第4話 得難い出会い
【四神歴紀元前45年】。
国、生活、全てが順調だった。
生きるのびるために向けられていたエネルギーは、より生活を豊かにするための研究や娯楽の開発に向けられるようになった。
守るべき者達の安寧を見守りながら、千歳は肩の荷が降りた思いだった。
すると今度は、この200年余りの忙しさに棚に上げていた自分自身に意識が向くようになっていった。
なぜ、自分は年を取らないのだろうか?
なぜ、自分はこの世界に来たのだろうか?
いの一番に頭をよぎったのは、小魔族達が使う『魔法』の力だった。
彼らの扱う『魔法』とは、願望や欲望と言った意思を、その寿命と引き換えに現実に引き起こす奇跡だ。
それは誰かを守る戦いの切り札とはなり得ても、生活を豊かにするものではなかった。
そんな力に頼らずとも、国という形で結束した集団の力は強い。
細々と行われていた『魔法』の活用法に関する研究は、国の体制が整うに連れて自然と廃れていった。
『魔法』の無い世界から来たから、寿命が無い?
誰か、あるいは自身の『魔法』によって、寿命が無い?
益体もない憶測だけが、浮かんでは消えていく。
そんな日々の折、ふと、千歳は今となっては遠い過去───日本での最後の記憶を思い出していた。
まるで空気のない世界に戸惑い苦しむような、イルカの形をした虹色の発光体。
それが一際眩い光を放った直後、自分は意識を失い、気がつけばこの世界にいた。
あの光は、彼(?)の『魔法』だったのではないだろうか。
◆◆◆
千歳は元々王というわけでもなく、決まった要職に就いているわけでもない。
長い年月の中で国が盤石になるにつれて、千歳の生活には自由な時間が徐々に増えていった。
それでも学問の基礎を打ち立て、法律を敷き、数々の偉業を成してきた千歳に意見を請う人物は今でも少なくないが、一日中のんびりと釣りに明け暮れるような日があるくらいには余裕があった。
「君が賢人チトセか」
今日がその日だった。
時刻は夕方。空には赤みが差し始め、そろそろ引き上げようかと考えていた頃だ。
釣り糸の先の水面をぼんやり見ていた時、千歳の元に一人の小魔族がやってきて声を掛けた。
小魔族にしては背が高く、伸ばしっぱなしで放置したような長い黒髪で、全体的にひょろっとした印象の男だった。
「私は知らないことが知りたい。何でも知りたい。君が賢人だと言うのなら、何か面白い話をしてみてくれないか」
小魔族の青年のどこか挑戦的な言葉。
いくら“賢人”と崇められる千歳だって、失敗することはある。それどころか兎妖精族の集落にいた頃は、失敗と敗走の連続だったのだ。
世代が移り変わってからは、より神聖視される傾向は強くなっていった。
手放しで信頼されるようになった現状、こんな挑戦的な言葉をかけられるのは久しい。
しかしそれは千歳にとって心地良いとすら思えるものだった。
間違っていると思えば間違っていると指摘してくれる対等な存在、それは今の千歳が無意識に求めてやまない存在だったからだ。
千歳は薄く微笑んで、腰掛けた岩場の隣を手で示し、座るよう勧めた。
「そうだな……、じゃあ、なぜ夕焼けが赤いか、知っているか?」
夕焼けを眺めながら、千歳はゆっくりと口を開く。
興味を惹かれたのか、小魔族の青年は無言で続きを促した。
「まず俺達の立つこの地面は、球体だ。その周りを覆うように空気がある。その外は宇宙空間だ」
宙に指を滑らせ、二重丸を描く。
太陽や月の軌道、千歳の知る常識をわかる範囲で説明していく。
「……驚かないんだな?」
「私達にも、それなりに積み上げてきた知識というものがある。……まぁ、この地が球体であると学者ではない門外漢の者に説明しても、中々信じてもらえないのが現状だがな。“ウチュウクウカン”というのは、あの星々が浮かぶ暗闇のことだろう?」
考えてみればそれもそうか、と千歳は納得した。
学者として各分野の研究に邁進する小魔族達───他種族にもいるが───の進歩はとどまるところを知らない。
そもそも『オトギ』建国前から小魔族や鬼人族の文明には、暦や時間の概念がきちんと存在していた。
千歳は開拓の過程で見つけた海辺から水平線を見て、なんとなくこの世界もそうなのだろうと考えていただけだ。
千歳は自分自身を“天才でも何でもない、高等教育を受けて少し長生きしただけの凡人”だと評している。
国を興すと一言にしても、その手段や方法は多岐にわたる。現代に伝わる神話のように、千歳一人が一手に担ってきたわけではない。
医学分野の進歩や食生活の改善による平均寿命の延伸、出生率の向上。種族特性に適した社会基盤、政治形態の模索。いくら盤石と言っても『オトギ』にはまだまだ改善できる余地があるのだ。
無意識に現代日本と比べてしまう千歳には、まだまだ目の向かない───あるいは手の回らない───分野は多い。そういった意味で、彼らの持つ文明や日々の進歩に驚かされるばかりだ。
かつて兎妖精族、狼人族、鳥人族が敵性勢力でありながら各種が使っていた共通の言語は、元々森の支配者であった森人族の言語であったという。森人族の衰退の原因は定かではないが、彼らもまた『魔法』の力による圧倒的な武力を以って彼の地に秩序を齎していた。
彼らはどこに消えて行ったのだろうか。
物理法則を超越した『魔法』、人間に酷似した各種知的生物、発展と衰退を繰り返すこの世界独特の文明。
千歳にもわからないことだらけだ。
「本当に不思議だよな」
「……唐突に何だ?」
思考の海に落ちかけた意識を戻し、千歳は苦笑いを浮かべて小さな声で謝った。
不可解なものを見るような青年を一瞥して、千歳は説明を再開した。
「太陽が真上に位置する日中よりも、斜めに光が差し込む夕焼けの方が、より長く空気の層を通過するだろう?」
新規の概念に千歳が名付けを行なってきた結果、変に日本語混じりになっている共通語だが、“プリズム”だとか、“スペクトル”だとか、そんな名詞は広めてない。
「つまり空を青く見せていた波長の短い青い光は、長い空気の層の中で散乱されきって、波長の長い赤い光が残るんだ」
用語の意味もわからないこの世界の人間に理解できるはずもないのに、構わず千歳は昔テレビで見た知識を披露した。
確かめるように、懐かしむように。
近頃おぼろげになりつつある幼少の記憶をたぐり寄せるように。
「……兎妖精族は」
千歳の語った拙い『科学』を反芻するように沈黙していた小魔族の青年が、やがて口を開く。
「鬼人族ほど力もなく、小魔族ほど頭が切れるわけでもない。狼人族や鳥人族の様に特化した身体的優位性もない。ただ穏やかなだけだ」
唐突に語られたそれは感情論じゃない、純然たる事実。
「やがて淘汰されるであろうはずだった兎妖精族が、なぜ今尚繁栄の最中にあるのか……、それがわかった気がしたよ」
感じ入るように小魔族の青年───後に戦神の盟友、『魔神マーリン』として恐れられる男は微笑った。
休日出勤でしたが、滑り込みセーフ。
イキナリ投稿できない所でした。
これからは毎週日曜日中に投稿できるようにがんばります。
あ、あと本文は予告なく修正することがあります。ご了承下さい。