paragraph Ⅳ
私は、犬が嫌いだ。
というのは、私が四、五歳の頃、近所の広場の隅に泥だらけの捨てられた野良の子犬がいた。私はその子犬がとても気に入っていて、愛着を少なからず持っていた。他にも広場や、暗い小道には野良犬など数えられないほどいたが、目にはつくが、気にも留めなかった。たぶん、その子犬が自分に似ていたからだろう。泥だらけで、捨てられて、他の野良犬には虐められて、毛が白い所が自分に似ていたからだろう。
その頃の私には友達と言う友達も、仲の良い人なども誰一人としていなかった。遊んでくれたのは、お兄ちゃんと、お母さん、お父さんくらいだ。家族揃って、白髪で町の人からは忌み嫌われていた。大人はそれほどではないが、子供は酷いものだった。
その酷いものの一つが、この子犬の話だ。
よく、広場の影で私は人目につかずに遊んでいた。誰とも関わらず、その頃は尤も人と関わると虐められると嫌に思うほど覚えさせられたので、誰かと遊ぼうなどとは思わなかった。しかし、白い子犬がいたから、私は孤独を感じることも、それを気にして落ち込んだり、悲しんだり寂しがったりはしなかった。
その日もいつも通り遊んで、日が傾き、空が真っ赤になったら私は家に帰る。それでも名残惜しくて、帰りが遅いときは、その時十歳くらいのお兄ちゃんが迎えにきてくれた。
「今日も、ここにいたの? 全く、父さんが心配していたよ」
「え……でも」
「今日はもう遅い。また、明日遊べばいい。その犬も待っているさ」
「ほんと?」
「本当だよ。だから、帰ろう」
「うん」
お兄ちゃんに手を引かれて、私は家路についた。
次の日、子犬がいるはずの広場に、それはいなかった。どうてだろう? と不思議に思い、夕方になるまで探し回った。けれども、見つからず、諦めて家に帰ったのだ。
家には誰もいなかった。お兄ちゃんはお店のお手伝いで、お父さんは仕事で、お母さんは夕食の買出しで、それぞれ不在だった。
家に入ってもつまらないので、庭に出て土弄りでもしようかと、庭に出てみると、庭にある大きな木の陰に何かがあった。陰は黒いので、よく見えなかった。近づいて見てみると、そこには、いつも遊んでいた子犬がいた。泥だらけで、しかしいつも様子が違う。白い毛に血がついていた。それも大量の。腹は裂かれ、内臓らしきものがとび出ていた。内臓の表面は真っ黒な血で湿っぽく、黒光りしていた。
それを見た瞬間、息が止まりそうになり、足が震えて立つことも侭ならなかった。泣き叫び、その声が聞こえたのか、お兄ちゃんが跳んできた。
その日以降、私は犬が嫌いだ。
いや、犬自体が嫌いなのではなく、犬に関するその記憶が、トラウマとなって頭を擡げてしまうのだ。
今にして思えば、あれは私を忌み嫌う町の子供たちの仕業だったのかもしれない―――。




