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ZartTod  作者: えびてん丸
30/42

episode22

「じゃあ、僕が天界に帰って君の服を取りに行くよ」

 と、彼は言った。

 まあ、確かにその方法が手っ取り早い気もする。奥さんに服を貸してもらうのはよくないし、そもそも、大きいだろう。イキのを着るにしても、矢張り大きい。宿主さんに至っては論外だ。

 そう考えると、イキに頼むのが定石かもしれない。しかし、ここで問題なのが―――

「あなた、私の部屋の場所知ってるの?」

 私の名前も出会った当初知らなかった彼だ。勿論、こんなことを聞くのは野暮なのは目に見えている。もしかしたら、という思いがあった。自分からそういう提案を出したのだから、知っているのだろうか、と。だから、聞いてみたが、やはり、

「ううん、知らないよ」

彼は頭を振った。

 まあ、知ってたら知ってたで、少し彼を疑うが、知らないというなら考えなければならない。言葉で説明しても――私が上手く説明できないせいで――彼には伝わらないだろう。それで他の誰かさんの部屋に入ってしまったら彼は戻ってこない。それどころか、私に責任がある。

 そうなってしまえば、クレフストへは行けない。

 あってはならない。

 ならば―――

「あ、じゃあ、君の友達とかに聞いたり、とかは?」

 と、彼は言った。

 確かに、それが一番の行き方だろう。そうなのだが、それは……私に友達がいる前提での話だ。

 無論、私に友達と呼べる人は、

「いないの……」

「え?」

「だから……その、いないの………」

「えーと、つまり―――友達が」

「うん」

「いない、のかな?」

「うん」

 彼は気まずそうに顔を逸らした。私も、何だか落ち込みたくなった。

「じゃあ、どうする?」

 話を変えて、彼はそう問う。

 落ち込んでいる場合じゃない、と自分に言い聞かせて、考え始める。誰かに聞かなければならない。ならば、誰に聞く? 彼の上司であるネフさんに聞く? いや、後々が面倒になりそうだから、やめておこう。なら……あまりイキには関わってほしくはなかったが、彼らに頼むしかなさそうだ。

「ねえ、イキは焔神のファベルさんって知ってるよね?」

「え、うん。知ってるよ。直接話したり、会ったことはないけどね。それがどうしたの?」

「えーと、その人に私のことを言えばまあ、なんとかなるかもしれないなあ、って思って」


 ***



 数十分が経って、ようやくイキはリュックを背負って戻ってきた。と言っても、小屋の内部から直接天界へ行き、そのまま帰ってきたのだから、宿主さん夫婦からすればずっとその場にいた、というほかない。

 リュックの中からは私のいつもと同じような白い服と、彼の替えのシャツが二、三着ばかり入っている。まあ、着替えるのはどのみち明日。力が入るようになった手を再度、確認のために握ったり開いたりしてみる。

「力、入る?」

 その私の様子に彼は心配そうな顔で聞いてくる。勿論、私は頷いて、

「うん。たぶん、明日には歩けると思う。でも――」

 そう、問題は体力と、腹部の傷だ。力が入るからといって、体を支え、何十分何時間も歩かなければならない。そんなに体がもつのかを言われると、もたないと断言せざるを得ない。腹部の傷は思っているよりも深く、酷いありさまだ。二日あっても村につくかどうか……。

 そんな私の言動に、彼はどこまでも付き合っていく、と言ってくれた。

 彼が、私を信じてくれているように、私も、彼を信じる。

 間に合うか、間に合わないかの問題ではない。

 絶対に、間に合わせるのだ。

 私が足手まといになるのは、もう、目に見えている。

 明白。

 確実。

 けれども、諦めない。

 諦めてなんか、やらない。

 そう、決めたから。

 私が、諦めてはいけないのだ。

 私が、あの少女の運命を定めてしまったから。

 今更、変えられないし、謝って済むことでもない。

 それでも、やらなければならない。

 そんな私に、

「君の覚悟は知ってる。そんな体でも、無理をしてでも、行くって言うなら、僕はどこまでも付き合うし、君を支えよう。無理するなって、無茶するなって、言ったところで君は聞く耳を持たないのは、もう、分かっているからね」

 彼は、笑って肩を竦ませる。

 イキとは、数週間の付き合いだが、彼は私のことを分かってくれた。

「まあ、シキは頑固だから……」

 この、最後の言葉がなければ、先ほどの言葉に嬉しさを感じていただろう。

 少し、むっとした。

「………」

 私の様子に、彼は、

「あれ、どうしたの?」

と顔色を窺ってくる。

「もしかして、拗ねて……」

「ない」

「えー、でも、どう見たって、拗ねているようにしか……」

「拗ねてないってば」

「本当に?」

「うん」

 頷く私に、彼は安心したように胸を撫でおろす。そんなイキに、

「私って、そんなに頑固かな?」

とおずおずと聞いた。

 すると、

「うん。もう、何を言っても聞かないって感じ」

 即答する。

 そんな態度にやはりむっとしてしまう。

「あ、やっぱり拗ねてる?」

「拗ねてない」

「あははは、そっか」

 彼は笑いながら、私の頭を撫でてくる。優しく撫でてから、彼の手は流れで私の頬に触れる。すると、彼は私の頬を触って、頷く。

「うん、熱はだいぶ下がったみたいだね。まだ、頭は痛い?」

「ま、まあ。少しはね」

「明日には治りそうかい?」

「ううん、たぶん治らない。傷もあるしね。それに、今は神経の回復があるから」

「そっか……」

 少し落ち込む彼の表情。イキはそのまま私の額と自らの額をくっつけた。私の目と、彼の青い目が合う。私は、近い彼の顔に少し顔を火照らせ、心拍数が上がる感覚に身もだえしながら、しかし、体は小刻みに震えるだけでそれ以上は動かなかった。緊張しているのかな? でも、何故。

 そんな私に、一方イキは真剣な眼差しで、

「まだ、結構熱いね。無理してない?」

「え!? あ、いや……無理、してないよ」

「……本当に?」

「うん……」

「顔、赤いのに?」

「だ、大丈夫よ」

「そっか」

 顔が赤いのは、きっと熱のせいではないような気もするが、しかし、やっぱり熱のせいだ。

 そう思い込もうとする私をよそに、イキは離れていく。異様なほどの鼓動に、私は戸惑う。どうすれば止むのか分からずに当惑し、けれども、彼に聞くこともできずに、ただただ自然と止んでいくのを待っていた。イキと会ってからというもの、私はどうやらおかしい。いや、熱のせいかもしれない。

 彼から服を受け取りながら、イキはこんなことを言った。

「明日、出るんだろ?」

「うん、そうよ。でも、どうしたの?」

「んー? ただの確認。ああ、そうだ。ファベルさんから伝言があるんだ」

「え? 何?」

「『無理はするな』ってさ」

 そうは言っても……。

「それ、あなたが私に言っても無駄だって言ってなかったっけ?」

「うん、言ったよ。でも、この言葉は僕のものではないよ。僕が言ったところで君は聞かない。そうだろう?」

「ま、まあ……たぶん」

 彼の言うことを聞かないであろうことは、分かっている。分かっていはいるのだが、本人を前に「うん、聞かないよ」なんて言えるわけもなく、しかし、聞くよ、なんて断言できるわけでもない。だから、頷くしかない。彼には申し訳がない。

「あはは、そんな困ったような顔しなくてもいいよ」

「そんな顔、してた?」

「うん。シキは、表情がコロコロ変わるから、見ていて飽きないよ」

「それ、褒めてるの?」

「だとしたら?」

「……む」

「あははは。シキのこと、色々分かるようになるのは嬉しいことだよ」

 と彼は笑って言う。

「色々って?」

 と聞くと、

「色々だよ」と答える。

「例えば?」

「んー、大人らしい感じもするけど、実際、子供っぽいところがあったり。本当は弱かったり。後は……本当は、人を殺すのが怖かったり」

「………!」

 どうして……、という言葉は出てこなかった。だが、イキは私の表情を汲み取ったのか、微笑して、言う。

「どうして、分かったのって思った?」

「………」

「言っただろう。シキはよく表情が変わるって。見ていれば分かるさ。人を殺すとき、君は物凄く泣きそうな顔をしている……いや、誰かが死ぬのを見るとそういう顔をするから。それも、毎回……」

「……そ、そう」

 心なしか、動揺している私がいた。彼にばれたことに対してなのか、それとも、毎回そんな顔をして人を殺していたことに対してか、分からなかった。たぶん、両者ともにだろう。情けなかった。何年経っても、何人殺しても、あの感情は拭えない。割り切れない。もう、何年になると思ってる? 三百年だ。それなのに、私は大助さんのようにはできなかった。この手で誰かを殺すのも怖いし、誰かの死を決めるのも怖い。その決定の結果を目の当たりにするのはもっと怖い。けれども、それをやらなければならない。仕事だから。死ぬのは怖い。でも、永遠に死ねないのは、もっと怖いことだ。この世界から、死神わたしがいなくなれば、誰も死ななくなる。いや、それには語弊があるかもしれない。正確には、死者の選定が一定期間なくなるから、何年かは誰も死なない、つまりは寿命が延びるのだ。けれども、すぐに新しい死神が選ばれて、元に戻る。結局、私は逃げることになる。私は、逃げてはいけないのだ。この仕事からも、過去からも。

『君は、すべてから逃げようとしている』

 以前、夢の中で兄はこう言っていた。

 逃げまい逃げまいとしているが、心のどこかで逃げたがっているのかもしれない。一度逃げたら、きっと歯止めが利かなくなる。私は、シキではいられなくなる。

 そうなると、イキは私をシキを殺さないだろう。私がシキでなくなれば、シキはいなくなる。彼はシキを殺すと言ったのだ。死神であるシキを。

「お、おかしいよね……」

 死神なのに、人を殺すのが怖いなんて。

 何人も殺してきたのに。

 何百年と殺してきたのに。

 幾人の死と向き合ってきたのに。

 怖くて、怖くて、怖くて、怖い。

「……どんなに、やっても……こ、怖いよ……。ごめんね。こんな、情けない死神で」

 頑張って、イキのために悪い人でありたかった。

 これじゃあ、臆病者だ。弱虫だ。

 彼は優しいから。こんな臆病者を殺すのに躊躇するかもしれない。

 彼の困った顔を、私は見たくない。

「情けなくなんか、ないよ。おかしくもないし、君が謝ることなんてない」

 イキはそういうと、私の頭を撫でてきた。優しくて暖かいその手で、撫でてきた。

「誰だって、人を殺すのは怖いものだよ。でも、君は何年も頑張った。誰もが嫌がる仕事を頑張ってきた、立派な人だよ」

「そんなの、自己満足のこじつけよ……」

「こじつけでもいいじゃないか。なんでも肯定していないとやっていけないよ、こんな世界。シキが一番分かっているだろ?」

「…………」

 そういうことは、もう、分かっている。

 これは正しいことをしている、と無理やり肯定していないと、とてもじゃないが、死神なんてやっていられない。死ぬのは怖いが、生きることは辛いと知っているからこそ、これはみんなを寧ろ助けているんだ、と思わないと気が狂いそうになってしまう。彼だって、生神だからといって、死んでいく人をどうこうする権利はない。貧困で喘ぐ人を、苦しんでいる人々を、見境なく助けるなんてことできるわけがないのだ。いや、できないことはないが、やっていたら切りがない。

 どんな願いも叶える神様がいたとして、世界中の人間と言う人間の願いを叶えることなんて不可能なのだ。そこには個人間でぶつかり合うことがあるから。どんな願いも叶えられる神様、というのは裏返してしまえば、何もできない神様と言われても仕方がない。よく、平和を願う人はこう言う―――「世界中の人々が、幸せになりますように」と。だが、そんなのはできるわけがない。だって、他人の幸せを願うとき、それは誰かを不幸にすることだから。すべての人が平等に幸せになるというなら、それは、上辺だけの紛い物だ。

 死にたくない、という願いは叶えられない。

 死にたい、という願いなら叶えよう。

 それは私が死神だから。

 どんなに残酷だと、冷酷だと、言われても構わない。

 私にはそれを言われるだけこのことをやってきた。今更、綺麗さっぱりということは、できない。だってもう、後戻りは、私が死神になって初めて人を殺したときには既にできなくなっているから。血で汚れた手を、また別の人の血で洗い流すようなことをやっている。

 私の身体からは、血の臭いがする。

 私の身体からは、死の臭いがする。

 もしも、メイリスが今の私を見たら、ひどく軽蔑するだろう。いや、或いは、軽蔑はしなくとも、絶望はするだろう。絶望して、泣いて泣いて泣いて、「どうして?」とずっと、ずっと、私に問い続ける。そんなのが見えた気がした。

 今の私を、母は愛してくれるだろうか。父は愛してくれるだろうか。兄は? イニスやルーヤは? あの人はどうだろう。

 これから先、私は誰も愛せないし、誰にも愛されない。

 愛がほしいわけではない。

 ただ、とてつもなく、イキに嫌われるのが怖かった。

 私は頭の中でぐるぐる回る思考を止めるべく、彼に、

「私が、人間だったら、人殺しで殺されちゃうかもね」

と呟く。何か意味があっての言葉ではない。何か言っていないと、気がおかしくなりそうだった。

 そんな突拍子もない言葉に、イキは応えた。

「ああ、そうかもね。でも、君は人間じゃないだろう。人間のルールは人間にしか適用されないよ」

「私が、人間だったとしても?」

「……え? シキ、人間だったの?」

 あれ?

「言ってなかったっけ?」

「うん、初耳」即答する。

「ご、ごめんね。言ってなくて……」

 成り上がりは新神からすれば、格下のように扱われる。だから、偉そうなことを言うとすぐ嫌われて、新神内で噂立って、いじめられる、なんてこと日常茶飯事だ。例え、こちらの方が年上でも、偉そうにしてはいけないのだ。人間でいうところの、貴族と平民又は農民だ。

「いや、謝らなくてもいいよ。むしろ、君が僕と同じで少し安心した」

 顔を輝かせて笑う。

「あなたも成り上がり?」

「うん。でも、人間の頃の記憶がないんだけどね」

 彼は苦笑して肩を竦ませた。

 そんなことがあり得るのか、と吃驚した。人間の頃の記憶や体験と言うのは、身体が覚えているという以前に、魂に刻み込まれたもので、例え、何百年何千年と成り上がりとして神をやったとしても忘れることなんてないのだ。だが、記憶の一部が、人間の身体からこの霊体に魂を移すときに欠落して、思い出せない、ということは稀ではない。私自身そうなのだ。しかし、全ての記憶がない、というのは聞いたことがない。

「名前も?」

「うん。イキではないことは、確かだけどね」

「どうして分かるの?」

「ネフさんが言ってた」

 生神現総代の名前を上げて、彼は断言した。あの人が言うなら、本当なんだろう。私が知っている中では、結構な知識人だ。色んなことを知っている。知っているからこそ、私はよく意地悪というか、いじられたりして、笑われる。苦手な人だ。

「出身は?」

「さあ? 君は覚えてるの?」

「うん、それはね」

「じゃあ、名前教えてよ」

「え……め、メイリス……よ」

「それが君の本当の名前?」

「うん」

「そっか……綺麗な名前だね」

 彼は嬉しそうに笑う。

 さらに質問は続く。

「じゃあ、出身は?」

「王国のストラル地区‐シルフェ……今の旧ストラル地区よ」

「あれ? この前行ったところ?」

「あそこはストラル地区。私が言っているのは旧ストラル地区の方。そっちは行ってないわ」

「違うの?」

「うん」

 私が生きていた時代のストラル地区は、領主ウォル・ストラルが治めていた宗教の都市。町の至る所に立派な教会が立ち並び、ストラル地区の中心――ストラル邸がある町には大聖堂が建っていた。各教会をとりまとめる役割を成すためみんなからは中央教会と呼ばれていた。そんな街の片隅にあったのがストラル地区‐シルフェだ。町の規模は小さく、そして、貧困層の町。町の端には、畑がいくつかあって、野菜を育て、その二割を、保存の利く穀物は四割を領主へ献上しなければならなかった。残りを売って、それが売れないと自らの食料にする。パンを買うのにだって、お金が足りない。肉なんて、私は死神になるまで食べたことがなかった。そういう町で私は生まれ、育ち、死んだ。私の死因は、餓死ではないことをここで宣言しておこう。

 そんなストラル地区はウォル・ストラルのひ孫――ガイル・ラル・ストラルによって領地を広げるため、彼は新しい都市を奪取した。ストラル邸や大聖堂のある中央街は今もストラル地区だが、貧困層や、小さな町はガイルによって捨てられたも同然。だから、表向きは旧ストラル地区とし統治しているように見えるが、事実上見捨てられた街である。

 ミリルと出会ったフレインスは、間もなく現領主――シェリル・ロウ・ストラルに捨てられるだろう。

 とまあ、そんな歴史をイキに簡単に説明をした。

「でも、まあ……似たようなものだね」

「う、うん」

 そう言われれば、そうだ。

「あ、じゃあ、今度シキの故郷行こうよ」

「行っても、何もないわよ」

 寧ろ、辛くなるだけだ。私も、彼も。今、あそこがどうなっているか、だなんて私はずっと前から知っている。だから、行ったら私だけでなく、彼も辛い。実際に、この目で見たことはないが、荒廃し壊れた故郷など誰が見たがろうか。

 でも、それを言う勇気が出なかった。

 イキの輝いた目を見たら、何も言えなくなった。



 ***



次の日の早朝。霧が曇る、薄暗い空気が冷たい頃に、私たちは宿を出ることにした。イキは全く起きてこない。私は着替えたいのだが、いかんせんイキがどこかに仕舞っていて私はその場所を知らないのだ。

「イキ……」

「………」

「ねえ、イキ。起きて」

「ん~……あと五分」

「いや……五分じゃないわよ。イキ」

「えー、もう少し寝かせて」

 どうやら、寝たふりをしていたらしい。彼は目を半分開けて私を見る。

 揺すっていた彼の肩から手を放すと、

「起こしてくれないの?」

と言う。

「起きてるじゃない」私が呆れたように言う。

「いつ起きたの?」

「さっき」

「さっき、って?」

「君が、服を探し始めて、がさがさしていた辺りから」

「さっさと起きなさいよ」

 私がぴしゃりと言い放つと、彼は間の抜けた声で「はあい」と応えて、起き上がる。そうして、昨日のリュックサックを持ってきて、

「はい、これ」

「あ、ありがとう……」

「そう言えば、シキは白い服しか着ないのかい?」

 唐突に聞いてきた。

 それに、私はどうだろう、と考えて、普段のことを思い出す。確かに、現界に行くときはいつも白い服に白いスカート、白い靴を履いている。全身真っ白だ。髪も白いから、さらに。夜になれば、目立つだろう。まあ、そんなことは置いておいて……。私服では、基本白いブラウスに赤のスカートを履いていて、靴は茶色だ。会議の時に着る正装のコートは白と黒と赤を基調としたものだから、全体的に、私は白い服が多いことになる。

「ま、まあ……そうなるかも」

 正直言って、私がこの服を選んでいるというわけでは、ない――というと強制的に着せられたという風に聞こえるかもしれないが、私は白い服の何種類かの中からこれを選んだということになる。

 私が、死神として成り上がりになったときは、黒い軍服のようなものを支給され、着ていたのだが、それを見兼ねたファベルさんが色んな服を持ってきてくれたのだ。その中から、動きやすくて、見た目も派手ではないものを選んで、フリールさんに何十着か貰えるよう頼んだのだ。私としては、服を着こなすのは苦手なので、選んでくれるのは嬉しいものだ。人間の頃は、そんなに選ぶほど服は持っていなかったし、そもそも普段は教会の修道女の服を着ていたから、ファッションに関して悩んだことは一度しかない。

 私はイキから借りていたベージュのTシャツを脱いで、着替えようとしたことろで、視線に気が付く。その視線の方に顔を向けて、半眼で、

「ねえ」

「ん? 何か問題でもあった?」

「問題も何も、向こう向いててよ。着替えるんだから……」

「……ああ、そういうこと。分かった。後ろ、向いていればいいんだろう?」

「うん」

 彼は快く頷いで、後ろを向いた。そして、彼もおもむろにTシャツを脱いだ。すると、筋肉のついた細身の彼の背中に大きな傷跡があった。何かに裂かれたような、大きなあと。まるで、伝説に出てくるような竜の爪で引っ掻かれたような……。思わず私は息を飲んだ。

「ねえ、その傷……どうしたの?」

「え、ああ……これね。えーと、人間の頃の……ものらしい」

「へえ、凄い大きいね」

「うん。僕じゃあ見えなんだけどね、一回だけ鏡で見たんだ。あ、でもこれが死因ってわけじゃないよ」

「そうなの?」

 でも、彼が生きていた時代を考えると、即死レベルの傷だ。よく生きていられたものだ。生命力のすさまじさを思い知った。

 ふと、その傷に触れてみて、驚いたことと言えば、

「たいして、凸凹してないのね」

「あははは、へえ、そうなんだ」

 ほぼほぼ滑らかだった。傷と普通の皮膚の境目にちょっとした凹凸があるだけで、それ以外は傷跡の色が少し濃いだけで、変わらなかった。

 そう言えば、私の傷はどうなっているか、気になった。

 彼も同感なのか、

「シキ、包帯代える?」

と言って微笑んだ。

 私は彼の少し大きなシャツを着ているだけで、そのほかは下着くらいしか着ていない。だから、ベットのシーツで身体を隠して、腹部だけは露呈させた。私はシーツを押さえていて、両手が塞がっていたから、イキが包帯を取った。優しい手つきで包帯を取っていく。完全に包帯が取れたところに、ガーゼが傷口に付けられていて、それに少し血が滲んでいた。そうして、そのガーゼも取った。あまり具体的には見えなかったが、傷は相当大きいものだった。傷跡が残らないとはいえ、生々しい傷口を見るのは気が引ける。そんなに痛みはないはずなのに、ズキズキと痛むような錯覚に陥る。けれど、傷をよく見てみると、剣による刺し傷と、銃痕が二つあった。

「イキが治療したのよね?」

「うん、そうだよ」

「銃の弾って、どうしたの?」

「取ったよ。凄い痛がってたけど、取らないわけにはいかないからね」

 肩を竦めて、当然のように言う。

「あ、ありがと……」

 私が呟くと、彼は、

「いや、別にいいよ。というか、僕自身焦っていて、そのまま素手で引き抜いちゃったから、凄い血が出てきてさあ、凄いびっくりしたよ。まあ、でも医者呼ぶ時間なかったしね。結果オーライということで」

いつものお道化た調子で言った。

 焦っていた、と彼は言った。それ以前にも、心配していたとか、困ったような顔や心配そうな顔をしていた。私はかなり、イキに心配を掛けてしまった。けれども、どうして彼は私を心配し、助けてくれたのか分からなかった。私たちは殺し殺される関係ではないのかな、と思ってしまう。彼は私を殺すと言ったのに、私を助けている。どうしてだろう。

 けれど、今の私にそれを彼に聞く勇気がなかった。


 お互い着替え終わって、宿主さんたちがまだ目覚めていないのを確認し、お互いに顔を見合って、テーブルの上に書置きとお金を置いて、静かに出て行った。

 森の中にある宿屋だけあって、森の深いところにあったようだ。見渡す限り、道と言う道は、木々を切っていて、草が生えているだけの道があるだけで、あとは獣道くらいだろうか。木が生えていないのは、宿主さんが、そのお父さんや、お祖父さんが代々整備してきたのだろう。その道を進んでいって、川が見えた。対岸は崖の上で、見上げるだけで首が付かれるくらいの高さ。

 そういえば、イキは崖を降りてきたと言っていた。

 この崖だろうか。

 なんて考えていると、イキが、

「なあ、言わないで来ちゃって良かったのかな?」

なんて聞いてきて、

「今更どうしたの? 昨日のうちに決めたことじゃない」

「まあ、そうなんだけどさ……」

「どちらにしたって、どうせ二度と会うことなんてないかもしれないのよ」

「………そう、だけど」

 彼は渋々と言った感じに頷く。

 私たちにとっての時間の感覚と、彼らにとっての時間の感覚は違うのだ。私たちにとっての一年はたいしたことがないものでも、彼らにとっては代え難い一年なのだ。彼らの寿命は長くても六十が限界で、私たちは五千歳くらいまで生きると言われている。比べようがないほどに、一年の重みが違う。

 だから、私たちが「そう言えば、あの人にお世話になったなあ」と久しぶりに会いに行っても、その人はとうの昔の人で既に亡くなっているというのは、当たり前だった。実際、ラゾット村のあの夫婦と最初に会ったのは十年前だが、私からしたら久しぶりではなく、数週間前に会ったという感覚があった。だから、きっとおばあさんさちは驚いていただろう。私の姿が、十年前のそれと全く違わないことに。いや、だからこそ、私を見つけることができたのかもしれない。

 霧の深い森の、小さな空を見上げながら、私は自分が死神であることを呪った。

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