めていると、加賀さんが突然ふり返ったので、僕は盗み見てたのがバレたみたいで、ひどく動揺してしまった。
メガネが半分ズリ落ちてしまったので、とりあえずツルの部分を人差し指であげてみる。
そんな僕の様子を無言で見守っていた加賀さんは、まるでいたずらを思いついた子供のような顔でニッコリ笑うと、口を開いた。
「ちなみに、顧問の先生は誰?」
* * *
「島中氏ってのは、君ですか」
「はあ」
神経質そうな顔を目いっぱい歪めながら僕の目の前に立つエクイティ研究部の川外部長を入れると、文系のクラブは雑学部を除いてコンプリートだった。
1年生の入部届が締め切られてから一夜明けた翌日の昼休みに、僕は20近いクラブの部長から呼び出しを受け続けていた。
まだ呼び出されていないのは、男子レスリング部くらいだから、ようやくこれで最後だろう。
「島中氏は、どんな手を使われましたか?」
「心当たりはないです」
「私は株のスペシャリストですから、加賀ちゃんクラスの女性のテクニカル分析くらい、朝飯前なわけです。加賀ちゃんと読書部に接点がないのは、すでに調査済みですよ?」
加賀さんは、あろうことか読書部に入部していたのだ。
昨日の夕方、彼女は教室を出るなり、僕に黙って、読書部顧問の大後先生に直接入部届を提出していた。
そのことを聞いたのは、加賀さん本人からでもなく大後先生からでもなく、今朝登校してすぐに、西部劇に出てきそうなテンガロンハットを被って下駄箱前に仁王立ちで待ちかまえていたワンダーフォーゲル部の冬永部長からだった。
甲高い声で「加賀ちゃんをひとり占めするとは何ごとたい!」と怒られたけど、知らないものは知らないのだ。
「まあ、まあ。川外くんも落ち着こうよ」
いつ来たのか、人懐っこい笑顔を浮かべた雑学部の山田部長が、助け舟を出してくれた。
山田部長は、おばあちゃんの知恵袋的なことから、百科事典に掲載されてるような種類のコアな雑学まで、幅広く色んなことに詳しかった。
校内の噂では、タモリを目指している、と言われている。
山田部長は大後先生のことが大好きらしく、その縁で用もないのに読書部に顔を出したりするので、学年は違うものの、僕とはよく話をする仲だった。
「島中くん、この間話してた本が届いたから、一緒に来てくれる?」
さすが山田部長。
適当に理由を作ってさりげなく連れ出してくれるなんて本当に気がきくな、と嬉しく思いながら、そそくさとその場をあとにすると、僕は山田部長に連れられて、そのまま図書室に向かった。
図書室に入るふりをしながら「助けてくれて、ありがとうございます」とお礼を言おうとしたら、山田部長にがっちりと腕をつかまれて、奥の座席に連行されてしまった。
まるで取り調べを受ける被疑者のように僕を座らせると、山田部長は、表紙にJR時刻表と白抜きでデカデカと書かれた2000ページくらいある分厚い本を棚から取りだしたかと思うと、北海道の聞いたこともないような路線の効率的な乗り換えの方法について、昼休みが終わるまでの50分間マシンガンのように話しつづけた。
留萌線という路線の歴史を、身振り手振りをまじえて熱く語りながら涙ぐむ山田部長の姿を眺めながら、「なんか悪いことでもしたっけ」と僕は力尽きて机に突っ伏した。
* * *
一言文句を言ってやろう。
そう思いながら、放課後の読書部の部室で、僕はぎゅうと腕を組んだ。
可愛いからってなんでも許されると思うな、とひとり息巻いていたものの、部活動の時間がはじまっても、加賀さんは一向に現れなかった。
野球部のノックの掛け声にまじって、吹奏楽部の練習音が聞こえてくる。
フルートの奏でる上品で柔らかな音に耳を澄ませていると、そういえば加賀さんは何もないところで転ぶ女の子だったことを、僕は思い出していた。
「まさか、保健室に?」「いや、いくらなんでも」と教室を行ったり来たりしていると、入り口の扉が横にスライドして、加賀さんがびっくりしたように僕をみた。
「なにやってるんですか?」
「え、いや」
いまのいままで自分が考えていた女性と急に対面すると、何か後ろめたい気がするのは僕だけだろうか。
正直に「君のことを心配していたんだ』なんて恥ずかしくて言えるわけがない。
全力で言い訳を考えるけど、何も浮かばないし、加賀さんが近づいてきて、例の良い匂いが香ってくると、僕の思考は全力で空転しはじめた。
「島中さん、なにか隠してません?」
「え、いや」
ガラス玉のように澄んだ大きな瞳でじっと見つめられる。
やましいことはなにも考えてなかったし、普通に彼女のことを心配していただけだけど、何か悪巧みがバレてしまった時のあの感じによく似ている気がする。
別に、あらためて近くで見た加賀さんの美少女っぷりに動揺したわけではないのだ。
「別になにもないよ」
加賀さんは僕を、不審そうにじいっと見つめていたけれど、しばらくして「ま、いいか」と開放してくれた。
助かった。
「聞いてるかもしれないですけど、私、読書部に入部することにしました」
「あ、うん」
そういえばそうだった。
ほっとひと息ついたせいで、僕は当初の目的をかんぜんに忘れていた。
「途中で吹奏楽部に呼ばれたから、すこし遅れましたけど」
「吹奏楽部に?加賀さん、楽器ひけるの?」
こくり、とうなづく加賀さん。
美少女というのは、勉強もスポーツもできる上に、音楽までできちゃうものなのだろうか。
「何弾けるの?」
「何だと思います?」
野良猫みたいな愛くるしい顔で聞いてくる。
こういう表情も可愛いな、と思いながら、加賀さんのイメージに合う楽器ってなんだろうと考えてみた。
交響曲とかはよく聞く方だと思うけど、僕は音楽自体はあまり詳しくはなかった。
メジャーなのでいけばヴァイオリンとか優雅なイメージあるけど、加賀さんなら優雅さがもう少し控えめで、それに上品な感じなんだよな、と思ったところで、ひらめいた。
「フルート?」
「そう!よくわかりましたね!知ってたんですか?」
「知らなかったよ。でも、なんとなく加賀さんのイメージに合いそうだと思ったから」
そうか、さっき窓から聞こえてきたフルートの音は、加賀さんが吹いてた音だったのか。
あの音色を思い返してみると、なんだか心が弾むような、とても良い気分がした。
「私のイメージって何?」と食いついてくる加賀さんを適当にあしらう余裕さえあるのだ。
加賀さんを席に座らせて、僕は対面に座る。
カバンから文庫本を取り出して開いてみたところで「待って」と加賀さんに声をかけられた。
「部活動をしましょうよ」
「してるけど?」
開いていた本をかかげて、加賀さんに見せてみる。
「島中さん一人ならね」
加賀さんはニッコリ微笑んだ。
「いまは私がいるから二人でしょう。だから、読書部の部活動しましょう」
「加賀さん、小説書きたいの?」
「逆ですよ。島中さん、小説書いてください」
「僕が?」
「ええ。私は書けませんから、自動的に島中さんが書く方に決まりですよね」
「そんなばかな」
「島中さんは、小説書けないんですか?」
またしても、じいっと加賀さんが僕の目を見つめてくる。
嘘は許さないぞ、というような力がこもっている気がした。
僕は小説は書いたことないけど、じつは昔から小説を書いてみたいと思っていたのだ。
ネットにあげても誰かが読んでくれるとは限らないし、現実の世界では、知り合いに読んでもらうのはなんとなく恥ずかしい気がするし、そもそも読んでくれそうな友人すら思い浮かばなかった。
「僕が小説を書いたら、加賀さんは、それを読んでくれるってこと?」
「それが読書部なんでしょう?」
なるほど。
僕に、なにをどこまで書けるのかは分からないけれど、読んでくれる人がいたら、書く価値はあるのかもしれない。
「書いてみるけど、期待しないでね」
「決まりね!さっそく今日帰るまでに一作書いてみよう!」
「え?今日中なの?」
「うん。もう、2時間切ってるから急がないとね」
マジかよ、と思いながら、僕はノートと鉛筆を取り出した。
2時間で完結となると、短編しかありえない。
ストーリーを考えている時間はないから、今日あった出来事とかをネタに、軽めの1時間ドラマみたいな感じで書いてみようと決める。
せっかくだから、加賀さん入部をめぐる僕の苦労話を書いてみようと思うと、一行目から迷いなく筆がすすんだ。
時折時間を確認するために黒板の横にある時計をみると、加賀さんは静かに文庫本を読んでいる。
加賀さんが加わった新生読書部の活動は今日がはじめてだけど、まるでずうっとこうしているかのように、何だか、すごくしっくりした感じがした。
はじめは2時間で完成させるのは無理だと思ったけど、なんとか時間内ギリギリで書きあげることができた。
「できたよ」って加賀さんにノートを手渡すと、加賀さんは丁寧にページをめくって、真剣に読んでくれている。
自分の文章を誰かに読んでもらうのははじめてのことだったから、読んでくれるだけでも嬉しかったけど、加賀さんが時折漏らす笑い声を聞くと、なんだか、このうえない幸せな気持ちになれた。
加賀さんは、24ページの短編集を5分くらいで読み終えると、僕に向きなおって「一つだけ言わせて」と言った。
「いいと思うけど、最後のあたり雑じゃない?」
確かに、時間がおしていたのは事実だけど、せっかく読んでくれて感想までもらえたのだ。
僕は、加賀さんの助言をありがたく受けとるべきで、それを次に活かすことが、僕の書いたものを読んでくれた彼女に対するお礼になればいいな、と思った。
「明日は、もっと丁寧に書くよ」
* * *
僕が小説を書いて、加賀さんがそれを読む。
読書部の活動内容が定着したのはいいけれど、1ヶ月も続けていると、さすがにネタ切れになることがあった。
その場合は、僕は、ひそかに加賀さんにネタの提供を求めていた。
「加賀さん、今日は何か不機嫌だね」
「わかります?」
出会った当初は、加賀さんの完成された美少女っぷりに圧倒されてたけど、部活動をとおして彼女と接していくうちに、なんとなく加賀さんのことがわかってきた。
彼女は、おもしろい女の子だった。考え方も筋がとおってハッキリしていて、外見の柔らかさからは、とても想像できないだろう。
加賀さんの浮かべる喜怒哀楽の表情が、結構わかりやすいことに気づいたのも、比較的はやい時期だったように思う。
特にいまは、不満そうに頬を膨らませて、まるで顔全体にぷんぷんと書いてあるようにみえた。
「今日、学校来るときに、靴が線路に落っこちたんですよ」
「靴?靴が線路に落ちる状況って、そんなのあるの?」
「あるんですよ」
うらめしそうに呟く加賀さん。
まるで、幽霊は実は存在するんです、とか言い出しそうな雰囲気だ。
朝のラッシュ時にドア側に乗っていた加賀さんは、I駅に着くなり降りる人にホームへ押し出された。
それは、都会では、朝の風景でよくあることだった。
ただ、彼女の場合は、いったんホームに降りる際、不運にも制靴が片方脱げてしまっていた。
ドア付近にかろうじて乗っていた靴が、あやういバランスで揺れていて、そのままでは、いつ落ちてもおかしくない状態だった。
たくさんの降客に阻まれながらも、加賀さんはホーム側から懸命に手を伸ばす。
しかし、あと一歩のところで無情にも加賀さんの靴は外に押し出されて、電車とホームの間にある暗闇の中へ消えていったのだという。
「仕方なく、駅員さんを呼んで、『靴が落ちたから取って』って言いましたよ」
「履いてる靴は片方だけでしょう?靴下汚れたんじゃない?」
「もちろん、終始片足立ちで」
片足でぴょんぴょん跳ねて、駅員に見立てた僕に「線路に落ちた靴を拾ってください」と、実演してみせる加賀さん。
真剣に怒っている加賀さんには悪いけれど、僕は声をあげて笑ってしまった。
そういうドラマみたいな経験を加賀さんは日常的にしていて、しかも、おもしろおかしく僕に話してくれるので、ネタ不足の場合は、加賀さんネタを利用させてもらっていたのだった。
「たとえばの話だけどさ」
期末テストが終わって、ひとまず勉強から開放されたある日。
僕が小説を書いてる間、読書というかテスト勉強に疲れて眠っていた加賀さんが、ゆっくりと顔をあげる。
眠そうでトロんとした顔が、妙に色っぽい。
「塾の帰りとかにご飯を一緒に食べる男って、女子にとってどんな人なのかな?」
それまでの気だるげな雰囲気が魔法のように消え去って、加賀さんのかたちの良い目が、まるで獲物を見つけた猫みたいにきらめいた。
「どんな人って、島中さん、一緒にご飯行くような女の子がいるんですか?意外なんですけど」
「別に意外でもなんでもないと思うけどね。それに、仮にだよ。仮に。仮定の話」
「隠さなくてもいいじゃないですか。その子のこと好きなんでしょう?名前はなんていうの?」
「好きかどうかは言えないけど、名前は、マリちゃん、とでもしておこうかな」
「マリちゃんね。塾おなじなんですか?他校ですよね?」
「うん、学校は別なんだけどね」
「なるほど。それで、ご飯行ったりしてるけど、マリちゃんに脈があるかどうかわからない、と」
「たとえば、の話だけどね」
「島中さんは、どう思ってるんですか?」
「どうって、4~5回は塾の帰りにご飯行ってるんだよね。だから、マリちゃんが僕を男として好きなのは、恐らく間違いないのかな、と」
「ご飯くらい、友達とでも行きますよ」
「それはそうなんだけど…。でも、二人っきりだよ?なんとも思ってない男の子と、二人っきりで何度もご飯食べに行く?」
ネットのまとめサイトなんかで調べても、好きな人の誘いは断らない、と断言してあったし、3回以上食事に行けば告白のOK確率は90%以上と大きな文字で書いてあったのだ。
「島中さんが好意を持たれてるのは私も否定しませんけど、それが友達か恋人かは、微妙だなー」
頬に手を当てて、可愛らしくうなる加賀さん。
「支払いは?島中さんのおごり?」
「支払いは、割り勘にしかさせてもらってないんだよね」
「それはいいと思いますよ」
「え?僕は逆だと思ってた。おごりの方が、頼られてるって意味で可能性あるんじゃないの?」
「へんに貸し借りとかつくりたくないですし、その人と真剣にお付き合いしたいなら、私なら割り勘にしますね」
「恋人になるまでは、あくまでフラットな関係でいたいってこと?」
「まあ、あくまで私の感覚だから、マリちゃんも同じかどうかはわからないけれど」
「でも、ご飯食べてるときとか、まるで僕に恋をしてるかのような表情をみせるよ?」
「あてになりませんね。島中さんに、女心の機微がわかるとは思えません」
「失礼な。最近は恋愛小説とかも読むようにしてるし、結構わかるようになってきたほうですよ」
「その自信はどこからくるの?それより、マリちゃん、フリーなんですか?」
「うん。この前聞いた時は、彼氏欲しいなって寂しそうにつぶやいてたんだよね。これは、僕に彼氏になってくださいってことでしょう」
「え?どうしてそうなるの?」
「いいかい?彼氏がほしい女と、彼女がほしい男がいる。これはいわゆる、デコとボコなんだよ」
「それはわかりますけど、彼氏ほしいからって、誰でもいいってわけじゃないですよ」
「そんなことは100も承知ですよ。目の前に恋人にしたいような良い男がいる。自分は彼氏が欲しい。だったら、これはもはや、男側の義務として、いくしかないでしょう?」
「いかないでください。告るのは、まだやめといたほうがいいですよ」
「なぜためらう必要があるの?いずれ付き合うなら、早いほうがいいじゃないか」
「恋愛にはね、段階っていうものがあると思うんですよ」
それから小一時間、加賀さんとの押し問答がつづいた。
塾では、マリちゃんのななめ後ろの席が僕の定位置だった。
講義を聞くふりして、マリちゃんを後ろからのぞき見る。
茶色いセミロングの髪の毛を、今日は赤いシュシュで結んでいる。
マリちゃんのシュシュは、曜日や天気によって色が違う、というのを最近気がついた。
今日のようなスッキリ晴れた月曜日は、週のはじめで気合を入れるためなのか、赤色であることが多い。
ちなみに、雨の日はいつもブルーで、曇りの日はグレーと、結構わかりやすい。
マリちゃんはよく笑う明るい女の子だから、活発な色が似合うよな、なんて考えながらぼうっと見ていたら、マリちゃんとバッチリ目が合ってしまった。
どうごまかそうかアタフタしていると、マリちゃんは「ボケっとするな。授業に集中しろ」とクチパクでいったあと、笑顔で小さく手をふってくれる。
同じように手をふりかえしながら、僕のなかの予感は、確信にかわった。
翌日、部室に入ってくるなり「早まってないですよね?」と、加賀さんの猛突進を受けた。
精神的にも、肉体的にも。
脇腹が地味に痛い。
「早まってはいないけど、そろそろ白黒つけたいとは思ってる」
「白なんてありえません。真っ黒だと思います」
「真っ暗な夜空にも、白く輝く一番星はどこかにあると思うんだ」
「どうして、そう死に急ぐの?」
「加賀さん、やけに僕が失敗すると決めつけるよね。だいたい、そういう加賀さんこそ、恋愛経験は豊富なの?」
「それなりにありますよ」
なぜかそこで目をそらす、加賀さん。
なんか、妙に嘘くさい感じがするのは、僕の気のせいだろうか。
「加賀さんは、好きになった男の子に告白したことある?」
「ないですよ。自分から告白なんて考えられません」
「どうして?」
「意識しだすと、私ダメなんです。話すだけで顔が赤くなって、心臓バックバクです」
それは、なんとなく僕の知ってる加賀さんに近くて、好きな人の前で真っ赤になって動転している彼女の姿が、容易に思い浮かんだ。
「まあ、それだけキレイな肌してたら、すこし赤くなっただけでもわかっちゃうよね」
「そうなの。だから、どんなに好きになっても、自分から告白はできませんね」
「じゃあ、どういう風に男の子と付き合いはじめるの?」
「それはその…いろいろですよ」
「ははん。わかった。加賀さん自身に意識を向けさえすれば、その美貌ですもん、あとは独壇場ですからね。友達とかに協力をあおいで、外堀から埋めていって、最終的には男の方から自発的に告白するよう仕向ける、と」
「し、失礼な。まるで、悪女じゃないですか」
加賀さんが珍しく動揺しているところをみると、当たらずとも遠からず、というところだろう。
しかし、加賀さんすごく可愛い顔してるし、そんな彼女がニッコリ微笑んで「好きです。付き合って」っていえば、たいていの男は落ちると思うけど。
もったいない。
仮に僕が加賀さんなら、そのへんの男子を多少色目をつかいながら、いいようにあやつって世の中を思いどおりにするけどな、などと考えながらニヤニヤしていたら、加賀さんに「気持ちわるい」と言われてしまった。
世の中には、美少女にののしられるのが気持ちいい男とそうでない男がいると思うけど、僕はどうやら後者のようだ。
映画とかでよくみる、胸に毒矢が刺さったシーンのように、僕はショックで机に突っ伏した。
その日の夜、塾の帰りにマリちゃんをご飯に誘った。
マリちゃんは、食べるのが大好きな女の子だ。
スポーツもやってて、休みの日の部活の帰りに、ハンバーグ定食をひとりで3人前食べたって話を聞いた時は、僕は腰を抜かしそうになってしまった。
たしかに、彼女は普通の女子高生とくらべると、ややぽっちゃりしている。
ただ、これは僕の持論なのだが、女の子は多少肉付きがよい方が、女の子らしくていいと思うのだ。
ぷにぷに触って楽しめるし、抱きしめればあたたかそうだし、一石二鳥だといえよう。
食事中は、いつものように話題が途切れることもなく、おしゃべりがぽんぽん弾んだ。
マリちゃんと付き合うようになれば、塾の帰り以外にも、土曜日や日曜日にだって、こういう楽しい時間を過ごせるようになるのだ。
そう思った僕は、ひそかに決意を固めた。
翌日の部室で、僕はぼうっと外を眺めていた。
窓にかけてあるカーテンが、風に吹かれて小さく揺れている。
外からは、吹奏楽部の演奏する楽器の音や、野球部の元気なかけ声なんかが聞こえてくる。
しばらく、そののどかなひとときに浸っていると、部室の後方からドアが勢いよく閉まる音が響いた。
「島中さん、今日も変ですよ」
右手でなんとかささえていた頬が、ちからなくすべり落ちる。
「な、なんだって?」
「間違えました。いつも変ですけど、今日は、とくに変ですよ」
「そんなこと、わざわざ言い直さなくていいから」
「何かあったんですか?敗戦後のボクサーみたいな感じ…ってまさか」
「ご明察。昨日、マリちゃんに告りました」
それからは、えらく興奮した加賀さんに、ことのいきさつを最初から最後まで吐かされた。
会計を済ませたあと、僕は、マリちゃんに告白することで頭がいっぱいだった。
マリちゃんとは違う電車にのるので、告白するなら改札の前までの距離で行うしかない。
しかし、お店から出れば、徒歩3分で駅に到着してしまう。
おしゃべりしながらだったら、あっという間に到着してしまうけど、できれば、改札前の人混みのなかで公開告白っていうのは避けたい。
もし、万がいち告白が失敗したときは、僕は恐らく永遠に立ち直れないだろう。
だから、それまでに決めたいけど、場所がない、告白する場所がない、とすごく焦りながらキョロキョロしていたら、ちょうど人気のない公園をみつけた。
ところどころ人はいるけれど、運よくベンチが空いていたので「話があるんだけど」と、とりあえず頭に疑問をいっぱい浮かべてそうなマリちゃんを座らせる。
僕の頭は緊張で真っ白になりかけていて、おまけに心臓も破裂しそうになっていた。
それでも、僕は大きく息を吸って、マリちゃんに単刀直入に思いをぶつけたのだ。
「それでそれで?結果は?」
「今日の僕を見れば、わかるでしょう?」
「滅多打ちにされたボクサーですかね」
「普通にフラれただけで、そんなこっぴどくフラれたわけではないから」
「そうですか」
「告る直前までは、100%いけると思ったんだけどなぁ」
「だから言ったでしょう、まだ早いって」
「そんなこと言ってた?むしろ、島中さんイケますよって、積極的に応援してなかったっけ?」
「応援は絶対してないと断言できますけど、忠告はしましたよ。島中さん、無視して突っ走っちゃいましたけどね」
「うん。そうなんだけど、まあ、これはこれでよかったのかも。白黒はっきりついたし」
「後悔はしてないんですか?」
「後悔はしてないけど、心残りがあるとすれば…」
それは、マリちゃんのことだった。
告白する方よりも、告白される方のほうが、きっときついのだ。
ある日突然、友達だと思ってた異性に告白されて、白黒ハッキリ付けさせられる。
もちろん断った場合でも、よりよい方向に向かって関係がそのままつづくことはあるかもしれない。
でも、たいていは、友達関係までなくなってしまうことが、多いのではないだろうか。
加賀さんが、つづきをうながすように、首を傾げながら僕をみている。
そう、加賀さんこそ、断ることのほうが圧倒的に多いはずだった。
そういう意味で、いつも僕にひどいことを言うこの美少女も、ひと知れず心を痛めることもあるかもしれない。
そんなことを話すと、加賀さんは、
「ゼロではないけど、私は告られる前に、そっと距離を置くようにしているわ」
と、胸を張ってのたまったのだった。
さすが加賀さん。
ぬかりない。
* * *
文化祭も終わり、読書部の活動日誌が2冊を超えた頃、季節は冬になっていた。
朝晩の冷えこみも結構厳しく、ニュースでは、何十年ぶりかの寒い冬であることを、さかんに強調していた。
「寒い寒いっていうから、よけい寒く感じるよね」
と僕が話題をふってみても、近ごろの加賀さんの反応はいまいちだった。
なんだか、ここ最近、心ここにあらず、というような感じなのだ。
小説の感想も、一言二言で、以前とくらべると、まるで熱意がない。
「変な加賀さん」
と試しに挑発してみても、
「うん」
とか神妙に頷いてたりするのだ。
僕が知ってる加賀さんなら「島中さんにだけは言われたくありません」といってにらみ返しそうなのに。
そう考えると、ますますもって、変だった。
二学期の期末テストも無事に終わって、クリスマスやお正月という重大イベントを前に、彼女がいない男子生徒を中心に、ピリピリとした雰囲気が広がっていた。
僕もそんな野郎どもの中のひとりで、加賀さんと初詣でに行けたらいいな、とかぼんやり思っていたある日、部活の終了間際に、僕は加賀さんに呼び止められた。
「私、転校することになりました」
人間、衝撃が大きすぎると、意外と冷静になれるものだということを、僕は15年間生きてきてはじめて知った。
「どこに?」
「ニューヨークです」
都内でもないのか。
そういえば、加賀さんは夏休みとか冬休み中に、たびたび外国に旅行に行ったりしていて、海外はそもそも大好きだったはずだ。
そのせいで、外国に一度も行ったことのない僕はバカにされてきたけど。
彼女の性格を考えるに、ニューヨークのような都会で華やかな場所も、きっと似合うし気にいるだろう。
「僕個人としては寂しくなるけど、良かったね。海外好きだもんね」
「そうなんですよ。島中さんとは、せっかく仲良くなれたのに」
仲良くなれたって思いは、どうやら共通らしい。
そこで、なんとか浮上できた。
「読書部も二学期いっぱいまでか」
「そうですね」
外は真っ暗になっていて、車のクラクションの音が小さく聞こえるだけで、夜の海のように静かで寂しげだった。
一番遅くまで残っている吹奏楽部も、もう帰っているらしい。
冬のキンと冷えた空気が、僕の頭をすこしだけ働かせた。
「読書部らしく、最後の小説の内容は、加賀さんのリクエストにこたえるってのはどう?」
「それいいですね!」
加賀さんは右手をほほにあてて、「何にしようかな」と、あいかわらず可愛い顔で悩んでいる。
いつか伊勢川くんにアイドルの写真集を見せてもらったけど、この瞬間、このポーズだったら、あの時のアイドル写真集よりもうえをいくな、と僕は思った。
「そうだ。『冷静と情熱のあいだ』みたいなのがいい」
「赤と青?」
「そうそう。島中さんの視点と、私の視点で、それぞれ書いてみてよ」
「ちょっと待って。僕の視点は分かるけど、加賀さんの視点ってなに?」
「言葉どおりだけど?私がどう思ってるのとか、島中さんの想像でおぎなう感じで」
「簡単にいうけどさ、ご存知のとおり、僕は女心がわからないんだよ?その僕に、女心を書けと、加賀さんはそうおっしゃるわけ?」
「そうおっしゃるわけです」
「これはアレですね。女心をトンチンカンな感じで書いた僕を、加賀さんがいたぶる感じですね」
「失礼な。そんなこと、絶対しないわ」
「絶対するでしょ。両方の視点で書くのって、かなり難易度高いよ」
「最後くらいいいじゃない。島中さんとはいろいろあったけど、そういうの全部入れて、卒業論文にしよう」
「卒業論文?加賀教授に単位もらえないと、僕は留年してしまう感じですか?」
「加賀教授は海外に行ってもう講義はないから…そうね、放校処分かしら」
「一発で退学?厳しすぎやしませんかね?」
「いまごろ気づいたの?」
そういうと、加賀さんは意地悪な顔してニッコリ笑う。
僕は、困ったな、と机に突っぷして顔をかくす。
表面だけみれば、これまで、幾度もあったシーンだった。
僕は、いつもは隠した顔のなかで笑っていたけど、いまは、少しも笑えていなかった。
なぜなら、僕は、傷ついていたのだ。
よくわからないけど、心にグサッと何かが刺さった感じで、身動きが取れなくなってしまった。
卒業論文、という加賀さんの言葉が、えんえんと頭のなかをループしている。
僕と加賀さんの関係が、終わろうとしていた。
家に帰ってから、ノートパソコンを起ちあげる。
テキストエディターを起ちあげると、いつもは、書きたいことがつぎつぎに浮かんでくるので、パソコンの前で悩むことはほとんどなかった。
今回も、加賀さんとのエピソードには事欠かなかったので、記憶をほじくり返しながら、とりあえずその中のひとつを書きあげた。
当然ながら、僕の視点は、一気に書きあがる。
問題は、加賀さんの視点だった。
加賀さんは、僕と会話するなかで、どんなことを考え、どのように感じていたのだろうか。
例えば、こんなエピソードがある。
ある時、加賀さんが浴衣ってどうなの、という話をはじめた。
「彼女が浴衣着てきたら、やっぱり嬉しい?」
「そりゃ嬉しいに決まってる。テンションあがりまくるだろうね」
「じゃあ、普通のお洋服で行ったら、期待を裏切られてガッカリするってこと?」
「ガッカリとかじゃなくて、なんていうかな、浴衣はあくまでプラスアルファの部分なんだよね」
「浴衣のほうが、より嬉しい、みたいな?」
「そうそう。僕とのデートのために着てきてくれたんだ、というね。そういう彼女の一生懸命さ、健気さというものに対するある種の感動かな」
「なるほど。女子力の一部ってわけか」
「加賀さんは、浴衣持ってないの?」
「持ってないし、着たことないんだよね」
この後は、浴衣の着付けがどうこうという話になり、僕が「ラブホでやってるよ」って話をすると、「ふうん」と絶対0度の軽蔑したような眼差しを向けられてから、「なんでそんなこと知ってるの」と厳しい追求を受けたのだった。
それはさておき、僕視点で書くなら、「加賀さんの浴衣姿みてみたいな」と加賀さんのまだ見ぬ浴衣姿を想像して、「なにか理由つけてデートに誘えないかな」とあれこれ考えたり、「加賀さんが浴衣なら、僕も甚平着るべきだよなぁ。そもそも、甚平ってどこに売ってるんだろう?」と、おもむろにスマホを取りだす、みたいな思春期まるだしって感じになるはずだ。
というか、実際そうだった。
これを加賀さん視点で書くとどうなるだろうか。
当時少し気になる人がいて、その人を交えて友達と花火大会に誘われていたとする。
そのことがあって、高校の同じ部活動の人(つまり、僕だ)に、男という単なるサンプルの一つとして、ただ聞いてみただけっていう。
この可能性は十分ありうるし、その場合、なんと主人公の片割れである僕が登場しなくなるという、大問題が発生してしまう。
青と赤の交互の物語ではなく、青ではじまって、赤が最後まで連続してつづいて終了、ならまだいい方だ。
青が途中でべつの素敵な青に交代させられる悲劇もありうる。
なんて可哀想な青。
そんな感じで、僕は最初の赤のパートからつまづいてしまったのだった。
学校は冬休みに入った。
家にいても小説のことや加賀さんのことでモンモンとするばかりなので、気分転換もかねて、部室に通っていた。
とはいっても、結局部室に一人っきりでこもるわけで、ノートパソコンを前にぼうっとしているだけで、時間だけが無為に過ぎていった。
僕はそれまで、書けないっていうことで悩んだことはなかった。
文字や単語は、キーボードに手をかざしさえすれば、あとからいくらでも頭に浮かんできていた。
書けないってことが、こんなに辛いことだとは思わなかった。
焦燥感ばかりが先にたつばかりで、あんまり胸が苦しいものだから机に突っ伏すけど、いっこうに気分はよくならなかった。
冬休みの最終日には、加賀さんはこの街からいなくなってしまうのだ。
せっかく僕の小説を読みたいっていってくれたのに、最後の約束すら果たせずに終わってしまうのだろうか。
正月の三ヶ日が終わり、冬休みも残すところあとわずか。
赤の部分を1文字も書けないまま部室に行こうと出かけるも、通学路を何十分と歩いていく気力もなくて、僕は誰もいない公園のベンチにこしかけた。
正月から曇りの日が続いていて、ぶあついねずみ色をした重たそうな雲から、いつ雪が落ちだしてもおかしくないような寒さに、身体が震える。
「島中さんは、冬に苦しめばいいわ」
ふいに加賀さんの声が、頭の中をこだました。
あれはいつだったろうか。
9月も終わりの頃、だんだん秋らしく過ごしやすい気温になりかけてたのが、いきなり40度近い夏の午後に逆もどりした日、僕が静かに本を読んでいる横で、加賀さんが呆れたような声をだしたのだ。
「こんな暑い中、よく本なんて読めるわね」
「この本、高校生が冬山で遭難する話なんだけど、読んでるとすこしは涼しくなるかなっていう、読書部としての活動」
「バカね、涼しくなるわけないじゃない」
「やってみなくちゃ分からないじゃないか」
「やらなくても分かるわ。だいたい島中さんはガリガリだから、そのせいで熱が体内にこもらなくて一般人よりも涼しいのよ。冬に苦しむといいわ」
「なんか、言葉にすごいトゲがあるんですけど。暑い以外に何かあったの?」
「あったように見える?」
「見えるし、ひしひしと感じてる。ってか、汗すごくない?」
「でしょう?わたし、汗すっごいかくの」
「へえ、新陳代謝がいいんだね」
「そうなのかな?」
「うん、だから肌がきれいなんじゃない?前から思ってたけど、加賀さんの肌ってすっごい白くてすべすべだよね」
「ありがとう。お風呂もね、2時間くらい入って、たっぷり汗をかくの。あがった後、すごく気持ちいいよ」
「2時間?2時間もお風呂に入るの?2時間もお風呂で何するの?」
「何って、雑誌読んだりとか」
「雑誌2時間も読むのキツいでしょう。なんだったら、僕が話し相手に来てあげよう」
「呼ぶわけないでしょ、バカじゃないの?」
「人がせっかく親切心でいってあげてるのに。そんな態度とってると、そのうち罰があたりますからね」
「罰あたりなのは、あなたのほうでしょう」
肌が綺麗っていったときの加賀さんの声はうれしそうに弾んでいて、一緒にお風呂入りたいって話したときの加賀さんの声はほんとうに軽蔑してるような感じがして、その対比をおもいだして、すこし笑ってしまった。
こういう思い出も、時間がたつと、きっと忘れてしまうのだろう。
震えるような冷たい風に吹かれて、枯れ葉がくるくると舞っている。
今覚えている様々な記憶も、春には土にかえるあの葉っぱみたいに、いずれ消えてなくなってしまうのだ。
それは、すごく寂しい気がした。
日記のようなかたちで残せればいいのに、と思ったとき、すっかり冷えきった僕の頭のなかにパッとある考えが浮かんで、気づいてたときには僕はベンチから立ちあがっていた。
それから僕は、学校までの距離を全速力で駆けた。
僕が思いついたのは、加賀さんとの思い出を、ひたすら小説に書くというものだった。
そうしたら、ずっと残ることになる。
赤と青の小説は一生完成は難しそうだけど、まっすぐ正直に描く青だけの物語なら、きっと作れる。
あたらしい発見に興奮していた僕には、いつもよりうんと早く過ぎ去っていく景色もなにも見えてなかったけど、僕が書くべき小説のかたちだけは、ハッキリと見えていた。
部室にはいって、ノートパソコンの電源を入れる。
加賀さんとの思い出を小説の中に折りこむということは、僕の気持ちや考えが完全に公開されるということだ。
僕の気持ちを正直に書くのは、すごく恥ずかしかった。
でも、僕の小説を読みたいといってくれた加賀さんに、嘘はつきたくない。
これが卒業論文なら、加賀さんから卒業するということになるけど、僕の心がそれを全力で拒否していた。
この小説を終わりに、ではなく、つなげるために書きたかった。
加賀さんとのエピソードを、覚えているだけ全部物語のなかにおしこめて、書けるだけ書いた。
彼女との思い出なら、たくさんあるのだ。
夜になって、警備員さんに部室を追い出されてからは、急いで自宅に移動した。
学校から帰る途中に空を見上げると、南の方にオリオン座が青白くかがやいていた。
空をおおっていたぶ厚い雲は、どこにもない。
僕のなかのどこにそんな体力が残っているのか、家に帰ってからもキーボードをたたきまくった。
最後の一文を書きあげた後、テキストエディターの下の方に表示されている文字数をみると、2万字を少しこえるところだった。
一晩でこれだけの文字を打ったことは、これまでになかった。
メニューバーについている時計をみると、5時半。なんとか、加賀さんの引っ越しまで間に合ったみたいだ。
感慨にふける間もなく小説を急いでプリントアウトすると、僕はコートをはおって家を飛び出した。
チャリンコをぐいぐいこいでいると、冷たい冬の空気が、つぎつぎに肌につきささる。
僕の小説を加賀さんが読んだら、どんな感想を抱いてくれるだろうか。
徹夜明けの頭でそんなことをぼうっと考えていると、いつの間にか信号が青になっていた。
急いでペダルを踏みこむ。
僕が加賀さんの家の前に自転車を停める頃には、空は薄っすらと黒から紫にかわってきていた。
カバンから小説が入った封筒をとりだす。
そこで、加賀さん家から郵便ポストが撤去されている可能性を、いまさらになって気づく。
5秒くらい冷たい汗を流しながら必死にポストを探していると、玄関脇にまだ置いてあるのを発見。
よく見ると、新聞も入っている。
ほっと一息ついてから、あらためて封筒を持ってみたけど、なかなかポストに入れることができなかった。
この封筒をポストに入れたら、加賀さんとの関係は完結してしまう。
僕にとって、とても大切な日々が終わってしまうのだ。
新聞配達のバイクが、発進と停止を繰り返す音がだんだん遠ざかっていく。
ここで、こうしてウダウダ考えても仕方ないか。
僕が小説の入った大きめの封筒をポストに入れると、勢いがつきすぎたのか、ガタンと大きめの音が鳴ってびっくりしてしまった。
加賀さんの家族がでてきたらどうしよう、と心臓が跳ねに跳ねた。
幸い、遠くで犬の鳴く声がするだけで、あたりは静まりかえったままだった。
冬の太陽がようやくのぼってきて、僕と加賀さん家の玄関を照らす。
じんわりと、後頭部から背中にかけてあたたかくなってきた。
いつまでもこうしていたいけど、加賀さんと交わした最後の約束は果たしたのだ。
ただ、身体と心は別々に機能しているのだろう、僕はかなり苦労して玄関から足を引きはがすと、加賀さん宅から出てチャリンコにまたがる。
最後にふり返って見た加賀さんのお家は、陽の光を浴びてキラキラとかがやいて見えた。
最後に小説の感想を聞いてみたかったな、と思いながら、僕はペダルを大きく踏み込んで、家路についた。
* * *
加賀さんが転校して1ヶ月がたった。
読書部は加賀さんがくる前の状態、つまり僕ひとりに戻ってしまった。
最初は部室が妙に広く感じて落ちつかなかった。
誰か入室してくるわけでもないのに、ぼうっと入り口の扉を眺めている時もある。
いかんいかん読書に集中するぞって気合を入れて本を開いたりしたけれど、気づくと加賀さんと過ごした日々を思い出して、結局1ページも進まないままという日々が続いていた。
空気の入れ替えをしようと、窓を開け放つ。
野球部はランニングをしているようで、グラウンドからは、イチ、ニイ、という低い声が聞こえる。
3階の教室からは、吹奏楽部の練習音が聞こえてきた。
なかには、フルートの音色も混じっている。
外気と一緒に、心のなかに急に冷たい風が入りこんだ気がして、寒いからやっぱりやめようと、僕は窓をしめて鍵をかけた。
大好きな作家の新刊の発売日にあわせて、僕は週末に大型書店まで足を運んだ。
お目当ての書店は複合商業施設のなかに入居していて、まん中をとおる大きな通路の天井には、ガラスの屋根が一面にはってあった。
晴れている日は、陽の光をうけてキラキラとかがやいて見える。
書店に着くまでの何十秒かだけど、それを見上げながらゆっくり歩くのが、僕は好きだった。
世界は、じつは僕が考えているよりもずっとせまいのかもしれない。
最初は気のせいかと思った。
いきなり、加賀さんの香りがふわっとしたのだ。
3学期に入ってから、教室や校内のいたるところで彼女の面影を感じるときがあって、そのたびに僕は胸が苦しくなっていた。
今回も幻影だろうと一瞬思ったのだが、思い出してみると香りははじめてだった。
いつも、透きとおった彼女が、思い出の中から出てくるだけだったからだ。
ふりかえると、加賀さんと同じくらいのセミロングの髪をした女性の後ろ姿がみえる。
頭のかたちや髪のながさは、記憶にの中にある加賀さんとぴったりかさなって見えた。
僕は、声をかけるべきかどうかまよう。
仮にあの女性が加賀さんだったとして、その後はどうするのか。
すこしのあいだなら、おしゃべりはできるかもしれない。
でも、最後にはきっちりと、別れを交わさなければならなくなる。
それは、たぶん、僕にとって耐えがたい苦痛を伴うことになるだろう。
それとは反対に、彼女と一緒にいたい、なんでもいいから話したいという気持ちも同じくらい大きい。
相反する思考が真っ向から対立して、僕の頭はオーバーヒートしそうになっていた。
加賀さんの背中が遠くなる。
世界は意外とせまいのかもしれないけど、次に偶然会えるのは5年後かもしれないし、50年後かもしれない。
そして、その時もいまみたいに気づかないふりをして見送ったら、それは彼女と会わなかったのと同じことなのではないだろうか。
声をかけて、おしゃべりして、お別れを交わして物語が閉じてしまうかもしれない。
でも、そうならないで、彼女との物語がつづくこともあるかもしれない。
それこそ、運命としかいえないけど、僕と加賀さんがそうであるかどうかは、やってみなければわからない。僕は大きく息を吸った。
「加賀さん」
ひさしぶりに彼女の名前を呼ぶと、まるで僕の声を待っていたかのように、小さくなりかけていた背中がピタリと止まった。
いつもの加賀さんだったら、上品にゆっくりとふり返るところだけど、今はものすごい勢いでふり返る。
その瞬間、加賀さんの目と、僕の目が、時間にして1ヶ月、距離にして10メートルをはさんでピタリと重なった。
最初に加賀さんと出会った時も、こんな距離だったな、とか思いつつ、ひさしぶりに見る加賀さんは、なんだか怒っているみたいだった。
「言いたいことがいっぱいあるんですけど!」って、彼女の綺麗な顔全体に書いてあるようだ。
真一文にかたく結んだ彼女の口のなかから飛び出てくる言葉を想像しながら、僕は彼女に向かって歩き出した。
仁王立ちで僕を待ち受ける加賀さんを眺めながら、あらためて思う。
日本とニューヨーク、距離は何千キロも離れているけれど、僕は彼女と一緒に生きていきたい。
加賀さんまであと一歩というところで、僕は立ち止まった。
怪訝そうに僕をみる加賀さん。
口を開こうとする加賀さんより先に「加賀さん、好きだよ」って僕が言ったら、顔を真っ赤にした加賀さんが「なんでこんなときに、こんなところで言うの」って怒るんだけど、ひさしぶりの加賀さんとのやりとりが本当に楽しくて嬉しくて、加賀さんと同じくらい頬を赤くしながら、僕は心から笑っていた。