episode7.5
※イキ視点です。
人が群がる。
魔女を返せ。
魔女を探せ。
魔女を殺せ。
と――。
何を言っても彼らの耳にこの言葉は届かない。
けれど、僕は諦めない。
だから、
「彼女を殺して、一体何なるんだよ!」
叫んだ。
訴えた。
でも、聞き入ってくれない。
彼らも限界なのだ。
もう苦しいのは嫌だ。
彼らの悲鳴が聞こえる。
だからといって、彼女を殺す事が良いってわけではない。
止めようとしていると、雑木林の方から銃声が二つ聞こえた。
何が起きたんだ?
急いで、音のした方へと走っていくと、奥から少女の悲鳴が聞こえた。すると、二人の少年が少女を連れてきた。
一人は、血のついた剣を持ち、もう一人は黒い銃を持っていた。
しかし、少女に外傷はない。
まさか、と思った。
胸が締め付けられる気分だった。
少年達が出てきた方へと走っていくと、地面に横たわっている白い人影があった。
白い長い髪の毛に、白い服。でも、その服は腹部や背中にかけて血で赤くなっていた。
「シキ……!!」
急いで彼女の元へ走っていった。
地面には大量の血。腹部からの出血。
先ほどの少年達がやったのだろう。
肩を抱え上げたが、ぐったりとしている。
死んでしまったのだろうか?
それを考えると、背筋がぞっとした。
「おい、シキ!」
そう名前を呼んでも彼女は何も返してくれない。
本当に死んでしまったのか、と思った矢先、
「……けほっ、かはっ……」
彼女は血を吐いた。
息はある。
まだ、助けられる。
安堵していると、集落の人たちが石を投げてきた。
帰れ、と。
邪魔をするな、と。
彼女に当たらないように、彼女の細い肩を抱き締めた。
ゴン、と額に鈍い痛みが走る。
顔を上げて、シキに当たっていないかを確認していると、彼女の頬に赤い血がぽたぽたと落ちてきていた。それが自分のものだととうことに気づくのに時間はそう掛からなかった。
彼らの方を見ると、その目にはもう道徳心なんてなかった。
そんな様子に唇を噛んだ。
何を言っても彼らには届かない。
無駄。
無駄、無駄、無駄。
なら。
今は腕の中の彼女をどうにかするのが先だ。
彼女を抱え上げ、走った。
背後からは、色々なものが飛んでくる。
鋭い何かが肩を切った。
不思議と、痛いとは思わなかった。
集落から暫く離れたところにある崖を駆け下りた。
また、森が続く。
彼らは追ってきてはいないようだ。
切り立った崖の下を川が流れている。川を渡り、そのまま走っていくと民家が見えた。
集落から離れた、孤立しているような民家だった。
二軒ある内の明かりのついている方へ駆け寄った。
ノックをすると、中からは男が出てきた―――。
ベッドが一つ、窓が一つあるよな部屋の中で、天井に吊るされたランプの明かりが煌々と照らしていた。
床に彼女を寝かせ、傷を見た。
刺し傷と、弾丸で抉られた傷。
まずは、弾を取り出さなければ……。
シキの腹の傷に手を入れ、弾を取り出す。その間、彼女は苦しそうな声と苦悶の表情を浮かべていた。腹からは血が流れる。一つ取り出し、二つ目をいこうとしたが胸が痛くなってきた。しかし、やらなければシキは苦しいままだ。だから、苦しそうな彼女の声を噛み締めてもう一つを抜き取った。
その次は血を止めなければならなかった。
彼女の腹部に手を置き、霊力を送る。切れた血管は塞がっていく。だが、これには激痛が伴う。
「ぐっ……ぁ……」
シキの苦しそうな声に、僕は
「ごめん」
小さく呟いた。
あらゆる生物が時間を掛けて、痛みに耐えて治していくのに対し、僕達神々はそれを数秒に縮めて治していく。だから、痛みも苦しみも凝縮されて襲ってくる。怪我を治す代償だ。
ある程度彼女の傷からの出血を防いだが、彼女はもうぼろぼろだった。
苦しそうな吐息に苦悶の表情。
腹から、手を退けようとして手を引いたら、彼女に掴まれた。弱々しく、外そうと思えば簡単に外す事ができる彼女の手を僕は外す事ができなかった。
小さくそして儚げな消え入りそうな声音で彼女は、
「行か……ないで………」
「え?」
「私を、独りに……しないで」
そう言った。
意識はない。
だから寝言だろう。
彼女は泣いていた。
初めて見た。
だからだろうか。
それを無視しようとは思えなかった。
シキの手を握って、
「大丈夫だよ。君は独りじゃないよ。僕がいる。僕が君の傍にいるから」
だから泣かないで、そう言った。
彼女の過去に何があったかなんて知らない。でも、僕は知りたいと思った。
そこではっとした。
彼女の過去を知って、僕はどうするつもりなのだろうか。
もし、彼女が過去に酷い目に遭っていたとしたら、僕は同情して彼女を殺さないのだろうか。
僕がそんなことを言ったら、多分彼女は、
『私をきちんと、殺して』
と言うだろう。
そうなった時、僕は彼女を殺す事ができるのだろうか。
今はそんな事考えていたって、仕方がない。
僕はシキの傷に包帯を巻いて、鞄から取り出した自分のシャツを彼女に着させた。それから、ベッドへ連れて行き、布団を掛けた。
安心していたら、頭が濡れている事に気づいた。触ってみると、ぬめっとした感触と痛みを感じた。
「ああ、そういえば怪我してたんだっけ……」
自分の頭にも治療をした。
シキも僕もぼろぼろだ。
そういえば、僕のコートもミリルさんの時や今回でぼろぼろになっていた。
着替えも持ってこなければならなかった。
天界に帰って持ってきたかったが、今はここを離れたくなかった。
だから、外に出て白い槍を生み出す。
そして思い切り、空へと投げた。
勢いよく空を突っ切り、見えなくなった。
数分すると、空から少女が降りてきた。
十歳か、十一歳くらいの少女。
そして、彼女の手には白い槍があった。驚いたような、それでいて嬉しそうな表情の少女は言った。
「どうしたんですか? イキさん」
予想通り彼女が来た。
利用しているみたいで気分が悪いが、仕方がない。
「ミコト、ちょっと、頼んでも良いかな?」
「……頼み事ですか? なら、わたしに任せてください!」
「僕の服とコートを持ってきてくれないかな?」
「分かりました!」
元気のいい返事をすると、彼女は天へと上っていた。
一、二分して彼女は帰ってきた。
服と、コートを受け取ると、
「でも、イキさんなんで自分で行こうとしなかたんですか? たった数分で行き来できるのに……」
と首を傾げた。
その言葉に、
「……ちょっとね。ここを離れたくなかったから………」
言葉を濁した。
怪訝な表情のミコトは窓から部屋の中を見て、それから僕の顔を見た。
「誰か怪我でもしたんですか? それにイキさんも怪我してます」
図星を突かれたように、ぎくっとした。
目を逸らすしかなかった。
すると、ミコトは部屋へとずんずんと入って行った。
「あっ、ミコト……!」
ミコトはベッドで寝ているシキを見て、殺気立たせた。
「死神……シキ―――」
彼女の小さな手から白い大きな断ち斬り鋏が生み出される。その鋏を彼女はシキに突き刺そうと振り上げ―――
「やめろ」
その彼女の細い腕を掴んで止めた。
「なんで止めるんですか? この人は死神……」
「今は、人間と変わらない」
「なら、今やっておいた方が……」
「僕は弱った人を殺めることはできない。それにさせるつもりもない」
彼女は諦めたのか、鋏を仕舞った。
そして真っ直ぐこちらを見て、
「イキさんは、あの人のことどう思っているんですか? やっぱり、嫌いですか?」
「嫌いだったら、助けたりしないよ」
「じゃあ―――」
次に続く彼女の言葉を僕は予想しておくべきだったと、後悔した。
「―――好きだったら、助けますか?」
その言葉に僕は、
「え?」
戸惑ってしまった。
僕がシキの事が好き?
そんな筈がない。
だって、僕は彼女を殺すんだから。
好きになるはずがない。
違う、と否定したかったが声が出ない。
そんな僕を見て、ミコトは笑って、
「すみません、変な事を聞いて……。では、わたしはこれで帰ります」
部屋を出て天界へ上っていった。
一人取り残された僕は呆然と立ち尽くしていた。
まだ寝ているシキを見た。
そして彼女が寝ているベッドの横に椅子を置いて、座った。
僕は一体どうしたのだろう。
彼女の事が好きなのだろうか。
いや、そんなことはないだろう。
ただ、仲間意識ができただけ。
大したことではない。
だから。
こんなに焦る必要なんてない。
仮に、僕が彼女の事が好きだとしても、その資格はない。
彼女を殺す僕には、彼女を好きになる資格はないのだ。
シキのひんやりとした華奢な手を握って呟く。
「……シキ、僕は一体君の事をどう思えばいいのかな?」
「………」
勿論、返答はない。
静かな吐息だけが聞こえる。
でも、彼女は
『私を殺す事だけを考えて』
とでも言うだろう。
その時僕は首を縦に振れるだろうか。
少しだけ、自信がなかった。