第9話 戦神チトセ - (1)
※2016/5/20 タイトル修正。
伊豆半島を横切った熱海からの海岸沿いルートで、オトギの西側国境を超えてやってきた森人族達。
男女混成、総勢400~500名はいよう森人族の集団には、それなりの数の子供の姿もあった。
集団のまとめ役であろう、先頭を歩く10数名の壮年の森人族達は、口々に要求をまくし立てていた。
───“我らの王政に従うならば選別の後、一部の蛮族の共存を許そう”。
───“貴様らには十数年前、調査隊とやらに食料物資を融通した恩があるはずだ”。
───“我々は蛮族を束ね、秩序を齎す『魔法の祖』、森人族であるぞ!”。
───“まずは、この国の王を連れて来てもらおう”。
彼らの対応にやってきた鬼人族の衛兵達は、不遜な態度を受け流し穏便に彼らの進行を阻みつつも、“王を連れて来い”という要求に困り果てていた。
多人種国家であるオトギにおいては、各種族に王族───血縁ではなくあくまでも役職とする種族もある───が存在する。
各種族の王達が『王室会合』という一つのテーブルにつき、多種族共存の足踏みを揃えているのが現状だ。
様々な試行錯誤の末に辿り着いたオトギの現体制は、この時代の森人族達には馴染みが無かった。
故にいまいち要領を得ない衛兵の説明に森人族の代表達は徐々にヒートアップしていった。
一触即発。
いつもの川辺で、マーリンから事情を聞いた千歳が現場に駆けつけたのはそんなタイミングだった。
千歳の後ろには、息を切らせたマーリン、スティラキフルア、そしてマーリンの妻であるダリアの姿があった。
「どうどう、まぁ落ち着けよ」
音も無く、覇気もなく、何の気無しに近づいて千歳がかけた第一声に、背後で見ていたマーリンは溜息を吐いた。
ダリアはスティラキフルアが飛び出さないよう手を繋ぎながら、もう片方の手で口元を抑えて笑いを堪えている。
「何だ、貴様は? 小魔族……ではないな」
声を掛けられた森人族のまとめ役の老人は、背後のマーリン達を一瞥してから、千歳に視線を戻す。
15歳の体格は大柄な小魔族に見えなくもないが、千歳には羽も尻尾も無いことに老人はすぐに気づいたのだった。
「神様だ!」
遠巻きに事態を見守っていた野次馬の中から、喜色混じりの子供の声が響く。
苛立ちを含んだざわめきが数瞬の間止むと、千歳の存在に気づいた衛兵達が慌てて駆け寄り跪いた。
「か、神様じゃと……? もしや貴様、『星神』かッ!」
「ひッ、ひゃあああッ!」
「な、なぜ『星神』がここにいる!?」
狼狽えるように身を引いた老人が絞りだしたような声をあげると、他の森人族の代表達も恐怖混じりの悲鳴をあげた。
「……『星神』ってのが何かは知らんが、人違いだと思うぞ。ていうかそもそも俺は神様とかじゃねーしよ」
否定してもなお戦々恐々とする森人族達を無視して、千歳は鬼人族の衛兵達からこれまでの経緯の説明を受ける。
それからこの国が多人種国家であり、現体制では明確に頂点とされる個人の権力者が存在しない事を一から懇切丁寧に説明すると、落ち着きを取り戻した森人族達は再び罵るような怒声をあげ始めた。
「多人種国家だと? バカを言え!」
「亜人種を我らと同列に扱えば、やがて国が立ち行かなくなる事は歴史が証明しておるわ! 奴らは禁忌を犯し、罪を犯し、やがて我らの統治に反旗を翻す!」
「貴様らは奴隷として我らに従うのだ!」
更なるヒートアップを見せる森人族達に嘆息しながら、千歳はちらりと彼らの後方で所なさ気に佇む大所帯を観察する。
彼らに覇気は無く、女子供はもちろん、比較的若い青年の森人族達も満身創痍といった姿だった。
彼らは広範囲に広がる富士の樹海を超えてきたのだ。強力な魔獣に襲われたのも、一度や二度ではきかないだろう。移動の最中で命を落としたものも少なくないはずだ。
「……亜人種、か」
目を細めて呟いた千歳の言葉を聞いて、森人族、衛兵達の両陣営に緊張が走る。
「ならなんで、お前らは兎妖精族を見捨ててこの地を去ったんだ?」
鋭い眼光と強烈な存在感に威圧され、森人族のまとめ役達は揃って冷や汗をかいた。
鬼人族の衛兵達も、顔面を蒼白にして俯いている。彼らは、千歳が犯罪者の中でも取り分け“兎妖精族の善性につけ込んで悪事を働いた者”に怒り狂う事を知っているのだ。
「な、なぜ秩序の為に、我らが寿命を掛けねばならぬのだ」
森人族はその卓越した『魔法』の強大な力によって、かつてこの地に秩序を齎していた。彼らが他種族との共存を諦め、単一民族国家としての道を選んだのもそれが理由だった。
とはいえそれは千歳がこの世界に来る200余年前よりもさらに昔の話だ。
“彼らの寿命は知らないが、直接的な当事者はもう生きてはいないのだろう”とマーリンが声をかけると、千歳は沸騰しかけた頭を鎮めて大きな溜息を一つ吐いた。
「……今のこの世界が、マジモンの生存競争下にあるのは知ってるけどよ。文明人ってのは例え建前であってもお互いに尊重し合えるもんだぜ」
千歳は顔をあげ、先刻とは打って変わって眩いまでの笑顔を浮かべたが、その場の緊張感が和むことは無かった。
「原始人には、教育が必要だよな?」
今回でようやくちゃんとした戦闘シーンまで行くつもりでしたが、次回に持ち越しとなりました。それでは、また来週!