⑧
佐竹との再会という予想外の出来事をよそに、ツアーは順調に進んだ。
ローマは思っていたより落書きが多くがっかりしたけれど、佐伯の希望で行った美術館の天上画の素晴らしさに息をするのも忘れそうになった。
フィレンツェは期待通り華やかだったし、ヴェネチアは美しかった。俺達は予定通りの場所を訪れ、予想外の目にあったりしながらもこのツアーを楽しんでいた。
フィレンツェを観光している時にばったり佐竹のグループに出くわした。ジェラードを舐めながら、佐竹は東と情報交換をしていた。
東は彼女が買ったジェラードの値段を聞いて自分がぼられたことに気付き憤慨した。それを見ていた俺と佐伯は腹を抱えて笑った。彼女も口許を手で押さえながら、それでも堪えきれず笑った。とてもリラックスした彼女の笑顔に俺は動揺を隠せなかった。
それがとても自然なことに思えたから。
東の希望通りピサの斜塔で、遠近法を使って斜塔を支える写真を撮った。東はあらゆるパターンを試すと言って、俺達はひたすらシャッターを切り構図を考えた。異国の地での馬鹿らしい遊びは、妙な達成感に包まれ幕を閉じた。
食事はトラットリアで済ますこともあれば、見つけたスーパーで適当に食材と安いワインを買い不味い不味いと言いながらホテルの部屋で飲んだりすることもあった。
日を追うごとに、楽しさが増し、旅の要領を得るようになった。
最終目的地のミラノは雨が降っていた。
俺達は身ぶり手振りと地図で行き交う人に道を尋ね、観光地を巡り、無事ホテルまで辿り着いた。この楽しい旅がもう終わりに近付いていることを感じた俺達はぐだぐだと喋り、ワインを空け、最後の最後まで楽しもうとした。
最初に潰れたのは酒の弱い佐伯だった。
東は目を据わらせたまま、ワインをあおる。そしてふと思い付いたように問いかけた。
「そういや、何でお前は佐竹のこと嫌ってたんだ?お前って誰とでも当たり障りなく仲良くするじゃん。佐竹と何かあったのか?」
俺は不意打ちの問いに思わず苦笑いを返した。
「何もねーよ。自分でも、よく分からない。あいつ元々パッとしない奴なのに、妙に世渡り上手で最初はそこが気に食わなかった。何だか胡散臭くて」
「そうかー?確かに昔はパッとしなかったかもしれないけど、話してみるとあいつ割りとそそっかしいし、面白いぞ」
東は腑に落ちないと言った様子で首をかしげながら言った。
俺は自分と東の認識の差になぜだか笑いがこみあげた。
俺は佐竹のことを何も知らない。何も。
「……そうだな、面白い奴かもしれないな」
俺の言葉に満足した東はゴロリとベッドに横になり、そのまま小さな寝息を立て始めた。
ワイン以外の飲み物を買っていないことに気付いた俺は、自分の二日酔い防止のためそして明日二日酔い確定の友人二人のため、財布と鍵を持ちホテルのそばのバルに水を買いに行くことにした。
外ではまだ雨が降っている。折り畳み傘を広げ足早に目的地に向かう。吐く息が白く立ち上った。
小さな店の中で冷やされた水と炭酸水に手を伸ばす。スッと横から伸ばされた手が、俺より先に炭酸水を掴んだ。
「あっ」
そう呟いたのは佐竹だった。
「ごめん、先に取っちゃって」
気まずそうに彼女は俯きながら言う。
「いいよ、そんなの」
気にすることじゃない、と続けるはずが言葉に詰まる。
おれは改めて炭酸水を取るとレジに向かった。
後ろには佐竹が並んでいる。支払いを済ませ、また折り畳み傘を広げホテルに戻ろうとすると、その横で折り畳み傘がうまく広げられないのか、もたもたと傘を引っ張っている彼女の姿が見えた。
「貸せよ」
俺は彼女に自分の傘を持たせ、彼女の傘を取り上げる。そして外れていた骨組みをくっつけ傘を広げ彼女に渡した。
「ホテル、戻るんだろ?」
ついて来いと言うニュアンスを含ませ、彼女より先に店を後にする。彼女はポカンとした顔をした後、気を取り直し俺について来た。
カクカクと曲がった折り畳み傘に幾重にも雨の音が打ち付ける。
歩幅三つ分の距離。
彼女が雨を踏みつける音が耳に響いた。




