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タナトフォビアの見る夢  作者: 彼岸堂
夕日
10/12

-



 水平線の向こうに、陽が沈んでいく。

 私は、かつて星空を見た時のように、アルシアを抱えて砂浜に座っていた。

 アルシアは、沈んでいく太陽をじっと眺めている。


「ありがとう。先生」


 アルシアが小さな声でそう言った。


「先生があの日、外に出してくれてから、今日までずっと、本当に楽しかった」

「私もだよ」


 嘘ではない。

 たったの数週間だが、アルシアと見た世界は、美しかった。

 アルシアとの日々は、これまでの人生で間違いなく最良のものだった。

 私は幸せだった。

 アルシアも、そうであると願いたかった。



「……先生、私はどうなるの?」


 アルシアが、落陽から目を離すこと無く、私の手を握る。


「私、きっと、壊れちゃったんでしょう?」


 私が答えずにいると、アルシアも無言になる。

 やがて。


「どうして教えてくれないの、先生」


 震える声で、アルシアが言う。


「……聞こえないの」


 その頬に、涙が伝うのが見えた。


「あんなに聞こえていたはずの、人間の声が、聞こえないの」 


 ついに、アルシアが私の方を向いた。


「ずっと聞こえていたのに、この前から、急に聞こえなくなって。何も感じられなくなって。私、おかしくなったんだよね? これって、おかしいよね。だって、私はそのために角があるんでしょ? 先生とは違って、角があるのに、何も感じられないの。おかしいよ。それって、私じゃないよ。どうして? 私は、もうおかしくなっちゃったんでしょう?」


 私は、まずアルシアを抱きしめた。

 そして、両肩に手を置いたまま、真っ直ぐ彼女を見つめる。


「アルシア。よく聞いて」

「……先生?」

「あなたが人間の声が聞こえなくなったのは、あなたがおかしくなったからじゃない。私があなたに魔法をかけた。ただそれだけ」

「……魔法?」

「アルシアを幸せにするための魔法だよ」


 アルシアが、美しい世界で在り続けるための魔法。

 アルシアが、偽りの神のまま地に堕ちない魔法。


「……先生は、どうして」

「アルシア」


 彼女の両肩に乗せた手に、自然と力がこもってしまう。


「あなたは、これから、私と離れなければならない」

「えっ」

「大丈夫。あなたは、一人じゃない。これからもあなたは、この美しい世界で、生きていける。あなたは、今日までのように、風や木々、空や星々、海を愛することができる」

「どうして? 先生と離れるの? そんなの嫌!」

「……アルシア」


 もう一度、私はアルシアをかき抱いた。


「先生はね、人間だから。もうこの星にはいてはいけないの」

「……え?」

「今日まで、私はわがままを通してきたの。最後の人間として、今日まで、ずっと」

「待って、先生。意味がわからないよ。どういうこと?」

「大丈夫。アルシアは一人じゃない。ただ私とは一緒にいられないだけ」

「嫌だ! 意味分かんないよ! 先生! 嫌だ! なんで、そんなこと言わないでよ!」

「私は、あなたを愛しているから。ずっと、これからも。あなたに生きていて欲しい。ただそれだけなの」

「やめて、やめてよ。先生、変なこと言わないでよ! 先生!」

「アルシア――――」



 アルシアがあらん限りの力で私に抱きついてくる。

 わっと泣いて、私の胸元を濡らす。



 水平線の向こうに、太陽は沈み。


 世界は闇に包まれようとしていた。



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