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「ずっと翔君のこと好きでした。学校は別々になるって分かってるけど、付き合ってほしいの」
いつもの強気な彼女とは違うか細い声の告白は、とても弱々しかった。伏せられた長いまつげが僅かに震えている。綺麗な顔立ちだとは思うけれど、好きだと言う感情はなかったし、その感情がない以上、付き合ったところで通う学校も違うのに続くとは到底思えなかった。
「秋山、ごめん」
それ以上の言葉が見つからなかった。秋山はふるふると首を振り、さっきよりも細い声で
「分かった。急にごめんね」
と言ってなけなしの笑顔を作った。それはとても痛々しい笑顔だったけれど、彼女の美しさを損なうことはなかった。
「ありがとう」
そう小さく呟いて駆け出した彼女を見送り、花壇の煉瓦に腰掛ける。きっと今ごろ彼女の周りには仲の良い女子が群がって、彼女の努力を称えている頃だろう。はぁーっと息をつき曇空を見上げる。何だかとても疲れていた。
どれくらいぼんやりしていたのだろう。ふと隣を見れば、花壇に植えられた紫のパンジーが気ままな風に揺れている。
ポツリ、と降りだした雨がそれに触れかけた俺の手を濡らした。ひとつふたつ、と地面を色濃くし、瞬く間に一気に降りだした。俺は慌てて校舎の中へ舞い戻る。あんなに小学校生活を惜しむように居残っていた生徒がもうほとんど解散していた。
三階の一番端にある教室に戻ると、俺は思わず息を呑んだ。
そこには佐竹蒼がいた。
自分の席でもない窓際の席でボーッと外を見ている。俺はそれが景色ではなく雨を見ていることにもう気付いていた。
彼女はちらりとこちらを見て、すぐ窓に視線を戻す。一瞬驚いたような表情をしたけれど、間を置くことなくまた何の感情も読み取れない表情に戻ってしまった。
俺の机の上にはノートの切れ端に「先に帰る」と汚い字で書きなぐった東のメモが置かれていた。
電気の消えた教室は薄暗く、雨が窓を叩きつける音だけが響いた。鉛色の世界で、鈍い空気が漂っている。俺には解き放つように見えた雨がもしかしたら彼女を押し殺そうとしていたのかもしれない。
なんとなく、そう思った。
佐竹とは何の会話も交わさなかった。俺は鞄に少ない荷物を放り入れ教室を後にした。
彼女はずっと雨を見ていた。
そうして俺と佐竹蒼の小学校生活は静かに幕を降ろした。




