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ZartTod  作者: えびてん丸
36/42

episode25

 私は幸せな光景を目の前にすると、ふと、嫌なそして酷く残酷な光景を頭に思い浮かべてしまう。別に、幸せが嫌いなわけではない。寧ろ、こんなにも明るく眩しく幸せな日々がずっと続けばいい、と思うばかりだ。だが、それを世界が許さない。

 私は、死神だから。

 たくさんの人の命と引き換えに、死んだはずの私は存在していられるのだから。

 これまで、たくさんの嫌なことを目の当たりにした。幸せだと感じるといつも、そんなことがある。まるで、現実はこういうものだ、と叱られているようで。逃げるな、と諫められているようで。

 今、私が思い浮かべるのは、目の前であくる日の祭りの話に花を咲かせている年端もいかぬ少年少女たちが、残虐な死神に殺される光景であった。地面に無造作に落とされた肢体から止めどなく溢れる鮮血や、その臭いを立ち込めさせ、それを見た私が震えているのをやはり世界は嘲笑う。

 盛り上がる彼らを他所に勝手に落ち込む私がいた。

 そんな私に気がついたイキが、

「シキ、どうしたの?」

と心配気な顔で訪ねて気た。

「ううん、何でもないよ。ごめんね、気にさせちゃって……」

 落ち込んでいる状況ではない。彼らは盛り上がっているのだ。意気揚々と、明日のお祭りに対してワクワクしているのに、そんな中で私が私自身の都合で暗い顔をして彼らに影響を与えてはならない。私が人間である彼らへのせめてもの心遣いだろう。結局、私はアッシュたちを殺す羽目になるのは分かっている。

 だから―――。

「行こう、イキ。みんな待ってる」

「うん」

 私はイキが差し伸べてきた手を取って、進み始めた。

 これから先、どうなるかは分からないけれど、それでも、今は彼らが楽しんでいればそれでいい。そう思いながら、宿を出た。


 外は既に日は落ちていて、空は真っ暗だった。それとは対照的に、町は明るく活気がある。提灯に灯された明かりが、点々と軒を連ねる店一つにつき提灯が二、三個ついているから、道は昼間のそれと同等くらいに明るい。夕食時を過ぎても店がやっていて、客も多い。明日、祭りがあるのだから当たり前だろう。

 アッシュが一頻り町の明るさに感嘆し終わって、後ろにいた私たちに振り向いた。

「じゃ、お前らは買い物してから行くんだろ? こっから、男女別行動にしようぜ」

「……どうして?」

 アーシェが首を傾げる。

「あっははー、決まっているじゃないか。アーシェ」

「なに、気持ち悪い」

「き、きもっ……!? んんっ、シキちゃんが何を着るのか楽しみにしておくんだよ」

 と私に目線を動かして言う。

「い、いや……別に、私そんな楽しみにしておくほどの服を買うつもりは………」

 しかし、アーシェがそれを遮って、

「ということは、あたしたちがシキに似合う、スッゴイ可愛い服を選べばいいてことだな!」

「そーゆうことだ! 分かっているじゃないか。流石我が妹よ!」

 兄弟で盛り上がり、その後ろでシーレがやれやれ、と頭を抱えた。イキは依然として、よく分かっていないらしい。

「お前も、楽しみだよな!? イキ」

 アッシュはイキの肩に腕を乗せた。アッシュはテンションが高いが、それについていけていないイキは、首を傾げて、私を見た。

「いや、シキは何を着ても似合うと思うよ」

「なんだよ、惚気かよ……」

「のろけ?」

 のろけ、とはなんだろう? 私はイキと同じく首を傾げた。

 そうこうしているうちに、男女分かれて繁華街を歩き始めた。三十分後に約束の銭湯に行って、それから、宿屋近くの露店で待ち合わせをする、という約束をした後、買い物を始めた。アッシュたちの財布は大丈夫なのか、というと、アリ曰く――目的の町ごとに使う金額を予め決めているらしい。中央街にいたときの彼らは、使えるお金がなかった。そもそも、中央街による予定などなかったから、馬にも食事を与えることが出来ず、困窮していた。だが、今となっては目的のウィールにいるから、ここで使う分の金は勿論、次の目的地で使うものも決まっている。

 アッシュはほぼ無計画に使うのだが、そこを計画性のあるシーレが管理をしている。故郷の村でもシーレは倹約家だったとかで、基本的にお金を使わない生活を楽しんでいた。そんなシーレのお金の使い方に、正直、共感したと言ってもよい。

 そんなわけで、アーシェもアリもシーレの管理する財布から遊んでもよいというお金と、銭湯の代金をもらって、私と一緒に繁華街の露店を見て回っていた。道中でそれぞれ魅了されたものを買っていた。私は正直、欲しいものとか、魅了されても「本当に使うだろうか」と考えては買うのをやめると言った思考をしているからか、何も買わなかった。

 アーシェは団子を買い、アリは小さな色の着いたガラス玉が幾つか糸で繋がれたストラップを買った。

 彼女らは自らの欲しいものを買い終わると、私の服を買いに色々な店を見て回った。

 服屋と言っても様々で、今は祭日も近いとあって書き入れ時なのだ。色々な地方の民族衣装から、貴族が舞踏会などで身に纏うドレスやら、普段着る服まで売っている。

 まず最初にアーシェが手に取って私に勧めたのは、露出の多い南の地方の女性の服だった。布があるのは、胸の部分と腰に巻く布一枚くらいだ。

「これどうよ? イキのやつ、喜ぶんじゃない?」

 しかし、そんなものを着る勇気も、度胸もない私は、

「い、いや、それは流石に……」

と気圧されながら断った。

 アリも自分では着たくないと言う思いで、私に同意してくれた。

「なんだよー」

 と残念そうに服を戻した。

 次に、アリが、

「こ、こんなのはどうでしょうか?」

と持ってきたのは、彼女らしくシンプルで大人しく可愛らしい白いブラウスだった。袖口や方から腰に掛けてレースがあしらわれている。それに合わせたのは赤いスカートで、腰のあたりに小さく二つの白いリボンがついている。裾にはこれもまた白いフリルがついている。見るからに、高そうだが、シンプルで且つ、私が私服として着ている服に近かった。流石にフリルはないのだが。それでも申し分ないくらいに、よかった。スカート丈は大して短くもなく、長くもない、膝よりも若干短いくらい。

 アーシェがそれに合うように、黒い太ももまで届く靴下と茶色の革のブーツを選んだ。彼女曰く――これで、男受けはバッチリだ。とのこと。別に、男受けを狙うつもりなどはなからない。

 だが、断る理由もなく、結局、ブラウスだけ買うつもりだったのが、全身買った。総額にして、昼間にイキに奢った食事の三倍くらいだ。これを店主までもっていったときには、流石に店主は心配気な顔で私をちらりと見、服を見てため息を吐いた。だが、私が迷うことなく、銀貨九枚をさっと出した時には、驚きの目で銀貨をじっと見つめていた。

 そうして、三十分が経とうとしていた。私たちは焦りながら、しかし、アーシェは至って焦りも見せずに目新しいものを見つけたら兎に角食らいついて見ていた始末だった。それを、私とアリで何とか、湯屋まで連れて行った。

 湯屋に着いた頃には先に男性陣が待っていた。

「お、来た来た」

 とアッシュが先に見つけた。

 それにイキとシーレが反応する。手に持っている紙袋からして彼らも何かを買ったらしい。

 イキが私に近づいて、

「どんなの買ったの?」

と聞いてきた。

 それにアーシェがにやにやとしながら、それは秘密だよ、と言った。

「じゃあ、楽しみにしてるよ」

 イキが私を見て言う。

 そんなに、楽しみにしておくほどの服は買ってないよ。

 私が言う前に彼らは青い暖簾を潜って行ってしまった。

「シキさん……?」

「え? ああ、うん。今行くよ」

 私もアリたちに一歩遅れて赤い暖簾を潜った。

 客はもういないのか、それともまだ入っておらず私たちが最初の客なのかは分からないが、脱衣所には誰もいなかった。脱衣所の奥にあるもう一つの麻で出来た暖簾の奥から水が落ちる音がするくらいで、後は何の音もなく、服を脱いで置いておく籠も規則正しく並べられている。ということは、まだ誰も入っていない。

 アーシェが、

「わーい、一番風呂だあ!」

と言って走っていく。

「服は脱いでください」

 アリがアーシェを嗜める。

「へーい」

 アーシェはウキウキする心を抑えて、服を脱ぎ始めた。彼女の肌はアリや私のと比べて褐色に近い。アリが一番の健康体と言う感じの肌色で、私は不気味なくらいに白かった。

 麻布の暖簾を潜るとそこには露天風呂があった。風呂の周りに岩が並んでいるが、それでもそんなに高いわけでもなく、女子供では飛び越えられないだろうという高さだった。右手側には私の身長の三倍くらいの岩の壁があった。向こうからも水の音が聞こえるから、きっと男風呂があるのだろう。周りは木々に囲まれていて、繁華街の中にある露天風呂とはいえ、人目を気にせずに入れる。

 そんなに高いわけでもないのに、天然の温泉であるのだから、この店は大丈夫なのだろうか。

 左手側に小さな滝のようなものが三つほどあった。流れ出ているものを触ってみると、お湯だった。だが、湯船のお湯とは違ってしょっぱくはない。この辺の温泉は海が近いので、塩分を含んでいるのだ。けれども、このお湯は塩分を含んでいない。たぶん、ただの地下水を引いてきて、それを地熱で温められたものを流しているのだろう。だから、少しばかり温い。

 それを置いてある桶に入れて身体を流す。

「いや~、シキの身体は白くて、つるつるだしさあ」

 アーシェが私の身体を触って来た。彼女の褐色の肌が私の白い肌の上を滑る。

「きゃっ、ちょっと……!」

 くすぐったくて、身動ぎをする。彼女は私を触りながら言う。

「これで、イキを誘惑したとか?」

「へ? ゆ、ゆうわく……?」

 誘惑した覚えがない私は、首を傾げた。

「誘惑ってどういうこと?」

「言葉の意味も分からないの?」

「いや、それは分かるんだけど……私がイキを誘惑したって」

「んー、そのままの意味だよ。いやあ、イキを誘惑して近くに置いてるのかなあって」

 彼を誘惑して傍に置いているも何も、そもそも私の傍に彼がいるのは、イキから申し出たことだ。決して私が誘惑したとか、束縛しているわけではない。

「私が傍に置いているんじゃなくて、彼が勝手に付いて来ただけよ……」

「そうなの?」

「そうなんですか?」

 二人そろって吃驚した顔で私を見る。彼女らは一体、私を何だと思っている。

「へえ、安心したね。じゃあ、イキは誰のものでもないってことだよな?」

「ん? たぶん……」

 彼の人間関係とか、そういうことを私は全く知らなかった。私はイキのことを全く知らないのだ。よくよく考えてみれば、彼と出会ったのは一か月ほど前のことだ。ずっと前から知っている感じがしてならない。どうしてだろう? それが分からなくてモヤモヤする気持ちがある。だが、悩んでいても仕様がない。色々、彼について知りたいと思ったことはあるのだが、やっぱり、今私に見せているイキが彼自身なのだ。どんなに他の人の前では違う人であっても、私にとってはアレがイキなのだ。

 私が信頼したイキは、彼しかいない。

 すると、隣からアッシュの声が聞こえた。

「なあなあ、お前はどんな女が好きなんだ?」

「え? 僕に聞いてるの?」

「当たり前だろ? シーレに聞いたって詰まんねーもん」

 何の話をしている……。

 隣で聞いている私としては、何を言ったらいいのか分からなくなってきた。けれども、岩を隔てている彼らはそれを知らずに、話を続ける。

「で、で、どうなんだよ?」

「えー、特にないよ。別に気にしないよ」

「はあ、嘘だろ? 男なら、あるだろ! ほら……胸の大きさとかさあ」

「胸? んー、特にないかな」

「えー、嘘だね。絶対嘘だ。じゃあ、大きいのと小さいのどっちがいいんだ?」

「まあ、あるのとないのだったら、あった方がいいけど……ほら、ないとさ男だと勘違いしちゃうし。それだと、向こうにも失礼だろう?」

「えー、そういう……?」

「ん? じゃあ、どういう?」

 そこで、会話が終了した。

 イキが理解できていないことにアッシュが、

「お前は何なんだ!」

と叫んだ。それに、アーシェが、

「お兄、聞こえてるよ!」

と叫んだ。

 聞こえているとは思っていなかったのか、アッシュは「ほあ!?」と声を上げた。すると、隣は静かになった。水が滴る音が響き渡って、何とも言えぬ緊張が私の肌にぬめりと張り付いた。私の隣に座って身体を洗っているはずのアリが、物寂しそうに自分の胸を見つめそれからアーシェ、私、自分と言う順番に胸を見て、自分のを見たときため息を吐いた。

 アリの胸はどちらかと言うと小ぶりなくらいで、だからといって彼女の年齢だ。私の年齢くらいにもなれば、私よりも大きくなるだろう。私だって、彼女くらいの時は彼女と同じくらいだったはずだから、まあ、少なからずは見込みがあるだろう。そもそも、私がそんなに大きくなったわけではないから、何とも言えない。アーシェはアリと同い年とは思えないくらい、そして私よりも年下とは思えないくらい、大きかった。綺麗なくらいに程よく大きい。

 今はアーシェ、私、アリの順で座っていて、胸の大きさもその通りに並んでいた。

 しかし、将来性を考えるとアリは私よりもアーシェの隣にいたほうがいいのかもしれない。

 みんな体を洗い終わり、湯船につかっていると、隣から再び話し声が聞こえた。

「ん? アッシュ、何をしているんだい?」

 声の主はイキだった。アッシュはひそひそ声で答えた。

「しっ、向こうに聞こえちまうだろ!?」

「で、何をしているの? 壁なんか触ったりしてるけどさあ」

「いや、この岩みたいな壁、登れねえかなあって思って」

「登る? なんで?」

「はあ? 決まってんだろ! 向こうを見に行くんだよ!! お前だって男なんだから、女の子の裸を一度でいいから拝んでみたいだろ!?」

「いや……僕は別に………まあ、シキのだったら、上半身くらいなら見たことあるけどね」

「あんの!?」

「え? ああ、うん。な、成り行きで」

「大胆だな、お前ら……」

「なんで?」

 そこまでの会話を聞いて、いつイキが私の裸を見たのか、考え始めた。考えてしかし、何も思い当たる節がなかった。彼の前で着替えたのは、フユルや、中央街で着替えた以外ないはずで、しかもそのどちらとも一糸まとわぬ姿というわけでなく、下着を着ていたのだ。だから、裸ではないのだが―――イキは私の裸を見たと言った。上半身をだ。

 そんなに湯船に浸かっていたわけではないのに、顔がやたらを熱い。

「シキさん……顔が赤いんですが、大丈夫ですか?」

 そう言ったのはアリだった。心配そうな顔で、私の顔を覗き込んできた。

「え!? あ、うん……だ、大丈夫。まだ、のぼせてないから」

 そうは言ったものの、少しはのぼせていたのかもしれない。

 すると、シーレの声が聞こえてきた。

「やめた方がいいよ、絶対にね。どうせ、後でボコボコにされてるのがオチに決まってるじゃないか」

「うんうん、やめた方がいいよ。女の子の着替えと入浴中に部屋に入ると、滅茶苦茶怒られるよ」とイキが加勢する。

「イキ、お前見たことあるのか?」

「うん、物凄く怒られた」

 ああ、経験談か……。天界でのことだろうか。向こうでもイキはそんなことをしでかすのか……気を付けないとなあ、と考えに耽っていた。

 次第に頭がぼうっとしてきて、自分がどこにいるのか分からなくなってきた。睡魔に似たような感覚が頭の中をぐらぐらと揺らしてきて、意識がパッとしない。

 気がつけば、私はのぼせていた。



 ***



 くらくらする頭を抱えながら何とか着替えて、脱衣所を出た。カウンターで料金を払って、銭湯を出ると爽やかな風が吹き抜けて、火照った頬の熱を奪い去っていく。だが、眩暈までは連れ去ってはくれなかった。ふらふらする私にアリが、

「だ、大丈夫ですか?」

心配そうな顔でやはり聞いてくる。

 私はとりあえず、

「うん、大丈夫……」

頭を縦に振った。

 大丈夫ではないが、ここでイキと同じ対応をしたら彼女の場合凄く慌ててしまうことは目に見えている。そういう対応が、正直に言えば面倒。だが決して私はアリのその性格が嫌いなわけではない。

 実際、人間の頃の私も彼女と同じような性格だったのだ。常に誰かにおどおどしていて、心配性、臆病で億劫、誰にも嫌われたくないから誰かを嫌うことはせず、誰にも虐められたくないから誰彼構わず優しく振舞う。そんな人間だった。誰よりも臆病で、誰よりも寂しがり屋。弱虫で、泣き虫だった。いや、今も変わりないかもしれないが、不器用なあの頃に比べたら隠すことはできているのかもしれない。最近じゃあ、イキに暴かれつつあるのだが。

 そんなことは兎も角として、私たちはまず宿屋の部屋に戻って着替えた服を置きに行った。

 銭湯から宿屋まで十分余り掛かったが、一向に眩暈がやまない。それを彼女らに悟られぬよう気を張っているから、まだましではあるが。

 宿屋を出て数秒の露店にイキたち男性陣が待っていた。

 いち早く気がついたのはアッシュ……ではなく、シーレだった。アッシュは何故だか項垂れている。

「どうしたの?」

 と私がイキに聞くと、彼は直ぐに憐みの目でアッシュを見やり、答えた。

 どうやら、私たちがお風呂から出たほぼ直後にあの岩の壁を登り切り、女風呂の方を覗いた。だが、そこには私たちの姿はすでになかった。が、それを知る由もないアッシュは湯気の中に佇む女性の陰に興奮して、期待していたら、湯気が晴れてその陰の正体は老婆だったらしい。その老婆と目が合い、老婆は顔を赤くさせてアッシュに、ウィンクしたり投げキスをした。それに思わずアッシュは岩の壁を飛び降りて、泣きながら走って脱衣所に飛び込んできた。

 確かに、私が脱衣所に入るとき一人の老婆とすれ違ったと思う。

 その後は記憶がどうも曖昧だ。

 シーレは呆れた顔でアッシュの肩に手を置いた。

「だから言ったじゃないか。ろくでもない目に合うって……」

「あ、でも、女の子の裸は見れたんだろう?」

 イキがフォローのつもりか、それともそれ以外か。そんなことをアッシュに言った。

「ああ!? あれは女の子っていうか、ただのおばさんだからな!? あんなもの見て誰が喜ぶ!? それに、なんなんだよ……あの反応! 思い出しても寒気がするわ!!」

「自業自得だろ……」

 叫び終わったアッシュに頭を押さえながらシーレは言う。

 シーレの発言にアリもアーシェも同感とばかりに頷いた。イキはなんとも思っていないらしく、

「ねえ、シーレ。あれ渡す順番ってどの順だっけ?」

と空気の読めない発言をする。だが、それがアッシュにとっての切り替えになったのか、アッシュが答えた。

「シーレ、お前、俺の順だ。忘れんじゃねーよ」

 順番、とは何だろう。

 渡す、とイキが言っていた。

 アーシェやアリも分かっていないのか、私たち三人で目を見合っては首を傾げた。

「じゃあ、まずは俺だね」

 シーレは一歩前へ出て、それから、アーシェに向いて、

「はい、アーシェ俺からはこれだよ」

 そう言って彼が手渡したのは鳥の羽の付いた髪飾りだった。アーシェの服装と合うであろう物を選んだ結果なのだろう。

「いや、俺アーシェが何を喜ぶのか正直いまいち分からなくてさ……君のイメージで決めたんだけど、どうかな?」

「おお、いいね、いいね。うん、気に入った。ありがと、シーレ」

 アーシェは嬉しそうに笑って頭に付けた。シーレは喜んでくれたのに安心したのか安堵のため息を漏らす。

 次に前に出たのはイキだった。

「じゃあ、僕だね~」

 彼が持っている紙袋は彼らの中で一番大きかった。何が入っているのかな、と考える間もなく、彼は私の前に差し出してきた。

「え?」

「いや、『え?』じゃなくてさ……これ君に」

「私に?」

「うん」

「嘘じゃなく?」

「嘘なんかつかないよ」

 彼は痺れを切らして紙袋から赤い大きな布を取り出して、私に羽織らせた。赤いマントというには丈が短く、頭巾と言うには大きすぎる、そんな物だった。頭に被る部分もある。真っ赤なと言うよりかはえんじ色に近い赤。今私の着ている赤いスカートと首に結んでいるリボンの色を知っていたのでは、と思うくらいにピッタリと合っていた。

「うん、似合ってる」嬉しそうに笑うイキ。

「あ、ありがと……」

 少しはみかんで私は彼を見た。

 すると、アッシュやシーレも頷いて、

「おお、似合ってんじゃねーか。つか、シキちゃんの服すげー可愛いじゃん」

 アッシュが声を上げる。

「今更気づいたの?」

 アーシェが呆れたように言う。

「誰が選んだの?」シーレが問う。

「アリだよ」

「へえ、なかなかにチョイスが上手いね」

「あ、ありがとう……」

 アリが恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 そう言えばアリはシーレだけには敬語じゃない。あ、そっか。幼馴染だっけ……などと考えていると、イキからも声が出た。

「あ、本当だ」

「今、気づいたの?」

「うん。いや、スカートが赤いなあ、てのには気がついたんだけどさ。ほら、このポンチョが赤いから」

「ぽんちょ?」

「ああ、この頭巾、そう呼ぶんだって。店主さんから教えてもらった」

「へえ」

 感心して彼の話を聞いていると、アッシュが待ってましたとばかりに、

「じゃあ、最後は俺だな!?」

とテンションマックスで言った。

 彼が取り出した紙袋は板状になっていた。それをアリに手渡す。

「え? わ、私ですか?」

「おう! お前、いっつも本読みたそうにしてるから、スゲー安い本買ってきた」

「でも、私字なんて読めませんよ」

「え!?」

 それでも、嬉しそうにアリが本を取り出した。薄い少し粗雑に装丁された本だった。表紙から中身の字に至るまで手書きだった。これがアッシュでも買えるくらいの安さとなると、素人が趣味で書いたものなのか、それとも、売れなかったものが盥回しにされてなんとか処分したいと思っての事なのかは定かではない。

 本、か……。

 そう言えば最近まともな本を読んでいないような気がする。

 彼女の持つ本の表紙を見ると、よく分からない単語が並んでいた。

「どういう本なの、これ?」

「いや、僕に聞かれてもなあ」

「題名がよく分からないんだけど……」

 私がイキに言うと、アリが、

「シキさんたちは字が読めるんですか?」

と驚いたように聞いて来た。

「ま、まあ……」

 旧王国文字だけは未だに読めない。他にも読めない文字なんてたくさんあるが、彼女らにとっては一文字だけでも読めたら、それだけで凄いのだ。

 アリから本を借りて、数頁ぺらぺらとめくってみる。だが、理解できる分量が少なかった。横で見ていたアーシェが、

「何でもいいから、読んで」

と言ったので、適当に会話文が然程ないところを、

「えーと……」

読んだ。

 ひと段落と数行読んだところで、

「ねえ、シキ……もう読まなくていいよ」

とイキに止められた。

「え? でも……」

「もう本当にいいから……」

 彼はどうも項垂れていた。後ろにいるシーレも頭を抱え、その隣のアッシュはしまったとばかりに膝をついている。私の隣にいるアーシェとアリは顔を赤くして俯いていた。

「みんなどうしたの?」

 私だけが取り残されたような感じがした。

「ねえ、イキこれってどういう意味なの?」

「え!? 僕に聞くのかい?」

「駄目なの?」

「い、いや……ダメって言うか、僕なんかよりもアッシュの方が詳しいと思うよ」

 話を振られたアッシュは心底驚いたように、

「お、俺は無理だな……シーレは?」

「俺も無理……」

 アッシュもシーレも頭を振った。

 どうしてだろう。

 すると、アーシェが正気を取り戻したのか、アッシュに向かって怒りの形相で、

「お兄、なんでアリに官能小説なんて買ってんの!?」

「い、いや~、俺だってそんなものだとは思わなかったんだよ! ご、ごめん!」

 と、怒鳴りつけるのを聞いていた。

 私はイキに、

「ねえ、かんのう小説って何?」

「え? あー、子作りの説明書……みたいな、感じかな」

「へえ……そんなのがあるのね」

 そんなに大変なものかな、と考え始めた。確かに、お母さんが弟を産むときは辛そうだった。ということは、その過程も大変なのだろうか。よく分からない。そんなに大変なのだろうか。どうやら、私が兄から教わったことと違うような気がする。地域によって違うのかな?

 そんなことを考えていたら、緊張が解けてしまったのか眩暈が戻って来た。

「………っ」

 頭も痛いし、気持ち悪い。

 路上で倒れたら、迷惑になるかもしれない。イキに言って、私だけ先に宿に戻ってそれから少し休もう、と思いイキの服を少し引っ張った。

「イキ……きもちわるい―――」

「え……? シキ?」

 だが、手遅れだった。

 それだけ言って私の意識は急降下して、真っ暗になった。

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