第5話 世界の不思議
「見ろ」
いつもの川辺。
川に向かって小石を放り投げる。
ぽちゃりと音を立てて水しぶきをあげた水面を見つめたまま、千歳が口を開く。
「この星も、多分俺の世界の物理法則と同じだ。空気があって、重力があって、変わらない自然が広がってる。なのにここにいる人間達ときたら、羽は生えてるわ、自動車ばりの速度で走るわ、何メートルも飛ぶわ……まるで『御伽話』だ」
「『オトギバナシ』……また新しいニホン語か? 文脈や語感から察するに、“物語”や“童話”と言った所か」
「まぁそんな所だな。大人が子供に語り聞かせるような夢物語、みたいな意味だ」
「なるほど、不思議なものだ。君の主観では、この国は“オトギ”バナシの国なのだな」
是非にと請われてつけてみた国名が実に安直なネーミングであることが露見してしまい、千歳は臍を噛んだ。
からかうような微笑を浮かべたマーリンから視線を逸らし、すぐに話題を軌道修正する。
「そもそもお前ら小魔族は、なんでその小さな羽で飛べるんだ? 俺には、その方がよっぽど不思議だよ」
「……確かに。言われてみねば気づかぬものだな。沼地や荒地に適応する為の、単なる種族進化の結果だと思っていた。これもある種の、小さな『魔法』の力と言えるのかもしれん」
「沼地を移動する為だけに数十センチだけ浮くってのも、随分とコスパの悪い話だな。どうせなら鳥人族みたいに自由に空を飛べばいいものを」
「浮遊移動を多用していた前時代と、平地に住み着いてからの平均寿命の推移を取れれば確証を得られるのだがな……」
【四神歴紀元前42年】。
千歳と小魔族の青年───マーリンの語らいは、あれから定期的に行われるようになっていた。
人生観、家族構成、それぞれの日常。
雑多な話題の中で、彼らはお互いのパーソナリティに触れ合った。
マーリンは天涯孤独だった。
出産と同時に母親を亡くし、衛兵として門番を務めていた父親も、病を患って呆気無く亡くなった。
それから父の仕事を継ぎ、31歳となる今までの10年余りを、独りで過ごしてきた。
衛兵と言っても、血なまぐさい仕事ではない。
開拓に務める出入国者をチェックしたり、定時に時刻を知らせる鐘を鳴らすだけの、どちらかと言えば一日の殆どを待機して過ごす仕事だ。
彼は特に所定の研究機関に属しているわけではなく、門番の職場に図書館から借りてきた資料を広げて、独自に『魔法』の研究を進めているらしい。
そんな生い立ちのせいか、マーリンは極端な個人主義者で、独断的で、どこか不遜な態度が隠し切れない男だった。
オトギの国民であれば───否、例え国王であったとしても、“賢人チトセ”と聞けば敬意を以って接するのが常だ。
だからこそ、千歳にとってマーリンとの語らいの時は得難いものだった。
◆◆◆
同年の冬。
探検隊として国外地域の測量調査に出ていた集団が帰国した。
危険任務に積極的に志願した兎妖精族から4名、狼人族と鳥人族から各2名、小魔族と鬼人族から各1名の、計10名の混成部隊。
死者数0───出立から凡そ8年の長旅を経ての生還だった。
「────おいおいおいおいおい……」
生態分布、地形、気候といったオトギが存在する大陸の全体像を記録した地図。
しかし彼らが命がけの冒険の末に持ち帰った調査結果は、千歳を強く当惑させるものだった。
「こりゃ……日本列島じゃねーか」
来週は2話同時更新の予定です。
ぶっちゃけ書きながら設定を盛っています。