第6話 魔法の理 - (1)
今日はこの後18時に、「第7話 魔法の理 - 後編」を続けて投稿すると思います。
よろしくお願いいたします。
「“並行世界”?」
「ああ、俺も詳しくは知らんが、要はある世界から分岐した別の“並行世界”……あー、なんて言ったらいいんだ」
「……いまいち要領を得ぬな」
「よくよく考えたら、月や太陽、星の位置も一日の長さも大差ないってのはどんな偶然だよって話だ。いや、正確に計れるわけじゃないから何とも言えないんだけど」
「ふむ……並行世界かどうかは知らぬが、もっとわかりやすいシンプルな仮説が立てられるのではないか?」
珍しく強い当惑を見せる千歳とは対照的に、マーリンは至極落ち着いていた。続きを促すような視線を受け、諭すような口調で仮説を述べる。
「今ここは、君が生きていた時代から見て過去、あるいは未来にあるという説だ」
「…………」
考えもしなかった推論に、千歳は絶句する。
僅かな間を置くだけでそれを事実と仮定することを受け入れられたのは、長生きの結果だろう。
「その二択で言えば、多分、『過去』はない……と思う。角や羽が生えた人間なんかがいたなら、さすがに化石の一つも出土してるはずだ」
現代日本で教育を受けたと言っても15歳までの話だ。特別考古学に精通しているわけでもない。
教科書を鵜呑みにするのもどうかという思いはあったものの、千歳が唯一覚えている古生代のアノマロカリスでさえ化石が出てきているのだから、そんな事実はあり得ないと千歳は考えた。
しかし、ならば未来か、と言われて素直に頷くこともできなかった。
「未来であれば、我々が君とほとんど似たような特徴を持っていることにも説明がつく。……もしかしたら君を含む『旧人類』が原型であり、我々『現人類』はそこから派生した新人類なのかもしれん。それが変化していく環境に適応した結果なのか、はたまた行き過ぎた『科学』の結果なのかはわからぬが」
「………SFかよ」
呆れた様に呟く千歳に、“だから、ただの仮説だ”と、マーリンは笑った。
「俺のいた時代にはタイムスリップの技術も、ましてや『魔法』なんてものも存在しなかったんだけどな」
「だが、この仮説であれば私の考える魔法の原理にも筋が通る」
得心がいったような嬉々とした感情を含む呟きに、千歳はマーリンを見やった。
「原理?」
千歳は『魔法』のこととなると目の色を変えるこの男が心配だった。
無意識に顔を顰めながら聞き返した千歳に、マーリンが気づいた様子はない。
「端的に言えば、そうだな……君の世界の概念で近しい言葉で言えば、『魂』に相当する何かが存在する、というものだ」
どのように説明するか頭のなかで道筋を立てているのだろう、マーリンは少し考えた後に口を開いた。
「『魔法』の代償は何だ?」
「『寿命』だろ?」
「その通りだが、正しくはそれだけではない」
早々に『魔法』に見切りをつけた千歳には、まだまだその実態について知らない事柄は多い。
しかも、今となっては『魔法』が行使される事例すら珍しいのだ。
今やマーリン程『魔法』に精通した人物はおらず、続けざまに語られた事実に千歳は目を見開いた。
「『魔法』の使用者は、その魔法の元となった『意思』を失う」
「…………そりゃ何とも、救われない話だな」
『魔法』とは、使用者の切実な『願い』を実現する奇跡だ。
『寿命』という取り返しのつかない代償を払って、ようやく『願い』を成就させた後には、その達成感の元となる『意思』を失っているのだ。
そういった扱いづらさもまた、『魔法』の研究が廃れていった原因の一つでもあった。
「『意思』が欠け落ち、結果として『寿命』に影響する……私はその代償の正体を『魂』だと考えている」
言葉の意味に対する微妙な認識の差異のせいか、千歳からすればそれは実に空想的かつアクロバティックに聞こえる論法だった。
しかしマーリンは確信をもって言葉を続ける。
「小魔族の浮遊能力、鳥人族の飛行能力といった、明らかに物理法則を超越した力───結果から言って、これら各種族の『特性』の行使頻度と『寿命』の因果関係は、辿れる限りの資料ではみられなかった」
遠い過去と現在の環境の違い。
考え方の根底として存在する高度な知識。
200年余りを生きてきた人生の記憶。
今を生きる現代人達が当たり前のこととして受け入れている、世界の法則に対する違和感。
それを実体験として語ることができる千歳との日々のやり取りは、マーリンの研究を大きく前進させていた。
「ではなぜ、そんな『魔法』まがいの『特性』に代償が無いのか? ……その答えは、『魔法』と『特性』のエネルギー源の違いだ」
要するに『魔法』を行使するには『魂』をエネルギー源としていて、今回『魔法』と区別して考えるようになった『特性』は、同じ原理であっても使っているエネルギー源が別に存在するという事である。
千歳が本当の意味で話題に関心を持ったのは、この辺りからだろう。
『魂』の代償の無い奇跡───それは諦められていた『魔法』の活用法への兆しに他ならないからだ。
「知的生命体の高度な頭脳……そこに芽生える自我、すなわち『魂』。死した者達の肉体はやがて土や海へと還り、消えてゆく。ならば、『魂』はどこへゆく?」
千歳が真っ先に思い浮かべたのは天国や地獄といった概念だったが、そういう意味ではないだろうとすぐに頭を振った。
「恐らくこの世界には、死者の魂の残滓とも言えるエネルギーが遍在しているのだ。それが『魂』に代替する『特性』のエネルギー源であり、『寿命』に影響しない理由だ。奇跡の程度としては『魔法』に比べて、極めて小規模なものとはなるがな」
「いやいやいや、空を飛ぶのも十分に奇跡の範疇だろう?」
「羽の無い人種ならな。だから一見して意味の無さそうな羽やら耳やらがついているのだ」
即座の反論に千歳は息を呑むと同時に体を竦ませた。
これでは本当に自分は過去の世界から来たようではないか、と。
それも、自身が生きていた200年余りなどとは比べ物にならない、途轍もなく遠い過去からだ。
「世界に満ちる死者達の魂の残滓。遥か過去───君の世界との最大の差異がこれだ。知的生命体が生まれては死ぬ歴史の積み重ねの先に、今の環境があるのだ」
つまり、千歳が生きていた西暦2015年の世界では、まだ地球の歴史自体が若すぎたというわけだ。
そう考えれば、千歳の生きていた時代に話題となっていた心霊現象や怪奇現象は、局所的に集まった魂の残滓が原因だったのではないか───そんなことを考えたが、今となっては確かめるすべもない。
「そしてこの魂の残滓の安全運用法の確立、それが私の研究のテーマなのだ」
してやったりといった表情のマーリンに、千歳は自分は何を心配していたのだろうかと溜息を吐いた。
この研究が行き着く先に、世界が彼らを神々と崇める原因があるのだが、彼らがそれを知る由は無かった。
難産でした。
会話が多く、説明臭いです。
しかも一話にまとめられなかった……力不足を感じます。






