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ZartTod  作者: えびてん丸
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episode7

 フレインスを出て、ストラル地区の辺境に来ていた。

 建物が多い、都市部と比べてこちらの方は自然が多いのが特徴。人より、動物のほうが圧倒的に多い。

 ここに来る途中でも、雑木林を出たり入ったりの繰り返しだった。

 見渡す限りの緑。

 解放的な空間だった。それが心地好いと言う人もいるが、私はそういうのがどうしても苦手だった。

 一人だったら、避けて通るか若しくは最短ルートを通っていただろう。しかし、今回はそうは行かなかった。彼が、ここがいい、と言うのでここを通るしかなかった。

 ミリルの件の事で、彼はここ数日塞ぎこんでいた。だからこそ、こういった開放的なところに居たかったのだろう。昨日あたりから、だんだん明るくなってきた所だった。けれど、お互いにその事を言い出す事はなかった。

丘陵地帯が続く、道を歩いていると、

「なあ、シキ」

「何?」

彼のほうから声をかけてきた。

「腕はもう大丈夫なのか?」

「腕? ん~、まあ傷は塞がっているから大丈夫だけど……」

 ミリルにやられた傷のほうは塞がっている。自由に動かせるし、別に問題は然程ない。強いて言えば、今は人間と同等にまで下がっている、といったところだろう。そこを除けば、大したことではない。

「どうしたの、急に?」

「いや、別に……その、気になっただけだよ。君が大丈夫だって言うなら、安心した」

 彼は本当に安心したように笑う。

 本当におかしい。

 暫く、歩いていると、通りすがりの人達の話し声が聞こえてきた。

「なあ、知ってるか?」

「ん? 何が?」

「クレフストで、魔女狩り裁判があるみたいだぜ」

「魔女狩り? まあ、最近はあんまり良くないみたいだからな。色々な方向で、戦争はないのはありがたいんだけどさ、凶作だったりとかでこっちは苦しいのに税が重くなったからな」

「時の流れを感じるよな。この前は、豊作だったり、鉱山では金が大量に採れたとかで大騒ぎだったのに……」

「何年前の話だよ、それ。でも、まあ……仕方ないよな。こうでもしないと、余裕がないっていうか……」

「そうそう、こうすれば良くなるんじゃないか~って気になるよな」

 そう言って雑木林の中へと入って行った。

 魔女狩り……か。

 その言葉に瞬時に反応したのは、イキだった。

「なあ、魔女狩りってあの?」

 どの魔女狩りを言っているか、だいたい予想がついた。

 だから、

「たぶんね」

と短く言った。

「クレフストってどこだよ?」

 彼は行く気らしい。

 何しに行くのか。そんなものは決まっている。彼の事だから、助けに行こうとでも言うのだろう。

「向こう……だけど」

 けれど、私は気乗りしなかった。

 行こうと思わなかった。

 行きたいとは思わなかった。

 行きたくないのに、それなのに彼は、

「シキ、行こう」

なんて言って私の腕を掴んで引っ張る。

 その姿が、眩しくて、直視できない。でも、真っ直ぐに誰かを救おうとする、彼の姿勢が、そう思える事が、羨ましくて目を離すことができなかった。

 仕方なくその後に続くしかなかった。



 クレフストは数年前までは活気のある、農業や林業などで生計を立てているような集落だった。今では、凶作の連続で廃れてきている。

 その打開策が、魔女狩りなんだとか。

 人の世は何年経っても変わらない。

 あの時だって、そしてミリルのとき同様、誰かを罪人に仕立てて裁いて、安心する。凶作の原因も、魔女に押し付ける始末だ。

 しかし、私には関係のない話だ。と、言いたいところだが、そうはいかないらしい。

 クレフストに着く頃には、日は沈み、月が出ていた。

 集落の真ん中らへんに小さな教会があった。その周りは広場のようで、その中央に少女が十字架に組み立てられた木に縛り付けられていた。少女の足元には、燃料であろう木材が積み上げられていた。

 少女は泣いている。

 死にたくないと、泣いている。

 誰も助けようとしない。

 隣にいるイキは今にも飛び出して、助け出そうとしている。

 その彼の腕を掴んで言う。

「まだ、飛び出さないでよ」

「何で? 今なら助けられ……」

「今助けたって、別の子が魔女になるだけだもの。意味がないわよ」

「だからって、無視なんかできるけ……」

「なら、無視しなさい」

 素っ気無い態度の私にイキは機嫌が悪そうに何も言わず、そっぽを向いた。

 魔女狩りが行われるまで、あと三十分程度。その間は只管待つのみである。

 実を言えば、私はこの場から逃げ出したいくらいだった。目を逸らしたい気分だ。嫌なのだ。もう、あんな形で誰かが死ぬのを見るのは、懲り懲りだ。できれば、知らずに過ごしたい。彼女が死ぬってことも、私が決めているなら、結果的に私が彼女をこんな形で殺したと言わざるを得ない。

 そもそも、魔女狩りだなんて風習がなければ、いいのだ。

 そうすれば、彼女らがそのまた彼らが死ぬ事も、何かを奪われる事もない。

 ただ、貧困に喘ぐだけで生きていけてたかもしれない。

 少しだけ、考え事をしていると隣から、

「シキ……」

「何?」

「どうして、今回はそんな気乗りしないんだ?」

「別に……ただ、あなたの言った通り、気が乗らないだけよ」

「何で? だって、君は……」

――優しいじゃないか。

 彼は真っ直ぐそう言った。

 優しい?

 私が?

 そんな訳がない。

 本当に優しいなら。

 誰かを助けたいと思っているなら。


 ―――誰かを殺す事なんてできないはず。


 だから、

「私は、優しくなんかないわ」

そう言った。

 死神だから。

 沢山のものを殺してる。

 殺して、

 殺して、

 殺して、

 その上に私は成り立っている。

 誰かを殺して、私は『死神』として生き続けている。

 そんな私が優しいはずがない。

 そして、仮に優しかったとしても、

「私は、あなたのようには優しくできない」

それが死神。

 誰かを助けたら、他の誰かを救わなくちゃならない。

 そんなことじゃ、誰も死なない。それでもいいのかもしれない。寧ろ、それがいいのかもしれない。

 でも。

 誰も死なない世界があったら、その世界は壊れてしまう。

 そう、昔聞いた。

 その人が言っていただけだから、本当かどうか分からない。

 私は、死ぬ事は確かに辛い事だけど、死ねない事はそれ以上に辛い事だと知っている。

 生きるのも辛い。

 死ぬのも辛い。

 じゃあ、どうすればいいのだろうか。

「シキ……」

 イキが私の手を握って、言う。

「君は優しくないなんてことはないよ。確かに、死神で、誰かを死なせてしまうけど……でも、それでも、君は本当は優しいって思ってる。だって、ミリルさんに気づかせるために怪我をしたんじゃないのか?」

 なんて言う。

 彼女の為に怪我をしたんだろ?

 しかし、結局私が彼女を殺した。

 そして、あの少女も私が殺す。

 そして数十分があっという間に経ち、彼女の処刑が始まった。

 魔女を殺せ、と騒ぐ群衆。

 彼女を殺せば、生活が楽になると信じている人たちばかりだ。

 熱い、と叫んで泣いている彼女を助けようとする人なんていない。

 イキがその中へ飛び込んでいった。

 仕方なく、その後に続き群衆の中に入って行った。

 彼は、少女の縄を切って炎の中から助け出した。

 その行動に批判するものは、ここに居るほとんどの人。

 魔女を返せと叫ぶその人たちに彼は、

「こんな事をして、何が変わるんだ!?」

と怒鳴った。

 過半数は未だ憤慨しているが、残りは少しだけ我に返ったように顔を下に向けた。

 そして、誰かが言った。

「魔女が、逃げ出したぞッ!」

 それに呼応するように周りの群衆も動き出す。

 私は、彼女を集落のすぐ傍にある雑木林の中で見つけた。

 少女は小さく悲鳴を上げた。

「殺すの? あなたも、わたしを殺すの?」

 その問いに私は、

「さあ、どうでしょうね。でも、私が殺さなくてもあなたは何れ死ぬのよ?」

「でも、わたしはまだ死にたくな……」

「どうして、死にたくないの?」

「どうしてって……、わたしは両親も、友達もみんなみんな殺されたんです。これ以上、わたしから何を奪うって言うんですか?」

「そう……」

小さく息をついた。

 家族が殺されて、友達を殺されて、それでもなお自分は生きたいという。強欲で、自分勝手……でも、それが人間の本性だ。これまで、何年も人間を見てきて呆れるばかりの愚かさだった。

「どうして、死ぬのが怖いの?」

 と問えば、

「え? そんなの……」

答えは返ってこない。

 当然だ。

 息をするのを考えながらしないように、死ぬことも『怖いもの』と当然のようになっている。人間がそうであるように、全ての生き物にそれが言える。死ぬのが怖いから、工夫してより長く生きようと、必死扱いて生きてきた。だから、死が怖いという理由はなくても然して問題はないのだ。

 すぐ近くまで群衆が迫ってきているのが分かった。周囲が騒がしい。

 そして、私は鎌を生み出す。

 それを見て少女は「あっ……」と声を上げた。

 殺される、と思ったのだろう。

 後ろでイキの声が聞こえた。必死に訴える声。だが、彼らの耳には届かない声。

 鎌を振り上げた。

「………」

 その時の私は、非情で冷酷なまでに冷静だった。

 彼女に刃先がつく寸前で、体に何かが刺さった。

 腹部を見ると、血のついた刀身が生えていた。

「………っ」

 後ろから少年が、

「魔女を返せ」

冷たい声音でそう言った。

 目の前にいる少女は「嫌だ」と言って、泣いていた。

 何が嫌なのだろう。

 なんて事を考えていたら、彼女の後ろに別の少年が立っていた。

 その手には銃が握られている。

 発砲音が二つ。

 その全てが私に向けられたものだった。

 弾丸が、腹を抉る。

 気づけば、私は地面に倒れていた。

 視界の端のほうでは、少女が二人の少年に連れて行かれた。

「……かはっ」

 口の中に血の味が広がっていた。

 視界には地面に流れ出た、血が見える。

 真っ赤だ。

 怖くはなかった。

 ただ、彼に怒られるだろうな、と思っただけだった。

 だんだん、視界がぼやけてくる。

 頭がぼうっとしてくる。

 どこかで、イキの声がした。

 私を呼ぶ、辛そうな声音が近くで聞こえた気がした。

 ―――――――。

 ――――。

 ――。

 

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