荒んだ日々
基本シリアスか、コメディを交互に。大学生オーケストラの話です。
うなじをぼりぼり掻きながら、今宵の予定を脳内に書き連ねる。茶漬けを晩飯に、最近知り合いから聞いた定番番組を見つつ求人サイトの広告でも漁ろうか。いや、そもそも茶漬けはあっただろうか。少なくともお気に入りと化した梅茶漬けは平らげた気がする。思わず舌打ちした。近所のスーパー、やたらと絡んではねちっこい愚痴を延々と撒き散らすパートの主婦を思い出したからだ。正直あそこには行きたくない。あの顔を1秒でも拝めば心身共にごっそりと削られる気がするし。だからと言って他にあの特産茶漬け期間限定が販売されているスーパーがあったかといえば、あるのだが二駅ぐらいまたいだ雑貨店の隅にあるくらいで。なんとも微妙な距離だ。やめておこう。
「なぁおい。お前もなんとか言えや。」
あれこれと菊池が思考を目覚ましいほどに巡らしていると横槍が入った。それで今の状況を思い出す。
「お前が今晩の晩飯収集したいからつきあってやってんだぞ。なんで俺が掘り出してんだよ。」
横目で見れば隣の吉岡がしん底蔑んだ視線を寄越している。思わず「あぁ。そうだったか。」と口から零してしまった。やっちまった。そう思ったが手遅れ。瞬時に顔をこれでもかと言うほど歪め、瞳の怒りを隠しもせずに向けてくる。そういえばこの横の奴は今日は早く帰りたいといっていたっけか。まずいな失言したなとは思うが、いまは茶漬けの問題が脳を動かすことを妨げる。菊池は隣の危険な空気をばっさり流すと取りあえず現状の進行に取り組むことにした。
手前に目をやるとおどおどと2人のやり取りを傍観していた自分より頭一つ下ぐらいの少年と目があう。とたんそいつは尋常じゃなく跳ねて視線をそらした。そう、只今絶賛カツアゲ中である。眼前の小動物に思わずため息を漏らした。そして上から下まで舐めるように探り見ると高級そうな腕時計、ブランドものの財布が目に止まる。菊池は目を細めた。おそらくこいつは財布の中があるにしろないにしろ何かしら金になるやつは持っているだろう。ならば手っ取り早く終わらせるまでだ。
「なぁ。」
菊池は優しく問いかけた。
近所の交通公園。菊池は手元にある万札一枚と五百円玉3枚をポケットの財布に突っ込むと、ライターとタバコを取り出して火を付ける。瞬く間にほのかな灯が白い先端に吸い込まれ、代わりに焦げ臭さと煙が虚しく空中に昇った。独特の倦怠感が体を充満してくる。瞼を閉じてそれを味わっていると隣で動く気配がした。吉岡もタバコを鞄から漁りだしているらしい。何故ポケットに入れておかないのか。めんどくさいから聞きはしないが。菊池は瞼を開けると片手で吉岡の口元にライターをもっていく。咥えられたタバコから煙が巻き上がった。
吉岡は一瞬驚いた顔をしたがすぐにそれは能面にすり替わり、鼻から煙を吹き出す。
「お前キャバ嬢かよ。気ぃきくけど。」
「カツアゲ付き合わせた借りのお返し。これでチャラな。」
ははっ。と横で乾いた笑いが上がる。
「そんなに安くて溜まるかよ。」
「俺のサービスが安いってか。なんならもっといるか?」
「くだんねぇサービスより飯おごれ。飯。」
思わず舌打ちが溢れる。
「金集めたのに、金で返したら意味ねぇだろうがよ。」
「んじゃ今度、栞里とケンカしたら寝床かして。つか寄越せ。」
そうだ。吉岡には同棲中の彼女がいる。ちなみに栞里とはその彼女。菊池の眉間に皺がよった。
「なに嫉妬?ありがたいねぇ。」
「違えよ。誰がリア充のケンカに肩貸さなきゃなんねんだよ。」
「お前友達ならちょっとは応援しろよな。」
呆れた目を向けられた。
「俺に美人の彼女が出来てからな。」
「はいはい。」
吉岡は軽く笑うと気怠そうに腰を上げた。数歩進んでから振り返る。その目には悪戯な心が伺えた。
「つーわけで俺帰るわ。寝床よこす時はお前が床な。」
「はよ帰れ。」
手で追い払うように促すとくつくつと喉を鳴らしながら帰って行った。タバコの火がまだ残っている。しかしもう吸う気は起こらない。重い腰を上げると近くのブロック塀で火を練り潰した。
今日は梅茶漬けは諦めよう。
1人決心をして住宅街の暗闇に身を投じた。