第7話 魔法の理 - (2)
「さて、『魂』の存在、『魔法』と『特性』の違い、そしてこの世界に満ちる魂の残滓については理解できただろう」
言いながら、マーリンは三本指を立てる。
「そもそも『魔法』とは実際にどのように行使されるのか、君は知っているか?」
「願いを込めた詩を詠んで、祈りを捧げる……だったか」
「そうだ」
千歳の理解度を計る質問の応えに、マーリンは満足気に頷いた。
「言葉に成る前段階……心の内にある根源的な『意思』は、本来自分自身にとってすらも不安定で、不確定で、掴みどころのないものだ。だから使用者自らが、自らの『意思』を自覚する為に、それを言葉───詩という形式で確立させる。きちんと現実に作用するように、思いをより明確に、具体的にするのだ」
「自分の思い───意思をはっきりとさせるためのおまじない、みたいなもんか」
ただ願うだけでは、『魔法』には成らない。
詩を詠み、意識的に気持ちを整理して、ただ真摯に祈りを捧げる。
そうして初めて奇跡の『魔法』は成就するのだ。
そこでふと、千歳は“祈りを捧げる”───という言い回しに疑問が浮かぶ。
「……ん? 何に願うんだ?」
「神だ」
相変わらずのマーリンの即答具合に苦笑しながら、千歳は聞き覚えのない単語の意味について尋ねる。
どうやら日本語で言い換えれば『神様』という概念に一番近いものになるらしいことがわかると、千歳はぼんやりと“そんな考え方もあったな”とぼやいた。
「それは、見るものにとっては見るもので、聞くものにとっては聞くものらしい。共通の名前も無い。だが『魔法』を行使する誰もが、それを何らかの形で認識している。そしてその『神』の解明こそが、魂の残滓の運用法の確立における最大の鍵となると私は睨んでいる」
「『神』の解明、ねぇ……」
それは途方も無いスケールだな、と千歳は遠い空を見つめる。
そんな千歳を見て、マーリンは今日何度目かの不敵な笑みを浮かべて言った。
「既に仮説はある」
それは仮説に仮説を重ねるような話だが、語る本人は確信を持っているようだった。
「私とて、全知全能の神などというふざけた存在を信じているわけではない。いや、ましてやそれが生物であるとも思っていない」
竜巻、噴火、地震、落雷といった自然災害、死生観。
古来より人は理解できないものに対する恐怖を、神様という設定をつけることで納得しようとしてきた。
また学も、友も、生きる場所さえ与えられず、今尚逆境の最中にある人にとって、“こうすれば幸せになれる”という本来あり得ないはずの“絶対的な幸福の提示”は手っ取り早く何よりの救いとなる。
信じれば救われる。救われるのが事実であれば、彼らにとって科学的根拠など意味を成さないのだ。
しかし本職の学者ではなくとも、マーリンは本質を追い求める探求者だ。
現状オトギに宗教が存在するわけではないが、あるいは千歳以上に、信徒とは対極に位置する人種だろう。
かくいう千歳もそういった思想を否定する気はないが、与えられるままに教養を鵜呑みにしてきた無宗教の現代日本人らしく、人間本位の神様を本気で信じる気にもなれなかった。
「……そうだな、私はそれを、『世界の記憶』のようなものだと解釈している」
それは観測する者によって形を変え、決まった形式を持っていないという。
もしかしたら、マーリンが『世界の記憶』という形式で解釈した時点で、マーリンにとってはそれが真実になったのかもしれない。
「そこには森羅万象が記されていて、その情報に干渉し、願望によって上書きすることによって現実に作用する。タイムスリップを経験した君の例で言えば、『世界の記憶』に記された君の情報の中から、“南 千歳が存在する時間軸”が書き換わったという解釈だな」
矢継ぎ早に繰り出される情報を精一杯に受け止めようとしている千歳の脳裏に、『宇宙の記録層』という言葉が浮かぶ。
どちらかと言えば物語の中で聞いた荒唐無稽な空想設定だと思ったが、現実に『魔法』が存在する以上、頭ごなしに否定することもできなかった。
「これは蛇足かもしれないが、恐らくその時に君の肉体情報の一部が破損し、『不老』となったのかもしれないな」
追加でさらりと告げられた自身の特異体質の正体に、千歳はビクリと身体を揺らした。
「……いやいや、そんな事があり得るのか? それじゃあ何だ、タイムトラベラーは皆、『不老』になるってことかよ」
「時間移動など、それこそ人ひとりでは例え『魂』の全てを捧げても届かない、本物の奇跡だ。後にも先にも例は無いだろう。そしてそのあり得ない事象の原因は恐らく──────」
「──────虹色の発光体、か」
時間移動は『特性』は疎か、『魔法』で起こせる奇跡の範疇さえをも超えている。
ならば千歳を巻き込みつつもそんな『魔法』を叶えたあの虹色の発光体の正体は何なのだろうか。
マーリンから得た情報から推察するに、空気の無い世界に困惑するようなあの様子は、もしかしたら魂の残滓の無い世界に対するものだったのかもしれない。
そして魂の残滓の存在する未来への跳躍を願った。
『魔法』を使ったということは『魂』を持つ知的生命体であるはずだが、その姿は明らかに人類の系譜と異なっている。
「案外、宇宙人だったりしてな」
投げやり気味な結論を放り出して、千歳は思考を放棄した。
その結論を聞いて、マーリンは深く考えこむように顎に手を当てている。
再び空に目を向ければ、先ほどの夕日はすっかりと落ちていて、濃紺の空には静謐な月が佇んでいた。
「前から聞きたかったんだけど、なんでそこまで『魔法』にこだわるんだ?」
思考を中断されて、マーリンはつまらなさそうに“フン”と小さく鼻を鳴らした。
「私の母親は元々体が弱く、子を産むのは絶望的だった」
思いもよらぬ切り口に、千歳は目を瞬いた。
どうやらつまらなさそうにしていた理由は思考を中断されたからではなく、話題自体にあったようだ。
「そして、父は子が無事に生まれ家族共々が幸せになることを願った。奇跡の力に、縋ったのだ」
いかにも興味が無いといった様子で語る口調も、侮蔑的な言い回しも、意識的なものだろうと千歳は理解していた。
なぜなら、それこそが彼を魔法の理の探求へと突き動かす力の源泉であり、スタート地点なのだから。
「子供は奇跡的に無事産まれたが、母親は死んだ。そして父親は『意思』を失った」
この世界は、千歳のいた以前よりずっと原始的で、残酷だ。
悲しい現実はそこかしこに転がっているし、千歳は恵まれた幼少期を送ってきた分、安易な妄想に逃げる事も許されずにそれを直視してきた。200余年もの人生の中で、幾度と無くそれを目の当たりにしてきたのだ。
「お前はもう少し、他人と関わったほうが良いぞ。どうだ、そろそろ結婚とか。職場に良い娘でもいないのか?」
茶化すわけでも、誤魔化すわけでも、気まずくなるわけでもなく。
まるで親戚のおじさんの様に笑った千歳に、マーリンはげんなりとした表情を浮かべたが、彼がそれを疎ましく思う事は無かった。
設定厨サーセン。
矛盾とかあってもスルーしてくれると助かります。
というかこの2話自体スルーしても大丈夫です(後書きで言うなって話ですが)。
しかし話が進みませんなぁ……。
次回は久々に10年単位で時が進む予定です。