異世界でも配信者
前回はクラリスと、ウォルブに振り回された。女剣士に、空から女の子が!状態でごっつんこ。ギャルゲーでもありえない展開。てか、俺が問題児かよ。
俺は、この世界で生主を始める。
「さあ、始めるぞ」
「いいですよ。僕も準備出来てるんで」
色々と設定を決める上で笑いあり、蔑みありのドタバタがあったが、それを割愛させてもらったのが今の、この状況である。
そう言えば、この状況が分からない人に説明がまだだった。
ここは異世界で、僕が一人称のこいつはクラリスという。そして、この世界で生主になることになった俺。何の生主かといえば、やっとの事で終えたと言っていたサイト。
そこは『ウェルブラ放送』と呼ばれている。
俺はこの世界で、ウェルブラと一緒に生きていく事になりそうだ。向こうの世界では、生主と言えば、ほとんどがニート。まあ、そこまでやるようなバカな大人は俺たちだけだよな。学生が不登校中にやっているのは見たことあるけどさ。
そんな、異常で面白い世界に俺は居る訳で、職業にでもしたいくらい好きで。
こうして立った、この舞台は俺の独擅場にしてやる。
「クラリス、映らないようにな」
「解っているよ、僕だって」
こうして迎えた、静けさという名の嵐。
俺の心のなかには嵐が渦巻き、舌が固まって動かないかもしれない。どうも、為れない異世界での生活に馴染めていないからか、どうも緊張してしまう。
「おっ、繋がった………じゃなかった。こんばんわ、皆さん。初めましての方ばかりでしょうし、少しだけ挨拶をさせて頂きます。私は、アルバトス。このウェルブラに現れた新芽!どうぞ、よろしくお願いしまーす」
「………」
テンションを間違えてしまった。
俺も鈍ったか、と歳のせいにしようとするが、生主を名乗れるほどの長さではない。いうなれば、生主の新人。期待のルーキー。
こんな俺は、取り敢えず続けることにした。
「ええ、累計視聴者数も百桁になりました。どんだけウェルブラ人口が多いのかは知らないけど、スゲーな。おい」
顔全体で表現する俺は、オーバーリアクション王。
顔をスマホとは反対方向にやり、腕も一緒にそこを目指して追いかけ、ベッドに倒れこむようにしてベットで横になる。
「ええ、下半身がお送りいたしました」
声色を落として、ダルそうにそう言うと、ここぞと思ったタイミングで起き上がって放送を止めに行った。
スマホに手をかけると、放送は終わった。
「ふぅ……」
額の汗を拭って、やり終えた時のように達成感を感じている、爽やかな男の顔をした。もちろん、爽やかではない。
「何、やったぜみたいな達成感、感じちゃってるんですか。せっかく、二時間も連打して配信が出来るようになったのに。僕なら、時間一杯までやりますよ」
この世界のユーザー放送は、向こうと何の変わりもない事が分かっている。
今、ユーザー放送って何?っと思っただろう。ようは、生放送がユーザーでも出来るようになったという事だ。詳しく言おうとすれば、少しだけ違ってくるため、勘弁してくれ。
ウェルブラ放送の使用者は、世界の三分の二が利用している有名サイト。動画も投稿出来る様だから、それもやっていきたいと思っている。ぶっちゃけていうと、めんどくさいな。
「面倒……」
「三十分まで頑張りましょうよ………」
肩を落として、ため息をついた青年。そういえば、青年だったな。
俺はそれを見て、こう答えた。
「時間一杯までやらなくていいのに、何でタイミングについてグチグチ言われなきゃいけない」
俺もだが、時間一杯までやりたい。だが、音楽でも欲しいもんだ。
音楽だが、BGMとして、ダンスのテーマとして、カラオケとして活用しなければ、ほとんどは動画が繋げない。無理をせずに配信する、が当たり前で、体をはらない限り本気にはならない。
音楽は放送には必要不可欠。なのに欠かしてしまった。
「無理だったら、音楽があったのに」
これはダメだ。
後の祭りなんてよく言ったけど、これは酷い。お化け屋敷で、何故か人を雇って使っているところくらい酷い。
俺は、自分の憤りを伝えるために、視線を送る。
「ちょっと、僕は気がありませんって………」
にやけている青年だが、勘違いをしているようだ。とんでもない勘違いを。
熱視線だとでも思ったのか、両頬をお留守にしない、完璧な覆い方で赤い頬を隠そうとする。そして、揺れだした青年は重症。
あれだな。
「ウォルブ……」
「………っ!」
青年は、あの恐怖から足を震わせて、怯える様に逃げようとする。
一歩後ろに下がったため、引きぎみでもあると判断が出来る。だが、これは面白くて、からかいがいがある。
「やめてくださいよ……」
「やめるさ……」
何故かぎこちなくなる。
他人行儀で、相手を信用していないのが災いをもたらしたのか、こうなった。これはどうするべきか。
「放送で使えそうな物は片っ端から使う。まあ、揃える事は、初めての頃に経験するから、新鮮な体験ができる。お礼をいうよ」
「………ンフッ」
なめこの味噌汁。
何となくこのキーワードが出てきた事からわかる通り、おさわりの探偵である。知っている人が多いはずだが、説明しようじゃないか。
一世を風靡した、あの可愛い菌類だ。
もう分かっただろう。
とにかくだ、ンフッはそれを連想するということ。だから、俺の敏感さを舐めてはいけない。もしも、好きな事柄が出てしまえば即座に笑い出すだろう。
自分で言うのもあれだが、危険だな。
「ドヤ顔か?」
「まあ、そんな感じです」
鼻息を出して、当たり前とふんぞり返っているのはドヤるのと同じ。
悪いが、俺の基準で言えば、鼻息と調子に乗っているという条件が満たされていたら、それだけで自慢さ。自慢は嫌いで、謙遜が大好き。
青年と俺は、この日を就寝で終えた。
朝やけの中、剣を振り、額から汗を垂らして励んでいる。
彼女は、昨晩の出来事を振り返っていた。それは、男に尻を触られた事だ。
思い出したくもない事を思い出し、鈍ったのか、真っ直ぐと振り下ろしていた剣が上手く上に上げられなかった。
(何を考えている。相手は、たった一瞬触れてきただけだ。ぶつかった事は大丈夫なのだから、それこそ水に流れなければいけない。………ああ、糸は決して折れない。だから、糸になるんだ)
精神を研ぎ澄まし、武骨な精神を滑らかな鋭さに戻す。
そして、再び振り始めた彼女。
「エルさん、そのくらいにしな、よ!」
彼女をエルと呼び、おばさんと言える見た目のおばさんが、手に持っていた、丸まった布を投げる。
それは、彼女の目の前で、バサリッ、と開いた。
声を掛けられ手を止めると、投げられた布を掴む。
「………いつもすみません」
柔らかくもなく、自分の手の形が確かにわかるほど、明瞭に形を感じれる硬い布。それに顔を擦りつけ、汗を拭いた彼女が顔を上げてそう言った。
「いいんだよ、私は。こんな、でっかい店を構えちまうと、心も寛大になるもんだよ。熟それを感じちまうねぇ」
おばさんは彼女を笑い飛ばすと、そのまま思い出に耽ろうとしている。
彼女は苦笑いをしながら、おばさんに近寄る。
「ありがとうございました。後で洗って返します」
「そうかい?なら、私は店の料理番に戻るかねぇ」
そう言って、店の奥へ戻っていくおばさん。
闇に呑まれる訳ではなく、喧騒の中に溶け込んでいった。声は目立てど、姿は景色。背景になって、その後ろ姿は動き出す。
店を手伝えれば、手伝いたい彼女だった。
俺たちは、昨夜ぶつかった女性の事など目もくれず、町中を歩いていた。
青年が目を輝かせながら、王都の城下町のあちらこちらを見渡す。目を巡らせているものは、全て武器。
冒険者ではなく、放送者である俺らには所縁も、縁もない。
………あっ、縁も所縁もないだった。
「おおっ、これが武器………アッチが防具。……派手だなぁ」
異世界あるあるその十三。
皆、今回は魅惑の防具だ。
職業に合った装備で旅やら冒険をする輩は、絶対にファッションにこだわりがないだろう。
どこかのRPGだと、女盗賊の装備は胸を隠せれば、後はどうでもいいと腹を出している。もしかして、学校に行きたくないから、わざと風をひこうとしているのでは?なんて服装だ。俺は、それを誘っていると誤訳でもしてやろう。そうなると、あるあるがR.18で、アッハンウッフンとなるからやめよう。
話を戻すが、あの格好で雪山登って、あの格好で戦って、あの格好で街中を駆ける。とんだ変人だよ。
「そう言えば、さっきから同じ顔ばかりだな」
「僕には違って見えるけど?」
青年は、この見分けもつかないおばさんとおじさんたちを前に、そう言った。
俺は、青年がそう言いながら不思議そうにしているのを驚く。
「うっそーん!」
異世界あるあるその十四。
何故か同じ顔の、ザ•モブ。
商人、店員、家族に友達。教会、宿屋に空き家。ついでに、関係ない手帳屋。
空き家と手帳屋はネタだが、他は本気だ。
異世界での有名な疑問は、ギャグ漫画の如く、同じ顔が沢山出てくること。服の色や、肌の色を変えずに出してきても、元が一緒なら同じ顔。
どこかの、ポケットサイズの球体をあずけて、中に納められたデータを回復させるナースさんや、その世界の婦警さんのように姉妹ならいいけど、これは他人だろう。兄弟説もいいが、モブが湧き出る泉説を推そうかな。
「取り敢えず、あそこのお店の中で、店員の名前を当ててあげよう!」
「知ってる店?」
「知らないよ、僕」
かなりの問題発言。だが、店構えは悪くない。
こんなところでウェルブラでも………いいな、それ。でも、何度もボタン押すことになるだろうな。ああ、面倒。
俺たちは店に寄った。
そこは、雰囲気のある食事処だが、定食屋っぽくはないため違うだろう。だが、食している事から、酒場かなんかだろうと推測。
「酒場ですか。未成年はダメですよ、飲酒」
「これでも立派な大人だ」
疑っている目をしながら、青年は空いている席に座った。
少年のような見た目をしていれば大人なのだろうか。そう思いながらも、対峙する様に、青年の前の席に座る。
「いらっしゃいませ。二名さ………まっ!?」
「どうしたの、店員さん」
「あれ?僕、この人をどこかで見たことがあったはずだけど………」
青年、俺は知っている。
白々しい事をいい、知っているよとアピール。それに乗ってくれた剣士さんに、俺はムフフとイチャイチャするんだ。
俺でも何を言っているかわからねえ。
「いいえ、何でもないです。ご注文はお決まりでしょうか」
「このキノコと猛獣キロル肉のパスタを………あれ?」
「僕もそれを」
俺はメニューを開いたまま、動かなくなった。
よく考えてみれば、読めなかったはず。しかし、今はこうやって読めている。もしかしてだが、ウォルブが魔法を使ったか?
「かしこまりました。キノコと猛獣キロル肉のパスタを二つでよろしいですか?」
「はい」
女剣士さんは軽くお辞儀をして、厨房に戻っていった。
フリルの入った、長いスカートを揺らしながら歩く姿は、とても癒される。それに、体のラインがよく分かって嬉しいね。
そんな俺は、青年が睨んでいるのが見えた。
「放送、どうします?」
「放送?何の事だか………」
「最近、ウェルブラ放送で流行りの、食レポ放送が人気なんですよ」
人気だから、私たちもやろうよのノリは嫌いだね。それがなにかを言うと、嫌う人が多い、ミーハーという輩。それは流行に敏感で、それこそが正しい。
情報弱者に多いという傾向がある。
「俺は、流行に流される様な放送はしたくないね」
「そうかな………」
しぼんだ青年は、肩を下げている。
困った顔でもあり、悲しいい顔でもある。そんな彼女に、俺は質問をぶつけてみる。
「この世界についての説明、ウォルブから、十分にされていないんだよね。だから、質問、いいかな」
「いいですよ。流行という言葉に流され、身も心も冷めきってもなお、反省の色が見れない僕でいいのなら。どうやっても消せない罪がある僕でいいなら」
卑屈になってしまった青年。
火に油をさしてしまったらしい。
「いいよ。俺は、何でウォルブがあっちの世界と繋がれたか説明して欲しい」
「それはですね、ウォルブの魔法で、あちらの世界との空間を開けるからです。それによって、あちらの世界の電波をこちらの世界に送り込めるんです」
俺は納得した。
世界を繋げるという点では、ウォルブが鍵だと分かった。これで返し道の火は灯ったため、いつでも帰れる。しかし、こっちはこっちで楽しいからいいや。
「ありがとう……」
俺は声色を落として、そう言った。その時、女剣士さんがやって来た。
「ご注文の、キノコと猛獣キロル肉のパスタです」
剣士さんは、丁寧に木の食器を置いていく。
湯気が天井に消えていく程、その熱気はすごく、食べている内に汗の滝ができてしまいそうだ。それに、色鮮やかなキノコが食欲をそそる。
肉にフォークを押しつければ、軽く跳ねそうな程柔らかそう。
「そう言えば、剣士さん………あっ……」
「やっぱり、お前だったか。なら、話は早い」
そう言われて、襟首を掴まれて、床に尻を打ち付けさせられた。
女剣士は構わず、そのまま俺を床に這わせる状態で引きずっていく。たまに鼻の先が擦れて痛い。
「ちょっと、剣士さん!………僕、二人分食べちゃいますからね」
青年はパスタの皿を手に、食べながら言った。