080.名簿-List-
1991年6月4日(火)PM:21:50 中央区マンション・ピエーラ・ネラ一階
「実際にこの場で、長谷部が何をしていたのかは確認してないんだよな?」
「そうだな。確認してない」
一切の躊躇なく答える三井 義彦。
「そうか。とりあえず、五階だったな、少年少女がいたのって」
「あぁ、五階だ」
「それじゃ五階に行こうか」
「わかった」
非常階段の扉を開き、その中に進んでいく。
二階、三階と扉の前には埃が積もっている。
誰かが足を踏み入れたような痕跡はない。
四階も同様、そして五階の扉前まで来た。
他の階とは違い、少しだけ埃が積もっている。
更に、比較的最近扉を開けた跡は、まだ残っていた。
扉を開けて廊下を進み、丁字路を右に曲がる。
一番奥の部屋も今は真っ暗。
雲の合間から漏れる、かすかな月明かりに照らされていた。
躊躇する事もなく、部屋の中に足を踏み入れる。
他の部屋は確認してない二人。
比べようは無いが、足を踏み出す度に舞い上がる埃は少ない。
部屋の一番奥は、爆発の影響なのだろう、かなり破損が酷かった。
ざっと見渡す限り、これといって何かがあるようには見えない。
それでも三井 龍人はとある臭いに気付いた。
気のせいなのかもしれないが、感じたのは血の臭い。
やはり長谷部の事件の詳細を知るべきだなと、龍人は考えるのだった。
しばらくその場を探索。
何か手掛かりが残されていないか確認する龍人。
義彦は、その動きを見ていた。
指示された時だけその通りに協力する。
警察が現場検証をした後だ。
何か見つかるとは思っていない龍人。
しばらく探して見ても、これと行って何か見つける事は出来ないままだった。
キッチンの下にある収納スペースを見た龍人。
何か違和感を感じる。
下側の蝶番の設置位置が、妙に不自然な気がするのだ。
収納スペースの下の部分に比べて、妙に位置が下になっている。
収納スペースの床部分を拳で軽く叩いていく。
何度か叩いた事で、音が異なる場所が存在する事に気付いた。
そのまま持ち上げようとしても、持ち上がる気配はない。
力任せに上に持ち上げる。
無理すれば出来なくは無いだろう。
しかしそれをすると、違う部分まで壊しそうな気がして気が引けた。
キッチンの収納スペース前で、思案に暮れている龍人。
義彦が歩いてきて、暫くその様子を見ていた。
収納スペースの違和感に気付いたのだろう。
「引いてみれば?」
そうぼそっと言ったのだ。
収納スペースの左側の戸を、完全に開けた状態に義彦に固定してもらう。
その上で左側の下部分を手前に引いてみた龍人。
少しずつスライドして動いていき、完全にはずす事が出来た。
そこには封筒が一つ、それ以外は何も無い。
封筒を取り上げた上で、スライドした部分を元に戻す。
中身を確認すると、その中には何かの名簿がある。
書かれている名前のいくつかは、龍人も聞き覚えがあった。
「何かの名簿みたいだな」
義彦に同意する龍人。
名簿を封筒の中に戻して、自らの懐にしまった。
「何の名簿かはわからないが、調べる価値はありそうだな」
念の為、もう一度部屋の中を確認した二人。
もう何もないだろうという結論に至る。
その場を後にし、車に戻る為に非常階段へ向った。
そのはるか上の十階。
とある部屋。
扉にもベランダの窓ガラスにも、お札が貼られている。
その部屋の中には、一振りの、鞘に収められた刀が存在した。
鍔と鞘を繋ぐかのように、お札が貼られている。
刀の置かれている台には、古びた達筆な字で兼光村正の記載がある。
お札は全て黒地、くすんだ赤文字で、見慣れぬ文字と図形が書かれていた。
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1991年6月4日(火)PM:23:32 中央区西七丁目通
無言で車を運転する龍人。
義彦も何も言葉を発する事はない。
西七丁目通を進み、何度か道を曲がった後に停車した。
先に車から降りた義彦。
車庫のシャッターを開ける。
龍人は、完全にシャッターが開かれるまで待っていた。
車を車庫にいれて、事務所前まで歩いてきた二人。
龍人と義彦は、事務所の前に止まっている車。
その中の男に気付いた。
少しよれかかっているスーツを着た偉丈夫。
笠柿 大二郎である。
車から降りて、二人の方へ向って歩いて来る笠柿。
「待ちくたびれたぜ」
小脇に封筒を抱えた笠柿は、開口一番そう口にした。
「柚香に言えば、事務所開けてもらえただろうに」
龍人に対して、笠柿は見た目にそぐわない言葉を述べる。
「年頃の娘の家に、こんな時間に訪ねるのもの気が引けてな」
警察としての義務感なのか?
元々がそうゆう人間なのか?
おそらく両方であろう。
龍人は事務所の鍵を開け中に入る。
笠柿も何も言われなくともその後に続く。
最後に義彦が事務所の中に入っていった。
龍人と笠柿はいつもの定位置に座り、義彦は壁に寄りかかる。
「長谷部の事件の資料だ」
笠柿は鞄の中から封筒を取り出して龍人に手渡す。
本来であれば警察の資料を持ち出すなんて事は問題になりかねない。
ましてや外部の人間に渡しているのだ。
しかし、笠柿は悪びれた様子も特に無かった。
今までにも何度かこうゆう事をしてきたのだろう。
「んで、お前ら何処言ってたんだ?」
笠柿に渡された事件資料を見始めた龍人。
変わりに答えたのは義彦。
「俺が長谷部と遭遇したマンションだ」
「あそこは、既に警察の方で取り調べしてるはずだが?」
会話を耳にしたながら資料を見ている龍人。
彼の表情に、笠柿は何かを感じたのだろう。
「龍人、その様子だと何か見つけたんだな?」
資料を読み耽っていた龍人。
懐から一つの封筒を取り出しながら呟く。
「何かの名簿だな。何の名簿なのかはこれから調べるつもりだ」
封筒から取り出した名簿を笠柿に渡した。
彼は再び資料に視線を戻す。
渡された名簿に書かれた名前を確認していく笠柿。
その資料を寄越せ、と目で訴えるかのように龍人に視線を向けた。
彼もその意味に気付いたのであろう、資料を一度笠柿の手に戻す。
「やはりな」
「なんだ?」
笠柿の言葉に疑念の龍人。
義彦は何をするでもなく、会話を聞いているだけ。
「この名簿に書かれている名前は被害者の名前だ」
「被害者の名前という事は、その名簿を元に長谷部は事件を起していたって事か?」
「その可能性が高いって事だな」
「そもそもその名簿は何の名簿なのか? どうやって手に入れたのか?」
「そこらへんはわかるわけないだろう。まあ、今日は資料を渡しに来ただけだ。時間も時間だし今日は帰るわ」
「あぁ、捜査資料ありがとうな」
「いいって事よ。義彦もまたな」
「あぁ」
軽く手を上げる笠柿。
答えるように義彦も軽く手を上げた。
笠柿が事務所を出ていった後、考え事をし始めた龍人。
彼を尻目に、義彦もその場を後にする。
思考の世界へ没頭し出した龍人。
その事にまるで気付いていないようだ。
「最初の四件の被害者は十一名、うち二名の少女には暴行の形跡有り。全ての犯行は被害者の自宅で、家族全員爆殺か」
資料を掴むその指。
無意識なのだろうが力がこもっている。
「続く五件、被害者は十四名。うち八名は自宅で爆殺死体で発見され、少年四名はあのマンションで死体となって発見。生存者は義彦達が見つけた二名のみか」
何故最初四件と、後の五件で一部殺害方法が変わったんだ?
ただ殺害が目的ならば、後の五件も自宅で殺すはずだ。
そもそも、後の五件の少年四名は爆殺ではない。
しかし殺害方法不明ってのはどうゆう事だろう?
殺害された被害者の遺体写真を、俺は順番に見ていく。
最初の十一名は記載通り爆殺のようだ。
それぞれで部位に違いはあるにせよ、似たような状況だった。
後半の十四名のうち、八名も最初の十一名と同じような状態。
その写真だけでも顔を顰めるような惨状だ。
しかし少年四名は、明らかに殺害方法が異なっているのがわかる。
写真を見始めた俺は、顔を更に顰める事になった。
まるで内側から破裂でもしたかのようだ。
原型を留めていない。
これではまるで、颪金やあの時と同じような状況ではないか。
全く無関係に見えたこれらの事件。
何かで繋がっているのか?
そもそも颪金にしろ、あの時にしろ何故あのような事になったんだ?




