085.片恋-Unrequited-
1991年6月6日(木)PM:17:38 中央区藻岩山麓通
わずかに茶がかった黒髪。
銀色の、細いフレームの眼鏡をかけた少年が、歩いている。
服装は紺色のブレザーで、彼の通う高校の制服だ。
理知的に見える顔立ち。
だがその瞳だけは何処と無く、淀んでいるように見える。
何故彼女は、微笑んでくれないのだ?
今まで口説いてきた少女達。
誰一人としてあんな顔はしてなかった。
まるで、王子様を見ているかのようだ。
うっとりとした眼差し。
向けてくれていたはずだ。
心の中にある獣染みた欲望。
満たすには充分だった。
だがしかし、あの娘と会ってしまった。
そんな彼女達では満足が出来なくなっている。
そんな自分に気付いた。
あぁ、あの娘ならどんな声を奏でてくれるのだろうか?
そんな事を考えるだけで、何故か滾ってしまう。
最初の頃は、こんな自分を汚らわしく感じていた。
だがくだらないこんな世の中だ。
欲望のままに生きて、何が悪いというのだろう。
そうだ、自分の欲望のままに動けばいいんだ。
俺の誘いを断ったのに。
あんなださい眼鏡。
目付きの悪い男の誘いを受けるなんて、どうかしてる。
いや、きっと彼女はあの男に騙されているんだ。
そうに決まっている。
ならば目を覚まさせる必要がある。
無理やりにでも俺の虜にしなければならない。
そうだ、そうすればいいんだ。
何を迷っているんだ、考える必要もないじゃないか。
手に入れたこの力がある。
この力を使えば、あんな男なんて組み伏せる事は簡単だ。
あの男には微笑む。
なのに、軽蔑するかのような眼差しを向けられた。
それも、騙されているからに決まっている。
彼女に比べれば、俺の回りにいる女。
あいつ等なんて、ただの汚物にしか過ぎない。
正直近くにいるだけでも嫌悪感を催してしまう。
だからやらなければならない。
あの娘を虜とする為に。
下卑た表情を浮かべる男の視線。
目の前の景色は見えていない。
そこに見えているのは、とある少女の顔だった。
彼女を映画に誘ったりもした。
買い物に誘ったりもしている。
何度も何度もデートに誘った。
それなのに彼女は、一度も頷いてくれた事はない。
必ず邪魔が入る。
姉だったり、ほかの女だったり、あの男だったりだ。
最初に会ったのは、一年前ぐらいだったろうか?
ヘアピンを見なければ、区別がつかないほど姉とそっくりだった。
しかし、性格は全然違う事がだんだんわかってきた。
清楚でおしとやかでおとなしい。
がさつでうるさくてやかましい、姉とは違っていた。
惚れている。
自覚したのはいつだっただろうか?
一目惚れだったのかもしれない。
そうじゃないのかもしれない。
ただ、俺はこの娘が好きなんだと理解する。
今まで何度むちゃくちゃにしてやりたいと思った事だろうか。
その度に自らの感情を押し殺した。
理性的に振舞って、彼女にかっこよく見られる為努力した。
それがどうしてなんだろうか?
あの男が現れてから、俺の努力とは裏腹に、全てが裏目に進んだ。
とある事件で彼女が大怪我をしたと知った。
心底心配したし、心底怪我をさせた奴を憎いと思った。
後から知った事だ。
その時に彼女を助けたのは、あの男だったらしい。
俺がもしその場にいたならば、怪我なんてさせる事なかった。
無傷で助ける事が出来たはずだ。
あの男も所詮その程度って事だよ。
だから、彼女を手に入れる資格。
それがあるのはあの男ではない。
一方的な妄想。
と自分本位な想い。
留まる事を知らずに膨れ上がっていく
それが都合のいい事実誤認である事も気付かぬままだ。
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1991年6月6日(木)PM:19:07 中央区特殊能力研究所二階
俺の懐には、映画のチケットが二枚入っている。
親父に頼んで手に入れてもらった、選考上映会の映画チケットだ。
この映画は前評判で、女子学生に人気らしい。
これなら彼女も喜んで来てくれるだろう。
最近は俺が話しかけると、心なしか、嫌な顔をしている。
そのように感じていた。
正直誘うのに躊躇している自分がいる。
呼吸を整えて自分の気持ちを落ち着かせるんだ。
「義彦さん、明後日お暇ですか?」
彼女がなんであの男に声をかけているんだ?
そんな馬鹿な事は会ってはならないのに。
「明後日? 特に用事はないけど?」
「それじゃあ、前に教えてくれたケーキ屋さんに連れてってもらえませんか?」
「あぁ、いいけど」
「沙耶、ずるーい。伽耶も行きたいよー。」
「それじゃ、皆で行こうよ。吹雪ちゃんと紗那ちゃん、柚香ちゃんもどうかな?」
「三井兄様が行くんですからもちろん行きます!」
「お邪魔していいんでしょうか?」
行くのが当たり前かのような銀斉 吹雪。
対照的に、控えめな朝霧 紗那。
「駄目なわけないじゃない」
紗那に微笑んだ沙耶。
「ケーキいいですね。是非ご同行します」
言葉異常にのりのりな雰囲気を醸し出している十二紋 柚香。
誰も彼の名前を出さないでいる。
最近の行動からすればある意味当然なのかもしれない。
何故かその場にい辛くなってしまった彼。
そそくさとその場を後にしてしまう。
彼の後ろから声が聞こえてくる。
彼女の声だ。
いつもなら、その声を聞くと幸せになれる。
なのに何故か彼の心はささくれだった。
「万里江ちゃんと舞花ちゃん、悠斗君は明日声かけてみようか」
彼は足早にその場を立ち去る。
とうとう彼女達の声は聞こえなくなった。
手に持った映画のチケットをぐしゃぐしゃに握り締めている。
何故か彼は泣いていた。
教室にはまだ彼女達はいるのだろう。
「義彦さん、そんな怪訝な表情してどうしたんです?」
「いや・・・。沙耶、山本には注意しろ。あいつ最近何かおかしい」
「確かに最近やけに沙耶に話しかけたり誘ったりしてくるよね」
伽耶の言葉に、沙耶自身も思い当たる事が多々ある。
彼女は正直うんざりしていた。
だから今回の事も誘いにくかったのだ。
「とりあえず注意しとけよ。それじゃな」
立ち上がった三井 義彦。
教室を出て行く。
慌てて吹雪と柚香が彼を追いかけて行った。
「もてる女は辛いねー、沙耶」
「茶化さないでよ。伽耶。でも正直、最近の山本さんはちょっと怖いかな」
陰鬱な表情になってしまった彼女。
「気持ちはわからないでもないけどさ。さすがに何かする程の馬鹿じゃないと思うけどな」
伽耶の言葉も、彼女の慰めにはならない。
そして、二人の気持ちとは裏腹に事件が起きてしまうのだ。
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1991年6月7日(金)PM:19:33 中央区西二十五丁目通
男の足元。
コンクリートを突き破り生えてくる蔓性の植物。
絡みつくように、二人の少女に襲い掛かる。
少女の一人は炎の剣を使い焼き斬る。
もう一人の少女は、水の剣を使って蔓を斬り裂く。
しかし絡みつく蔓の数が多すぎた。
数の暴力に負けた少女二人に絡みつく蔓。
向日葵の絵のついたヘアピンの少女。
コンクリートの地面に、縫い付けられるように押さえこまれた。
もう一人の少女。
男の目の前で、壁に縫い付けられていた。
少し恥ずかしい格好になっている。
手に届かなかったおもちゃ。
やっと手に入ったかのような、下卑た笑みを浮かべる少年。
手足を動かす事も難しい状況。
だが少女は男を睨みつけている。
「や・山本さん、や・やめてください。こんな事を・・しても私はあなたの気持ちには答えられません」
「ふーん、そうなんだ。そんなにあの男の方がいいんだ。でもそんな事を言っていられるのもいまのうちだよ。これから君を俺から離れられなくしてあげるから。すぐに気持ちよくしてあげるよ」
その表情にその言葉。
まるで、背中に氷でもいれられたかのようだ。
凄まじい悪寒に襲われた白紙 沙耶。
白紙 伽耶は何かを叫びんでいる。
何とか動こうとしていた。
しかし、蔓に押さえつけられて身動きする事も出来ない。
男がゆっくりと沙耶に手を伸ばしていく。
恐怖に駆られながらも、沙耶も何とか逃れようとする。
しかし残念ながら、手足を動かす事すらままならなかった。




