表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZartTod  作者: えびてん丸
40/42

episode28

 始まりの合図が響くとともに土俵上の男たちは互いに殴り合い始めた。ルールは至って簡単だった。次のゴング―――つまりは終わりの合図が出るまで土俵に上がり続けること。相手を落として、自分をその場に留まらせればいい。だが、なら殴り合わないでみんな動かなければいいのでは、と考えたが主催者はそれをよく考えている。誰一人として動かない場合は全員失格になるらしいのだ。だが、ここにいる人たちは戦いに来ているのであって、無事に乗り切ることなんか考えていないのだ。自分が殴られる前に誰かを殴り、突き落とされる前に誰かを突き落とす。そんなことが土俵の上で行われていた。砂塵が舞い、舞台の様子はよく見えないが、ただ分かったことがある。

 ゴングが鳴り響いたたった三秒でアッシュとシーレは土俵から落ちていた。

 イキは向かってくる相手を片腕であしらい、たまに身体を反らしてよけるだけ。それ以外は彼は動いていなかった。

 そしてものの数分で終了の合図が鳴り響き、歓声と殴ったり蹴ったりする鈍い音も止んだ。砂塵も止み、その中に残っていたのは僅か六人。その中にはイキも入っていた。

 イキのほかに、甲冑を着た騎士、イキよりも一回りも二回りも大きい大男、格闘家らしい男、イキよりも身長が遥かに高いが身体が極端に細い男、老人―――この六人。イキ以外のみんなはどう見ても戦いに秀でているというか、相手を殺す気満々な雰囲気を出していた。余裕とでも言おうか、その場にいる誰もがイキがいることを不思議に思っていた。その不満を漏らした人が一人いた。

「何故、そんな子供が残っている。誰か手加減でもしたのか。それとも逃げているだけだったのか。どちらにせよ、不服だ」

 老人だった。楽して残っていると思われたのか、そんなことをイキは言われていた。砂埃が酷すぎて、たぶん戦っている最中お互いのことが見えていなかったのだろう。だが、そんな異議に格闘家は、

「まあ、いいんじゃねえの。本戦行きゃあ、誰だって平等なんだ。手加減なんかない。それに、その少年は結構腕が立つってもんだ。俺は、少しだが見えてたぜ。なあ、おっさん。文句があんなら、本戦でその少年を甚振り付ければいいだけだ。ここは実力が物を言うんだ。そうだろう? なあ、騎士さんよお」

 と、隣にいた騎士の肩に格闘家は腕を乗せて言った。騎士は、

「何故、私に聞く」

と明らかな嫌悪感を出しつつも、確かに、と格闘家の言い分は正しいと頷く。

「まあ、貴方の言う通り、実力がない奴に負けるのが惜しいというのは、逃げ口上だ。正々堂々戦って、勝てば問題はない」

「お、言うねえ!」細い男が陽気に嗤う。

 そんな言い合いをして、彼らの意見は纏まったみたいだ。司会者はそれを見届け、それから彼らを会場近くに設けられている小屋へとみんなを連れて行った。数分後にイキたちは戻ってきた。

 戻ってきたイキに対してアッシュは、

「おい、なんか虐められたりしなかったか?」

「? なんで?」

「いや、さっきの感じを見ているとさあ……」

「ああ、別に。なんともなかったよ。ただ単に、今日の夜にある本戦のトーナメント戦の戦う順番を決めていただけだよ」

 と、イキの手には青い布が握られていた。「それは?」と私が聞くと、

「ああ、僕の色だよ」

「色?」

「そう。まあ、名前を書くよりは一人ひとり色分けしたほうが、みんなも分かりやすいだろう?」

「そういうこと……」

 納得していると、イキが、

「次は君たちの番だよ。頑張って、シキ、アーシェ」

と私の肩に手を置いた。

「うん、まあ……それなりに」と私。

「おう!」とアーシェ。

 女の予選は基本遊び半分の人たちが多かったりする。そんなに本気ではないのだ。私は一応大助さんに百年余りの間にわたって、鍛えられているから、まあ殴りかかってくる人の拳くらいは普通に避けられる。そして、木刀の類の使用は認められていて、私は主催者側が用意した竿のように長い木の棒を手に取って土俵へ上がった。木の棒は私が普段使っている呪縛鬼と比べると若干軽い気もしたが、まあ、相手を切るわけではないので、いいだろう。

 沢山の女性が土俵へ上がった。

 見るからに格闘の得意そうな面々から、遊びに来たような人までそろっている。大体、二十人弱。このうち四分の三は落ちる可能性がある。まあ、私としてはアーシェが残っているならそれでいい。ここで落ちても大して気にはしない。

「頑張ろう、シキ」

 とアーシェが元気に言った。

「え、あ……うん」

 詰まりながらの返事に、さすがの私も呆れた。

 ガックリと肩を落としていると、開始のゴングが鳴った。すると、今まで静かだった彼女たちが一斉に動き始めた。そのせいだろうか、土俵の上は砂埃で周りの状況がつかめない。どうやら、ここは煙幕のように砂埃が立ちやすいのだろう。

 殴る音、蹴る音、木刀同士が激しくぶつかり合う音、小さな悲鳴、歓声……沢山の音が入り混じって、尚且つ視界が悪い。飛んでくる拳を避けたり、蹴り上げられる足を棒であしらう。倒れてくる人の体を、動いて避けたりする。時折、私に向かって殴りかかってくる人もあった。その場合、相手の重心をずらしてバランスを崩した拍子を狙って、棒でさらに体を突く。そうして、土俵から突き落とす。

 男子予選と同じ時間が経つと、再びゴングが鳴った。

 すると、とたんに音が止んで次第に砂埃を風が攫っていった。

 土俵に残っていたのは、私を含めて五人だった。白い鎧を着た女騎士、粗末な鎧を着込み右腕に腕章を付けている騎士見習の少女、女格闘家、そして……鍬を持った麦わら帽子の少女。明らかに、武闘派揃いの面々に委縮してしまう。私にとっての唯一の救いは、麦わら帽子の少女だけだろう。だが―――

「ひえぇ……わ、わたし、無理ですぅ」

と泣きながら、土俵から飛び降りた。四人になった。

「………」

 何も言えず、ただただ、残ってしまったことに後悔した。

 そういえば、とふとアーシェの姿を探すと、土俵の下で「ごめん」と両手を合わせて頭を下げている彼女の姿が目に入った。

「あーしぇ……」

 小さく呟いたその声は、誰にも拾われることなく、霧散していった。

 土俵の下にいるイキに向かって、

「私も辞退しちゃ―――」

「駄目だよ」

「どうしても?」

「当たり前じゃないか」

元気に言う。

 そうこうしているうちに、司会者が言った。

「はい、じゃあ、ここに残っている皆さんは本戦へ行くということで」

「え、まっ―――」

 私がそう声を出すと、三人が私のほうを一斉に見た。少し鋭い視線に、委縮する私は「いえ、何でもありません……」と情けない声音で首を振った。

 会場近くの小屋へと連れていかれた私たちに対して、青年は陽気に告げる。

「では、一人ひとり持ち色を決めましょう」

「なぜ、色を決める必要があるんですか?」聞いたのは見習い騎士だった。

 すると、白騎士が、

「みんながみんな文字が読めるわけではないからでしょう?」

「はい、その通りです!」

 青年は理解が早くて助かるといった感じに、白騎士に向かって笑みを送る。

 続けて白騎士は尋ねた、

「色を決めてから、どうするつもりだ?」

「ああ、それにつきましては、各々の色の布をお配りします。それを今夜の闘技本戦にて目立つところに付けてください」

 とひらひらと、見本となる白い布を見せた。ハンカチくらいのサイズ。イキか見せてきたのとほとんど同じくらいの大きさだ。

 色を決めるということは、かぶってはいけないということだ。なら、女子だけの色を知っていたとしても、意味はないだろう。男のほうの色も分かっていなければ、本戦での個人の色の意味はなさない。

「あ、あの~……」

 おずおずと挙手をした私に、青年は「なんですか?」と優しい口調で問いかけてくる。その言葉に反応して、彼女たちの鋭い視線が私の胸に刺さってくる。それに暫し気圧されながらも、

「え、えっと……だ、男性のほうの色は何色があるん、ですか? あ、その……そちらのほうの色を考えてやらないと、紛らわしいことになるのではないかと……」

と震える声で意見を述べた。

 正直言って、「そんなことは関係ない」と言われたら食い下がるつもりではあった。それほど私は強調したいわけではない。

 だが、それを受け止めてくれた人が一人いた。

「なるほど、それは妙案だ」白騎士だった。

「本戦では、男女混合なのだろう?」

「はい、そうです」

「なら、その子の言う通りだ」

 彼女の言葉によってその場にいた誰もが同意した。そして、青年は男性陣の色を教えてくれた。

 青、黄、黒、緑、紫、灰……その六色。つまりは、それ以外の色で決めればいい。

 いよいよ、色決めとなったところで、格闘家の少女が、「はい、はーい!」と元気よく挙手した。

「この赤鬼ちゃんは赤でいいと思います!」

と、私を指さして言う。確かに、とその場にいた誰もがそう思ったところだろう。

「では、そこの騎士様は白、でいいと思います」

 そんなこんなで、私は見た目からして赤、白騎士は白、格闘家は橙、見習い騎士は茶、各々の色の付いたハンカチサイズの布を配布された。そして、やっと威圧感の大きいこの空間から解放された。

 重い空間だったなあ、と仮面の下でため息を吐く。肩を落とし、イキたちのもとへ戻っていく。

 海鳥が空高く鳴いていた。

 私も泣きたいなあ……。



 ***



 イキたちのもとへと戻ると、真っ先にアーシェが、

「ごめん!」

と頭を下げていた。

「あ、いいよ。別に……」

 だが、あの強豪たち相手に私はどう太刀打ちしようか。一回戦負けをするべきか……。

 そう考えていたら、イキが、

「あ、一回戦負けしよう、とか考えたでしょ」

「な、なんで?」

「いやー、何となく……。ああ、合ってたんだね」

「………」

 彼らには見えていない目を、逸らした。

 図星を突かれて何も言えなくなった私にイキは言った。

「あー、一回戦負けとか、駄目だからね」

「なんで」

「せっかく残ったんだしさ」

「じゃあ、辞退……」

「も、駄目だよ~」

 とか言いながら、私のお面をぱっととってしまう。返してよ、私が言っても彼は「あはは」と笑ってなかなか返してくれない。アッシュたちも笑って見てるだけ。そうしている内に、

「貴女は、たしかあの場にいた……赤い人か?」

と声をかけられた。赤い人、という単語だけで私だとすぐに分かってしまった。周りに私ほど真っ赤な人などいないのだ。ぎくり、と体を強張らせ、振り向こうとして自分がいまお面をつけていないこと、彼女には素顔を見せていないことを思い出す。

「な、何ですか?」

 内心ではびくついて怯えながらも、面では平静を保ちつつ応える。振り向きざまに、イキが機転を利かせてくれて、私の顔にお面を被せた。被せただけで、紐で縛っていないため彼が手を離せばお面は落ちてしまう。だから、私はその場から一歩も動かず、イキも私の後ろにぴったりとくっついたまま、声の主に対応する。

 私とは別の意味合いで、アッシュたちは緊張の色を見せる。

 それに、声の主―――白騎士は、無表情から少し顔を緩めさせた。

「ああ、別にこの場で決闘、というわけではないさ。ただ、見かけたから声をかけただけで……迷惑だったなら謝ろう。今夜、貴女と戦えたらと思っている。それと―――」

 彼女は少しこちらの顔を伺うような素振りを見せて、

「顔を隠しているのは理由があってのことなのか?」

「そ、それは……」

「言えないなら、別に構わないのだがね。ただ、気になるというか……」

 そう言って少々口ごもってしまった彼女。そんな白騎士に、イキは私に向かって小声で言った。

「別にいいんじゃないか。彼女見たところ王国の騎士団っぽいし」

「ぽい、というかまさにそのままね」

「なら、猶更安心じゃないかい? 君を取って食おうという立場でもないし、寧ろ、こっちがお願いすれば、守ってくれる可能性のほうが高いよ」

「それは、そうだけど……」

 ちらり、と白騎士のほうを向く。確かに、彼女の着ている鎧には王国騎士団の紋章がついている。私が、守ってくれと言えば否応なしに応じてくれるだろう。だが、これから戦いあう相手に守ってくれなどと、場違いなお願いをするほど私も無粋な人ではない。

 簡単に見せては詰まらないだろう。だから―――

「顔は、見せます。けど……」

「げど、なんだ?」

「今夜の試合で私に、一発殴ったら見せます」

「あ、ああ……。そ、それでいいなら」

 白騎士は、少しひきつった笑みを浮かべて「それでは、また今夜」と言って黒い長髪を翻して去っていった。

 彼女の甲冑を付けた手で殴られるのは少々痛いかもしれないが、それでも、闘技から早々に離脱できるのならそんなもの一瞬のことに過ぎない。彼女に一発貰って、そこで嘘でもいいから気絶したふりをすれば、いいだけのこと。

 きっと私の今の目は輝いていることだろう。

 闘技場を後にした私たちは昼ご飯を食べにカフェへと向かった。路上に面した席に座って、イキは運ばれてくる大量の食事を待っていた。私は、すでに来たお茶を飲んで息を吐いていた。

 すると、イキが、

「あ、そうだ。シキさっきのさあ、白い騎士さんに『私に一発ぶん殴れ』って言ってたけど、それで離脱しようとしてない?」

と半眼でそんなことを言う。

 図星を突かれた時の私は、挙動がおかしくなる。

「そ、そんなことは、ないわよ」

「へえ。あ、じゃあ、そういう性癖ってこと?」

「え? せ、性癖!?」

「いやあ、流石の僕も女の子を殴って喜ばすような真似はしたくな……」

「ち、違うから!」

 机を思い切り叩いてしまった。

 顔を熱くさせ、肩で息をしていることに冷静になった頭がやっと理解する。理解したついでにイキが私を見て少し楽しそうにしているのも分かって、彼が私をからかっていたことに今になって漸く気が付いた。何も言えず、ただ机に手をついて立ち上がっている私を宥めるようにイキは、

「まあまあ、座りなよ」

「あ、うん……」

「で、違うの?」

「うん」

「じゃあ、素直になろうか。彼女にあんなことを言って、離脱しようとしたでしょ」

「うん」

「はあ……全く。なんで、戦う前から負けることを考えてるのさ。じゃあ、あれね―――負けたら罰ゲームで」

「へ?」

 いきなりそんなことを言う彼に私は思わず、口を開けて固まってしまった。

 再度思考停止した私をよそに、アッシュがイキに言った。

「ほう、そんなことをシキちゃんに言うってことは、イキお前は一回戦負けしないってことだよな?」

 そんな挑発にイキは即答する。

「勿論。勝つ気で行くよ。まあ、優勝はしたいね」

「へえ。優勝か……できるかどうかは分からないが、難しいとだけは言っとくぜ」

「どういうこと?」

「あの参加者のうち一人勝ち残ると、その一人が王国騎士団長様と直接決闘できるんだ」

「へえ」

「勝てた奴は今まで、誰もいないんだってさ」

「それは……面白そうだね」

 と、私そっちのけで彼らはそんな話で盛り上がる。取り残された私は、アリに薦められて紅茶を飲んだ。

 王国騎士団長―――名前は確か……確か……思い出せない。十年くらい前に変わったと聞いている。名前は何だったか。ガル、ガルなんちゃらと言っていたような気もする。前の騎士団長の名前は憶えているが、流石に何十代もの騎士団長の名前を知っているからこそ、最近のが思い出せない。沢山いすぎて、誰がどのなまえだったか、正直あやふやだ。顔を見れば思い出すのだが。

 うーん、と一人考えている私が心配になったのかアリが心配そうに顔をのぞき込んできた。それに昨夜のように「大丈夫だよ」と答える。もうそれには慣れていた。

 なんだかんだで、もう夕方になろうとしていた。黄昏の空になり、辺りが暗くなってきた。露店では点々と提灯に明かりをつけ始めている。

 人々の流れの中、私は半歩前を歩くイキの袖を少し引っ張った。

「どうしたの、シキ」

「話が、あるんだけど……」

「話? ここで?」

 首をかしげる彼に私は頭を振る。

 すると、彼はアッシュたちに目をやりそれから、彼らに向かって言った。

「アッシュ、ごめん先行っててくれない?」

「は? ストレッチか何かか?」

「まあ、そんなとこ」

「そか、分かった。シキちゃんも一緒なら大丈夫だろ」

「ありがと」

 アッシュたちは快く頷き、私たちは会場近くの茂みに入った。そこは人ごみの近くなのだが、誰もいない、人気から少し外れたところにある。そこで、イキと向き合う。

「で、話って何だい? それに、僕だけに」

「これだけは、約束してほしいの。呪縛鬼の力は絶対に使わないで」

 人間が使うただの金属でできた剣とは違って、呪縛鬼は呪いそのものだ。人間の体を掠めただけで殺せるくらいの威力は持っている。神に対してはそれほど威力を持たなくても、人間相手だとすぐに殺せてしまう殺戮兵器。素手で相手にかなわなくても、呪縛鬼を一振りするだけで殺せるのだ。圧倒的な力を得ることさえ、容易い。

 アッシュたちが楽しんでいるこの祭りで、死人を出したくない。彼らが悲しむ顔を見たいくないのだ。

「……うん。分ってる」

 イキはそう言いながら、

「……だからさ、そんな泣きそうな顔で言わないでよ」

微笑んで私の頬を触る。宥めるように触っている。

「うん……ありがと」

「別に、君に言われなくても、そんな力に頼るつもりなんてないよ。誰かが死ぬのを見るのは嫌だしね。鬼の力に頼って勝ったって楽しくないだろう」

「うん、そうね」

「あはは、ようやく笑った」

 嬉しそうに彼は笑った。

 彼が嬉しそうなのに、私の心はまた温かくなっていく。冷え切ったつま先から、体の奥まで沁みとおるような暖かなものがどこからか湧き出てくる。久しぶりの感覚に、私は暫し困惑していた。一瞬、何が起きたのか分からずに首を傾げていると、イキが、

「どうしたの?」

と聞いてくる。

「なんでも、ないと……思う」

「本当に?」

「た、たぶん」

 自分のこの感覚に自信が持てなかった。何だっけ? こういうのをなんていうのか、忘れてしまった。また、意味の分からない現象に対して自問自答を繰り返していると、そんなことを一向に知らないイキは、

「そっか、良かった」

 また、嬉しそうな安心したような顔で笑うのだ。

 まただ。

 また、温かくなる。

 温もりを得た胸に手を当てて考えてみるが、答えがはっきりしない。再び、彼のほうを見る。優しい青い目がこちらを向いている。その目はまだ嬉しそうな色を残したまま、じっと私を見ている。

 あ……。

 彼のその顔を見て、ようやく答えらしき答えが見つかった。

 そうか―――。

 私、彼が嬉しそうにしているのを見て、嬉しかったのか。

「えへへ」

 声を出して笑う私にイキが、

「どうしたの?」と聞く。

「いや、なんか。嬉しいなあって思って」

「そっか」

「うん。ねえ、イキ」

「ん?」

「ありがと」

「? なにが?」

「えへへ、色々とね」

「色々?」

「うん」

「そっかあ。君が嬉しそうで、僕も嬉しいよ」

 彼もつられて笑った。

 言いたいことが終わった私たちは、アッシュたちのもとへ急いだ。既に会場は満員御礼といった感じで、犇めき合っている。そんな中を何とか、イキに先導されながら、たまには迷子になりそうになり彼に手を掴まれながらアッシュらのいるところへ行くことができたのだった。

 予選ではかなり大雑把な感じであったが、本戦ではトーナメント戦になる。最初は男女分かれているが、途中から男女混合になる仕組みになっている。まあ、簡単に言えば女同士の戦いに勝ち抜けば男とも戦えるというものだ。

 一回戦は灰色の大男と紫の細い男だった。

 大男は見るからに力の強そうな体躯をしている。細い男と比べるとその体格差は、一目瞭然だった。細い男を五、六人紐で束ねたら大男と同じ大きさになるくらい、その男は太く大きく、筋肉がついていた。よほど、自分の力に自信があるのか武器などの所持は一切ない。

 比べて細い男のほうは、見るからに道化師といった風で力があるようには見えない。大男と比べると頼りなく見えるのが、何とも言えない。飄々としている感じの男は、至って焦っているようにも見えない。

 周りのざわめきをかき消すような鐘の音が響いた瞬間、

「――――っ」

 細い男は場外へ吹き飛ばされていた。

 あっけなく大男の勝利が確定。細い男は気絶しているのか、ピクリとも動かない。けれど、死んではいないのは確かだった。

 大男の強力な一撃と唐突な攻撃に反応しきれなかったのだろう。力任せな一撃が細い男に入ったのだ。力と、瞬発力を武器にしているであろう大男は、武術に精通しているという感じではない。力任せに殴れば、相手は一発でダウンする。力に物を言わせ、そしてそれに慢心している。細い男は弱いわけではないことを昼間の予選で、見ていた。こっちは逆に武術に精通していた。精通し、熟練されていたからこそあまり力がなくても太刀打ちできる術を彼は知っていたのだ。だが、相手の動きを予測できないでもないそんな男に、力任せにぶん殴るだけの怪物を相手にして動きを予測できるのかと言われると、たぶんできない。武術に精通している人は、相手との間合いや、構えの仕方から粗方次の動きを予想するのだ。だが、大男の動きは武術ではなく、ただ拳を振り回しているだけに過ぎない。どこから、どこを狙って殴れば相手に致命的な一撃を喰らわすことができるのか、そんなこと考えてすらいないのだ。だからこそ、大男の勝利につながったといえよう。そして、分かったことは、この闘技に参加し本戦への出場を決めた人たちは彼を含まずにみんな、武術に精通している。ならば、彼に勝つ相手は……いないのではないだろうか。動きの予測の仕様がない相手に、どう太刀打ちすべきか、考えている間に負けるだろう。

 第二回戦、黒の男格闘家と黄色の銀騎士との対峙から始まった。こちらの方は一回戦と比べると、お互いの武術を打ち合い、戦いを楽しんでいるように見えた。結果、勝ったのは騎士のほうだった。僅差だったが、その差は騎士のほうが上手だったらしい。

 とぼとぼと戦いを終えた騎士と男格闘家は土俵から降りて、人ごみの中へ消えていった。

 第三回戦、イキと昼間彼に文句を言っていた老人の対決だった。土俵を挟んで向こうにいる老人はイキを見てむっと眉を顰めた。当のイキはそんなことには気がついてない様子で、左上腕に青い布を巻いた。よし、じゃあ行くか、とイキが元気よく言うと、アッシュたちも、

「おー、頑張れよ」

「が、頑張ってください」

「負けたら、あんた罰ゲームだからね!」

「まあ、怪我しない程度に頑張ってよ」

 と声援を受けた。が、私だけ何も言わないと、彼は私をじっと見てくる。

「な、なに?」と聞くと、「何かないのかなって」と応える。

「じゃあ、頑張らないで」

「えー、じゃあ、頑張る」

「なによ、それ」

「罰ゲーム受けたくないしね」

 と言い、司会者が「では―――」と言いだしてイキは土俵へと上がらなくてはならなくなった。既に老人はそこにいる。待たせるわけにはいかない。イキは黒いコートを翻して、言い出しっぺは僕だし、それに……、と続けて、

「みんな応援してくれてるんだ、絶対に勝ってくるよ。君も見てるしね」

 なんていいながら、人ごみの中へ一度消えて、数秒のタイムラグがあった後に彼は土俵の上へと姿を見せた。イキと対面する老人はいかにも機嫌の悪そうな顔で一つ舌打ちをした。

「なぜ、貴様となんだ」

 老人が何に怒っているのか分からない彼は、首を傾げながら、

「さあ、僕に言われても」

と言い、

「僕と戦うのはそんなに、嫌なこと?」

と聞いた。

 すると、老人は否応なしに頷いた。

「当たり前だ」

「どうして?」

「貴様のような……小童と戦って勝ったところで何の名誉もないからだ」

「その口ぶりからすると、負けることは考えてない?」

「ああ、その通りだ。子供に負けるようじゃあ、わしの弟子に顔向けできんわい」

「へえ……。でも、僕も負ける気はないよ。勝つ、って宣言してきちゃったから」

「………っ」

 老人はイキを睨んだ。こんな奴に、こんな子供に、へらへらしたようなふざけた奴に負けるものか、と。そんな、顔で老人はイキの前に立っている。殺気が、既に出ているが、イキは気にしている様子もない。

 痺れるような緊張感が、舞台の上に漂って、それが見ているこちら側にも伝わってくる。遠くで、老人が勝つか、年端もいかぬ少年が勝つか、そんな賭け事の「じじいに、十ソルト!」「じゃあ、子供のほうに二十ソルト!」と口々に叫び、コインや紙幣を手に掲げている。冷ややかな潮風が両者の間に流れると、司会者はお互いに準備ができたとばかりに、「それでは――――!」と大声で合図をする。

 司会者が、「始めます!」とまたもや大声で言い終わるとすぐに、ゴングが鳴らされた。

 鐘の音がなるや否や、老人は地面を蹴って殴ってきて、それに少年は―――――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ