060.土煙-Dust-
1991年6月1日(土)PM:19:16 中央区特殊能力研究所五階
受話器を片手に、ペンを走らせている古川 美咲。
電話の相手からの情報を、メモしているようだ。
「それじゃ、組織としてはまったく別々で、何らかの理由があって協力しているという事か?」
相手の言葉に反応を返した古川。
視線をメモに移して、再びペンを走らせる。
「そうだな。利害関係の一致なのかもしれない」
至極真剣な瞳で、彼女は窓の外に視線を向けた。
「くれぐれも無茶はしないようにな。まぁ、そもそもが、そんな所にいる事、それ自体が、無茶以外の何者でもないか。敵地のど真ん中、中枢で一人戦っているようなものだものな。向こうから見れば、裏切り者以外の何者でもないのだから。くれぐれも正体がばれないように、注意してくれよ」
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1991年6月1日(土)PM:19:16 中央区緑鬼邸二階
碧 市菜に案内された部屋。
彼女に、一応再度確認した上で、電話を掛ける近藤 勇実。
受話器を持って、しばらくコールするが誰も出ない。
諦めた近藤は、受話器を戻した。
「申し訳ない。誰もでないようだわ。後で勝手に借りてもいいもんかね?」
申し訳無さそうに問うた近藤。
市菜は、にこやかな笑顔で答える。
「はい。どうぞ、ご自由にお使いください」
「そうか、ありがたい。そういえば、緑鬼族ってここにいるので全員なのか?」
「全員というのが、緑鬼族全てを指しているのであれば、いいえですね。私達は、おそらく他の鬼人族もですが、いくつかのグループに分かれております」
「グループ?」
「はい。私達緑鬼族で言えば、市内には、ここにいる以外のグループも存在しております。もちろん、連絡を取り合ったり、会いに行ったりもしてます」
「そうか。他の鬼人族も、同じようなもんって事なんだな」
近藤の言葉に少し考えるような、思案顔になった市菜。
「そうですね。細かい部分では、それぞれで違うかもしれませんが。おそらく同じような感じではないかと思います」
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1991年6月1日(土)PM:19:17 中央区宮の森
即席の手枷足枷をはめられて、寝かされている長耳の男と緑髪の男。
緑髪の男は吹 颪金。
探偵である三井 龍人が探していた人物。
長耳の男については、現時点で正体不明だ。
だが、起こすと危険なので何も聞き出してはいない。
ここに戻る前に、意識が戻った時に、二度聞き出そうとはした。
しかし二度とも、会話のキャッチボールにすらならなかったのだ。
その点に関しては、颪金も同様だった。
龍人の説明を聞きながら、颪金の側に座り、視線を向けている二人の男。
颪金の父、吹 山金と、颪金の兄である、吹 嵐金。
安堵したのも束の間、龍人の話しに険しい表情になる。
「龍人さんの仰るとおりならば、確かに危険ではあります。しかし無事とは言い難いのかもしれませんが、見つけてくれた事には感謝の言葉もありません」
立ち上がった山金は、龍人に向き直り頭を下げた。
嵐金も同様に立ち上がり頭を下げる。
しかし龍人の表情はあまり優れない。
颪金が素直に喜べる状態ではないからだ。
「山金さん、嵐金さん、頭を上げて下さい」
いろいろと思う事はあったが、言葉には出来なかった龍人。
下手な慰めの言葉をかけても、どうにもならない。
だからこそ、それしか言えなかった。
裏口の扉が開かれた。
近藤が一人で歩いてくる。
言葉を発することはない。
手枷足枷をはめられ、寝かされた二人をしばらく見ていた。
「この二人か。確かにこっちは尖ってるし長い耳だな」
「――そうだな」
少し間を置いて龍人がそう答えた。
相模 健一と相模 健二。
二人は長耳の側に座り込んでいる。
いつでも反応出来る様に、長耳の男と颪金を見ている二人。
「健一に健二、とりあえずお疲れ。電話でねえわ」
健一は、軽く手を上げて近藤に答えた。
「早く報告して来て、交代してもらえると嬉しいんだけどね」
わざとらしく疲れた表情をする健二。
「健二、わざとらしいんだよ。まあもっかい電話してくるわ」
近藤は、裏口から再び中に戻っていった。
山金と嵐金に、嵐金の怪我の手当てをお願いしてくる旨を伝えた龍人。
近藤の後を追うように、扉の中に消えた。
健一と健二の側まで来た山金と嵐金。
二人は、座っている健一と健二に頭を下げた。
「三井探偵にお話しはお伺いしました。息子を助けて頂きありがとうございます」
頭を下げたままの山金。
彼に最初に答えたのは健一。
「頭をあげて下さい。自分の仕事をしたまでですから」
健二がその後に少しおどける。
「結果としてそうなっただけだしな。お二人が気にする事じゃないさ」
山金と嵐金の頭を上げさせた二人。
近藤が去った後から、僅かながら禍々しい気配を颪金から感じ始めた。
目を合わせる二人は、疲れた顔をしている。
しかし見た目とは裏腹に、いつでも反応出来るようにじっと颪金を見ていた。
「あの二人の少年にもお礼を言わねばなりません」
嵐金に山金も頷いている。
この二人にとっては、どうゆう状況にせよ颪金が戻って来た。
それだけでもましだったのだろう。
「あぁ、あの二人にお礼するなら後の方がいいかもな」
健二はまるで、今のあの二人の様子が想像出来るかのように言う。
その言葉に疑問を浮かべる山金と嵐金。
「あの二人なら、今頃女性陣にもみくちゃにされているでしょうしね」
少し間があったが、健一の言葉を理解したようだ。
その表情を読み取った上で、更に言葉を続ける。
「お二人には申し訳ないのですが、私達の背後にいてもらえますか。少しばかり嫌な予感がしますので」
健一の言葉に、一瞬怪訝そうな表情を浮かべた二人。
しかし、抵抗する事なく素直に従った。
「嫌な予感とは一体?」
健一と健二の背後で、問いただすような言葉の嵐金。
その言葉に何て答えようか躊躇した健一と健二。
その時丁度、龍人と、救急箱を持った翠 双菜が裏口のドアを開けて現れた。
颪金を見た龍人が、直ぐに厳しい表情になる。
前に進もうとした双菜を手で制して止めた。
首を傾げる双菜に、龍人はただ首を横に振るだけだ。
突然目を開けた颪金、手枷足枷を造作も無く引きちぎる。
そして、颪金は立ち上がった。
その体には、緑と紫と黒のエネルギーの奔流のようなものが駆け巡っている。
その光景に、その場にいる者達は呆然。
最初に反応したのは、健二と龍人だった。
健二は、颪金を囲むように土壁を全方位に作り出す。
龍人は、その土壁の周囲を、風の壁で覆う。
その風の勢いに、軽く吹き飛ばされた長耳の男。
同時に土壁と風の壁に囲まれているにも関わらず、響き渡った轟音。
颪金を中心に広がっていく力の奔流が、一瞬で土壁と風の壁を粉砕。
咄嗟に双菜をかばいながら、壁に叩きつけられた龍人。
吹き飛ばされ地面を転がった健一と健二。
二人の近くに山金と嵐金も倒れている。
黒い蟻の躯も、吹き飛ばされて転がっていた。
粉砕された土壁と、巻き上げられた土埃の影響で、しばらく状況がつかめない。
双菜をかばい、壁に叩きつけられた龍人。
瞬間的に呼吸困難に陥りながら、その場に倒れる事はしなかった。
足を震わせながら、若干顔の青い双菜を、すぐ側の裏口の中に連れて行く。
土埃が晴れたその場には、長耳の男の頭を右手で握っている颪金が見えた。
長耳の男は、手枷足枷をはめられたままだ。
悲鳴とも嗚咽ともとれない声を上げている。
颪金の体は一回り大きくなっており、血管が浮き出ていた。
額からは、緑と紫と黒の三種の色にまみれた、角のようなエネルギーの奔流。
体の表面も角と同じように、三種の色のエネルギーの奔流が覆っている。
少し離れた所にいる、草と土まみれの健一と健二。
山金と嵐金も二人の側で立ち上がろうとしていた。
裏口の扉から現れた三井 義彦、桐原 悠斗。
その後少ししてから近藤も出てきた。
「龍人、双菜さんは吹雪にまかせたが、一体何がどうなってる?」
「俺に聞かれても困るな。とりあえず颪金に何が起きてるのかは、あそこの長耳男しかわからんだろうさ」
龍人がそう言った直後、その音が聞こえた。
「グシャッ!!」




