③
俺と彼女の関係がその日を機に変わる、なんてことはもちろんなかった。俺は変わらず彼女を好きになれなかったし、彼女もまたそんな俺に近づくことはなかった。
俺は運良く私立に合格が決まり、彼女はもちろん公立に通うことになっていた。
卒業式はすぐやってきた。胸に付けられたリボンがわざとらしく旅立ちを祝う。通う学校が違う俺を仲の良かった友達が、「いつでも会おうな!」と気遣わしげにそれでも明るく振る舞いながら言ってくれた。俺もそれに笑って答える。寂しさはあった。でも籠の中からようやく脱け出せるような清々しさの方が勝っていた。
教室で担任が最後の挨拶をする。教室のあちらこちらからすすり泣く声が聞こえた。大半が女子のものだったが、歯をくいしばって泣くのを我慢している男子もいる。
佐竹蒼は泣いていなかった。
眉を下げ少し感慨深げな表情をしていたが、俺はそれが直ぐ様作られたものだと分かった。
彼女はきっと寂しさなど微塵も感じていない。だけど自分のように清々しくある訳でもない。ざまあみろ、と思う反面、彼女が少し可哀想にも思えた。彼女はこの籠から出られないのだ。
最後の帰りの会も終えると、皆アルバムにメッセージを交わすため飛び回っていた。クラスのリーダー格のグループに所属していた俺は、同じく女子のリーダー格のグループに取り囲まれメッセージをせがまれた。
「あとで話があるの」
そうあからさまに耳打ちしてきた女子は、きつめの性格で華やかな容姿をしたクラスの中でも目立つ存在の子だった。
それなりにマセガキだった俺は、何度か告白なるものを受けたことがあったし、付き合ったこともあった。しかし小学生の付き合いなんてママゴトのようなもので、まだからかわれるのをかわす術もない上、ことあるごとに「親友を泣かすな」と言うおせっかいな女子達にイチャモンをつけられるので、正直俺は辟易していた。
「二十分後に裏の花壇で待ってる」
そう言ってはにかみながら、きゃーきゃーと騒ぐ友達のもとへ走り去る後ろ姿を、俺は疲れた眼差しで見送った。隣で机に腰掛けていた東が、にやにやしながらこっちを見ている。俺と東は所謂、幼馴染みで保育園の頃からずっと一緒だった。中学で初めて離ればなれになるが、家も近所なのですぐ会えるだろうと、互いに高を括っていた。
「モテますなぁ~」
東がわざとらしく声を大きくして言う。
「うるせーよ」
俺は東の頭をはたいて、睨み付けた。
一瞬、東の後ろで泣いている友だちと抱きあっている佐竹と目が合った。
すぐさまどちらからともなく目を反らす。
しまった。と思ったのは俺だけじゃないはずだ。
彼女はあからさまに困ったような顔をしていた。
呼び出しを無視しない程度には律儀だった俺は、約束の時間まで東達と適当に喋り時間を潰した。
ようやくその時が来ると、俺は重い腰をあげ、ひやかすような目を見ないようにしながら席を立った。
案の定背中には「頑張ってねー!」と女子の声音を真似た東のふざけた声が飛んでくる。それを思いっきり無視して、廊下に出る。式の時はあんなに晴れていた空がいつの間にか灰色の雲に覆われていた。




