第19話 少女の心 - (2)
「だからちぃくんは、アヤちゃんから目を逸らさないで真っ向から相手をしてくれるんだよ。……あの人は、神様なんかじゃなくて、人だから」
親友の優しい声に耳を傾けながら、アヤメは未だ答えを出せないでいた。
「……ラキは行くのか?」
即断即決がモットーの彼女は、一旦結論を出す事を諦めた。
気になったのだ。恐らく自分と同じ人物を想う親友が、何を考え、どんな答えを出したのか。
「もちろん。私には、それだけの理由と目的があるから」
「理由と、目的……」
「理由の方は簡単だよ。私も、ちぃくんが好きだから」
さらりとされた告白に、意外感は無い。
言葉にせずとも、共に過ごせばわかる事は多々ある。
「……羨ましいな」
好きだから、傍にいたい。
恋愛など一つも経験した事のないアヤメでも、簡単にその心情を理解する事ができた。
思いの種類は違えど、彼女は家族揃って旅に臨めるのだ。
アヤメにはそれが理想的で、羨ましく思えた。
「ああ、ごめん。違うの、傍にいたいからついていくわけじゃないよ。ついていくのは、目的があるから。……ねぇ、アヤちゃん」
かつて見ない程に弱々しく萎れた親友の名を、スティラキフルアは諭すように呼ぶ。
「私達は、いつか死ぬ。でも、あの人は死なない。それって、とても残酷な事だと思わない?」
「……死ぬ?」
未来ある15歳の幼い少女が、自身の死について考える。
極めて原始的な生活を送っていた数百年前ならいざ知らず、この時代の同世代に彼女と同じスケールで物事を考える人物などそうはいないだろう。
しかしスティラキフルアにとって200余年を生きる南 千歳のスケールは、常に非現実的でありながらも身近なものだった。
それがどれだけ世間一般からズレたことであるかを自覚しながら、スティラキフルアは敢えて問う。
「人は独りでは生きていけなくて、誰かと関わる事はどうしたって避けられない。そうしてまた、絆を結んだ人達に先立たれて、あの人は孤独になる。ずっとずっと、その繰り返し…………、誰よりも人々を支え続けたあの人を、他ならぬ私達が孤独にするの」
歴戦の武勇を以って悪を挫き、往古の叡智を以って人道を説き、そして不老の神秘を以って人々を導く、戦いの神。
オトギでは誰もがそう教わる。
「私達は、あの人に何を返せる? 何を以って報いる事ができると思う?」
余りにも壮大な問いかけに、アヤメは目を白黒させる。
やがて真剣な眼差しをふと緩めて、スティラキフルアは微笑んだ。
「……なんて、それはあの人と直に触れ合って、関わりあった人達の共通の想いってだけ。私の場合は……アヤちゃんと同じだね。私もね、あの人が好きなの。愛してるって言い換えても良い」
直接的な言葉に、アヤメは顔を赤らめる。
思っていた以上に免疫のないアヤメの様子を、少しだけ意外に思いつつもスティラキフルアは言葉を続けた。
「でもね、私達じゃあの人に寄り添って、あの人の行く末に共に在る事は、どうしたってできないの」
スティラキフルアの言葉に、アヤメは目を見開く。
愛している。
それは自分だってそうだ。
だから傍にいたい。
切り結ぶその一瞬だけでも良い。
思いを伝えて、自分を見て、同じように微笑んでほしい。
だが、それはエゴだ。
結局、それは自分が満たされたいだけなのだ。
アヤメは、自分の浅ましさを思い知らされた気分だった。
「あの人はね、きっと、この旅に死に場所を求めてる」
マーリンが、千歳と並び立つ為に走り出したように。
千歳は、長すぎる生に意味を求めた。
千歳の新たな人生の原点となった、虹色の発光体。
その僅かな手がかりを追うという名目を掲げながら、千歳は無意識に緩やかな日常からの脱却を望んでいるのだ。
戦いの中で死ぬ。
自らに許された天寿は、そこにしか無いのだから。
「問題は、強すぎることなんだけどね」
冗談めかした親友の言葉に、アヤメはうまく笑うことができなかった。
千歳が戦いを求める意味を。
強者に微笑みかける意味を、知ってしまったからだ。
「………なのに、ついていくのか?」
絞り出すような声には、自分でも抑えきれない僅かな怒気が混じっていた。
八つ当たりだと自覚していながら、アヤメにはそれ以外に動揺を抑える術を持っていなかった。
「寄り添うだけが愛じゃないでしょう? だから私は、この旅の果てに砂場を作るの」
そんなアヤメの心情もどこ吹く風と、スティラキフルアは滔々と語る。
「『魔術』の可能性は無限だよ? 人が人の道を踏み外さないように管理された砂場の中で、人類は『魔術』の可能性を模索するの」
『魔術』の力の片鱗を、アヤメはつい先日目の当たりにしたばかりだ。
一人の武人として、強者を見極めようとするのは最早性。
しかし、それは戦う者に限る。
今まで戦いとは無縁の研究者だと思っていたマーリンが、あの千歳をあそこまで追い詰めたのだ。
確かにあの時、アヤメは大きな衝撃を受けた。
だが今はそれ以上に、そんな途方も無い可能性を秘めた『魔術』を広めた先、遥か未来を見据える親友のスケールの大きさに衝撃を受けていた。
「それが生活を便利にする知恵だって、魔獣や魔蟲、他人と戦う力だって、何だって良い。いつか遠い未来で、その作品があの人を笑顔にするかもしれない。あの人の孤独を和らげてくれるかもしれない」
文明の続く限り、それは続いていくとスティラキフルアは言う。
自身の寿命を遥かに超えて、永く永くあの人を癒し続けるだろう、と。
その為に、行き届いた砂場の管理が必要だ、と。
スティラキフルアの眼に、父との戦いの中で大声を上げて笑う千歳の顔が浮かぶ。
あの日、少女は確信し、覚悟したのだ。
彼は戦い続けるだろう。
いつか自分だけが取り残される事を知った上で。
大切なものの為に、大切な誰かの為に、何より──────自分自身の為に。
戦いに敗れ、いつか倒れ伏すその日まで。
自分が共に歩む事を許されぬ、遠い遠い未来まで。
「私はそれで良いの」
ならば、自分が彼を満たそう。
思いつく限りの手段で、でき得る限りの遥か未来まで。
「……やっぱりすごいよ、ラキは」
スティラキフルアの真意を知り、アヤメは遠い未来で、自分一人が遠い過去に消えていく姿を思い浮かべた。
「あたしも、決めたよ」
やがて少女達の想いは、千歳の歩く遠い未来───あるいは過去へ繋がれていく。
滑り込み日曜日、セーフッ!
お待たせしてすみません。
17時投稿も守れなくてすみません。
なんだか最近、リアルでもネットでも謝ってばかりだなぁ……。
元々そんなに良くもない字も荒れておる。