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ZartTod  作者: えびてん丸
12/42

episode8

――――――。

――――。

――。

 みんなの声に焼かれた私が目を覚ましたのは真っ暗な場所だった。

 暗く、黒く、深い場所。

 霞んだ眼に映るのは、真っ暗な空間に浮かぶ白と黒の幾つかの仮面。

 仮面は何やら話をしていた。

「……―……―――」

 何を言っているのか分からない。

 今私はどの様な状態にあるのか、それすら分からない。

 確か、死んだはずなのだ。

 炎に焼かれて、死んだ。

 魔女と言われて、家族を奪われて、殺された。

 だが、こうして意識があるということは死んでいないということだろうか。

 自分の体が今どのようになっているか分からない。感覚が薄い。

 意識がだんだん薄くぼやけてくる――。



 次、目を覚ましたのは窓のない、壁に掛けられたランプの明かりしかない部屋だった。

「………」

 ぼうっとしていると、近くで男の声がした。

「よう、目ぇ覚めたか?」

 どうやら、ベッドに寝かされていたみたいだった。

 身を起こし、「ついて来い」という男の後について行った。

 燃えるような朱色の髪に、赤い服。つりあがった目。

 男は言う。

「そうだ、先に言っておくがお前はもう死んだ。人間としてのお前は死んでいる」

「しんだ?」

「ああ、お前は選ばれた。神として……死神として選ばれた」

 死神。

 その言葉に驚きはなかった。

 私は生きていた頃から、誰かを殺していた。

 だから、その役柄は合っているんじゃないかと思った。

「だが、まあ……お前はまだ神としては曖昧な存在だ」

「あいまい?」

「今のお前は、言わば幽霊みたいなものだ。気がつけば簡単に消え、望んでも居ないのに存在する。そういう存在だ」

 明るい廊下をずっと進んでいく。

 目の前に大きな扉があった。

 男はドアノブに手を掛け、

「だから、今からお前の存在をこの現世に縛る」

開いた。

 中から厭な空気が流れてきた。

 大きな部屋だった。その中は暗い。真っ暗で、厭な感じがする。

 不快……。

「まあ、そう緊張するな。今からお前の体の中に、これを入れる」

 男の手から、男の身長よりも遥かに大きい黒い剣が現れる。剣というよりは巨大な鉄の塊のようなもの。柄には布が巻かれている。赤い亀裂は脈打っている。

「これは、呪縛鬼だ。

お前を縛る鎖。

お前を呪う鬼。

そして、これはお前の存在そのものだ」

 男は笑っている。

 そして男が私の額に触れたとたん、体の中に何かが入ってくるのが分かった。

 鬼が入ってくる。

 呪いが縛り付けてくる。

「……はっ………ぁ」

 息苦しい。

 男は、

「そう、意気込まんでも良い」

と冷静に言ってくる。

 そうは言っても、苦しい。胸が締め付けられる。

 そんな感じがしたが――

「……っ―――?」

気がついたら、何ともなかった。

 胸を押さえていた手を退けて、何もない事を確認した。

 そんな私を見て、男は笑った。

「ほら、何もなかろう? でも、上出来だ。よもや、その呪縛鬼に耐えられたのはお前が初めてだ。そこは褒めてやる。だが―――、自惚れるなよ。お前はそれで神になったが、だからといって完璧なわけではない。お前だって怪我をすれば痛い。死ぬ事だってある。そこを忘れるなよ」

「しぬ? もう、死んだのに?」

「ああ、人間としてお前は死に、そして神としてお前は生きることになった、とでも言おうか」

 男の言葉に、自分の手を見つめた。

 存在を確認して、私は独り言のように言う。

「じゃあ、私は死にきれなかったんですね……」

 私の言った言葉に対し、男は大きくケラケラと笑った。

「お前は面白い奴だな。大抵、生き返ったとか、まだ生きてるって感激する奴ばかりだ」

 男は私の頭を撫でた。乱暴で、粗雑な撫で方で、首が折れそうなほど痛かった。

 暗い部屋を出た時、先に立っていた男は振り返って、言った。

「自己紹介がまだだったな、俺様はファベル。焔の神。忘れるなよ、シキ」

 シキ?

 私は名前を呼ばれたのだろうか。

 首を傾げていると、ファベルと名乗った男は、

「お前の名は、シキだ。お前の呪縛鬼が決めた名。大切にするんだな」

と言った。

 人間の私が死に、死神――シキが誕生した瞬間だった。

 私はこれからシキとして生き、また死神として生きることになった。だが、この時の私はまだ知らなかった。どれほど世界が複雑で、残酷なのかを知らなかった。

 だから、私は―――。



 ***


――五一年目。


 最初の五十年は、勉強や雑用の期間らしく、私も例外なく死神の下っ端として動いていた。誰かを殺すような仕事は一切なく、ただ雑務をこなすだけだった。そして、五十一年目から約七十年目までは呪縛鬼の具現化をする為の期間らしい。現に私は今その期間に当たる。

 具現化はできるのだが、重くて持つことができないのが今の状況だった。

 今の私は、死んだときの肉体年齢よりも十年近く若い。だいたい、七、八歳くらいだろうか。筋力はないが、体力は人間のときよりもあった。これが若さというものなのだろう。私がシキになったばかりの頃は、四、五歳くらいだったから、五十年でそんなに成長したわけではないようだ。それに、神にとって見た目年齢なんて関係ないらしい。上下関係は神格の差と神になってからの年数に比例する。

 私は、天界にある建物の間にある中庭で密かに練習をしていた。

 鬼は手に意識を集中させれば出てくる。現れたのは、黒い大鎌。私の身長よりも高い。それを手に取り、バランスをとろうとするが、

「……っ………」

ふらふらしてしまう。

 倒れそうになった時、鎌が上から取られた。

「何をやっておる。危ないではないか!」

 上を見上げると、焔の神――ファベルさんがそこにはいた。

 彼が力を加えると、黒い鎌はあっさりと消え失せてしまった。

 彼は見た目は二十代くらいだが、年齢はだいたい三千歳くらいらしい。神格も私よりも遥かに上なのだ。それなのに、この人はいつも私のところに現れる。いや、他の所にも行っているのかもしれないが、私が知っている限りでは私と同じ神格の人と会話をしている所を見たことがない。

「大丈夫です」

 言うと、彼は不服なのか、

「本当に大丈夫ならふらふらせんわ!」

と声を張り上げる。

 しかし、彼は微笑み、

「だがまあ、この早さで呪縛鬼を具現化できるとは、大した者よ」

私の頭を撫でた。

 少し乱暴で粗雑だけど、とても優しかった。

「すごい事なんですか?」

「大抵の成り上がりで十年、長くて五十年は掛かる。お前はものの一年で具現化できた。それは賞賛に値する」

 胸を張って言う彼。

 成り上がり……というのは、人間が死んだ後にその魂が選ばれた者が神になるということらしい。また、その元人間の神のことを言うことが多い。神格は生前の経験から神々が話し合って、ある程度与えられる。しかし、それだけでは不十分で、三日経つと消えてしまうらしい。だから、呪縛鬼というこの世に縛り付ける鎖が必要になる。呪縛鬼を選ぶことはできず、常に我々は呪縛鬼に選ばれる側なのだ。呪縛鬼に選ばれても、その力に耐えられなかったら、それでも消えてしまう。よって、神になる人間はそんなにいないらしいのが現実だ。そして、人間は『すぐに堕落する』というのがここの常識らしく、成り上がりも例外ではないらしい。だから、他の神々に見下げられる対象になった。

「へえ~、ファベルが子守してるなんて、珍しいね~」

 頭上から女性の声がした。

 中に浮くその女を見て、彼は憤慨の姿勢をみせた。

「珍しくなどないわ! お前こそ何しに来た? よもや俺様の邪魔をしに来たわけでは在るまいな?」

「あはは、そんな利益のないことはせんよ。ただ、面白い事をやってるなあって思ったから来ただけのこと。ああ、そうそう御主には興味がないから、安心せい」

「んだと!」

「そう、ぴーぴー騒ぐでない」

 女性は私のほうを向いて、

「久しぶりじゃな、メイリス。いや、今はシキと呼んだほうがいいのか」

微笑んだ。

 久しぶり、と言われてもこちらには面識が一切ない。どう返せばいいのだろうか。

「え、と……」

 戸惑う私を見て、

「お前中心に話を進めてどうする! 時神」

「あは、そうだったね~。忘れておったわ。ファベル、私にも一応名前があるのじゃが」

「けっ、何を言う、詐欺師。本名を名乗らない奴に、紹介する名などないわ! フリール」

ファベルさんは怒鳴りながらも彼女の名を呼んだ。

 フリール―――その名には聞き覚えがある。確か、時の神様の名前。しかし、彼の言葉が本当なら本名ではないのだろう。不思議な方だ。そういう印象を受ける。前々から、噂で聞いていたが目の前にすると他の神様とは少し違うような気がする。

「じゃ、話を戻そうか。シキ、御主ここは楽しいか?」

 唐突の質問に戸惑う私に、ファベルさんは「ただの他愛ごとだ。肩の力を抜け」と助言をしてくれた。

「はい」

「そうか。なら、友達はできたか? もしくは頼れる仲間でもよいが」

 その質問に、どきっとした。

「……いいえ、まだいないです」

 友達や仲間を作らないのは怖いからだ。生前のことがまた繰り返されるんじゃないか、と怖いのだ。だから、誰も近づけない姿勢を見せている。誰かを失うのが怖い。結局は自分が傷つくのが、私のせいで誰かがいやな目に遭うのを見るのが、堪らなく嫌なのだ。

 私のそんな心中を察したのか、フェベルさんはこう言った。

「お前に仲間がいないと言うなら、俺様に頼れ。俺がお前を支えてやる」

「えっ……?」

「だからな………」

 彼は私の頭を掴み、上を向かせた。

「そんな顔をするな。お前の傍にいると、不幸になるだとかそんなもの一切気にせん。それにな、俺様は死なない。そんな不幸不運厄災も、すべて焼き払ってくれるわ!」

「あは、ファベルにしてはいい事言うのう。私もその意見には賛成じゃ。この時の神が予想できない未来なんてないさ。御主の周りで災厄が起きようものなら、次元を捻じ曲げてでも変えるまでよ」

 その言葉は暖かかった。

 彼らは、きっと私が跳ね除けてもついて来るだろう。

 けど。

 今の私にとって、すごく嬉かった。

「だから、俺様たちをとことん頼れ。シキ!」

 その言葉に、私は、

「はい」

頷いた。

 自信満々にそう言う彼らが眩しかったのだろう。

 今の私には彼らの後について行く事しかできない。

 そんな気がした。

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