006.余波-Aftermath-
1991年5月22日(水)PM:22:32 中央区口川邸一階
この家の中に入って、どれぐらい経過したのだろうか?
僕達と長谷部は睨み合ったままだ。
その間、誰も言葉を発するものはいない。
「まさか本当に来るとは思わなかったぜ」
静寂を破ったのは長谷部。
恨み骨髄という眼差し。
ぎらりとした目で三井さんを睨んでいる。
「今日はクールダウンしているようだな」
長谷部は僕達を挑発するように、にやりと笑った。
「いや、今にもこの幼女にいろいろしたくてたまんねえぜ。お前等に殴られたダメージが響いてて、動くのも結構苦労するんだけどな。それでも大分回復してるんだぜ」
あの時の三井さんの攻撃。
かなりのダメージを与えてそうだった。
それがたった一日で回復するものなのだろうか?
「長谷部おまえに聞きたい事がある」
「あん? 今日は気分がいいから答えてやる」
挑発するような視線を、三井さんに向けた長谷部。
「何でこんな事をする。何が目的だ」
僕は口を挟んではいけないような気がした。
だから二人の話しを黙って聞いている。
もしかしたら由香さんも、同じような事を思っているのかもしれない。
「復讐ついでに溢れてくる欲望を満たしてるのさ」
「なんだと?」
三井さんの声には、あきらかに怒気がこもっている。
ただその声は、怒りとはまた別の感情も内包しているような気がした。
それがどんな感情なのかは僕にはわからないけど。
「それに誰がこっち側で誰がそっち側かわからんしな」
「一体何を言ってるんだ?」
長谷部の最後の言葉は、意味はわかる。
こっち側とそっち側じゃわからない?
何を意味しているのか、さっぱり理解出来なかった。
三井さんが僕、由香さんの順に、僅かに視線を向けた。
たぶん合図のつもりなんだろう。
仕掛けるつもりなんだ。
突然長谷部の体が、足から浮き上がった。
そのまま天井に衝突する。
同時に僕達三人は、前のめりに飛んでいった。
少女の目の前で、由香さんはなんとか踏ん張ったようだ。
優菜さんを抱えて飛んできた道を戻っていくのが見えた。
「てめぇら!? ふざけんなああああ!」
天井から落ちてくる長谷部。
その左手にはあの球体がつくられていた。
三井さんが球体に飛びあがる。
僕は、三井さんの行動を横目で確認。
落ちてくる長谷部目掛けて飛んだ。
球体は飛ばされる前に爆発。
長谷部は再び天井に激突。
僕と三井さんは壁に叩きつけられた。
衝撃に一瞬視界がぶれる。
由香さんは既にこの場にはいない。
階段の上に落ちた長谷部。
痛みに呻いている。
僕はなんとか意識を立ち直らせた。
長谷部の左手を右手で押さえる。
更に左手で、長谷部を殴った。
長谷部の右手を三井さんが押さえている。
三井さんの拳が、風を纏い放たれた。
顎に強烈な一撃を喰らった長谷部。
呻き声を挙げた。
どうやら気絶したようだ。
「距離が近すぎて、爆風を完全に防ぐ事は出来なかったか。桐原、大丈夫か?」
「大丈夫です。しかしどうやって爆発の余波を防いだんですか?」
正直爆発した時は肝を冷やした。
「風の壁で全方位から取り囲んだのさ。場所が狭くて、あまり風の壁を厚く出来なかったから壊れちまったが」
「なるほどそれで。それじゃ僕達が前のめりに飛んだのも、由香さんが少女を抱えた後に勢いよく戻って行ったのも、三井さんですか?」
「そうだ。俺の力は風だからな。もちろんそれだけじゃないが」
確かに風なのは理解していた。
それじゃ、あの時目が輝いていたのは何だろう?
聞いても良い事なのかわからないからいいや。
「そうですか。とりあえず、お疲れ様です」
「桐原もな。とりあえず長谷部が意識を取り戻す前に連れてくか」
「そうですね。暴れられてもやっかいですし」
「確かにな。この狭い空間の中で乱発されたらきつかったのかもしれないな」
こうしてこの事件はとりあえず形の上では終わった。
長谷部の言ってた事の意味は、ほとんどわからなかったけど。
何かの復讐の為に行動しているようだって事だけはわかった。
しかしこの事件は終わりでなく、始まりにしか過ぎなかったのかもしれない。
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1991年5月23日(木)AM:0:52 中央区桐原邸二階
長谷部は、再び装甲車っぽいので連れて行かれた。
かなり厳重な警備体制で護送されていったようだ。
一度逃亡されているからだろうな。
僕は一通りの説明してから、解放され今は自室にいる。
とりあえず、あの少女を助けられたのは良かった。
さすがにずっと緊張のしっ放しだったけど。
今日は本当に疲れた。
とりあえずこれで解決したのだろうか?
しかし、長谷部の言った事が気になる。
復讐とか誰がこっち側で誰があっち側とか。
一体何の事を言っているのだろうか?
気になるなら調べるべきなんじゃないか?
今僕はそう思っている。
一度関わってしまったからだろう。
どうしても気になった。
能力の方向性はたぶん全然違う。
それも、この短期間に。
三井さんや長谷部等の同じエレメンターに出会った。
今後も関わるなら、もっといろんな人に出会うんだろうな。
どんな能力なのかはまだ知らない人もいる。
伽耶さんや沙耶さん、あそこの他の生徒達もそうだ。
たぶん、それぞれ何かしらのエレメントを持っているんだろう。
僕もいつまでも忌避してるだけじゃ駄目なんじゃないだろうか?
でもとりあえず今日は寝よう。
明日学校もあるわけだしね。
どうするかは、学校が終わった後にゆっくり考えればいいさ。
そうして僕は疲れた体で、眠りに落ちていった。
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1991年5月23日(木)AM:0:55 中央区石山通
「そうか。駄目だったか」
古川 美咲は目を伏せた。
石山通に停まっている車の中。
運転席の彼女は沈痛な面持ちだ。
助手席で彼女に報告した相模 健一も同様の表情。
「はい。彼女のご両親は、居間にて死体で発見されました」
車の中に静寂が訪れる。
「まさか護送車が狙われるなんてな」
自嘲気味に呟いたのは古川。
「襲撃者は何者か? いまだ不明か」
「はい。護送車に乗車していた警察官は全滅したとの事ですから」
「護送車だ。ただの人間が襲撃して、そう簡単に破壊出来るものじゃないだろう」
しばし無言になる二人。
「銃器でも使ったならともかく、普通に考えれば難しいと思いますね」
言葉を選んでいるかのような健一。
「実際どんな状態だったのかまではわからないけど。再犯があれば、こっちの案件になるのかもしれないな」
「護送ルートも知っていた事になります。こんな事は言いたくありませんが、警察内部に協力者がいたという可能性も」
「そうだな。可能性はゼロではないだろうな」
車の後部座席の扉が開いた。
乗り込んできたのは近藤 勇実。
その表情は、何処か不貞腐れているようだ。
「由香が悠斗を送って戻ってきたぜ」
「それなら何故乗ってくる? 由香の車で戻ればいいんじゃないのか?」
訝しげな視線を向ける古川。
「けっ、三井を送っていくだとよ」
近藤の発言に、古川と健一の表情が一変した。
二人は笑いを堪えている。
「拒否されたわけか」
「所長が、直帰していいって言ったんじゃないのかよ?」
「あぁ、そうだな。言ったよ」
「だから、三井を送って直帰するんだとよ。俺は車が研究所だからよ。乗っけてってくれよ」
合点が言ったというような表情の健一。
「歩いて帰れない距離ではないですよね?」
わざといじめるような事を言う。
「健一!? おま? 乗れる車があるのに、地道に歩けって言うのかよ?」
「冗談ですよ。冗談」
二人の会話を聞きながら、古川は必死に笑いを堪えている。
「とりあえず、くくく。時間も、くく。時間出し、くくく。帰ろうか、くく」
「了解」
「いや!? 所長ちょっと笑い過ぎじゃないのかよ?」
「いやね。くくく。やっぱりお前は良い意味でのムードメーカーだなと思ったら、笑いが止まらなくてね」
そんな所長はまだ笑っている。
彼女を不満げな眼差しで見つめる近藤。
「へいへい。ムードメーカーで悪うございましたね」