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ZartTod  作者: えびてん丸
24/42

episode18

「やあ、こんな所に君がいるなんて珍しいじゃないか」

「ん? 私が廊下にいたら拙いか?」

「いや、いつもは時計塔にいるからね。なんとなく……ファベルは一緒じゃないのかい?」

「あやつは、最近は何かと忙しいからのう……」

「そっか……」

「そういえば、大助と話すのは久しぶりじゃな」

「あれ? そうだっけ? んー、そうだったかも。まあ、色々あったからね」

「シキはどう?」

「彼女のこと? まあ、今のところは大丈夫かな。確信は持てないけど……」

「いつ、鬼に飲み込まれるか分からないからか?」

「………そうだね」

「仲間の危険になる存在なら、大助は消すのか?」

「それはないよ。彼女も、俺の大事な部下だからね」

「それだけ?」

「ん~、あえて言うなら、ファベルほどではないけれど、妹みたいだな~、とは思ったことはあるね。俺、兄弟いなかったし、家族ってのも疎遠だったからさ。妹だな~、と思うと可愛く見えてくるものだね。不思議だよ」

「ファベルに知れたら大変じゃな」

「あははは、そうだね」

「変わったね」

「そうかな?」

「そうだよ、ファベルも大助も……みんな変わってく」

「………あれ?」

「どうしたの?」

「シキが廊下で寝てる」

「え? 本当だ……大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だよ。ただ、熱出して、気を失ってるだけみたいだからさ。よいっしょ……」

「どこに連れてくの? そっちはシキの部屋の方向と逆……」

「ん? 俺の部屋さ。彼女の部屋は、空気が悪そうだし……それから、フリール―――」

「何?」

「―――口調、昔のに戻ってる」

「あ……」



  *

  *

  *



 頭痛がして目が覚めた。

 体を起こそうにも鉛のように重くて、だるい。体に上手く力が入らない。喉も痛いし、頭もぼうっとして上手く物事を考えられない。頬は熱いのに、物凄く寒い。汗が頬や首に纏わり付いて、気持ち悪い。少々、吐き気もするが、我慢できる。そもそも、吐く物がない。

 見たことの無い木目の天井が見えた。私はどうやら、ベッドに寝かされているらしい。しかし、私の部屋ではない。私のベッドには、こんなもふもふとした掛け布団はなく、薄い毛布が一枚あるだけだ。それに、明るかった。窓が明けられていて、そこから風が吹き込んでくる。カーテンがそれに揺らされていた。風が頬に当たり、霞む視界に、

「やあ、おはようシキ」

大助さんが映った。

「大助さん……ここはどこですか?」

 大助さんは、林檎を切りながら、

「ここ? 俺の部屋だよ。君の部屋はどうも陰湿で空気悪そうだったからさ……」

そして、彼は続けて、

「……部屋変える? 要望があれば、空き部屋があるし、変えられるよ? そっちなら、窓もあるしね。明るいよ?」

などと言ったが、私は頭を振った。

「いえ、今の部屋が……いいです」

 何かとあの部屋は小さくて、少し暗くて、落ち着く。別に暗いのが好きなわけではなく、寧ろ、明るい方が好きで真っ暗は嫌いなのだが、不思議と落ち着くのだ。独りになるのが好きではないのだが、誰とも関わらないあの部屋がいいのだ。

 私の反応に、大助さんは不思議そうに首を傾げ、

「そうなの?」

「はい……」

「ふ~ん、ダリットは『早く部屋を変えてくれ!』って、叫んでたけどね」

「私と、ダリットさんは……違いますから」

「まあ、そうだね。君が今のままでいい、っていうなら、そうしとくよ」

頷いて笑った。

 それから、手に持った林檎を一口大に切っていき、小さなフォークでその中の一つを刺し、それを私の口元まで運んだ。

 しかし、食べる気にはなれなかった。気分が悪くて、食欲がない。

 それを悟ったのか、大助さんは微笑みながら、しかし心配そうに、

「少しくらい食べなきゃ、早く治らないよ」

林檎を差し出す。

 それに、少々躊躇い、渋々と食べた。

 しゃくり、とした食感と甘い果汁が喉を潤していく。喉が渇いていたので、食べて良かった、と思った。

 そんな私に、

「どう? 味は?」

と聞いてきて、

「……林檎の、味がします」

「そりゃ、林檎だしね……」

大助さんは私の感想に、少々呆れて肩を竦めた。

「もっと、こう……ないの?」

「は、はあ……」

「グルメリポート並の、さ」

「そんなこと、できませんよ……」

 私が弱気にそう呟くと、彼は大きく笑った。

「大助さんはどうして、私の看病なんかを……?」

「ま、第一に、ここは俺の部屋だからね。自分の部屋にいるのは当然だろ? 第二に、俺が倒れている君を見つけた。第三に、君は俺の部下だから。第四に、俺が仕事をサボる口実を作りたかったから。もっと、何かある?」

「いえ……ありません」

 それから暫く、私は寝込み、大助さんはその間色々と話を聞かせてくれたり、私の額に濡れタオルを乗っけたりしてくれた。

 数時間が経っても一向に熱は下がらず、寧ろ、より悪化していった。意識がいよいよ朦朧としてきて、これは流石に拙いな、と思い始めた頃には息をするのも苦しくなってきたときだった。そうなってくると、大助さんの方も焦りが見え隠れし始める。心配の色が、色濃く現れて、少し悩んでいるようだった。しかし、私を見て、痺れを切らしたのか、ため息を吐いて、

「シキ……ライラの所に行くよ」

と言う。

 だが、私にはそのライラなどという人を知らない。

「だれ、ですか?」

「んー、まあ、医者……かな。詳しくは研究者、なんだけどね。あまり、君を紹介したくなかったんだけど……今は形振り構ってられないっていうか、彼女、君みたいな子が好きなんだよねー」

 苦笑しながらそう言って、私を起こした。自分では上手く力が入らず、起き上がるのにも儘ならないが、彼に支えてもらい、上半身だけ起こすことができた。後ろに倒れそうになるが、なんとか前のめりになってそれを阻止する。一方、大助さんは布団を剥ぎ、私に白い新しいコートを渡した。

「それを着なよ。体を冷やすと大変だからね」とのこと。

 けれど、大助さんの持っているコートはみんな黒いものばかりだったはず、と思いながら言われるが儘、コートを着た。

「大助さんの、コート……新しくしたんですか?」

「まあね。君だけ白ってのも、仲間はずれにしている感じがして嫌だったし、それにそろそろ新しいの欲しいなあ、って思ってたかさ。変えたんだ」

「そう、ですか」

 くらくらしてきて、上手く返答が思いつかなかった。彼もそれを分かっていた。だから、私に背を向け、「運んでくからさ」大助さんは私を負ぶった。彼の背中は大きくて、思っていたよりも暖かかった。ぼうっとしている内に、大助さんの部屋を出て、外が見渡せる廊下へと出ていた。気がつくと、大助さんの首の向こうにダリットさんがいた。彼はどうやら、私に対する大助さんの対応に苛々しているらしかった。意識が判然としないせいか、彼らの会話が頭に入ってこなかった。そうこうしている内に、大きな建物が見えてきた。時計塔から西に行くと会議場があり、その逆――つまり東――に研究棟といわれる建物があった。その中へ、大助さんは平然と入って行き、どんどんと進んでいった。

 中央に廊下がずっと奥まで続いていて、建物の中心に着たであろう所で廊下は十字に分かれていた。廊下には等間隔に扉が設けられていて、それぞれに名前がついていた。本当に病院、というよりかは、研究所だ。けれども、病院も兼ねているらしく、扉が開いていて中が見える部屋からは怪我人や、病気なのか寝ている人が垣間見えた。大助さんは、怪我人の多く見えた左の方へ廊下を曲がっていった。その足取りには迷いがない。慣れているのかもしれない。その廊下の突き当たりの部屋に大助さんは入っていく。その中はとても暗い。昼間とは思えないほど、薄暗くされている。カーテンが閉められているからだ。その中に人影が映った。それに大助さんはため息を吐いた。

「あたしを見て、ため息吐くの止めてくれるかな? 大助くん」人影はそう言う。

 大助さんは、

「まず、カーテン開けようか。空気が悪い」

と促し、私を何かの台に降ろした。

 人影は、「はいはい」と面倒そうに頷き、カーテンを開け、窓も開けた。どんよりしていた空気が爽やかに変わる。すると、部屋が明るくなり、人影は女性に変わった。赤みのかかった茶髪を無造作に伸ばしていて、その目は眠た気で、けれども、綺麗な女性であった。白衣を着ていて、いかにも、研究者らしく、医者らしく見える。彼女が大助さんの言っていた、ライラさんなのだろうか。

 彼女は私を見るなり、大助さんの方をにやにやと笑って、

「へえ~、子供?」

と問う。それに大助さんは当然のように、

「ん? まあ、子供だね」

「大助の? いつ産ませたの?」

「は? 違うからね。俺の子供ではない。部下だ、部下」

決然と「部下だ」と言う彼に、彼女は残念そうに、

「えー、違うの? あの子とあんたの子供だと思ったのにな~」

だが、演技っぽい。

 そんな彼女に、大助さんは再び「はあぁ」と今度は態と大きくため息を吐く。

「いいから、早く診察してくれないかな、ライラ」

 すると、ライラさんは私の方へ向き、私の額に手を付け、けれどもそれも一瞬で、次に「口開けて」と言った。失礼なようだが、先程の大助さんとの遣り取りからは想像も付かないくらい医者らしい手つきで診察らしいことを行い、最後に頷いた。

 ライラさんの行動に、

「分かった?」

大助さんは問う。

 それに、

「まあ、ただの風邪だね」

とライラさん。

「だろうね」

と大助さんが返した。

「分かっていたなら、連れてこなくてもいいのに……」

「まあ、なんとなくね。一応、専門家の意見も聞きたいし。で、どう?」

「だから、ただの風邪。疲労のせいかもね」

「ふーん。それだけ?」

「まだ何かあると思うの?」

「別に……」

 大助さんの、意味有り気な言動にライラさんは訝しげな表情を返す。だが、諦めたのか、話を変えた。

 診察室のカーテンで仕切られた向こう側に行って、ライラさんは小瓶を持ってきた。小瓶の中には、緑色の液体が入っていた。いかにも、と言う感じだ。それを私の目の前に持ってくる。当然、大助さんは、

「それ何?」

と聞いた。

「薬よ、薬。まあ、試作品なんだけど……飲んだら一発で治るよ」

 頼もしい言葉だな、と感心していると、ライラさんは続けて、

「最悪、死ぬかもしれないけど」

などと言った。

 その言葉に一瞬体をビクつかせてしまった。

「え!?」

 私の反応を見たライラさんは、次の瞬間大声で笑い始めた。大助さんは呆れて物も言えない、と言った感じで頭を押さえていた。

 そんな彼らを見て、からかわれた、と思った。

「嘘よ、ただの風邪薬だから。そんなに驚くとは思わなかったな~。いや~、大助あたしこの子気に入った」

 ライラさんは笑いすぎたのか、目に涙を浮かべ、お腹を押さえながら言う。

 一方、大助さんは、

「そう言うと思ったから、シキをあなたに紹介するの嫌だったんだよ」

嘆息を漏らす。

 薬を手渡され、大助さんに「大丈夫でしょうか?」の意味を込めて視線を送ると、彼は苦笑して肩を竦めた。たぶん、大丈夫だよ、という意味だろうか。分からないが、恐る恐る、その緑色の液体を口に流し込んだ。とたん、吐き出したくなるような苦味が口内を襲ってきた。だが、吐くのを我慢してなんとか飲み込む。咽てしまい、大助さんは水をくれた。水を飲むと、苦味が薄くなっていき、落ち着いてきた。

「どうだった?」

 などと、分かりきった質問を大助さんは言う。

「苦かったです」

「そりゃ、良い薬は苦い、って言うしね。仕方がないよ」

 そんな問答があり、私は診察室にあるカーテンの向こう側にある簡易ベッドに寝かされた。大助さんはライラさんと話があるらしい。それまではここで寝てろ、ということだ。彼は、私の額に濡れタオルを置いた。

「あの……」

「ん? 何?」

「えっと、私あの人……苦手です」

 私がそう言うと、大助さんは目を逸らし、

「あー、それね。俺もそれには共感するよ」

と言い、「まあ、でもこれから先、長く付き合っていくことになるよ、君は」と同情の眼差しを私に向けて、去って行った。

 それから、数分私は一人診察室の天井を見つめていた。天井の板でも数えていよう、と数えている途中で、瞼が重くなってきた。これは薬のせいだろうか。風邪のせいだろうか。分からなくなってきた。



  *

  *

  *



「でさあ、さっきの続き」

「え?」

「だから、彼女の風邪の原因について、よ。あんたの見解を聞かせて」

「ん~、呪縛鬼のせいかなあ、って。封印の一部が弱まっているから、そのせいで治りにくく、それに悪化しやすくなっている。呪縛鬼は強ければ、強いほど、体への負担は大きい。だからかな~、って」

「……もしかして、例の件――あの子のことなの?」

「まあね。いつ暴走するか分からない。暴走したときは、俺かファベル、フリールが殺す手はずになっている。でも、彼女には無理かもね」

「弱いから?」

「それもある。シキの呪縛鬼は強すぎるから……。でも、あの人以外に適合者がいるなんて正直驚いた」

「神呪器・死鬼―――でしょ。あれは強すぎよ。あんなものをよく暴走もせずにいられるなんてあの子凄いわね」

「まあね。でも、ファルゴルは予想外だったかもね。自分の実験に必要不可欠なもので、それも、強すぎるあまり適合者がいないとばかり思っていただろうし……」

「へえ、太陽神様のことを呼び捨てだなんて、殴られても文句言えないわよ」

「大丈夫さ。今、ここには俺とあなたしかいない」

「……でも、そんなあんたは彼に魂を売ったんだろう?」

「………」

「あの子のため?」

「まあ……ね。あいつが封印が緩んだのをいい事に彼女を殺そうと策略してたからね。だから、売った。部下思いだろう?」

「……で、彼女にはその事は?」

「言ってない。言っても、どうせ彼女のことだ。ファルゴルの所に行って、俺と同じことをするよ。それじゃあ、元も子もない。そうしたら、ファベルが父親を殺しかねない」

「そうはさせない?」

「ああ、勿論」

「ふ~ん、相変わらず仲良しね。あたしの事も昔みたいに『お姉ちゃん』って呼んでもいいわよ?」

「あははは……遠慮しておきます」

「真顔で言わないでよ」

「………」

「何? 彼女のことが心配?」

「ん~、いや。ただ、シキに話さないとなあ、って」

「何を?」

「秘密」

「ケチッ」

「あはははは」


  *

  *

  *


 次に目が覚めたのは、自分の部屋だった。冷たい、石のような壁と天井。相変わらず、頭は痛いし、ぼうっとするが、薬を飲んで寝たからだろうか、そんなに酷くはない。何時間寝ていたのだろうか、と思い、周りを見渡そうとした所で、大助さんの顔が見えた。ベッドの隣にある椅子に座る彼は、私が目を覚ましたことに気づくと、ニッコリ微笑んで、額に大きな手を乗せた。

「やあ、おはよう」

「はい、おはようございます。えっと……私はどのくらい寝ていたんでしょうか?」

「ん~、一時間ちょっとかな。少し、熱も下がってきたし、この調子だと明日明後日には治るかもね」

「そう、ですか」

 大助さんは微笑みながら、頭を撫でてくる。少し、強かったが、気持ちが良かった。

 昔のことが頭に浮かぶ。私が人間の五、六歳くらいの子供だった頃、熱を何度か出したことがあった。私が風邪を引くと、いつも寝込んでしまい、起き上がるのも大変だった。兄妹の中でも、私が一番そういう事に弱かったのだ。その時には、妹が生まれていて、お母さんを独占すると言うことができなくなった。だからだろうか、とても寂しく感じることが多かった。だからといって、文句を言うわけにもいかず、そもそも、「もうお姉ちゃんになるんだから、しっかりしなきゃね」とお母さんに言われ、お父さんにも言われてしまい、そんな圧力に押し負けて、私は所謂お姉ちゃんというものになるしかなかった。そうなってくると、甘えることも少なくなってきた。私のそんな調子にお兄ちゃんは、寂しそうな顔を時折見せることがあった。けれども、甘えたくない、というわけではなし。本当は、甘えたかったのだ。だが、押さえるしかなかった。期待に応えたかった。だから、唯一甘えられることが、風邪を引くことだった。態と風邪を引いていたわけではない。偶然だ。風邪を引くと、自然とお母さんの目を引くことができる。幼いながらに、考えついた私の禍根だ。お兄ちゃんは、そうでなくとも優しかった。私が寝込んでいると、濡れタオルを額に乗せるはずが、しばしば、彼は頭を撫でてくるのだ。それが優しくて、今でも覚えている。だが、再び要求することもできない。そういえば、こんな風に看病されるのは何十年ぶりだろうか。

 思い出に耽っていると、大助さんは徐に立ち上がり、

「じゃあ、俺は仕事があるからさ、後の事はフリールが看てくれるようになってる。じゃあ、頼んだよ、フリール」

扉の奥へ視線を向ける。すると、開け放たれた扉の外からは、フリールさんがいつもの大きな枕を抱えて入ってきた。

「ああ、頼まれた」

 彼女は頷くと、大助さんが座っていた椅子に座り、それを彼が見届けると廊下の奥へ消えていった。

 それから、フリールさんと談話した。その中には、私の今使っているベッドについての話題にも触れた。今の私のベッドには、もふもふの羽毛布団が布かれている。暖かい。それは風邪を引いたと聞いたファベルさんが手配し、施したんだとか。本当に嬉しかった。後で、お礼に行かなければ。その後、フリールさんが私の枕を見て、「この枕をやろう」と言って手に持っていた大きな枕を、私が使っていた枕を奪い取るようにして引っ張り、私の頭の下に置いたのだ。「後で返します」と申し訳なく思って言うと、「返さなくともよい」と「シキにあげるよ」と言って微笑んだのだ。それに御礼をした。その枕はとてももふもふしていて、非常に寝心地が良かった。

 ふと、気を緩めた隙に、眠気が襲ってきた。一時間余り、寝たはずが、しかし、体は疲労困憊だったのだろう、抵抗するまもなく私は目を閉じた。



 ***



 熱が下がった三日後、私は仕事を取りに大助さんの部屋を訪れた。相変わらず、扉には紙が張ってあり、何かが書かれている。汚い字だ。それを、突っ込んだら負け、とばかりに無視してノックを二、三度ほど打つ。すると、中から、

「いるよ~」

と間の抜けた声が聞こえてきた。それを合図にドアノブを捻って入る。

 大助さんの部屋は二つある。一つは寝室、もう一つは事務室だ。事務室では仕事をしたり、資料がズラリと並んでいる。

「あの、仕事を取りに来ました」

 と言うと、

「そこにあるよ」

と部屋の隅に寄せてある会議用のテーブルを指差した。そこには積まれた書類の塔が四つくらいある。それを少し取り、何度か来て、全て部屋に運ばなければ、と思って、塔の内の一つを三等分しその内の一つを持った。そのまま、

「また、来ます」

と言い残し部屋を出て行こうとしたら、

「ああ、ちょっと待って」

と呼び止められ、踵を返した。

 すると、大きな机に、立派な椅子に座りながら資料の確認をしていた大助さんが顔を上げていた。そして、真剣な顔で、私を真っ直ぐ見て静かに言った。


「君に話があるんだ」

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