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雲一つない青空。
その下で、地平線まで伸びる草原の道を、私達の車が走っている。
車種はヴィンテージものの軽トラックだが、その分ろくに舗装されていない道の感触が座席にまで伝わってきて、趣がある。
大地の息吹が、身体に伝わってくるような――
アルシアは助手席から、わぁわぁと声をあげ窓の向こうを右に左にと忙しなく見ている。時折何かを指さしては私に問うてくる。
私は運転をしながら、それに答える。
全開にした窓から入り込んでくる風は、春の陽気と、生き物の気配を肌に打ち付けてくる。
草原は右も左も果てまで続いており、建造物など一切見えない。
「素敵! 全部、先生の言ったとおり」
そう言ってこちらを向いたアルシアは、私が予め用意しておいた民間の衣服を着ている。
角さえなければ、一昔前の市街に行けそうなぐらいには似合っていた。
「何が素敵なの?」
「草原も、車も、外も、空も、みんな先生の言ったとおり。風も、匂いも、夢見た通り!」
「アルシアは、その中でどれが好きかな」
「空! ねぇ、先生。あれが空の青なのね」
「そうだよ。アルシアの瞳と同じ色」
「私、空の青が好き。なんだかとても自由な色をしているの。見ていると溶けてしまいそう」
「素敵だね」
「うん!」
その後、私はアルシアに車の荷台に乗ることを提案した。
風をもっと気持ちよく感じられると言うと、アルシアは、怖気づくこと無く荷台に乗った。
私は、アルシアと荷台をベルトで結びつけ、しっかりと掴まるように言ってから、車をゆっくりと加速させた。
がたりと揺れてから、車が風を切って走り出す。
運転する私の後ろから、アルシアのはしゃぐ声が聞こえる。
私は彼女が気持ちよさそうにしているのを感じながら、右耳に仕込んでおいた極小の機械を、彼女にバレないように起動した。
「――――天―――――起動を――――――」
若干のノイズを交えた音声が、右耳から脳髄に、染み渡っていく。
ハンドルを片手で操りながら、未制限量の非商用煙草をポケットから取り出し、それを口にする。
片手でつけたライターの火に、一瞬だけ私は、海の向こうの、遥か彼方の、地球の裏側の光景――地獄――を見た。
青い空、緑の草原。
終わりへの囁き。甘き死の訪れ。
春の風。煙草の香り。
星の歓喜。命の悲鳴。
視覚と嗅覚、聴覚の圧倒的な齟齬を感じながら、煙草の煙は窓の外へと流れていく。
「――先生! もっと風、ちょうだい!」
アルシアのその声が聞こえたので、私はアクセルを思い切り踏み込んだ。