第10話 戦神チトセ - (2)
「教育だと? 亜人種風情が生意気な……」
吐き捨てるような台詞に、先程までの勢いは無かった。
誰もがそれを虚勢だと察することができたが、口にすることはしない。
森人族達も、鬼人族達も、野次馬達さえもが静まり返り、ただ千歳の言葉を待っていた。
「聞いての通り、この国は多人種国家でな。お前らの言う通り諍いは尽きねー」
そんな空気もどこ吹く風と、千歳は滔々と語る。
「鳥人族の連中は空飛んで歌うのが好きだの何だのって、夜中まで騒いで近隣住民に迷惑かけるしよ」
野次馬の中の鳥人族の女性が苦笑いを浮かべ、ぎくりと肩を震わせる。
「好奇心旺盛でいたずら好きの小魔族の連中は、やれ研究だ調査だとダメだっつっても他種族の毛や羽を毟るわ、危険領域をフラつくわ」
続けざまの文句に、小魔族のマーリンは肩をすくめ、ダリアはクスクスと笑った。
「お人好しもいいとこの兎妖精族達は、妙に他種族にアイドル視されてノリノリで愛想振りまく馬鹿もいれば、他人の相談に親身になり過ぎて自分が損する馬鹿もいる」
その場に居合わせた兎妖精族の少年は、親に叱られる子供のように眉尻を下げる。
「狼人族の連中は血気盛んで、スポーツやらせりゃ乱闘起こすし、狩りに行かせりゃ怪我ばっかしやがる」
狼人族の青年は、困ったように後頭部をかく。
「寡黙で義理堅いかと思えば凝り性の過ぎる鬼人族達は、いつの間にか日本オタクになって主君だ何だとうるせーし……そういや神様とか言い出したのもお前らだったな」
呆れの視線を向けられた鬼人族の衛兵達は、むしろ誇らしげに笑った。
“兎妖精族よりも鬼人族達のほうが処置無しなのでは?”という益体もない思考を振りきって、千歳は森人族達に視線を戻した。
「話が逸れたな。要するにだ、種族間の諍いなんてここじゃ日常茶飯事なんだよ。お前らはこの国を乗っ取って統治したいんだよな? 俺達はもちろんそんなこたゴメンだ。というわけで話し合いは決裂。ならもう答えは一つしかねーよな」
事実はそんな微笑ましい諍いだけではなかった。
共存が始まったばかりの頃は、それこそ他種族に親族を殺された者、虐げられていた者という当事者同士が共に暮らしていたのだ。
千歳は復讐を無駄だとは思わなかった。
それは天から人の輪を俯瞰する様な、いるかどうかもわからない神様の物差しで計るものではなく、それぞれの価値観によって見出されるものだからだ。復讐を果たせば気分が晴れる、すっきりとする、前に進める───そんな復讐の意味や価値を、各々が見出してしまえば、決して復讐は無駄とは言えないのだ。
だから出来る限り誰もそう思わないよう、人々を導いてきた。
生まれてくる次代が笑い合えるように、復讐に向けられるはずだったパワーを国の発展に向けるように声を上げ続けた。
前を向いて生きよう、と。
「答え、か」
すっかりと生暖かくなった空気に、落ち着きを取り戻した森人族の老人が千歳の意図を汲みとってニヤリと笑う。
「貴様はなぜ我々森人族が至高の存在として生存競争の頂点に君臨していたか、まるで理解していない様だな。小魔族の『魔法』も、鬼人族の製鉄技術も、所詮は我らの猿真似。家畜の浅知恵だ。貴様らの後ろに、どれだけの国民が控えていようと物の数では──────」
「何を勘違いしてやがる」
長たらしい台詞を遮るように呆れ声を零しながら、千歳は腰の直刀の柄に手を添える。
「お前らの相手は俺で十分だ。戦う意志のある奴はかかってこい」
「………貴様ァ!!」
「家畜如きが跳ね返りおってッ!!」
怒声を発しながら森人族達が取り出したのは、長槍程もある木目の杖。
まとめ役の後ろに佇んでいた覇気のない青年達も、慌てて同じ様な武器に手をかける。
その刹那───彼らに叩きつけられたのは強烈な闘気。
そして先刻の問答の際に受けた威圧とは比べ物にならない、身も心も凍てつく程の殺気。
彼らは例外なく、それぞれの姿勢のまま固まった。
「……興味深い。これは『特性』……? しかし種族毎の身体的特徴に依存していない……いや、長生き自体を条件とすれば……」
数瞬の静寂に、マーリンのどこか場違いな呟きが響く。
「な、舐めるな!!」
ようやく我に返った森人族の一人が、眼前に杖を突き立てて詠唱を始める。
「“我、心理を知りて、己の真理に殉ずる者なり。魂の嘆き、心の裡に風は成り、嵐気を束ね、困難を退けん……”」
「チッ……びびって萎れりゃ楽だったのに」
舌打ちをしつつも、千歳は森人族達に肉薄すべく駆け出した。
気の抜けた台詞とは裏腹に、その眼光には微塵の油断も無い。何せ百戦練磨の千歳にとってしても、対魔法はほとんど初めての経験だったからだ。
「“運杖成風、『天衝く暴風』”!!」
「うおっ」
詠唱が終わると同時、森人族の杖を起点に発生した竜巻が千歳に襲いかかる。
粉塵を巻き上げた直系3メートルはあろう暴風は、弧を描きながら千歳を容赦なく大空へと吹き飛ばした。
幸いにも、先だって戦いの予兆を感じ距離をとっていた野次馬達に被害は無かった。
「そのまま地面に叩きつけられて死ね!」
風の魔法と言ったら当然切り裂く類のものだろうと予想していた千歳は、動揺を抑えつけて冷静に『五点接地回転法』で着地する。
当然、日本にいた頃にそんな技術は教わっていない。彼の好きだった格闘漫画の知識を、膨大な時間の中で現実の技に昇華したのだ。
「はっは、この高さはさすがに試したこと無かったけど。どんな馬鹿げた訓練でも、とりあえずやっとくもんだな」
「……ば、馬鹿な」
動揺する森人族達の隙を、千歳は見逃さない。
着地から間をおかず走りだしていた千歳は、吹き飛ばされたことにより再び開いた間合いを素早く詰めていた。
千歳の接近に我に返った別の森人族が、慌てるように杖の先を千歳に向けて詠唱を始める。
「“わ、我、心理を知りて、己の真理に殉ずる者なり! 不浄の魂魄、怒りの波動が雲を成し、雷鳴を上げて、怨敵を打ち砕かん……運杖成雷、『白き雷槌』”!」
詠唱の直後、千歳は直刀を地面に突き立てて身を捻った。
杖から放電された『白き雷槌』が直刀に吸い込まれていくのを見届けるよりも前に、『魔法』を行使した森人族は千歳の掌打を顎先に受けて意識を失った。
「やめ! ぐっ……」
そのまま流れるように身を躍らせ、次々と森人族達の意識を刈り取る。
一度接敵してしまえば、後はもう千歳の独壇場だった。
戦闘の意思を見せた森人族のまとめ役達を全て片付けると、静寂を破って歓声が轟く。
彼らの後方に佇んでいた森人族の集団は、皆一様に呆然としていた。
「あの杖……材質なのか機構なのかはわからぬが、あれが『魔法』の行使を補助しているのか。詠唱と祈りを省略している所を見るに、あの杖に魂がストックされている? 魂の記憶媒体、ともすれば魔力を宿すことも……あれがあれば───」
マーリンの呟きは歓声に紛れ、誰の耳に届くことも無かった。
今日(2016/4/10)書きながら魔法の詠唱考えました。
あらすじはあるのに、そのへんのこと何も考えてませんでした……。
気に入らなければ後で改変するかもです。




