prologue
少年は白い槍先を向けながら、言った。
「僕は、君を殺したい」
静かな声で、はっきりと紡がれたその言葉に私は何も思わなかった。
ただ、やっぱりそうなんだと理解が深まっただけで、他は何もない。恐怖心すらない。
相手は殺そうとしている。冗談ではなく、本当の本気で。
殺意が感じられた。
しかし、怖いとは思わなかった。死への恐怖が薄い。
私は本当に壊れているのだと、分かる。
少年が何故、私を殺したいのか。そんなものは当に分かっている。
それは―――
―――私が、死神だから。
彼は生神で、私が死神だからだ。
彼は恵み、与える存在。
私は奪い、殺める存在。
常に相容れず、そして対となる存在同士だ。
彼は私が嫌いなのだと言う。
何もかもを奪い、誰も彼もを殺す死神が嫌いなのだと。
私のせいで、沢山の人が嘆き悲しみ、壊れていくのを見たくない。
だから、殺す。
単純な、そして明解な動機。
けれど、まだ何も知らない。
彼はまだ知らないのだ。
生きることの苦痛を。
死ぬことの幸福を。
だから―――
「ごめんね。私はまだ、あなたには殺されてあげられない」
まだ殺されない。
私がそう言って嘲笑うと、少年はさらに睨んでいく。
私が死を恐れているのだと、自分可愛さに酔いしれて死にたくないのだと思ったのかもしれない。けれど、それでもいい。彼に嫌われてもいい。
いや、寧ろ嫌われたほうがこの先ずっといいのかもしれない。
彼が本当に死を憎み、私を、死神を殺したいと、誰もが死なない世界を望むと言うのなら、嫌われた方が後々楽だ。
少年は槍を振り上げた。
ここで始末する気なのだろう。
しかし、
「……――ッ!」
キィンと音を立てて、白い槍を跳ね返した。
黒い大鎌で槍を受け止めた。
そして、私は言う。
彼を見て、言った。
「まだ、殺すことを躊躇っているあなたには、死を恐れているあなたには殺されてあげない」
「………」
少年は、跳ね返された事と怒りとが絡み合い複雑な表情をしていた。
これは、私と彼の始まり。
死神である私が、生神の彼に殺されるお話――その始まり。