第一話 何でも屋の探偵
「ほら、出ておいで!」
俺は地面に這いつくばりながら。またたびを装備した手を茂みに突っ込んだ。
「なー」と薄汚れた白猫が慎重に鼻をくんくんとさせた。
「早く出てきてくれないか?」と、試しに猫に懇願してみたが反応はない。
代わりに大きなあくびが返ってきた。
とある都内の公園のど真ん中。
子供たちは遊具で遊び、母親はそれを傍目に世話話に花を咲かせている。
そこにいい年をした男が地面に這いつくばっていたのだ。
嫌でも視線が突き刺さる。
さすがに通報される前に諦めようかと思っていたところ、白猫が茂みから出てきた。
すぐさま抱き上げ、写真の白猫と見比べた。
どうやら違ったようだ。
この子は目が黄色くて丸かったのだが、写真の子は青く目が鋭い。
「すまんな」といって激しく抵抗する白猫を解放してやった。
かれこれ猫を探し続けて三日。全然見つからなかった。
俺は都内のとある町で私立探偵として生計をたてていた。
何でも相談に乗りますと看板を立てたところ、何を勘違いしたのかお婆さんがエアコンの付け替えを依頼してきたのである。断り切れなかったのでサービス感覚でやったところ、恐らくお婆さんの口コミだろう、何でも屋的な依頼が急増した。
今回も本来は受け付けていない迷子猫の捜索依頼だ。
不審な行動から解放されたが、まだいたたまれない視線からは解放されない。
思い切って母親集団に聞き込みをして、事情を察してもらうことにした。
「私立探偵の久津川というものなんですけど、この子を見たことありませんか?」
俺は名刺と白猫の写真を四人の奥様方に見せてみた。
そのうち若い奥様が手を叩いて言った。
「あ、何でも屋さんの! ホントは探偵さんだったんですね」
あはは、と俺は愛想笑いを浮かべた。しかし、自分を知っている人がいて安堵した。残る三人の警戒の色がなくなっていた。
「以前は母がお世話になったようで……」
どうやら依頼者の娘らしい。
「さっきまで噂の不審者じゃないかって話してたんですよ」
「噂ですか?」
俺はとぼけたように尋ねたものの、通報される一歩手前だったようだ。
「最近、この辺りを男が何かを探すように徘徊してしているって噂ですよ」
最近の僕の動向と一致するのだが。
「見た目はどんな感じですか?」
「紺のジャンバーを羽織った四十代くらいだそうですよ」
「そうなんですか」
スーツ姿で二十代後半の僕とは全然一致しないじゃないか。不審な行動をとっていたのは認めるけども。
「で、この猫に見覚えは?」
「ありませんねぇ」
残るお三方も首をそろえてうなずく。
「そうですか。また何かあればここまでお願いします」
俺は名刺を渡し、そそくさとその場を離れた。
猫探しの捜査は長引きそうだ。