episode5
ラゾット村を離れ、ストラル地区へと向かった。
道中で、野宿をしたが、お互いラゾット村での出来事があったせいか会話はほとんどなかった。
ストラル地区-フレインスという町に着いた。人口約千三百人程度の小さな町だ。町の中央には教会があり、毎週町民は教会で礼拝をする。毎日するような人もいるらしいが、基本は聖職者が多い。
家々はレンガで造られたものが多く、印象としては明るい町だった。
道を歩いていると、イキが「何しにこの町に来たんだ?」と言うので、私は少し考えそれから、
「別に、用はないけど。まあ、たまたま通り道だったってだけ。遣る事があるなら、遣るけどね」
と答えた。
彼は小さく「そうか」と言って町を見渡した。
道行く人が少ないような気がする。気のせいだろうか。
イキもそれを不審に思ったのか、
「なあ、人少な―――」
がどこからか悲鳴が聞こえてきて、彼の言葉が遮られた。
悲鳴を聞くなり、イキは白い槍を取り出し悲鳴がしたであろう場所へと走っていった。
はやいなぁ。
と思いながら私はイキの後を追った。
家と家との間にある、小さな暗い路地の奥で男が女に刃物で切りつけようとしていた。女のほうはどうやら聖職者のようで、白と黒を基調とした服装をしている。被っていた頭巾は男に取られたのか、道に粗雑に落ちており、露わになっている茶髪は乱れていた。
死に脅えるような目。
彼女は今そんな目をしている。
一方、男のほうは狂気に呑み込まれたような目をしている。
イキが槍の柄を使い男の急所を狙った。
「―――ッ!!」
痛みに悶え転がり、イキを見るなり逃げていった。
男が去って、彼は安堵のため息を溢す。
「ふう、大丈夫かな?」
イキは腰を抜かしている女性に向かって微笑む。
「だ、大丈夫……です。ありがとうございました」
安心した女性は落ちている頭巾を拾い上げ、頭に被った。
それを見届けると私は、
「ねえ、この町どうなっているの? どうやら、町の人が少ないような気がするんだけれど」
と尋ねた。
すると、彼女は暗い表情をして言った。
「ここは危険ですから、着いて来てください」
そう言う彼女の後を歩いていき、着いた場所は町の中央にある教会だった。
白塗りの壁に青い屋根の頂点には十字架が施されている。
礼拝堂に通され、教典を読み上げる規則正しく並べられた長椅子の一つに座った。奥には祭壇があり、また十字架が掲げられている。昼の陽光が教会の窓ガラスから降り注ぎ、明るくしてくれる。
イキは彼女に向かって、
「この町で、何が起きているの?」
と首を傾げる。
すると「……少し前から」と話し始めた。
「この町で、犯罪が増えてきているんです」
「増えている? あの男だけじゃないのか?」
「ええ、まあそうです。殺人だったり、誘拐だったり……或いは強盗だったり。よくない事ばかり起きて、みんな怖がって家から出なくなってしまいました」
その話を聞いて、だから住民が出歩いていないわけだ。と納得していると、イキも同じだったようで「ああ、だから誰も歩いていないんだね」と言った。
「はい」
落ち込んだ様子で頷く彼女に私は、もう一つの疑問を投げかける。
「ねえ、あなたはどうしてそんな危険な時に出歩いて……いや、あんなところに居たの?」
そう聞くと、彼女は少しだけ目を見開き小さく言った。
「……病気のお母さんの様子を見に行った帰り、だったんです」
まるで、取って付けたような言葉に疑問が浮かぶ。この教会の神父は止めなかったのだろうか。或いは会いに行ったという母親は心配して止めやしなかったのだろうか。
一抹の不満を抱きながらも、それ以上は問いはしなかった。
聞いたところで野暮だろう。
もうここには用は無いので、
「じゃあ、行きましょ。イキ」
「え? ああ、そうだな」
彼に声を掛け、出るよう言った。
すると、彼女は「え、ありがとうございました。その、私はミリルと言います。えっと、貴方方は……?」
「ん? 僕はイキ。で、彼女がシキって言うんだ」
彼は微笑んで、ミリルと名乗った彼女に律儀にお辞儀をした。
私はそんなことに気にも留めず、教会を出て行った。後ろで、イキが「おい、待てよ」と言っていたがそれを無視した。
教会にはあまり長居はしたくない。いい思い出がない。だから、見るだけで厭な気分になる。別に教会そのものが悪いわけではない。私自身、もともと教会に幾度となく訪れたことがある。その時は、神に祈りを捧げたり、聖歌を歌ったりした。しかし、それも過去の話。
そもそも、私があんな神様を信じていなければ、私は死神になんかならなかったかもしれない。
教会を出た少し開けたところで、町を見渡す。
やはり、誰も歩いていない。
少し待っていると、教会からイキが走ってやってきた。
「どうしたんだよ。いきなり、行こうとか……」
「別に……大した事じゃないわ」
言葉を濁す私にイキは納得がいかないのか訝しげな表情をしている。だが、それ以上聞かれることはなかった。
暫く、静かなこの町を散策していると店は全て休業している。家々は全部窓が閉められており、カーテンも閉められている。警戒している。
怖いのだろう。
まあ、こんな時に出歩く人なんていない。
ミリルは例外だった。
にしても、教会も静かだった。異質な何かを感じる。
―――ミリルは何かを隠している。
そう思った。
見たところ、ミリル以外の聖職者はいなかった。ただ単に奥で何かをしている、とかならまだいい。その他の理由があるとすれば、それはミリルが何等か関わっている。そう思うのだ。
だから、彼女と最初に会った小さな暗い路地に行った。
陽光は左右の家に阻まられ、暗く陰湿な雰囲気を漂わせている。
その先に躊躇わず進んでいく。
「シキ? どうしたんだよ、そんなところ入って……?」
「あなたは、ミリルが何かを隠しているとは思わないの?」
「隠している? 何をだよ」
人をすぐ信じるのも彼の駄目なところであり、いい所なのかもしれない。だが、今回ばかりは鈍感すぎる。
私はため息を吐きながら、言った。
「彼女、おかしいと思わない? 犯罪が蔓延する町で、誰一人として出歩く者なんていないわよ。普通はね。でも、彼女は確かにここにいた。しかも、母親の看病しに……。普通、あの教会の神父なり、彼女の母親が外に出るのを止めると思わない?」
考えていたことを言うと、イキははっとして少し考え「そうだな……」と頷く。
「じゃあ、シキはミリルさんの隠していることを知るために、この奥に行くの?」
「まあ、そうなる……かな。イキは行きたくないなら、着いて来なくていいわよ?」
私が彼にそう言うと、彼は「そうはいかないよ」と言った。
「だって、君は行くんだろう? なら、僕も行くさ。当然じゃないか。君が何か変な事をしないか見ないといけないしね」
変な事って何だろうか。
誰かを殺す以外に何が……?
「それに……」とイキは続けて「彼女が本当に何かを隠して、危険なことに手を染めていたとしたら……、君一人じゃ危険だろう」と真っ直ぐ言った。
少しだけ、頼もしいなあと感慨に浸っていた。
「でも、君がそこまで動くなんてびっくりしたよ」
「どうして?」
「だって、僕は君がそう思っても、知らぬ存ぜぬと素知らぬ顔をするのかと思ってたから」
「……別に、ただ疑問に思ったことは自分が納得いかないと気がすまない性格だから。私は」
そう言って進みだす私の後ろでイキは嬉しそうにしている。
何故だろう?
「どうしたの? 嬉しそうだけど」
「ん? いや、僕の知らない君を知ることが出来たから、嬉しいなあって思っただけだよ」
はにかみながら、嬉しそうに笑う彼を何故か直視できなかった。
本当に彼のことはよく分からない。
そんな事を思いながら、暗い路地を進んでいくと、ひらけたところに出た。周りに比較的建物がないせいか、明るかった。
しかし、家の壁以外は道しかない。
そのまま進んでいく。
響くのは私とイキが歩く音。
入り組んだ複雑な道を適当に進んでいった。といっても一本道だったので、迷うことはなかった。
暗くなったり、明るくなったりを繰り返していくと、いきなり道が二つに分かれた。
一瞬悩んだが、適当に右のほうを選んだ。
曲がる瞬間、もう一つの道の方から「あっ」と声が聞こえた。
その方に目をやると、そこにはミリルを襲っていた男が顔を青くして立っていた。
イキもそれに気づいたのか、
「さっきの……」
と小さく呟いた。
すると、男はいきなり踵を返すと走って逃げていった。
―――何かを隠しているのだろう。
私は男を追いかけた。
「え、ちょっシキ――待ってよ!」
イキは追いかけるとは思っていなかったのか、数秒送れて走り出す。
誰も出歩いていないので、男を追いかけるのは容易だった。
しかし、彼は思いのほか足が速い。
どうしようか。
こんな所で、鎌使ったり、況してや霊力を使って瞬間移動なんてことをすれば、説明が面倒……。
そう考えていると、追いついたイキが「なんで置いて行くんだよ!」と叫んでいる。
「あなたに説明していると、見失うじゃない」
「そうだとしても……」
言いかけた彼を見て私は、
「そんなに悔しいなら、あの男捕まえてきてよ」
と嗤いながら言った。
そうすると、イキに「あの男が何か関係があるのか?」と聞かれ私は「まあ、多分ね」と短く答えた。
「分かった」
彼はそれだけ言うと、スピードを上げ男に迫っていった。
そんなに、置いて行かれた事を悔しがっていたのだろうか。
なんてことを考えていると、イキはどうやら男を追い込んだらしい。
イキは男の目の前に立ち、私は男の後ろに立った。
道は一本しかない。
逃げ道はもう無い。
男はイキに殴りかかったが、彼はそんな拳を簡単に避けその腕を掴み、男の背中へ回して身動きを取れなくした。
―――多分、この男はミリルのことを何かしら知っている。
これ程までに抵抗する男に私はそう思った。