paragraph Ⅱ
茜色の夕日が教会の窓から差し込んで、教会の中のあらゆる物を赤くしていた。
少し肌寒くなってきた。
祭壇にある大きな十字架に祈るばかり。
失踪した兄が帰ってくることを……。
三日前のことだった。
薄暗い黄昏時。町の、誰も寄り付かないような所に兄はいた。隠れるようにして、何かを必死に貪っていた。
充血した目を見て、驚愕したのを覚えている。
兄も驚いたような顔をして、それから悲しそうな泣きそうな顔で言った。
「ごめん」
それから、目を放した隙に兄は姿を消した。
無事に帰ってきてほしい。
あんなのは夢だって、悪い夢だったんだよ、と笑って帰ってきてほしい。
でも。
多分、あれは夢ではなく現実のことだ。
兄だけに限ったことではない。
だんだん、家族がばらばらになってきていた。
それが怖かった。
だから。
今だけは、独りにしないでほしい。
黒い髪の彼が近くに居る。
いつも優しく笑ってくれる、彼に傍にいてほしい。
けれど、彼は夕方になると帰ってしまう。
だから、私は――――
「行かないで。お願い、私を独りにしないで」
そう言いたかった。
でも、夕焼け空を仰ぎ見る彼の寂しそうな顔を見て、言えなかった。
そして、
「じゃあ、また明日……。また明日、来るから」
彼は微笑んで教会を出て行った。
黒い大きな背中が小さくなるのを、私はぼうっと見ていることしか出来なかった。