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ZartTod  作者: えびてん丸
13/42

episode9

――五四年目。


 呪縛鬼の具現化の練習を始めて約四年余りで私は、呪縛鬼の制御ができるようになった。これは、相当早いらしく、新神あらたがみ――両親に神を持ち、神として生まれた神――でもまずいないほどの早さらしい。様々な神様はそれに驚いていた。よもや、成り上がりにそんな奴が現れるとは……。そんな言葉に、色々と教えてくれたファベルさんやフリールさんは自慢気だった。どちらかと言うとファベルさん方なのだが。

 ともあれ、今日あたりから私は天界から降りることができるようになった。自由ではなく、一応総代の大助という方と一緒に行くらしい。その為にここに来たのだが、正直言って誰かと仲良くしたくなかった。だから、誰とも目を合わせず過ごしていた。

 しかし、そんな私の態度をよく思っていない人もいるらしく、

「おい! シキ、聞いてんのか?」

声を荒げる男がいる。

 金色の髪に黒い服を着た男。その男の後ろには、黒い髪に穏やかそうな目に黒い軍服を着たこの男こそが死神の総代――大助さんだ。

 大助さんは穏やかな表情と口調で、

「大丈夫だよ。彼女、優秀だって評判だからさ」

「ああ? そんなもん信用できるわけないだろ」

「あはは、できるかできないかは、これから判断すればいいさ」

笑って言った。

 それに金髪の男が、私を睨んで、

「おい、呪縛鬼が早く制御できたからって、調子に乗ってんじゃねえぞ」

言った。

 が、後ろの大助さんが笑って、

「あははは、良いんじゃないかな。別に調子に乗っても……。だって、ダリットは五十年掛かったじゃないか。そう考えると、彼女は相当優秀だよ」

と言った。

 私を見ながら言った。

 その後から、もう二人ほど集まり、天界を降りた。

 満月の夜の町。月明かりと、民家の明かりだけが暗闇を照らし出していた。出歩く人は少ない。

 久しぶりに現界げんかいに降りてきた。死んでから、ずっとあそこにいたから新鮮な感じがした。でも、不思議と懐かしい感じはしなかった。見覚えのない町だからだろうか。

 そういえば、ここに降りてきて私は一体何をすればいいのだろうか。

 何も聞かされていないため、何をやるのか分からない。これまで、資料の整理なんかをやらされてきたからここの仕事が分からないことが多すぎる。これから分かればいい、という事なのだろうか。

 そして、大助さんと、ダリットさんと一緒に町を歩いていた。他の二人は別行動だ。

 民家の窓の外からは、明かりと共に明るい家族が垣間見えた。こんな風に暮らしていた時もあった。けど、なくなった。名残惜しい気はしないが、寂しい。

 どれくらいそれを見つめていたのだろうか。大助さんが後ろを歩く私を見ていた。

「どうしたんだい?」

「……いいえ、何もないです」

「………」

 私の見ていた方を一瞥し、それから、

「……羨ましいのかい?」

「いえ……」

「ふ~ん、じゃあ先に進もうか。俺たちはもう、死んでいるんだ。そんなことを気にかけていたら切がない」

と言った。優しい言い方だったが、冷たい言葉だった。

 私はそれに頷いて、彼らの後をついて行った。

「あの……」

 私が大助さんに声を掛けると、彼は優しい表情で振り向いた。

「なんだい?」

「……何しにここに来たんですか?」

「なんだ、そんなことか。それならもう直ぐかな? ほら……」

 大助さんの指差すほうに目を向けると、暗い雑木林の中にあるぽつんと空いた場所に人が集められていた。大怪我をしたものが多い。

 ダリットさんは鎖鎌を取り出し、大助さんも大きな重槍を取り出した。

 私も言われるがままに、黒い大きな鎌を取り出した。

 何をするのか、と首を傾げていたらダリットさんが大怪我をした男性に向かって刃を突き立てた。

「……え?」

 驚く私に大助さんは、冷静な声音で、

「これが俺達の仕事さ。分かったかい?」

尋ねてきた。

 それに私はようやく、自分の本当の仕事を理解したような気がした。

 それもそうだ。だって、私は死神なのだ。それなら、『殺す』以外にどんな仕事があろうか。仕事だからって、区別できるだろうか。私にはその自信が、

「ほら、君の仕事だ」

無かった。

 震える女性に、血を流して泣いているその女性に刃を向けることが怖かった。

 身体が震える。呼吸が乱れていく。今にも崩れてしまいたいくらいだった。

 後ろで大助さんが、

「さあ、やってごらん」

と笑っている。

 その微笑が今は怖かった。

 下唇を噛み、震える手に力を込めた。

「……っ…………」

 やめて。

 そう訴えるその女に私は鎌の刃を突き立てる。

 目に見えるのは、女の胸元に薄らと見える魂を縛り付ける鎖。それを切る為の鎌の刃が視界にぼんやりと映る。

 ―――ごめんなさい。

 心の中でそう呟きながら、鎖を切った。

 そして、また私は誰かを殺した。

 これが死神の本当の仕事。

 誰かを殺す、そういう仕事だ。

 身体の中に何かが入り込むのが分かった。

 神格―――。

 特定の仕事をしたぶんだけ、与えられる力、また生きるためのエネルギー。私は、そんなものいらない。誰かを殺して、自分が生きていくなんてそんなものはいらない。

 女は死んだ。

 私が殺した。

 女を殺して、私は生きる力を手に入れた。

「……はっ………ぁ」

 息が出来なくなるくらい、胸が苦しい。

 呼吸が出来ない。

 胸を押さえ、空気を吸おうとするが身体がいう事を利かない。

「おいおい、なんだよ。こいつ、情けないな」

「あはは、ダリットだって最初はすぐ吐いたりしてたじゃないか~」

「うっせ!」

 視界がぼやけ、意識が朦朧としてきた。

 私はその場に崩れ落ちた。


 ***



 目を覚ましたのは、窓の無い暗い部屋にあるベッドの上で寝ていた。私が死んでから初めて目を覚ました場所だ。

 虚ろ気な頭で何があったのかを思い出していく。

「……あ」

 そうだった。殺したんだ。私はまた誰かを殺した。あの時と同じだ。

 膝を抱えて蹲る。

 女の人を殺した、という事実は変わらない。私が殺さなくても、大助さんが殺したかもしれない。若しくは、ダリットさんが殺していたかもしれない。あの人は死ぬべきだったということだろう。

「もう、いやだ……」

 小さく呟いた。

 誰かが死ぬのはもう見たくなかった。

 誰かを殺して生きるくらいなら、いっそのこと死んだ方がいい。

 そう思っていると、扉がノックされた。

 誰にも会いたくない気分だったから、無視していたら扉を開けて誰かが入ってきた。

「おい、何故返事をせんのだ」

 声の感じからして、ファベルさんだろう。

 顔を上げず、

「すみません」

と応じた。

 彼は、部屋の中へ入ってきて、私の隣に座った。その拍子にベッドが僅かに軋むのが分かった。

 私の様子に、何かを察したのかファベルさんは徐に口を開けた。

「……初めて、殺したのか?」

 その問いに私は間を置かず、首を横に振った。

「……初めて、じゃないです。人間だった時も、沢山の人を死なせてますし……」

「それは、お前の所為じゃないだろう。あれは、あやつらの所為だ。お前の所為ではない。そもそも、お前は直接殺してはいないだろう」

「そんなこと、ないです。直接じゃなくても、私がいるからみんな殺されたんです。結局は私が殺したようなものです。誰かを殺すくらいなら、私は―――」

 言いかけたところでファベルさんが遮って、

「死にたいか?」

勿論私はそれに、

「はい……」

頷く。

 彼は続けて、

「生きていたくないと?」

と言う。

 また、

「……はい」

と答える。

「お前は、誰かを救うために、誰か幸せのために、また自分を犠牲にするのか?」

 やけに、冷たく突き刺さるような言葉だった。

 人間だった頃の私の行いに対して言っているのだろう。誰かを失いたくないから、誰かが泣くのは見たくないから、私は抵抗することなく殺された。それが、彼の目には自己犠牲に見えたのだろう。そして、神として再び生を受けたのに、人間のちっぽけな生涯のためにまた死ぬ気なのか、と彼は言っている。

 ファベルさんは私の頭に手置いて、

「生きることをそう易々と諦めるなよ。シキ……いやメイリス、お前は自分が死んで誰も悲しまないと思っていないか? ふざけるなよ。お前が死んだら、俺様がお前を打ん殴ってやる。覚悟しておけよ。

 それに、あの女狐も悲しむだろうよ。それをお前は分かっているのか?」

口を尖らせた。

 その言葉に私は言い返すことが出来なかった。

 言を構えることは簡単だった。死ぬのは私の勝手だ、とか。別に悲しんでもらいたいと思っていない、とか。言うのは簡単だった。

 でも。

 この人にはそんなことは通用しない、そんな気がした。

 だから、私は黙ったまま、膝を抱え、頭を埋めたままでいた。

 暫く、お互い話すことなく過ごしていた。

 沈黙を破ったのはファベルさんの方からだった。

「おい、シキ。いつまで、落ち込んでおるのだ。そろそろ、面を上げたらどうだ?」

「………」

 黙って、顔をあげた。

 私の顔を見て、

「なんて顔をしておる」

と微笑んで言った。

 少しばかり泣いていたので、目が赤くなっていたのだろう。それを見て彼は笑っていた。

 こつん、と彼は自分の額を私の額にくっつけた。

 間近に見えるその目は、強気な意思の強そうな目。それでいて、優しい目だった。吸い込まれるようだった。

「俺様を頼れと言っただろう。何だっていい。石に躓いたとか、猫に引掻かれたとか……。俺様だけじゃない。なんだったら、フリールだっている。お前はまず、誰かに頼ることを覚えろ。なんでも独りで解決しようと思うな」

「………」

 返事をしない私に、

「分かったか?」

と聞いてきた。

「……はい」

 と頷いた。

 そういえば、どうして彼がここに来たのだろうか。そう聞いてみると、

「ん? まあ、第一にお前が倒れたと聞いたからな。実際、そっちのがついでなのだがな……」

「ついで、ですか?」

「そう、ついでだ。ほれ、これお前の服だろう」

 そう言って、差し出してきたのは綺麗に折りたたまれた白と黒の修道女の服と、その上にある十字架の首飾り。どれも、私が生前身に着けていたものだった。

「お前のだからな、最近俺様のところに送り込まれてきたから、返そうと思ったのだが……。いるか?」

 私は、それを見て十字架だけ取った。

「それだけでよいのか?」

「……はい。あとは、要りません」

「じゃあ、捨てておくがいいのか?」

「はい。お願いします」

 とお辞儀をした。

「そうか……」と彼は手に持った修道女の服を見ながら呟き、それから立ち上がった。扉の前まで立ち、ドアノブに手を掛け、扉を開く。外からは光が射してきた。そのまま出るのかと思っていたら、立ち止まり首だけこちらを向けて、

「ああ、そうだ。もう、俺様に敬語使わなくてもいい」

と言った。

 その言葉に、

「……え?」

思わず声が零れてしまった。

 しかし、私の驚きと疑問など意に介さず、彼は出て行ってしまった。

 どういうことだろう。

 いきなりの事過ぎて、状況が上手く掴めていなかった。

 深呼吸をし、今度あの人にあったら聞いてみようと決めて、手に持った十字架を見た。

「………」

 そして、ベッドから降りて部屋を出た。

 この十字架に少しだけ細工をしてこよう、と私は歩き始めた。

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