⑤
籠から籠へ移っただけだと気付いたのは、中学に入学して半年も経たない頃だった。初めは新鮮味のあったブレザーもすぐにネクタイを締めるのが億劫でたまらなくなっていた。
クラスメイトもすぐグループを作り、互いに牽制したり合体したりを繰り返し何とか今の形に落ち着いた。馬鹿馬鹿しい、と思った。何よりも自分もその一部だと重々分かっている、分かっているということが馬鹿馬鹿しさに拍車をかけていた。自由な校風と謳っていたその学校に俺は自由を見出だせなかった。
東とは以前のように頻繁に遊ぶことはなくなったが、月一回ほど、東を通して小学校時代の友人と会ったりしていた。皆、私立へ行った俺を寄って集って質問攻めにしたが、気付けばいつも女の話になっていた。誰々が可愛くなっただの、誰々の胸がでかいだの、年相応のたわいない話題ばかりだったが、それに佐竹蒼の名が出てくることはなかった。そして、俺はそれを気にすることもなかった。
それから時は過ぎ、エスカレーター式の付属高校に進学した俺はいつの間にか、小学校時代の友人に会うのは東だけになっていた。その東とも三ヶ月に一度会えばいい方だった。東はサッカー部で汗を流し、俺はバスケ部でしごかれていた。
籠の中での過ごし方を覚え、彼女もでき、それなりに付き合い方も理解しながら、俺は青春を謳歌していた。
もう雨の日に佐竹蒼を思い出すことはなかった。
高校時代一度だけ佐竹蒼に会った。
三年の十月だった。東の通う高校の学園祭に遊びに来いと誘われ、顔を出した日だ。当時付き合っていた彼女がしきりに行くと言ってきかなかったので、渋々連れて行った。昔からの友人に彼女を会わせることは、俺にとって思い出に横槍をいれるようで気が滅入ることだった。
「相変わらずおモテになることで」
すっかり日に焼けた東がにやにやしながら彼女を見ている。
「うるせーよ」
俺はいつものように東の頭をはたく。
彼女は照れたように笑い、東と互いに軽い自己紹介を終わらせた。
東と彼女と三人でひやかすように練り歩く。東は昨日一日店番をしたから今日は非番だと笑った。
東の通う学校は県立高校の中でも進学校で、県で二番目に古い学校だ。さすがに何度か校舎は建て替えただろうが、吹き抜けの廊下の佇まいはその趣を残しているように思えた。
彼女がトイレに行っている間、東とその廊下に腰を降ろす。何名か小学校時代の知人に声をかけられたので、当たり障りのない雑談をする。東はひっきりなしに声をかけられていた。人好きのするところはどうやら健在のようだ。
「東君、今日の当番のことなんだけど」
急に頭上に降り落とされた鼻にかかったその声に聞き覚えがあった。
見上げるとそこにはすっかり見違えた佐竹蒼の姿があった。
ボサボサだった髪は丸いフォルムのショートになり、随分痩せたのだろう、頬の丸みは削ぎ落とされ、整えられた眉と切れ長の奥二重の目が彼女の髪形と合わさり彼女をより中性的に見せた。
どこか愚鈍にも見える佐竹蒼はもうどこにもいなかった。
「わりぃ。ちょっと行ってくる。適当に回ってこいよ。終わったら連絡する」
「ごめんね、宮前君」
呆気に取られている俺に、すまなさそうに二人が声をかける。
付き合いの長い東は俺が口にしなくとも、俺が佐竹を嫌っていることを察したのだろう。手短に話しながら佐竹をその場から離れさせた。佐竹ももちろんそれに気付き、早足で去っていく。
ー「ごめんね、宮前君」ー
普段なら俺の気持ちを先回りして、自分からは話しかけてはこない彼女が自ら話しかけた。
俺に嫌われていることなど、何でもないと言うように。何も答えられなかった自分が、ひどく子どもじみて見えた。
俺は佐竹の剥き出しのうなじを半ば呆然と見送った。佐竹蒼はもうあの頃の佐竹蒼ではない、その事実が手酷い裏切りのように思えた。
生徒の笑い声や駆け回る足音が、まるで雨のように聞こえた。




