第二話 青春の天才留学生
猫捜索から一週間が経った。
俺は事務所でコーヒーの一服を楽しんでいた。
小物の散らかる事務机には随所に丸の描かれた地図が広がっている。
勿論、この丸は件の猫の目撃証言のあった場所に印づけしたものである。
それはその猫が飼われていた家から東に300mに位置する駅の周辺に集中していた。そこから離れた証言は基本的に間違いか勘違いだと思われた。
これらの証拠から駅周辺を捜索したが、成果はない。
また猫が事故死したという目撃や噂もない。
正直、お手上げ状態だった。
午前のニュースを見ながら、今日の予定を確認していると、チャイムがなった。
「どうぞ」というと、若い白人女性が入ってきた。
「お邪魔します」と、聞こえてきた日本語はかなり流暢だった。
外国人としては珍しく幼めの顔立ちで、小柄なのがより少女らしさを出している。
どこか利発そうな目は明るく、好奇心で溢れていた。
「そちらへどうぞ」と、俺は彼女をソファーの方へ促し、コーヒーを出した。砂糖やミルクは忘れない。
「thank you」と、これまた流暢な英語を小声で彼女は呟くと、何もいれずカップに口を付けた。
彼女は目を瞬かせて言った。
「おいしいです。こだわっているんですね」
「豆から自分でひいてますからね」
俺は愛想笑いを浮かべて尋ねた。
「今日はどうされました?」
彼女は俺の書いたビラと何やらメモ帳を取り出した。
「猫探しのビラを見ました。ぜひ捜索に力を貸したいと思ってます」
「何か証言でも?」
「いえ」彼女は答えた。「単純に捜索するのを手伝わせてください」
俺はどう言おうか迷った。
新手のいたずらかと思ったが、「助手志望ですか?」と無難に尋ねてみた。
「なれるんですか!?」
彼女は目を輝かせた。
「いや」俺は答えた。「特に募集はしてませんが」
「できるなら今からでも! ぜひっ」
探偵とは関係ない仕事が多いとはいえ、依頼は増えている。雇ってもいい時期かもしれない。
俺は敬語を止めることにした。
「それなら、取りあえず君の経歴が知りたい」
彼女は背筋をピンと伸ばすと、流暢な日本語で自己紹介を始めた。
「今年、イギリスより留学してきましたクレア・ホームズと言います。こう見えて20歳です。日本語はイギリスの親友と日本で学びました。日常会話程度なら平気です」
これといって文句はない。
履歴書をわざわざ書いてこいと言うつもりもない。
「大学はどこ?」
「○○大学です。単位に関しては免除をもらっていますので、問題ありません。月曜日と水曜日以外は昼からですが、他の日はいつでも構いません」
超名門大学だった。それも免除をもらっているのだから、彼女はとんだ天才秀才らしい。塾講師などをすれば引く手数多だろう。
「それならこちらとしても断る理由なんてないけど、本当にいいのかい? うちは探偵らしい仕事は少ないよ」
彼女はとんでもないと、手を振った。
この辺りの仕草がどうも日本人らしい。
「構いません! 今日からでもよろしくお願いします」
単純にバイトをして稼ぎたいというわけでもないらしい。
時給は900円が妥当だろうか。それはおいおい話し合おう。
取りあえず今は、「yeah!」と何度もガッツポーズをして喜ぶ、彼女の若々しさがまぶしく感じた。