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「ごめんなさい。変なことしないって言ったのに、初っぱなから失礼なことばかり言って」
佐竹は心底すまなさそうに眉尻を下げて謝った。
「別に。俺も同じだし、気にすることない」
それは本心だった。寧ろ、彼女に嫌いだったと言われてどこかホッとした自分さえいた。
「……知ってる。だから、私、あなたの気持ちに甘えてた。向こうが嫌っているから、私も嫌っていいんだ、って」
とくとくとグラスにワインを継ぎ足す。彼女はゆっくりとそれを口に含み、ぽつりぽつりと語りだした。
「あなたは、クラスの輪の中心にいて、女の子にも人気があって、家も裕福で何もかも満たされているように見えた。たぶん、あなた自身もそれは否定できないと思うんだけど……」
一旦言葉を止めて、彼女が伺うような視線を寄越したので、俺は静かに頷き先を促した。
「でも、あなたは何一つ満たされていなかった。時折見せる表情が空っぽなの。渇いて渇いて仕方ないような目をしているの。私はあなたのことが最初とても怖かった。まるで……まるで自分を見ているみたいで」
ごめんなさい、と彼女は消え入るような声で言って息を吐いた。
「あなたと私はまるで似ていないのは分かってる。それでもあなたの瞳に私はいつも私自身を見出だしたわ。全ては虚構だって、突き付けられているようだった」
「俺は……俺はお前が飄々と世渡りしている所が嫌いだった。何の本心も見せず、ただ器用に繕っているだけなのに、誰もそれに気付かない。それが更に腹立たしかった」
そうね、と彼女は笑って、また一口グラスに口をつける。俺も喉がからからに渇いていたが、どうしてもペットボトルに手を伸ばせなかった。
「……母がね、精神的に不安定な人で優しい時はとっても甘やかしてくれるのだけど、調子が悪い日は何をしても拒否されるの。家事もろくにしなかったから、家はゴミが散乱して、父は優しかったけど家族を養うのに精一杯で家にはいつも夜遅くにしか帰って来なかった。母が私を愛してくれていたのは、間違いないわ。私に冷たくした後いつも泣いていたもの。でも彼女にはどうしようも出来なかった。私はいつの間にか、周りの顔色を窺うようになって、小さな変化にも怯えるような子どもになっていた」
不幸自慢は嫌いなんだけど、一応理由はあるの、と彼女は軽く肩を竦めた。
「……あなたの言う通り、私は色んな場面で、その人に合わせるように繕っていた。言い訳にしかならないけど、その時はそれしか方法が見当たらなかったの。すごく疲れたんだけどね。そんな私を見抜いたあなたを見た時、本当に怯えたわ。いつ暴露されるんだろうって。でも、あなたそうしなかった」
「いっそのこと解放されたかった私は、それがまたムカついたの。どっち付かずで怯えさせるあなたにだんだん腹が立ったのね、きっと」
彼女はそう言ってカラカラと笑った。まるで泣いているようだった。でも彼女の瞳から涙が溢れることはなかった。
霧雨が次第に雨足を強める。風が窓を揺らし、雨を打ち付けた。やり場のない思いを投げつけるように。




