第四話 可能性に期待する
クレアは地図を見ると、数秒でこちらを向いた。
「捜索しているのはこの地域、というか……この駅周辺ですか?」
「そうだ」俺は頷いた。「目撃証言があるのは駅周辺が圧倒的に多いからな。問題はすべてが失踪してから五日以内に収まっていることだ。それ以降の目撃はない」
「このチラシを配ったり張ったりしてるのも?」
俺はまた頷く。
クレアは顎に手を添えて少し思考すろとすぐに尋ねてきた。
「保健所へには聞きました?」
「ああ」
「最近の猫の事故や死んだという感じの話は?」
「調べているが、聞かない」
「猫の失踪前に飼い主さんの身に何かありましたか?」
「旦那さんが亡くられたそうだ。その猫が随分と懐いていたらしい」
クレアは至極申し訳なさそうに言った。
「飼い主さんの話を聞かせてもらえないでしょうか?」
「どうして?」
「一つの推理、いえ……imaginationができました」
「教えてくれないか?」
「混乱させてしまうかもしれません。話を聞くまではこれは推理とは言えません」
俺は逡巡した。
いつもならどうにか聞き出して、飼い主のところへ行くことをはぐらかす。
でも彼女のにじみでる自信や、先ほどの彼女が話していた夢や経歴を聞いたからか、彼女をためしてみたくなった。
単純に暇だったからか、クレアの可能性に期待したかったじゃらなのか、今でもわからない。
飼い主の家は下町の住宅街のありふれた一軒家だ。
薄汚れた白塗りの壁に、ちょっとした花の鉢が玄関の前に置いてある。
築十数年経ってから、一度も改修してないように見える。
インターホンを押すと、四十くらいの女性が現れた。
肌につやはなく、青白い。
目に力はなく、何日も泣きはらしたのだろうか、目の周りが赤い。
女性が口を開いた。
「こんにちわ、久津川さん。どうされました?」
俺は頭を下げた。
「すいみません、もう一度お話を聞きたくて……」
「ミケが見つかるのならば。何度でも話します」
そう言って女性も頭を下げた。
ミケとは今回の迷い猫の名前だ。
女性は俺の背後にいるクレアに気づいたようで、尋ねてきた。
「そこいる女の子は?」
俺はクレアに促した。
クレアは人懐っこい笑みを浮かべて自己紹介をした。
「初めまして。今日付けで沓川探偵事務所の助手となりました。クレア・ホームズです。よろしくお願いします」
女性の伏し目がちだった目に少し光が宿ったように見えた。
女性は力なくも笑顔を見せた。
「私、瀬川洋子といいます。人形さんみていで可愛いわね。海外とは違って大変でしょう?」
「いえいえ。日本はいい国です!」
「そう」瀬川さんはまるで自分のことように喜び頷くと、廊下へ促してくれた。「どうぞ、こんなところでお話しして申し訳ありません」
俺はその様子に少々驚いていた。
元気はなくとも、暗い雰囲気に一筋の光明がさしたようだった。
クレアは俺に言った。
「相当やつれてますね。瀬川さん……」
俺は革靴を脱ぎながら答えた。
「でも、あんな笑顔を見せたのは今日が初めてかもしれない」
「なんででしょう?」
クレアは本気で考えているようだった。
頭の回転の速い彼女でも、このことだけはすぐには答えはでないらしい。