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ZartTod  作者: えびてん丸
41/42

episode29

 老人は地面を蹴った。そして、対峙する少年に向かって拳を引いた。強烈な一撃だろう。その一つで、その老人はこの試合を終わらせるつもりなのだ、とすぐに分かった。だが、殴られようとしている黒髪の少年は至って、余裕そうな面持ちで向かってくる老人を見つめる。そして漸く老人の拳は放たれた。ヒュッという風切り音をまとわせながら、それは物凄いスピードで少年に迫る。

 これを見ていた誰もが、少年が負けだ、と確信していただろう。少年の友人であっても、それはやはり変わらない。

 だが、そんな周りの人々の思索とは裏腹に、やはり少年の顔には危機感というものが一切にじみ出ていなかった。

 そして―――老人の拳が彼の懐に入る瞬間にイキは体を左にずらし、飛んでくるものを交わし、それと同時に老人の殴ってきた方の腕を掴んだ。

「な―――っ!!」

 老人が驚きに声を上げたのは僅かな間だけで、その直後、彼の体は宙に浮き、背中から地面へと着地しそうになる。しかし、老人もかなりの手練れ、咄嗟の状況判断で足を動かし地面に足を付けた。バランスを取り、反り返った体を戻す反動で、イキに頭突きをかまそうとするが、

「よっと、危ない」

イキはやはり何ともないように、あっさり避けてしまう。

 避けた拍子に、イキは老人の腕から手を放していた。

 老人は初撃をあっさりとかわされ、剰え、反撃の余地を許してしまったことに、悔やむような顔をして、イキとの距離を取った。一筋縄ではいかない相手だ、とようやく理解したようだった。そして、目の前に立つ少年を睨みながら、次の手を考えている。

 睨まれている当の本人は、至って焦る様子もなくただ相手の実力と自分の手に残った微かな痛みに頷いている。

 イキは決して老人を下に見ているわけではない。そういう、人を蔑むような人ではないのだ。彼はただ、自分の実力と相手の実力との差がどれだけあるのかを吟味している。もしくは、純粋にこの祭りを楽しんでいるのか、ただぼうっとしているだけなのか、そこまでは私には分からない。

 そもそも、彼がいつも何を考えているのか私にはさっぱり分からないのだから。

 イキと戦ったことなどないし、いや、彼が戦っているところを見るのはこれで初めてなのだ。彼の戦い方がどういったもので、どんな動きをするのか、見当もつかない。傍で見ている限りでは、足は速いし、私よりも―――比較対象がおかしいが―――力もある。体は若干細いが、それでもきちんと鍛えられている。槍の扱いも上々で、何より体力がある。

 しかし、どうだろう。

 実戦経験でいえば、老人のほうが上手だろう。イキは、彼の話を聞くに、現界へ降りたのは数回で一人で降りたことなどないという。そして、戦い方を教わっていたといっても、やはり、実戦での経験がなければ、その教えも発揮されないというものだ。

 イキに剣や戦い方を教えていたのは誰だ?

 その人によって、イキの戦い方も左右されるし、実力も然り。

 動き方を見るに、イキはやれる。

 老人と互角か、あるいは――――。

「おぬし、どうして今の見切った」

「えー、あー、なんとなく……かなあ。おじさん、なんか飛んできそうだったから」

 いつもの口調で、そんなことを言いながら肩を竦める。

 それは更に老人の怒りを増幅させるだけだった。しかし、イキはそのことに気がついていない。以前、彼が自分のことを鈍感だ、と言っていたが、自覚をしていてもこういう処では何も気がついていないところが、彼らしい。

 老人は侮辱された気分でいるはずだ。何十年と修行に修行を重ねて得たものが、こうもあっさりと子供に躱されてしまうことに、憤りを感じている。

 だが、私たちの視点からすれば、老人は何十年と実戦や修行を積んできたとしても、イキや私は百年、二百年と鍛錬を積んできている。技術を磨いた回数は、依然としてイキのほうにあった。それを知らない相手は、子供に負けている、と勘違いしているだろう。

 老人は再度睨む。

 イキはそれを気にした風ではない。

 何かの拳法の構えをする老人に、イキはぼうっと見ていた。

 すると、老人は地面を蹴って前に跳躍する。再び、殴りかかるのだろう、そう考えているだろうイキはそれを受け止める準備を左手で行っていたが――――

「………!」

 老人の重心が左足に傾いていた。彼は殴ると見せかけて、右足で蹴るつもりでいたのだ。案の定、老人の右足から蹴りか生まれ、その勢いは留まるところを知らず、イキのこめかみに、

「―――っ」

炸裂した。

 頭を蹴られたイキは少々体をよろめかせ、ふらふらとバランスをとった。

 一発、入れられた老人はしてやったといった顔をしていたが、実際はそうでもない。老人の足が顔に当たる瞬間、イキは反応し、即座に体を少しずらして態とその攻撃を受けていた。それを知らない老人は得意げな顔をしている。

 一方、イキは何だか楽しそうに僅かに笑っている。

「じゃあ、おじさん。お返しするよ」

 イキはそう言うと、拳を握った。

 それに老人は何を言っているんだとあっけにとられている。

 少年はわざとらしく拳を作って、振り上げる。その動作はゆっくりで、こんなものが彼に当たるのか、とその場にいた誰もが思っていた矢先―――

「―――-ぐっ」

老人は後方へ吹っ飛んでいた。誰の目にも留まらぬ速さでイキの拳は老人目掛けて発射されたが、老人は一瞬の判断で両腕で上手くその衝撃を受け止め、その衝撃を吸収しきれなかったものが彼の体を吹き飛ばした。

「………」

「ふむ……」

 イキは至って楽しそうだ。

 そこから、老人とイキとの殴り合いは始まった。老人が殴り、イキがそれを避ける。イキの動きが、老人に合わせてだんだん遅くなっていく。明らかに彼は、老人を弄んでいるようにしか見えない。それがやはり老人にも分かるのだろう。怒りのあまり冷静さを欠き、動きが単調になっている。だが、その分速くなりつつあった。そして、その中で、

「じゃあ、そろそろ終わらせようか」

 イキはそう宣言をすると、素早い動作で老人との間合いを詰めた。地面を蹴って、一瞬で詰め寄ると鉄拳を老人の急所をとらえ、殴りつける。突然のことで、上手く対応できなかった老人の体は、土俵の外へ吹き飛んでいた。

 一瞬の静寂の末、我に返った司会者がイキの勝利を宣言する。

 すると、わっと歓声が響き渡る。イキに賭けていた人たちはもの凄く喜び、対照に老人に賭けていた人たちは落胆のため息を吐いた。



 ***



 帰ってきたイキにアッシュたちは賞賛の言葉を異口同音に言う。それにイキが、「いやあ、たいしたことないよ~」とはにかむ。そんな中、私だけ何も言わず、ただ彼らの話を聞いていたら、彼が、

「君はないの?」

 と聞いてくる。

「何か言わなきゃ、駄目?」

「そりゃあ、何か言ってくれれば嬉しいけどさ」

「そう……」

 なんてことを言われて、はて何を言おうか、考え始めた。彼の実力から鑑みれば、あの戦い方はなんというか、無鉄砲というか、あまりにも雑なものだった。勝ったとはいえ、あれを褒めることはできなかった。だが、何かを言えと言われたら、何か言わなければならない。

 彼を見ると、どうやら期待しているらしく目を輝かせて私を見つめている。

 本当に、何かを言わなきゃ駄目なのかなあ……。

 半ば呆れて彼を見ると、こめかみの部分が少々赤く腫れていた。老人の蹴りを受け止めて、腫れてしまったのだろう。

「ここ、腫れてるけど大丈夫?」

 私は自分のこめかみを指さしながら、彼に言った。

「あー、うん大丈夫だよ。これくらい」

「本当に?」

「本当さ」

「赤いけど……?」

 私は見るに見兼ねて、彼のこめかみに触れる。やはり、触っても分かるくらいに腫れていて、熱を持っている。まあ、彼のことだから大丈夫だろうけれど、万が一ということもある。

 そんな私に彼はじっと見てくる。

「な、何よ?」

「いや、なんというか……優しいね」

「そ、そう、かな?」

「うん。そりゃあもう。いつもなら、ばかばか言って叩いてくるのに」

「そ、そんなこと言ったこともないっ!」

 私は触っていたこめかみをそのまま殴った。

「い、痛っ……君が腫れてるって言ったんじゃないか」

「し、知らない!」

 彼は殴られたこめかみを抑えたまま、少しよろめいた体を起こして土俵へ目を向けた。「次は……」彼は話を切り替えたようだった。

「女の子同士の戦いだね。どうやら、あの白騎士ちゃんが戦うみたいだよ」

「ええ、そうね」

 土俵には既に、例の白騎士と見習い騎士がいた。白騎士は至って平静を保ったままで、その黒髪も微動だにしていない。対して、見習い女騎士はおどおどとした様子で、どうやら白騎士の部下の子らしかった。見習い騎士が「お、お手合わせお願いします」と言ったのに対し、白騎士は「ああ、お互い全力を尽くそう。私が君の上司だからと言って、謙ることはないんだ。私も本気で行かせてもらう」と言って槍を構えていた。

 男子の戦いに関しては制限が設けられていた。男子は武器の使用を一切禁じられている。それに対して、女子は武器は木刀など、刃物でなければ使用を認められていた。これは、男女混合戦になったときのハンデのつもりらしい。だから、イキは素手で老人と対峙していたし、白騎士たちは銘々に使いやすい武器を選んでいる。白騎士は突撃槍を模した木槍で、見習い騎士は木刀だった。

 ちなみに私は、その辺の露店で売っていた物干し竿を使っている。これがなかなかに扱いやすい。重さも大して重くもないし、太さも私が普段使っている大鎌の柄と大差ない。

 開始の合図とともに、白騎士と見習い騎士はお互いに間合いを詰めるために、地面を蹴った。

 簡潔に結果を述べるならば、白騎士の圧勝だったと言わざるを得ない。

 見習い騎士の初撃を敢えて彼女は槍で受け止め、薙ぎ払いなどで応戦していた。彼女の薙ぎ払いに対して、剣の腹で受け止めた見習い騎士だったが、力で押し負けてしまい体のバランスを崩し、胴体ががら空きになってしまった。そこを突かれたのだ。

 見習い騎士は肩で息をしながら、おぼつかない様相で「あ、ありがとうございました」とお辞儀をした。対して、白騎士は全く体をブレさせることなく「ああ、こちらこそ」と会釈を返す。

 そんな彼女らのやり取りを見終えると、私の隣にいるイキが、

「次、君の番じゃない?」

「うん」

「負けたら、罰ゲーム」

 囁かれるその言葉に、意地悪なものを感じた。

「わ、分かってるわよ………。イキのいじわる」

「ははは」

 静かでいて、私を弄ろうとする笑いが彼から出た。

 そんな彼を仮面越しに睨みながら、土俵へ人ごみをかき分けながら向かった。土俵近くの役員が集まる小屋の前には司会者が、参加者である私と、私の対戦相手である女格闘家を待っていた。向こうも私を覚えていたが、一応、確認のために何か目印になるものを見せてくれと言われた。そう言われて、昼間に貰った赤い布を取り出し、見せる。そうしている内に、格闘家の方もやってきたみたいだった。彼女も橙の布を見せていた。

 そうして、お互いに土俵へ向かう。観客のいる地面と比べてかなり高く作られた土俵へ上がるには、簡易的に作られた階段を昇っていく他なかった。土俵に上がりきると、格闘家と面を向かう合わせる。彼女の武器は、己の拳なのだろう。あるいは、肉体そのもの。かなり鍛えられた四肢なのだが……経験と技術がまだ伴っていない。まだまだ、発展途上。

 土俵に上がって初めて、私は準備運動というものをしていないことに気がついた。

 どうしようかな……。

 なんて考えている内に、開始のゴングが鳴ってしまった。

 ゴングが鳴ると、格闘家の少女は素早く構えた。その構えはまさに……

「あなた……もしかしてあの老人の?」

 私がただの好奇心で聞いたことに、彼女は反応して、「その通りだ」と頷いた。

「師匠があんな子供に負けて、かなり怒ってるんだ。だから―――」

 だから、私に勝ってその彼女たちの使う流派が強いこと、自分の実力が大きいことを証明したい。要は、こういうことだろう。負けたいのは私としては、山々なのだが、それを許さない人がいるのだ。

 負けるわけには、いかない。

「そう……でも、ごめんなさい。私もね、負けるわけにはいかないの」

 そう宣言した私に、イキと対峙した彼と同じように彼女は睨みつけてきた。その直後、女格闘家は私に向かって、走り出す。拳を構え、そのまま直進してくる。私は、彼女の動きをただ少しばかりの余裕をもって眺めていた。

 結果を言おう。

 彼女はとてつもなく―――――弱かった。

 彼女からの初撃は確かに素早く、そして力強かった。それは認めよう。けれど、それは彼女が格闘術を一年から半年習い続け、これが初めての実戦である、と仮定した場合の話である。動きの早さで言えば、それはたぶん彼女が生まれ持った天性の才能故と言ってもいいだろう。俊敏さで言えば、まだ磨き切れていないところは否めないが、まずまずと言ったところだった。力も確かに強かったが、たぶんこっちの方は緊張で強張っているのだろう。

 初撃をわざと避けようとはせずに、物干し竿で受け止めた。踏ん張っていなければ危うく後ろへ後退してしまいそうだったが、何とか対応できた。

 そう、ここまでは……ここまでは、何ともないただの戦いの序幕でしかなかった。

 彼女の常軌を逸した戦いが真価を発揮する。

 私の反応に彼女はエッヘンと言わんばかりに胸を張り、「結構、やるじゃん!」と何故が顔を輝かせた。そのあとすぐに彼女からの次の攻撃が来る。

 彼女たちが使う格闘術は『蹴り』の格闘だった。殴る、というのもあるのだが、主に蹴りを多用する。体重移動をスムーズに、軸足から、攻撃に用いる足に転換させる。蹴り上げから、踵落とし、回し蹴り、殴ると思わせてからの薙ぎ払いに近い蹴り技――――そういった技術だった。

 老人は、彼女の師匠をやっているだけ上手く身のこなしをしていた。殴り技を交えて、本命の蹴りをここぞというときに放つ。相手は拳に気を取られる。その隙を突いて、一撃必殺を繰り出すのだ。どこかで、その体術を聞いたことがあったし、私自身これまで世界中を嫌というほど歩き回ってきてその体術を使う人に殺されかけた――私がただ抵抗せずにすべての攻撃を受け止めた結果である――ことはあった。

 彼女はまだまだ、その技をうまく使いこなせていない感じが否めない。

 でも――――

「むっ、必殺――回し蹴り!!」

「えっ?」

 序盤も序盤。試合開始の合図からものの三十秒足らずで、彼女は文字通りの技を掛けてきた。少し油断をしていた私の右頬に向かって放たれた。直前まで左手に持ち替えた物干し竿で攻撃を受けていたせいもあってか、竿の持ち替えが間に合わない、そう判断した。私は右腕で彼女の蹴りを受け止めるほかなかった。

「――――っ」

 瞬間、右腕が小さな悲鳴を、ミシッ、と上げた。

 鈍痛にお面の下の顔を顰める。痛みに体をよろめかせながら、相手との距離を測る。

 彼女のふざけた様な調子が仇となった。まだ、経験が浅いとはいえ、彼女の力は強かった。芯もしっかりしている。攻撃を受けるタイミングと、場所を間違えていたら危うく腕が折れるところだった。思わぬ故障に、陰で唇を噛んだ。

 真面目にやらないと、イキに怒られちゃうなあ、と少々子供じみた心境になる。

 目の前の少女は攻撃が私に当たったことで、得意げになっている。ちら、と土俵の下にいるイキたちを見下ろす。アッシュ、アリ、アーシェ、シーレが真剣に私たちの戦いを観戦しているのに対し、イキはというと……焼き団子を食べていた。その様子に、

「………」

堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。

 絶対に、負けない。

 負けないもん。

 目の前の少女の蹴りの初動を捉え、彼女の軸足を物干し竿で突いた。

 バランスを崩した彼女は土俵上を転げ回る。僅かな時間で態勢を立て直すと、警戒している、とばかりにこちらを見てくる。防御をする構えをしたまま動かない。こちらの動向を伺っているようでいて、内心では何が起きたのか分かっていないといった顔だった。私がすぐ動くと思っていたのだろう。だから、

「………?」

 私がただ彼女を見ているだけで何もしてこないことに、少女は傾げた。

 通常、こういう場合何故攻撃をしてこないのか、と不審に思うのだが、彼女はそうではなかった。勝機、と思ったのだろう。勢いよく走って来て、拳を振り上げた。が―――。

「とりゃあああ!! ―――――え、ええ!?」

 彼女は大きな声を上げながら私に向かって走ってきながら、そのまま私の横を走り抜けては土俵から自ら、落ちた。最後、私に攻撃が当たると思っていたのだろう、驚いた声を上げながら彼女の負けが決まった。

 私がアッシュらの元へと戻った時には、イキが食べていた団子の姿はなかった。

「シキちゃん、すごいなあ。勝つなんてさ!」

 アッシュが言った。それに、アリやアーシェ、シーレも頷く。

「いや……あれは彼女が自爆しただけで………」

 ―――私は何もしていない。

 あれで、あんなので、私の勝ち、ということでいいのだろうか。これじゃあ、不戦勝と同じではないか。

 納得できない、そんなもやもやとした気分でいると、

「どうしたの、シキ? 勝ったんだからいいじゃないか」

 イキが言った。

「………」

 私は黙って彼を見る。見上げるでもなく、見下すでもなく……。目線が同じの少年の青い目をただ、何も言わずにじっと見る。半眼になっているのかもしれない。

「な、なに? どうしたの? あー、もしかして怒ってる?」

「どうして、そう思うの?」

「え……うーん。君が戦っているときに、こっちちらって見てたから……。罰ゲームっていったこと、怒ってる?」

「………」

「えー、じゃあ………あっ―――僕が一人で団子食べてたから? 君もそんなに食べ――――」

「殴っていい?」

「ええ!?」

「……冗談よ」

「ほ、本当に?」

「ええ」

「そ、そっか」

 彼はほっと胸を撫で下ろしていた。そんなに、嫌なのかな。

 怖いのかな、と少し変な発見をしてみたりする。

 次の試合の準備をしている時間、私は何をするでもなくぼんやりと舞台の方を見ていた。隣に立つイキが唐突に、

「そういえば、腕は大丈夫なの? あれ、打ち所悪いと、骨折しそうな感じだったし」

 と、自分の右腕の甲を指さしながら聞いてきた。

 団子を食べていたくせに、そういうところは鋭いんだから……。

「大丈夫よ」

 自分の右腕を上げて彼にその旨を伝えたのだが、動かしただけなのに鈍痛が走った。これは相当酷いかもしれない、と初めて思った。

 私のそんな様子に彼は感づいたのか、私の上がったままの右腕をそっと取って白いブラウスの裾を上げた。そこには、真っ青になった腕があった。

 イキは黙ったままそれを見て、そして目を閉じてから私を見た。お面越しに彼の真剣な目が私を貫く。気まずい私だが、目を逸らすことも出来ずにただ体を動かすにじっとしているしかなかった。

「これでも、大丈夫なのかい?」

「あ、う……うん。大丈夫」

「そっか」

 彼の返答は実に呆気なかった。単純で、簡単で。ただ、その一言。

 唖然としている私をよそに、捲った裾を静かに綺麗に戻していくイキ。

「そ、そんな簡単で、いいの?」

 だって、見るからに折れていそうな、青さだった。青黒いと言ってもいいかもしれない。折れていてもおかしくない。折れていないにしても罅が入っていてもおかしくはないのに、普段の彼なら「なんで嘘を吐くんだ」と怒って腕を直させていてもおかしくないのに、今日の彼はそうではなかった。

 イキは私の右の手を優しく握って、笑う。

「だって、君が大丈夫って言ったから」

「そ、それでも……今の見たら誰だって―――」

「心配、させたくないんだろう? この状況だ。それくらいは分かるさ。でも、それ以上に僕は君の言うことを、信じるよ」

 なんて―――。

 簡単に言う。

 私が言えないことを、言いたくても言えないことを、さらっと言えちゃうんだ。

 ずるいよ。

 お面の奥で、私が拗ねていると、彼は「どうしたの?」と首を傾げている。何も言わないでいると、イキは赤鬼のお面を少しずらして私の顔を覗いてきた。怒ってる? と言われ、怒ってないよ、と返した。

 そうこうしている内に、次の試合が始まろうとしていた。

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