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1.無行動派ヒーロー

 終業のチャイムと同時に席を立った。ざわめきの残る教室を出て足早に昇降口へと向かう。勉強の時間は終わり、これからは――


 ボランティアの時間だ。



 木崎涼介とは――


 外見にも内面にもとりたてて特徴のない公立高校に通う二年生のことだ。全体的な成績は可もなく不可もなく。得意科目は数学だが、反面古文を大の苦手としている。

 対人関係はどちらかといえば消極的。自分から積極的に話題を振ることはないから、友人には饒舌なタイプが多い。他のクラスメイトとはつかず離れず。挨拶や世間話はするが、それ以上の立ち入った話はしない。

 趣味は読書と散歩。友人の一人に話したら「なんつーか若者っぽい趣味じゃねーよな、それ」と言われ微妙にショックを受けたこともある。

 部活は文芸部に所属しているが、気が向いたときだけ顔を出す半幽霊部員。顧問も部長もルーズなので今まで文句を言われたことはない。

 性格的にも常識の範囲内だ。無表情、との評価をよくもらうが、自分ではそう思っていない以上、修正する気もなし。


 ――以上、本人の主観。


「涼介?……ああ、ヘンな奴だよなあいつ。なにやってもピクリとも表情変えねえもん。実はサイボーグなんじゃね?……なんてな。いやー、ここまでハッキリ言う奴、俺意外にいねえって。そりゃ他の奴からすればよ、何考えてんだかサッパリわかんねーし。不気味に感じても仕方ねえだろ。俺が言ってもあいつ本気にしねーしよ」


 ――以上、木崎涼介の友人A氏によるコメント。



 いつもの下校時、学校を出た涼介はいつもとは違う電車に乗って、いつもとは違う駅に降り、いつもとは違う道を歩いていた。

 授業が終わってすぐに学校を出たのでまだ夕方にもなっていない。

 バーやスナックなどが立ち並ぶ、夜にはそれなりに賑わう歓楽街。けれど今の時間帯では、ほとんどの店のシャッターが下りている。ネオンの看板も光をともさず、じっと出番を待っていた。

 十年以上住んでいる街でも、初めて見る風景は意外と多い。最近遠出が多い涼介がここ数日で気づいたことだ。


――木崎涼介には不思議なことに、生まれついての他人とは変わったところがある。

それを自覚したのはいつか、そもそも生まれたときから備わっていたものなのかも定かではないが、涼介はそのことに思うところはなかった。

 理由は明確。自分の意思でどうこうできるものではないから。あと、普通に生きている限り役に立つ機会が少ないということ。

 もしかして人によってはすごく羨ましがられる性質のものかもしれない。だがそのせいで今の環境に巻き込まれたことを思えば、プラスマイナスゼロ……と涼介は思っている。

ともかく、涼介はその性質が原因で、今、この場所にいるわけなのだが――


「着いたのが早すぎたなー……」

 携帯に表示された時刻は予定の二十分前。初めて来る場所だけに、時間の計算が外れたらしい。

……さてどうしよう?

 今の季節なら立っているだけで汗が噴き出してくる。適当なところで時間をつぶそうと、コンビニを探し始めた涼介の視界の端に、こっちに近づいてくる男たちの姿が入った。

「なあ、ちょっとそこの兄さん」

 ニヤニヤと笑いながらそのうちの一人が声を掛けてくる。

「金貸してくんねえ?帰りの電車賃がなくなっちまってさ」

 金や赤の髪を逆立たせ、あるいは丸刈りにし、口元には軽薄そうな笑みを浮かべている。身長は同じぐらいなのに、顎を突き出してわざと見下してたように椋介に話しかける彼らは、『真面目な』という形容から最も遠いいわゆる一つの不良である。

 容姿的には大人しそうに見える涼介なわけだから、街をぼんやりと歩いているとたまにこういう輩に声をかけられた。

「すぐ返すからさ。いいだろ?んー、とりあえず五千円くらいでいいや。あるんだったら一万でも二万でもいいけどよ」

 涼介が金を出すのが確定事項のように、金髪は手を突き出してくる。丸刈りもニヤニヤ笑って涼介の肩に手を回す。友好の印、ではないことは明らかだ。

「あの……」

「なーにー?もしかして俺らのこと疑ってんの?うっわ傷つくわー」

「マジ返すって。だからさあ、さっさと出せよおい」

 残った赤髪も顔をうつむかせている椋介を下からねめつけてくる。とたん、

「おい……こいつ……!」

ギョッとして飛びのいた。金髪と丸刈りが眉をひそめた。

「んだよ、おい」

「まっさかおまえ、こんなのにビビッてんの?」

 赤髪が茶化す二人を強張った顔で引っ張って何かを耳打ちする。直後、二人の顔色が劇的に青くなった。

「は?」

「……マジか?」

「間違いねえって。見たことあんだよ」

 おそるおそる振り返った彼らは涼介に

「すんませんしたっ!」

「勘弁してください!」

と頭を下げながらこけつまろびつ逃げていく。

 遠巻きにそっと様子見をしていた通行人の頭には「?」マークが浮かんでいる。

 彼に、不良を恐れさせる要因なんてものは見当たらない。

 ……なんだかなー。

 いい意味でも悪い意味でも注目されるのが嫌いな涼介は、そそくさとその場から立ち去った。

 

 男たちが逃げ出した原因に心当たりは――残念ながら、あった。

 ……すっかりあのスジじゃあ有名になったかも……

 複雑な心境を表情に表しつつ――とは言っても他人には無表情としか見えないだろうが――歩く椋介の尻ポケットから、少し前の流行曲が流れ出る。メールの着信音。送信者、蒼月風姫――アオツキフウキ――『脅迫者』からだった。メールを開いて涼介は、思わず携帯を落としそうになった。


『私用ができた。すまんがあとは任せる』


 短い文面の表示された画面を穴の空くほど凝視して、一文字ずつ確かめる。残念なことに、どう読んでみても文面通りの意味以外には汲み取れなかった。

「僕一人でやれと……?」

 深々と息を吐いた涼介の耳に、


「……」


 かすかな悲鳴が、風にのって届く。意識していなければ、聞き流してしまいそうな小さな声。携帯の表示時刻は言われたとおりのものだった。

 ――ドンピシャ。

 今度はそっとため息をつく。

「しょうがない、かあ」

 そして、悲鳴の聞こえた方向へ歩き出した。


 入り組んだ細い路地を抜けて、ようやくたどり着いた行き止まり。

 途中何度か迷いそうになったが、悲鳴と、それ以外の甲高い声が涼介をそこへ導いた。


 そこにいたのは一組の男女。

 まだ若い女性は、顔を引きつらせてへたりこんでいる。水商売風の化粧がされている顔立ちは普段はそれなりに整っているのかもしれないが、今では恐怖で大きく歪んでいた。

 そして男。背中を向けていて顔は見えなかったが、その手にあるのは、鈍く光をはね返す刃物。

「お、おまえが悪いんだぞ!俺の気持ちをもてあそんだおまえが悪いんだあああ!」

「あ、ああ……」

 大粒の涙を流しながら、女性はじりじりと迫る男を凝視していた。

 ほっと胸をなでおろす。

――なんとか、間に合ったみたい。

「ちょっと待った」

ビクン、と男の肩が大きく震えた。ゆっくりと振り向く。

――ああ、これはダメだな。

 目が完全にイってしまっている。

 男の狂気に侵された目を見て、涼介は説得を諦めた。

「な、なんだよ、おまえぇぇ!」

「あー……通りすがりの善意の第三者、のつもり。とりあえずその物騒なものをしまってくれると話しやすいんだけど?」

「う、うううるせええ!あ、あっち行けよぉ!」

 ナイフを滅茶苦茶に振り回しながら、男はわめいた。予想通り、話し合いに応じる気はないらしい。

「あっちいけって言われても……」

 やっぱり無理か……仕方ない、怖いけど。

 覚悟を決め、涼介はまっすぐ歩き出した。……男に向かって。

「く、くくくんじゃねええ!くるなっ、くんなっつってんだろがああ!」

 唾を撒き散らしながら男は叫び声を発する。

 狂気で濁った瞳の奥にあるのは、恐怖と、困惑。いきなり出てきたナイフをまったく恐れる素振りを見せない少年に、男の欠片ほど残った理性が警戒を促す。

 いや、実際には涼介は緊張していたしそれなりに恐怖も感じていたのだが、自覚のない無表情っぷりがそれらを覆い隠していた。

 やがて、涼介との距離が一メートルを切ると、男はあっさりと警戒を振り捨てた。奇声をあげて凶刃を突き出す。

 ためらいのまるでない突き方。それこそ刺されば刃の根元まで肉に埋まるだろう。だが――

「あぎっ!」

 ナイフの先端が体に突き立てられる直前。ものすごい音がして、男の体が地面に沈んだ。

 涼介は白目を剥いた男を見て、上を見て、最後にあたりに散らばったものを見た。

「……ああ、今日はこれかあ」

 男の頭に直撃し、砕けちった植木鉢の残骸がそこにはあった。


 禍福はあざなえる縄の如し――幸運と不運はより合わせた縄のようなもので、人生にはその二つが絶えず隣り合っていますよ、という意味のことわざである。

ではあるのだが、涼介にはいまいち実感できなかった。彼の人生には、山も谷もない。取り立てて幸運と呼べるものもなく、不幸な出来事もなかったから。……もっとも、不幸がないのは、彼の場合決定事項なわけなのだが。

 不思議なことに生まれついての他人とは変わった性質を持つ木崎涼介ではあるが、それをひけらかすことはしなかった。

日々平穏、それが涼介の目指すところであり、生き方であったから。

 たまたまこの体質を見破られて、不本意な状況に巻き込まれていなかったら、そのまま何事もなく過ごしてはずだ。

ちなみに、涼介の変わった性質とは――


 事故や人災などのマイナス方向に対しての、ちょっと異常なまでの幸運。


 涼介が不良に恐れられる原因もそこにある。以前同じようにカツアゲされかけた時、『撃退』したことが発端だった(単に追いかけてきた不良が階段で転んで全治一ヶ月の怪我をしただけなのだが)。不良というのは仲間意識が強いのか暇なのか、横の付き合いだけはやたらと広いらしく、それからはまあ芋づる式にずるずると。涼介はそのことごとくを『撃退』していた。……本人の意思とは無関係に。

 出来るだけ目立たないように生きていたいのだが、その願いも虚しく自分の顔は知れ渡っているらしい。


――あいつに関わると不幸になる。


 もしかしたらそういう噂でも流れているのかもしれない。悲しいことに。



 目を白黒させていた女性が、じっと自分の方を見ている涼介に気付くと、慌てて頭を下げた。

「あ、ありが――」

「お礼はいいです。見てのとおり僕は何もしてないですから。……それよりも立てますか?」

「は、はい」

「それなら警察へ。この男が目を覚まさないうちに捕まえてもらっちゃいましょう。すぐに目を覚ますようには見えないですけど」

「あの……あなたは?」

「僕はここに残ってこいつを見張っておきます。二人で待っててもいいですけど、ここにいるのは嫌でしょ?……ああ、先に携帯で連絡しときますので、すみませんけど一人で行ってください。大丈夫ですよね?」

 コクコクと女性が頷くのを見たあと、涼介は携帯を取り出した。足をもつれさせながら離れて行く女性の背中を見送りながら。


 そして女性が見えなくなってから涼介もその場を立ち去った。


 事情聴取なんて一回やればもう十分だ。それに、これから何度こういう機会があるかわからなかった。あまり何度も事件に関係してくると今度はこっちが怪しまれる。とはいえ男を放っておくのも問題なので、今どき探すのも難しい公衆電話からの通報は忘れずに。これで最低限の義務は果たした。

 半ば脅迫されて街中の人命救助に駆り出される身としては、これ以上この問題で時間をとられるのはごめんなわけで。

 メールで風姫にうまくいったことを伝えて、涼介はあっさりと頭の中を切り替えると、夕暮れが迫りくるある街を歩き出す。

 

 人一人の窮地を救った自覚は涼介にはない。その実感も。自分はただあそこにいただけ、そう思うようにしていた。

 それでも、自分のこの特異体質が人の役に立ったことに、ちょっとした充実感を覚えないわけでもなく――

 他人には無表情としか見えない、本人も自覚していないの笑みようなものが、ほんの少しではあるが涼介の顔には浮かんでいた。



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